第十五話 伝承
村長は心狐と狸晏に月奈の看病を申し付けると流花と緋女、そして鳥鳴を宅へ招いた。
「さて…… 流花さんと仰る方は貴女ですね? 」
村長の問い掛けに流花は恐る恐る頷いた。
「確かに心狐たちの言うとおり御神木と同じ匂いがしますね。この村にお越しになった理由をお聞かせ頂けますか? 」
村長の問いに対して流花は華京の者と思われる朱羅と羅雪の襲撃に遭い、逃げる途中で出会った心狐と狸晏の招きでこの村に来ただけなので目的が有って訪れた訳ではない旨を伝えた。それから自分の疑問をぶつけた。
「あの……御神木と同じ匂いってどういう事なんでしょう? 」
村長は一瞬、鳥鳴を見遣ってから小さく頷くと、ゆっくり語りだした。
「まずは、この村の伝承からお話しせねばなりますまいな。今から数百年とも千年以上とも言われている昔、まだ今の国々が分裂する前は大きな一つの国だったという説があるのは御存知かな? 」
それには流花も緋女も首を横に振ったが、鳥鳴だけは黙って聞いていた。村長は話しを続けた。
「その国の最後の王の名を白王、妃の名を桜妃といい、二人の間には一人の姫が居りました。」
「何それ? それじゃ『白桜姫』を持つ流花が白王と桜妃の姫だとでも言うの? そんなベタ? 」
緋女が口を挟んだが村長は怒るでも呆れるでもなく穏やかに答えた。
「いえいえ。申しましたように数百年とも千年以上とも言われている昔の話にございます。不老不死の者など見たことも聞いたこともございません。」
「んじゃ生まれ変わり? 」
「輪廻転生を唱える宗派もございますし、自らを神や偉人の生まれ変わりと称する者もおりますが……わたくしが真偽を確かめた事はございません。」
なにやら村長が勿体付けているように感じて緋女は焦れていた。
「まったく……当の流花がおとなしく聞いてるってのに、お前さんも堪え性がないねぇ。流花については分からないけど『白桜姫』については何か伝承が残ってるんだろ? 」
見かねた鳥鳴が口を挟んだ。村長もそれに大きく頷いた。
「はい。仰る通りにございます。当時、武技を解放可能な武具は世に二つしか、ございませんでした。」
「一つは『白桜姫』でしょ。もう一つは? 」
緋女が尋ねると村長は首を捻った。
「おや、御存知だと思っていたのですが……『黒竜』でございます。」
「え゛~っ! 」
それを聞いて驚いたのは緋女だけだった。
「流花、あんた知って……って『白桜姫』の主なんだから不思議じゃないか。オバ……鳥鳴さんも知ってたの? 」
すると鳥鳴は呆れたように溜め息を吐いた。
「はぁ……お前さんも武技解放出来るんだろ? 今ある解放武具の大元は『黒竜』の模倣品だよ。」
今度は緋女が首を捻った。
「『白桜姫』の模倣品は無いの? 」
「必要な時にだけ顕現して終わったら花と散る。そんな代物が模倣出来る訳ないだろ? 」
「……あ、そうか。」
「話しを続けても宜しいですかな? 」
村長の言葉に緋女は申し訳なさそうに肩を竦めた。
「その後、武技解放武具は国が割れる戦乱を招き、その大元となった『黒竜』は『戦禍の妖刀』などという忌名がついてしまいましたが『白桜姫』はいずれ世を治める事になろうとだけ、この村に伝えられました。」
「そ、そんな話、知りません! 」
やっと流花が声を挙げた。
「村長、この話を知っている者は? 」
冷静に鳥鳴が村長に尋ねた。
「この村の者なら誰でも知っている話です。」
「すると……この村の誰かが華京に加担していると考えて良さそうだね。でなけりゃ流花を狙ってくる筈がない。となると『白桜姫』の主が流花だって何処から知ったのか……。流花はいつから『白桜姫』を使えるようになったんだい? 」
問われて流花も考え込んだ。
「物心ついた頃には顕現できて……そしたら黒ずくめのお兄さんが現れて使うなって…… 」
「それって……竜斗よね? 」
「そうだったのぉ!? 」
流花が驚いて大声をあげたものだから、その声に緋女の方が驚いてしまった。
「ああビックリした。脅かさないでよね。気づいてなかったの? 」
「うん。全然。だってほら、緋女ちゃんみたいな赤ずくめは珍しいけど黒ずくめの人って案外たくさん居るでしょ? 」
流花の言うとおり竜斗ほど全身真っ黒かは別として黒い衣装を纏った人物は星都でも珍しくはなかった。
「なるほど。実は十数年前に一度だけ御神木に一つだけ実がなった事がございます。その頃、この村の先代の巫女が姿を消しました。この村を出る者などそうは居りません。おそらく華京に加担しておるのは、その者かと。」
村長の言葉に鳥鳴は小さく何度も頷いた。
「巫女ね。おそらく御神木に実がなったのを知って『白桜姫』が復活した事を悟ったんだろうね。わたくしは月奈を沙久楽に連れ帰ってから、この件を星務官様と相談するとしようかね。流花たちはどうする? 」
「私は今の巫女に会ってみます。何か御存知かもしれませんし。」
すると鳥鳴は笑顔で大きく頷いた。
「あいよ。世界も大事だけど同じくらい流花も大事なんだ。気のすむようにやってごらん。」
「ありがとう先生!」
流花は深々と鳥鳴に頭を下げたのだった。




