第十六話 白狐
夜が明けると鳥鳴は月奈を連れて沙久楽の郷へと帰っていった。それを見送った流花の横には緋女と心狐が立っていた。
「あれ? 今日は狸晏ちゃんは? 」
流花はいつも心狐と一緒に居た狸晏の姿が見えない事が不思議に思えた。
「狸晏は今日は村長のお手伝いです。巫女の元には身内の者しか出入りが許されていませんので。」
「身内? 」
心狐の言葉に流花が首を傾げた。
「はい。今の巫女は私の姉の白狐になります。」
すると今度は緋女が首を傾げた。
「白虎? 」
「…… もしかして猛獣の方を思い浮かべてらっしゃいませんか? 私の姉なんですから白い狐ですよ? 」
「そ、そんなの分かってるわよ。当たり前じゃない! 」
とは言ったものの緋女はその装束のように顔を耳まで真っ赤にしていた。心狐は何事もなかったかのように二人を祠の前まで案内した。
「緋女様はこちらでお待ちください。流花様は中に入ったら、すぐさま『白桜姫』出しちゃってください。姉には口で説明するより早いですから。」
「え?えっと…… 」
流花が戸惑っている間に心狐が背中を押して祠に入っていった。こうなると緋女も外で待つしかない。祠の中は真っ暗で奥の祭壇らしき場所だけが、ほんのり灯りを点していた。
「! 何者です? 村の掟を破り祠に侵入するとは不届きな。成敗いたします。術技!煌火狐鳴! 」
「武具顕現!白桜開花! 」
心狐に言われたとおり、流花はすぐさま『白桜姫』を顕現させた。白狐の放った狐火が唸りを挙げて流花に襲い掛かるも白い桜が宙空に舞い、その威力を受け止めた。そして散った花弁は集束して一本の刀となって流花の手に収まった。その様子を見た途端、白狐は大慌てで流花に駆け寄り土下座した。
「その一振はまさしく『白桜姫』! 知らぬ事とはいえ大変御無礼を致しました。かくなるうえは、この腹掻っ捌いてお詫びいたします! 」
「ちょっ、ちょっと待って! 」
懐刀を取り出した白狐を流花と心狐が大慌てで止めた。暫くして落ち着いた処でようやく話しを聞く事が出来た。
「つまり聞きたい事があるので、自害は待てと? 」
「そうじゃなくて! 聞いた後も自害しちゃダメなの! 」
「しかし幾星霜待ちわびてきた筈の『白桜姫』の主様に対して術技を放つなどと白桜の巫女にあるまじき行い……」
流花と白狐のやり取りに埒が明かないと思った心狐が口を挟んだ。
「本物の『白桜姫』の主様なんだからお姉ちゃんの術技なんて利かないんだからさ。気にすることありませんよ。」
なにやら心狐に自分の術技を貶されたようで腹立たしくもあったが、それを否定してしまうと白桜姫を否定したようにはなるまいかと複雑な心境になり白狐は押し黙ってしまった。
「教えて欲しいの。わたしの事を何処まで知っているのか、先代の巫女はどうして華京に加担しているのか。他にも知っている事があれば聞きたいの。」
流花の質問に白狐は困惑しているように見えた。
「大変申し訳ありませんが主様については御名前さえ存ぜず、ただ『白桜姫』を顕現出来る方が永き歴史の中で、ようやく現れになったと云うことのみにございます。また先の巫女につきましても詳細な理由は存じませぬ。ただ、村を出る際に選ばれたとだけ。それ以上の事につきましては委細存じ上げかねまする。」
「そうですかぁ……。あ、わたしの名前は流花です。流れる花と書いて流花。でも緋女ちゃん、これからどうしようか? 」
流花としては何かしらヒントが得られると期待していたのだが白狐も大した事は知らないようだ。
「まあ相手は流花を白王の末裔として政争の道具にするか『白桜姫』を兵器として戦争の道具にするしか考えてなさそうだし、手に入らないなら消してしまおうって魂胆っぽいからねぇ。逃げるか戦うしかなくない? 」
「なら逃げよう! 」
流花は即答したが白狐は顔を顰めていた。
「主様、本当にそれで宜しいのですか? 」
「えっと白狐とか言ったわね。家柄だの末裔だのってのは、こっちが選んで生まれてきた訳じゃないの。せめて自分の進む道ぐらい自分で決めさせてよね! 」
「緋女ちゃん…… 」
流花は緋女が我が事のように声を荒げた理由を知っていた。
「あ、ゴメン。うん、でもさ流花は自分の力で誰かを傷つけたくないんだよね。そんな強大な力を持った悩みなんて、あたしには分かんないけどさ。やっぱ、自分の道は自分で決めさせてあげてよ。」
切実に訴える緋女の姿に白狐は目を伏せた。
「……そう……ですね。わたくしめは先代巫女が村をさった時、席次から巫女になる事を当然として受け止めましたが……きっと、このような考え方は古いのでしょうね。歴代白桜の巫女が待ちわびてきたお方が現れたとあって期待し過ぎたのやもしれませぬ。おそらくは戦乱の世となりましょう。どうか御無事であるよう、お祈りしております。」
白狐は恭しく頭を下げた。その姿に後ろ髪を引かれる思いの流花の腕を掴むと緋女は村を出た。
「気にすること、ないからね!」
なおも流花の腕を引こうとする緋女だったが流花は完全に足を止めていた。




