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花竜の彷徨  作者: 凪沙 一人
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第一話 花筏

 沙久楽さくらさとと呼ばれている村があった。その村に流れる川の少し上流から川岸に桜並木があり、桜が散る頃には見事な花筏が現れる。そんな川に星務官せいむかん水明すいめいは釣り糸を垂れていた。桜の花弁の所為で魚影などは見えない。水明は浮きも付けずに感覚だけで当たりを待っていた。そこへ村の子供たちが走ってやって来た。

「水明さん、水明さぁん!」

 水明は少し顔を曇らせた。これでは折角の魚が逃げてしまう。しかし、子供たちのただならぬ様子に水明も腰を上げた。

「どうしました? そんなに慌てて」

「人が流されてるんだ!」

 それを聞いて水明も急いで子供たちと現場に向かった。すると花筏の中を流木に掴まった少女が流されている。どうやら気を失っているらしい。水明は釣竿や玉網たもあみを使って、なんとか流木を川岸に引き寄せると少女を岸へと上げた。大きな怪我は無いようだが小さな痣が幾つか見受けられる。何よりもこのままでは風邪をひいてしまうだろう。

「誰か、鳥鳴ちょうめいさんを呼んできて貰えないか? 」

 水明が子供たちに声を掛けると、何処からともなく妙な高笑いが聞こえてきた。

「ホーッホッホッ! 星務官様、わたくしをお呼びですか? お呼びですよね? ええ、ええ、当然ですわよね。この村で一番の療師である、この鳥鳴にお任せくださいませ! 」

 水明も子供たちも苦笑していた。療師というのは医師と祈祷師を合わせたようなものなのだが、この村に療師というのは鳥鳴しか居ないつまり一番も二番もないのだ。

「あら、この怪我……星務官様、この、おそらく誰かに狙われていますよ。相手はかなりの手練れ、多分、この娘も……。どちらにしても、ここで治療は無理ね。うちに運ぶしかないのだけれど?」

 鳥鳴は水明の顔色を窺った。それは、この娘を村に入れる事によって争い事に巻き込まれるかもしれないという事だろう。水明は鳥鳴の意図を汲み取った上で頷いた。鳥鳴も軽く頷くと軽々と少女を抱えて運んでいった。

 ***

 しばらくして少女は目を覚ました。見覚えの無い景色に慌てて起き上がると痛みが走った。

「痛っ!」

「こら小娘っ! まだ大人しく寝ておいで。」

 聞き覚えのない声に少女が辺りを見回すと白衣姿の鳥鳴が椅子に座っていた。

「あの……ここは何処ですか? 」

 鳥鳴は少女からの質問を遮った。

「その質問に答える前に名前、聞かせて貰える? 診療録カルテに書かなきゃならないんでねぇ。」

「名前は流花るかです。流れる花と書いて流花です。」

「はいはい。流れる花で流花ね。じゃ流花の質問の答えるね。ここは沙久楽の郷。まぁ小さな村だから聞いたこと無いかもしれないけどね。」

 確かに流花には耳馴染みの無い村の名前だった。

「ありがとうございました。お代は必ずお支払いに参りますから今日の処は見逃してください。」

 流花は丁寧に頭を下げたのだが……鳥鳴は憮然としていた。

「見逃せないねぇ。お代? 川を流れてきた漂流少女からそんなもん取ろうとは思ってないよ。」

「それなら……え?……急に……眠く…… 」

 鳥鳴は崩れそうになった流花を抱き止めると布団へと戻して寝かしつけた。

「療師が大人しく寝ておいでと言ってるんだから患者は寝てりゃいいんだよ。あとの事は、この鳥鳴さんに任せておいで。」

 そう言い残すと鳥鳴は村の入り口へと向かった。すると、そこには既に水明が待っていた。

「あら、星務官様。お早いお着きですこと。」

「僕も一応、星務官だからね。いきなり鳥鳴さんに開戦されてもいけないと思って。話し合いで済むなら済ませておきたい。」

 それを聞いて鳥鳴がクスリと笑った。

「星務官様は話し合いで済むとお思いですか? 」

「鳥鳴さんがここに来たと云うことは、無理なんだろうね? 」

 水明に質問を質問で返されて鳥鳴は軽く首を捻った。

「さぁ、どうでしょうね。わたくしの仙術は占いでも先読みでもありませんから……。星務官様の星術では何と? 」

「僕の星術も占星術ではないからね。まぁ、取り敢えず彼等がやって来る時間は二人とも当たったみたいだ。」

 水明の視線の先には武装した一団が近づきつつあった。その集団の長らしき人物が前に出た。

「その記章、この村の星務官殿とお見受けする。」

「いかにも。僕はこの村の星務官を務める水明。それで、この物々しい出で立ちは何事ですか? 」

 毅然とした水明を見て集団の長らしき人物は薄笑いを浮かべていた。

「白々しいやり取りは抜きにしようか。私は華京の第一師団『あおい』の団長、光凛こうりん。先刻、この村に流れ着いた娘を渡して貰いたい。」

「そいつは出来ない相談だねぇ。担当療師として患者を護る義務がある。今は安静が必要だから流花は仙術で眠らせてある。怪我が治るまで勝手はさせないよ。」

 鳥鳴が光凛を睨み付けた。光凛自身は冷静にしているが『葵』の兵士たちは今にも飛び掛からんとばかりに身構えていた。

「眠っているなら丁度いい。あの娘に暴れられると厄介だからね。こちらとしては、あの娘が得物ごと手に入れば生死は構わないんだ。村を焼き尽くしてから、ゆっくり遺体を探させてもらう!」

 その時だった。水明たちと光凛たちの間に上空から漆黒の抜き身の刀が降ってきたのは。

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