第十一話 奸計
尚も緑麗は塩飽を問い詰める。
「では、その垂れ込みという情報源を同盟国として情報共有して頂けますか? よもや海都海軍海将たる塩飽殿が出所不明の怪しげな情報で乗り込んで来られた……などと云うことはありますまいなぁ? 」
おっとりとした口調で塩飽に圧を掛けていく。
「そ、それは……機、機密事項だ! それより隠し立てしていると力ずくで炙り出す事になるぞ! 」
語気を荒げて剣を抜いた瞬間だった。塩飽の剣が真っ二つに折れた……いや斬られたという方が正しいだろう。漆黒の刀によって。
「は? なんだ、そのなまくらは! 海軍海将なら武具の手入れぐらい、ちゃんとしとけよな! 」
「貴様、何者! それより、いつの間に? 」
思いもよらない出来事に塩飽は明らかに動揺していた。
「手前ぇ『黒竜』を知らねぇって事は潜りか? その分じゃ『白桜姫』も名前を聞き齧った程度だろ? 」
実際、塩飽は自分の剣を叩き斬った黒ずくめの男……竜斗の指摘通りだったので焦っていた。ただ剣を断つ刀など、そうあるものではない。竜斗の方が武具も腕も数段上である事は理解していた。
「お、覚えていろ。星都が『白桜姫』を匿っていると海皇様に御報告するからな! 」
「証拠は、おありですか? 」
塩飽は捨て台詞のつもりだったのだろうが間髪入れず、姿を消す前に緑麗が返した。塩飽は実際に『白桜姫』を目にしていないし『白桜姫』の主が誰なのかも認識せずに乗り込んできているので返す言葉もなかった。
「まるで喧嘩に負けたガキみてぇだな。親でも海皇でも言いつけてみろよ。恥を掻くのは手前ぇだぜ? 」
竜斗の言うとおり証拠も無しに乗り込んだとなれば塩飽の落ち度にしかならない。
「こちらも星帝陛下に此度の件は報告させていただきます! 」
花椰菜も立腹している所為か語気荒めに言い放った。もはや塩飽に打てる手段はなかった。そして、何も言わずに立ち去って行った。
「流花? どうかした? 」
緋女に声を掛けられた流花は天井を見上げていた。
「ほら、竜斗さんっていつも空から降ってくるじゃない? 天井に穴でも空いてないかなって。」
それを聞いて緋女も、そう言われてみればと気がついた。
「そういや、あんた。どうやってこの部屋に…… って、いつの間に。まったく神出鬼没なんだから! 」
部屋の何処にも竜斗の姿はなかった。
「先ほどの黒衣の男、自らの得物を『黒竜』と称していたようですが『黒竜』とは、あの戦禍の妖刀とも呼ばれている、あの『黒竜』の事ですか? 」
花椰菜の質問は流花たちに向けられていたが、それを緑麗が遮った。
「花椰ちゃん、その話は後にしてぇ。それより星帝陛下への報告をお願いねぇ。」
「しか……はい。」
一瞬、反論しようかと思った花椰菜だったが、一礼をして報告書を纏めにいった。妹としては許されても一介の橋番が星務官に異見するのは憚られた。
「さぁて、どうしましょう? 貴女方が行こうとしていた海の村が在った場所には、まだ海都海軍が駐留してるし星政官としては星都にも多少なりと状況を知らせない訳にもいかないのよねぇ…… 」
もはや緑麗が惚けているのか本当に悩んでいるのかは、わからないがそう長くは津葉樹の郷に居られない事だけはハッキリしていた。
「取り敢えず、ここにわたしが居ると御迷惑をお掛けしてしまうので、お暇させていただきます! 」
流花が頭を下げると緑麗は少し考え込んでいた。
「……そう。今は止めないわね。でも、いつまでも逃げ回って彷徨う訳にもいかないと思うの。『白桜姫』という大きな力を持ってしまった者として、何処の国に身を寄せるか、もしかしたら自分の国を作るのかもしれないけど正しい判断をしてくれる事を祈っているわね。」
何かを言おうとした流花だったが、足音が迫って来た為、緋女に月奈と一緒に連れ出されてしまった。
「……星務官……いえ、お姉さま。あの三人を逃がしましたね? 」
花椰菜が呆れたように言った。
「なんの事かなぁ? 」
「惚けても仕方ないでしょ? わかってるでしょ、彼女1人で国同士の力関係を覆すだけの戦力になり得るって事! 」
花椰菜の指摘に緑麗は悪びれる事なく執務席に座り直した。
「彼女だって兵器じゃなくて1人の女の子なんだから、自分の意思を尊重してあげた方がいいって思わない? 」
「それはそうですけど、もしも敵国に……ああ、もういいです。それと星帝陛下には流花さんたちの事は伏せて報告書を送っておきましたから。」
「さすが花椰ちゃん! ありがと♪」
以心伝心、姉妹は互いに口に出さずとも、そうするであろう事を読んで行動していた。一方で津葉樹の郷を後にした流花たちは行く当てを失い、迷っていた。
「緋女ちゃん、どうしようか? 」
流花からの問い掛けに緋女も困っていた。おそらく流花と緋女だけなら、まだなんとかなるだろう。しかし月奈を連れてとなると色々と制約が多くなる。
「はぁ……流花を竜斗の奴に任せて一旦、月奈を沙久楽の郷に連れ帰るしかないか。」
「そんなん、いややっ! 」
月奈が叫んだ瞬間、緋女は妙な気配を感じて身構えていた。




