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レイニーレイニー  作者: 田代夏樹
9/12

キャンプツーリング

「いろいろ調べたんだけどさ、調べれば調べるほど選択肢が増えて、もう頭ン中ぐちゃぐちゃなんだよ。ツールもギアもピンキリで」

「投稿サイトに初心者~とか、初めての~、とかで検索できないの?」

「それをしたからぐちゃぐちゃなの。いっそのこと選択肢が三つくらいならどれを取っても外れないと思うけど、季節でフィルター掛けても、金額の上限でフィルター掛けても全然絞り込めないのよ。安かろう悪かろうで買い直すことになったら金の無駄だし」

「じゃあどうするの?」

「ショップに並んでいるキャンプ道具はどれも高いし、通販サイトの口コミも当てにならないし・・・誰に相談すればいいんだあぁって思ってたら、身近なところに良い先輩がいたじゃん」

「・・誰? あ、立石先輩!」

「そう、立石さんならキャンツーは詳しいだろうしね。バイク向きのキャンプ道具のこと、教えてくれると思うんだ。明日早速聞いてみよう」


「立石さん、テントや寝袋はどこのヤツを買えばいいんですか?」

「何だい? 藪から棒に・・・」

部室にやってきた立石に、零士がいきなり質問をぶつけた。驚く立石に零士は事の経緯を話した。

「・・・つまりキャンツーデビューしたいと?」

「そういうことです」

「で、キャンツーに適したギアを教えて欲しいと」

「できれば低予算で」

立石は少し考えて、それは難しいかな、と呟いた。

「まず、世に様々なテントや寝袋があるけれど、結論を言うと有名メーカの高価な奴が一番良い。これは事実だ」

「でも・・・」

「まあ最後まで聞けって。ちゃんと説明するから」

立石はゆっくりと話し始めた。

「でもそういうのは基本登山目的で作られたもの、っていうのが多いのも事実だ。それこそ厳寒期の三千メートルを超えるような場所でも使えるようなものもある。でもバイクでは真冬にそんなところは走れないだろう? だからそれはオーバースペックなんだ」

零士と栞は大きく頷いた。

「ギアは必要な性能と機能で選ぶんだ。つまり選択の基準を二つに絞る」

「どういうことです?」

「テントは季節選択で春から秋のスリーシーズン用を選べば良い。真冬はバイクでは行かないからね。大きさは一人用じゃなくて二人用」

「それは僕らが二人だから? 一つのテントに二人で寝る前提ですか?」

「違うよ。ソロで走っても荷物もテントインすることを考えると一人用ではちょっと狭いんだ。ただ寝るだけじゃなく、雨の時はテントの中で着替えることもあるからね。それに雨や結露でテントの幕が湿ると、そこに密着した体も濡れる可能性がある。テント内の空間に余裕が欲しいから二人用なんだ。それと防水防風性の高いもの。体を休養させるのに必要な空間を確保するためにね」

「なるほどお」

「寝袋はダウン素材の、氷点下でも使えるレベルのものが良いね」

「それじゃあ夏は暑すぎませんか?」

「夏は掛布団の様にして使うんだよ。それより春、秋の寒さ対策の方が重要なんだ」

「高そうですが」

「うん。でもこれは命に係わるかも知れないからケチっちゃ駄目だ。それから冷気やテント内のクッションのためにエアーマット。これもしっかりした奴を選ぶ必要がある」

「コットは?」

「コットでもいいけど、冷気を完全に遮断するには床とコットの間にやっぱり断熱になるものが必要だし、コットは嵩張るよ」

「今キャンパーはコットが主流かと思っていました」

「そういう訳じゃないんだけどね。ウレタンのロールマットだけじゃ駄目だよ。エアーマットと断熱材のマットを二重三重に使うことも考えて、季節で重ねる量をコントロールすれば良い」

「そういうことか」

「これが必要な性能ね」

「じゃあ必要な機能は?」

「バイクに積むということから、できるだけコンパクトで軽いってこと」

「ああ、そうか」

「この二つで絞り込めば候補は限られるよ。まあソコソコ値は張るけど、良いものは何シーズンも使えるからね。安物を買って、後で買い直すより経済的だよ」

「椅子やタープ、焚火台や調理道具、なんかは?」

「極論を言うと、無くてもいい」

「え? じゃあ食事は?」

「キャンプ場の近くでパンやおにぎり、水やお茶を買えばいいのさ。非常食に缶詰があれば。その方が荷物は減らせるからね」

「キャンプと焚火、調理はワンセットかと思ってましたよ」

「まあ僕はそうするけどね。冬の焚火なんて痺れるぜ?」

「じゃあ・・・」

「でもその分その時間を取られてしまう。昨今のキャンプブームは食事を楽しんだりキャンプ場でのんびりまったりが主流みたいなとこがあるからね。でも君たちはそのために走る時間を削れるかい? さっきの話じゃ君たちの主目的はキャンプじゃなくて遠征場所での寝床の確保、だろう?」

「・・・」

「だろう? それに最初からハードルを上げる必要なんかないでしょ? どのみち出来ることから順に経験値を増やすしかないんだから」

「・・・うーん」

「じゃあさ、まず僕と一緒にキャンツーに行ってみようよ」

「そのための必要なギアの相談をしているのですが・・・。それじゃあ本末転倒ですよ」

「デイキャンプだよ。僕のギアを一式持って行って、キャンプ場でテント張から焚火まで実演してあげる。昼食もね。でも泊まらずに帰って来る」

「それなら私たちは荷物は要りませんね」

「そう、途中で食料を買うだけ。あ、椅子は要るか・・・。僕の友達から借りて置こう」

「日曜日のデイキャンプならバイトに穴を空けずに済みます」

「お願いします、連れて行って下さい」

「うん、いいよ。僕はできればキャンツーも自二部の恒例行事に組めないかと思っていたんだ。予行練習としても都合が良い」


 四月、ゴールデンウィーク最初の日曜日の朝。大学の正門前には七人のライダーがいた。V-Stromの立石、セローの兵頭、MTの金井、SRXの吉田、CBの佐々木、CBRの栞とNSRの零士だ。立石と栞、零士の三人とは別に、四人は連休を利用してロングツーリングに出掛ける。当初の予定では立石も日帰りのデイキャンプをするつもりだったが、結局宿泊して二日目からは兵頭らと合流するので、デイキャンプは初体験の栞と零士だけになった。

「思ったより荷物が少ないんですね?」

「各々テントとシュラフ。タープ二枚とクッカー、調理道具は分散しているからね。一人で荷物を作ると結構な量だよ」

「グループキャンツーの良いとこさ」

「そうだ! バッグ!」

零士が声を出した。

「どんなサイズのバッグを買えば良いかを聞き忘れていて・・・」

「それは今日これから説明しようと思っていたことさ。大は小を兼ねる、なんだけど、自分のバイクの積載量にも制限があるしね」

「え? 制限?」

「何だ、知らなかったの? バイクの幅左右15cm、荷台もしくはビリオンシートから後方30cm、高さは地上から2mが最大値だよ。重量は60kgで、まあこれを超えることはないと思うけどね」

「知らなかった」

「バイクの幅はね、普通はハンドル幅やカウルのウィンカーだけど、僕のみたいにサイドケースを取り付けるとそこがバイクの最大幅に書き換えられるんだ。だからレイニーのNSRや桜井さんのヨンダボではこのくらいしか許容されない」

そう言って立石は手を広げた。

「だからツアラーはでっかいケースを付ける人が多いのかあ」

「ケースは物の出し入れが便利、だけじゃなくて積載量の増大化にも役立つのさ」

「タンデムシートにバッグを直積みすると、キャンプギアは軽量コンパクトが必須って意味、よく解りますね。」

「二人の椅子は、行きはもう僕の荷物に積んであるけど、帰りは持ち帰ってね」

「了解です。そのためのコードは持って来ました」

「上等! じゃあ行こうか!」

立石は皆を見回すと、

「兵ちゃん先頭頼みます。吉田君、金やん、栞ちゃん、レイニーの順で。僕がしんがり走りますから」

 順序良く隊列を組んで走り始めたが、零士にとってはこれはやはり退屈だった。荷物で横幅が膨れたバイクは、車の渋滞に簡単に巻き込まれて思うように前に出れない。これでは折角のバイクの機動性が発揮できない。一回目の休憩で道の駅に着いたとき、零士はいつもの倍は疲れた気がした。駐車場の車やバイクの多さにも辟易した。

「ゴールデンウィークだからねえ。人も沢山いるさ」

この先もこのペースで走るのかと思うと、ちょっと嫌気がさした。

 二度目の休憩所で立石チームと兵頭チームは分かれる。立石チームはすぐ近くの湖畔のキャンプ場に入り、兵頭チームがここから100km離れた海岸のキャンプ場に行く。

「じゃあ明日、お昼に岬で」

「レイニー、デイキャンプ楽しんでな。桜井さんも」

「お気を付けて」


 キャンプ場に着くと、まだ午前中だというのに大勢のキャンパーが既にチェクインしていた。

「うわあ。すごい人ですねえ」

「今はアウトドアブーム、キャンプブームだからねえ・・・。さ、ここらで良いでしょ」

立石はバイクを停めると、てきぱきと荷をほどいた。

「キャンプ場によっては区画が決められた所もあるし、予約が必要なキャンプ場もある。予約なしで敷地内なら自由にテントを張って良いって所もある。このキャンプ場は後者だから早い者勝ちでロケーションの良い場所を陣取れる」

立石は場所を指さした。

「ロケーションも大事だけど、テントを張るには木の下は避けた方が良い。虫が落ちて来ることもあるし、小雨でも葉が水を集めるから滴り落ちる水滴はテント跳ねてで大きな音になる」

「なるほど」

「区画整理されていない場所なら、水捌けの良い場所を探すんだ。傾斜の下側や石場は避ける。湖や河原は水際は避ける。風下にテントの入り口が来るように張る。なんていうのも覚えておいた方が良いね」

「さすが詳しいですね」

「まあね。で、場所が決まったらまずはグランドシートを敷いて。次にテント本体を組み立て、ペグを打ち込んで固定する。最後にフライシートを張って完成。」

「意外と簡単ですね。え? テントってこんな大きさなんですか?」

「そうだよ、今は小さく収納できるものもあるのさ。ほら、これがシュラフ」

「うわ! 小さっ。これで本当に氷点下でも暖かく寝れるんですか?」

「大丈夫だよ、保証する。この下にエアマットも敷いて・・。エアマットはクッションにもなるし、断熱効果もあるし。ほら、これ」

バッグから出てくる荷物は段々小さくなった。麗奈は初めても見るものばかりだが、零士は子供の頃の体験からギャップを感じていた。俺のガキンチョの頃はもっと武骨で大きかった気がするけど、と呟いている。

「あ、あの! グランドシートは何のためです? フライシートって何です?」

「グランドシートは、地面が湿ってもテント内に湿気が移らないため。フライシートは雨や露から本体を保護するため。テントを含めてこの三つは一体化したものもあるから」

「そんなものがあるんですか」

「今はねこういうポールをフレームにして通すだけ、ポールに引っ掛けて吊るすだけみたいなものが主流だし。組み立ても簡単なんだ。で、中に断熱のマット類を引いて、シュラフを広げて揉む」

「手順としてシュラフの準備は始めの方なんですか?  寝具なのに?」

「そう、ダウンのシュラフはパッキングで潰れているから、まず広げて空気の層を作るんだ。化繊のシュラフならこれは必要ないけれど、重いしパッキングも大きい。僕は断然ダウンを勧めるね。手入れは必要だけど」

「そおかあ。で、これらが最低限のギアって訳ですね」

「一つ言っておくとテント付属のペグは曲がり易いから。これはどのテントを選んでも、ペグだけは鍛造とかチタンのペグを別に準備した方が良い」

「へええ」

「で、これが焚火台。キャンプ場によっては炭、灰、ゴミは持ち帰りってとこもあるから炭入れ。ローテーブルとローチェア」

「低くて使い難いのでは?」

「焚火を楽しむのなら近い方が良い、と僕は思う。焚火の有無を別にしてリラックスするならハイチェアの方が良いかな。ほら、借りてきてるから座ってみて」

零士は組み立て式の、華奢に思える骨組みの椅子にそっと腰を下ろした。

「あ! これいいわ。お尻すっぽり!」

「だろ? で、あとはクッカー類。つまり鍋やフライパンや網。まな板、包丁、調味料、それから箸とフォークとスプーンのカトラリー」

次から次へとツールが出てくる。これだけのものが、よくもコンパクトに収まったものだ。

「あれ? これはガスコンロですか?」

「そう。焚火の直火でクッカーを使うと煤を付けるから」

「じゃあ、焚火は何のために?」

「純粋に焚火として楽しむか、料理は熾火にして使う。コンロを荷物から外したいときは煤が付くのを割り切って焚火調理も良い。ただキャンプ場によっては焚火禁止の所もあるから事前に調べて置かないとね。僕は何処に行くにも取り敢えず常備するよ」

「ええ? てっきりキャンプと焚火はセット物だと思ってました」

「そこはキャンプ場しだい。やっぱり火事になったら大問題だし、それ以前に近隣テントに火の粉が飛ぶとか、芝が痛むとか問題もある。灰や炭は土に還らないからキャンプ場の管理の手間もあるだろうね」

「あ、このガス缶、家のカセットコンロのとは違う形してますね」

「これはOD缶って言って、気温が低い所、気圧が低い所でも燃焼効果の高いヤツなんだ。家庭で使うのはCB缶。安いけど高地じゃ使えない」

「キャンプ用の荷物はこれで全部ですか?」

「あとはランタンとライト。バトリング用のナイフと火起こしのファイヤースターター」

「何です? それ?」

「バトリングというのは薪を細かくして火付けし易くする加工工程。ファイヤースターターっていうのは簡単に言うと火打石さ」

「え? ライターで火を付けるんじゃないんですか?」

「ライターでいいのだけれどね。キャンパーは不便を楽しむとか、その工程を楽しむというか・・・。ま、この辺は人それぞれだよ。あとはタオルとキッチンペーパー、ゴミ袋」

「着替えは?」

「僕は一泊なら持ち込まないか、雨天用に下着をワンセット。連泊ロングツーリングでも二~三着だよ。コインランドリーで洗濯できるからね。あ、あとスニーカーくらいあった方が良いな。テントの出入りとか楽だし、足首も動かせるから歩き易い」

「ほんと、勉強になります」

「これだけの量がこのバッグに入ってたんですね?」

「うん。他に雨具と、僕はカメラも持って来るけどね。あ、タープは別で数えてね。便利だけどその分荷物になるから」

「今日のデイキャンプは正解だな。知らなかった事ばかりだ」

「投稿サイトに情報はバンバン上がっているよ」

「あれって、信用していいのかどうか・・・」

「ま、僕の話は信用してよね」

「勿論です」

「じゃあ、食料品の買い出しに行こう。戻りしなに管理棟で薪と炭も買わないと」

「何を作るんです?」

「簡単にするなら前にも言った通り、出来合いのものを買って来ればいいけど。今日は折角だからバーベキューをしよう」

「贅沢ですね」

「高い肉は買わないよ。安い肉でも、野外で食べるものは美味く感じるものさ。学生キャンパーは貧乏キャンパー」

「せめて節約キャンパーと呼びたい・・・」


「食料の選択にもコツがあるんだよ」

スーパーマーケットの中。三人は食材を選びながら買い物客の間を歩いた。

「なんです?」

「地元の食材を選ぶこと。肉魚の生ものはその日に食べられる量にすること。常温保存できないからね。あとキャンプ場に飲料水がない場所は一人2l程度の水を確保すること」

「生ものは割安だからって大量買いしちゃいけないってことですね?」

「そ。バイクに冷蔵庫は積めないからね。大量に買っても荷物になるし、腐らせるだけさ」

「昼飯の三食分、肉野菜の具体的な量はどんな感じっすか?」

「主食も入れて一人500~600gくらいかなあ。栞ちゃんはもっと少ないと思うよ」

「立石さん、栞の大食い、知らないから」

どんっと音がして栞のブーツが零士のブーツの上に落ちた。

「いっ~て~」

「余計な事言わないでよ!」

「調味料も常温携行できるものじゃないとね。バター、マーガリン、ケチャップ、マヨネーズはちょっとロングには持って行けないね。日帰り、一泊なら使う分だけ小分けして持って来るとか。味噌はこういうインスタント味噌汁の、生みそ一食パックっていうのがあるけどさ」

「ははあ。出来合いのもので十分って意味がわかりましたよ。惣菜や弁当なら味のバラエティも食べたいものを選べば済むけど、それをキャンプ場で作ろうと思ったら時間が掛かるだけじゃなく、用意準備するものが少量多種になる」

「僕が高校生でキャンツーしてた頃は、同じ味の同じ食材を食べ続けたこともあるけどね。何も塗っていない食パン三食とか・・・」

零士は肉のパックを見ながら量を計算しカゴに入れた。栞のカゴには玉葱やピーマン、椎茸、ナスが入っている。

「肉と野菜はこんなもんですかね?」

「うん、ご飯はレトルトにしよう」


 買い物を終えた三人はキャンプ場に戻り、立石はてきぱきと準備を進めた。

「先ず火を起こすための準備からだ。これがバトニング」

買って来た薪に大きいナイフを叩き込み、器用に縦に割った。

「売っている薪を、四分の一とか六分の一くらいの太さにするんだ。そのままだと火が点きにくい」

「面白そうですね」

「まあね。・・・細くなった薪を、今度は鉛筆削りの要領で、でも木片を落とさず先端に集める。鉛筆削りというより、ナイフを使った細いカンナ掛けって感じかな? これがフェザースティック」

「なんかこれ、薪で作った彼岸花、みたいですねえ。キャンパーは皆できるんですか?」

「それはどうかな? 僕だってコツを掴むまでは上手くできなかったよ。・・フェザースティックは三、四本作っておく。そうしたら、焚火台に火床に引火性の強い、ティッシュや麻縄をほぐしたもの、松の葉、松ぼっくりなんかを置いて、マグネシウムの削粉を落とす。そしてそこにスターターで火花を落とす」

立石がスターターを強くこすると、バチっと音がして火花が散り麻縄に落ちた。それにマグネシウムが引火し、そーと息を吹きかけると麻縄に火が移った。火種だ。

「よし。そうしたらフェザースティックや細い薪を慎重にくべて火を育てる」

「育てるだって・・」

小さな火種は、立石の削ったフェザースティックに移って見る見る大きくなり、いとも簡単に火が付いた。

「安定したら空気の通り道を確保しながら太い薪を追加して行く・・・」

炎はあっという間に広がった。立石はそこに買って来た炭をくべた。

「薪を熾火にするまで時間が掛かっちゃうからね。今日は時短で行こう。桜井さん、お肉に胡椒を擦り込んでくれますか?」

「塩胡椒、ですか?」

「いや、胡椒だけ。塩は浸透圧で肉汁が出ちゃうから、食べる前に付けるの」

「あ、俺、野菜洗って切ってきます」

「うん。ついでに鍋に水を張ってきてもらえると助かる」

「了解です」

立石の指示に二人も楽しそうだ。コンロでお湯を沸かし、レトルトのご飯を温め、炭火の上で金串に刺した肉野菜を炙った。

「直火だと表面しか火が入らないから。炭火でじっくり炙るから時間は掛かるけどね」

「立石さあん。お腹減り過ぎ~」

「まあ待て。空腹は最高の調味料と言ってね・・・」

その時栞のお腹が可愛らしく鳴った。途端に真っ赤になる栞。

「もう少しだから」

立石は笑いながら言った。零士は必死に笑いをこらえ、肩を震わせている。立石は調味料をバッグから取り出すとシェラカップや紙の皿に小分けに注いだ。

「これ岩塩。こっちは山葵塩。これは焼肉のたれ」

立石は皮手袋で慎重に金串を持ち上げ、十分火が通っていることを確認すると、皿の上に肉と野菜を抜き取った。

「さあどうぞ。味付けは好みでね」

「いただきますっ!」

零士は塩をふりかけ、肉にかぶりついた。栞も待ち切れないとばかりに、それでも女の子らしく、静かに口に運んだ。

「うわっ! 柔らかい! それに美味過ぎ!」

「これはやばいっすね。いくらでも食べれそう」

焼き上がった肉を口にした二人は口々に言った。

「野外で食べると、何でもご馳走に化けるのさ」

立石は満足げに言った。


 湖の湖面をボートが走り、湖面に波を作った。さざ波で湖面の光が揺れる。小鳥のさえずり。風がなく穏やかな湖畔は、日常を忘れるには十分過ぎるロケーションだった。

 食後の紅茶を飲みながら、午後の時間がゆっくりと過ぎて行く。

「なんか、しあわせ~って感じ」

「そうだろう?これで日が暮れて星空の下、焚火の揺れる炎を見たら、もっと感動するよ」

「焚火の時間まで、居ていいっすか?」

「僕はいいけれど、帰りが遅くなるよ。今日は欲張らないで、焚火鑑賞は次の機会にした方が良いんじゃないかな?」

「バイクとキャンプの組み合わせって、積載できる荷物に制限があるからどうかなって思ってたんですけど、ありですね」

「僕はバイクとキャンプの組み合わせは、むしろ相性が良いと思うよ」

「どうしてです?」

「さっきも少し話したけれど、キャンプって、日常の便利な生活から非日常の、ちょっとした不便さを楽しむことでもあると思うんだ。ほら、家に入れば電化製品に囲まれて、ご飯を作るのもお風呂を沸かすのも半自動だよね。でもここじゃ基本全てを自分の手でやらなきゃならない」

「火起こしとか、火加減の調節とか」

「そう。でもその工程が楽しい。いつもならスイッチ一つで済むことを、何倍もの手間を掛けてね。それに・・・」

森の上をトンビが飛んでいる。湖には水鳥が浮かぶ。遠くまで視界を遮るものはない。ここは日常とは切り離された空間だ。

「こんな場所にいると、自分の中のいろんな感覚が解放されて行く気がするよ。いや逆に感覚が研ぎ澄まされて行くのかな。普段なら目に入らないものまでよく見える」

紅茶を一口飲むと、立石は続けた。

「波長が合うっていうのかな。ほら光も音も波だってことは知っているだろう? こんな空間で自然界のいろんな波長を浴びて感じて、自分の波長と同調増幅して感性が豊かになる気がするよ」

零士と栞はその言葉に麗奈を思い出し、大きく頷いた。

「バイクもそうだろう? ただの移動手段じゃあない。居住性や荷物の運搬性は四輪車に劣るけど、そこは逆にいうと閉鎖した空間の移動でもある。バイクには操る快感もあるけど、何より解放感があるからね。バイクで走っていると音も光も気温も湿度も、直接感じられる。全身のいろんなセンサーが自然と繋がっているような感じになるんだ」


「これは僕の持論だけどね」

立石は前置きした上で言葉を続けた。

「僕らはもう電気のない文明には帰れない。そしてキャンプという非日常で電気という文明と離れた自然界での生活を楽しむことも覚えた。だからこそ、ここには電気を持ち込むべきではないってね」

「ちょっと偏見入っています?」

「ちょっとどころか、ガッツリとね」

立石はニヤッと笑った。

「でも大きな声で言っちゃ駄目だよ? 車で来ているキャンパーさんたちはポータブル電源を持って来ている人もいるし、キャンピングカーで来て、テントを張らない人もいるからね」

三人は顔を見合わせて笑った。

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