第十四話 仙術
流花と鳥鳴は心狐と狸晏の案内で近くの小屋へ運び込んだ。一方、村の外では竜斗と緋女が月影と対峙していた。
「あんなのはハッタリに決まっとる……わての隠影操理は完璧なんや。いかに仙術に長けておようが療師ごときに解ける筈あらへん…… 」
月影は自分に言い聞かせるようにブツブツと独り言を呟いていた。
「ねぇ、あたし要る? 」
不意に緋女が竜斗に尋ねた。影に潜り込んで操るという能力は厄介にも思えたが戦闘力だけで見ると強そうには思えなかった。これならば竜斗だけでも十分なのではないかと思えた。しかし、竜斗からは意外な答えが帰ってきた。
「要る!」
即答だった。
「え? なんでよ? 」
不思議に思った緋女が更に尋ねた。
「……オイラの武技は相手が強いほど威力が出んだよ! 」
「……なぁる! 相手が弱いと威力が出ないんだっけ。じゃあ逆に、あんた要る? 」
「奴が影に潜り込んだ時は緋女の扇子じゃどうにもならないだろ? 」
「じゃあ仕方ないか。不本意ながら協力してあげる。」
二人の会話を黙って聞いていた月影だったが我慢も限界に達したらしい。
「わてが弱いやて? 陰影操理は術技やぞ! わての武技、見せたるわ! 武技解放! 影爪毒牙! 」
月影が手にした鉤爪を地面に突き刺すと樹木の枝の影が緋女に向かって毒の牙となって襲い掛かろうとした。その瞬間、竜斗が黒竜を一閃すると樹木の影を断ち斬られた。
「なんやて!? 実体の無い影を斬ったやと! 」
動揺を隠せない月影に竜斗が冷たい視線を浴びせる。
「実体が無い? 幽玄を操る黒竜なら影を叩っ斬るくれぇ訳ねぇんだよ! 戦禍の妖刀を舐めるなよ! 」
月影も影が断てる刀が存在しているとは思っていなかった。光凛や焔獄、月闇からもそんな報告は受けていない。月影自身も月奈の影に居たが、沙久楽の郷では戦場に出ていないし津葉樹の郷でもそんな光景は目にしていない。緋女の影に潜り込んで竜斗を襲わせる事も考えたが、影が斬れる相手に自分の居場所をみすみす知らしめるようなもので自殺行為になってしまう。
「今日の処は退いてやるよ。」
月影は身近な樹の影に潜り込んだ。
「待…… 」
追おうとした緋女を竜斗が制した。
「やめとけ。逃げたフリかもしれねぇだろ? あいつの武技は見切った。俺が見張ってるから緋女は流花の所に行ってやれ。」
竜斗に言われて村に入ろうとした緋女が足を止めた。
「どうした? 」
「いや、今『俺』って言った? あんた、自分の事はオイラじゃなかった? まさか偽者? 」
「ばぁか。偽者に黒竜が使えるかよ。大先生の前なら、いざ知らず、お前らの前でオイラだと、こっちまでガキんなったみたいで嫌んなっただけだ。」
「ガキ臭いのが嫌なら沙久楽の星務官みたいに『僕』とか津葉樹の星務官みたいに『わたくし』とかでもいいんじゃない? 」
「お前、俺が自分の事を『僕』とか『わたくし』とか言ったらどうする? 」
「……笑う。お腹、抱えて大笑いする。うぷっ……はは……想像しただけで笑えてきた! 」
「……だろ? だから俺でいいんだよ。」
「そ、そうね……クク……うん、じゃ……じゃあ後は任せる……キャハハ……ダメ……可笑しい……確かに、あんたに『僕』や『わたくし』はないわ!うん、絶対にない! 」
緋女は笑いを堪えきれなず苦しそうに村に入っていった。
「まったく……自分で振っといて、そこまで笑うか? 」
竜斗もぼやくように黒竜と共に上空へと姿を消した。入り口から攻めてくるとは限らない以上、上空から村全体を見渡せた方が良いと判断したからだ。月奈の運び込まれた小屋では鳥鳴が、なにやら床に筮を畳針のように突き立てていた。
「流花、影が薄い。もう少し明るくしておくれ! 」
「はいっ! 」
流花は手にしたランタンを一番明るくした。
「もう一息なんだけど…… 」
流花も心狐も狸晏も両手にランタンを持った状態で今、他にランタンを借りに行けばこの場の光量を落としかねない。そこへ緋女がやって来た。
「緋女ちゃん、灯りが足りないの!何処かで借りてきて! 」
「療師さん、どのくらいもてばいい? 」
「ほんの数秒でいいんだ! 」
「なら、この方が早い! 術技!紅輝燦然! 」
一瞬で眩い光が部屋中を照らした。
「ふう……成功だ。助かったよ、真っ赤なお嬢ちゃん。」
「オバさん、前に教えたでしょ? あたしの名前は緋女! 」
「なら、わたくしも言った筈だよ。オバさんじゃなくて鳥鳴だってね! 」
そう言い合ってから、どちらからともなく笑いだした。
「まあ話しするのは2度目だしね。多分、目眩まし用の術なんだろうけど助かったよ。流花もご苦労だったね。彼奴が抜けて欠けた影を仙術で縫い合わせたから、そのうち目を覚ますだろうよ。わたくしは月奈が起きたら沙久楽へ連れて帰ろうと思うんだ。ここまでついてきたのも、どうやら月奈の意思じゃなさそうだしね。」
流花と緋女も小さく頷いた。これ以上、自分たちと危険な逃避行を続ける必要はないのだから。
「どうやら、そのお嬢さんは峠を越えたようですな? 」
「村長! 」
「村長! 」
心狐と狸晏が同時に声をあげた。




