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レイニーレイニー  作者: 田代夏樹
10/12

新入生ツーリング

「立石さん。これはもう、自二部のイベントにするしかないですね。楽し過ぎます」

「そうだろう? 賛成してくれるかい?」

「勿論です」

「宿泊キャンプにするとギアを持っている人しか参加できないけど、デイキャンプならテントやシュラフは要らない。その代わりタープを張って日除けにすればいいんだ」

三人はアイディアを出し合い、実現に向けて話し込んだ。

「さあ君たちはそろそろ帰らないと、本当に家に着くのが遅くなる。僕も夕食の準備を始めるよ」

「はい。ありがとうございました」

「レイニー、栞ちゃん。ありがとう。二人とも気を付けて帰ってください」


 帰りの道中、二人はインカムで話し合った。

「これはもうキャンツーするしかないね」

栞の言葉に零士も同調する。行き路では車の後ろで大名行列をし、多少なりとも不満を抱えていた零士だが、それはすっかり忘れていた。

「テント、シュラフ、マット、必要最小限のものから選んで、準備を進めよう」

「零士君、またお金使っちゃうね。今年はいよいよサーキットデビューする予定だったんでしょう?」

二人は立石から彼が使っているギアの価格を聞いていた。

「大丈夫。それなりに貯めてあるし、必要な性能と機能を聞いて納得したから。やっぱりちゃんとしたものを買わないとね」

「でも・・・」

「エンジンのオーバーホールとパワーアップはしたし、サーキット走行に支障はないよ」

「気を付けてよね」

零士は小林の好意に甘え、月一回のサーキットランを計画していた。その最初の走行が来週ある。デイキャンプで浮かれた気持ちを引き締めた。

「夢の実現に向けて、着実に進んでいるさ」

「・・・キャンプ、行けるの?」

「え?」

「レース始めたら、お金も時間もそっちに取られるんでしょう?折角キャンプギアを揃えても使う機会、ないんじゃあ?」

「あのね、今はまだレーサーの購入資金を貯めている段階だよ。計画通りに資金が貯められても、実際に参戦できるのは三年生の後半から。これからの一年半は月一サーキットで、練習走行する予定。だからざっくり言うと、二年生は自二部の活動とツーリング。三年生になったら就活をして、本格的にレースするのは四年生からって感じかな」

「ええ? そうなの?」

「まずはレーサーを買わないと話にならないしね。いくらこいつのパワーを上げても、これでレースに出れるわけじゃないから」

「てっきりそのバイクでレースするんだと思ってた」

「目指しているカテゴリーと違うからね。俺は速くなりたいし、勝ちたいんだ。そのためにはまずマシンの基本性能が互角じゃないとね。それで勝たなきゃ評価されない」

「よく解らないけど」

「簡単に言うと、同じ条件でテクだけの勝負に持ち込みたいってことさ」

「できるの?」

「さあ。やってみないとなんとも言えないな。俺はまだスタートラインにさえ立っていないのだから」

 バイパスに入って進路を東に取ると、西日がミラーに反射して眩しかった。

「ま、少なくとも今年一年は部活やツーリングに行けるさ。バイトがあるから、立石さんみたいに連泊のキャンツーは難しいけどね」

「去年みたく絶景に巡り合えるかしら、私たち」

「探そう。雨に降られるんじゃなくて、雨を避けて。或いは雨を探して」

「できるかしら? 私たちに」

「栞には折角取った気象予報士の資格を活かしてもらわないとね。期待してるよ」

「私、麗奈先輩みたいな知識も経験もないわよ」

「それは仕方ないさ。経験は自分で重ねるしかないんだからさ」

「再来週が定例ツーリングだから、今度零士君と二人で走るのはその次の週ね」

「季節と地域土地の情報は収集しておくよ」

 夕陽が完全に沈み、街路灯が点いた。四輪車のヘッドライトも灯る。

「立石さん、今頃焚火を楽しんでいるのかなあ?」


 立石は夕食の、最後の準備を終えた所だった。献立は焼魚とご飯と味噌汁だ。魚は塩鯖とカレイの干物を選んだ。味噌汁の具にはブナシメジとキャベツ、もやし、椎茸の入った野菜のセットを買って来た。熾火でじっくり炙った魚は、脂が時折滴り落ち、見るからに旨そうだ。立石は焚火に薪をくべて炎を大きくして、ローチェアに腰を下ろした。

「いただきます」

立石は一人の食卓でもきちんと挨拶をした。子供の頃から親に躾けられた生活習慣の中で、いただきますとご馳走様の二つの挨拶は、体に染みついている。食料となった生き物への感謝、食べられることの感謝、そして作った人への感謝。

「今日も一日楽しかった。自二部の仲間たち、素敵な時間をありがとう」

揺れる炎を見ながら独り夕食を楽しんだ。

 食後、立石は食器や調理器具を片付けて、紅茶をカップに注ぐと無言で湖を見つめた。彼の右側にはローテーブル。その先に焚火台を配置し直した。右足側しか熱を受けないが、真っ直ぐ湖を眺めるには焚火は視界の中には入って来ない。今日は満月だが月の出は遅い。彼は目線を上げ、今は満天の星空を楽しんだ。澄んだ空気で星々の瞬きがくっきりと見える。ゆっくりと紅茶を飲んでいると、静かに睡魔が彼に訪れた。しかし抗うことはせず、瞼を閉じるとあっさりと眠りの底に着いた。

 やがて月が上り、湖の奥の山からその姿を覗かせると、彼は月明かりに照らされた。満月がその全様を山の上に見せたとき、彼は静かに目を開けた。目の前の光景を、一瞬理解できず、あっけにとられた。山の上に満月が大きい。そして湖にも月があった。確かにこれを狙って東側を正面にしたのだが、まさかこんなにも上手くいくとは思わなかった。

「あ、写真」

彼は呟くとテントに入って一眼レフカメラを持ち出した。小さな三脚にセットし、構図を決めた。絞りを開放気味にしてシャッタースピードを長めに、セルフタイマーで何度も写真を撮った。絞りを変え、シャッタースピードを変え、寒さを忘れてその光景を楽しんだ。


「九頭龍君たちと走るといい写真が撮れるわよ」

卒業生の追い出しコンパで麗奈が立石に言った言葉だ。

「彼のバイク、転んだようには見えませんでしたけど」

麗奈は首を振った。

「違うの。私が風景写真好きなの、立石君も知っているでしょう? 秋からこっち、何度か一緒に走ったのだけれど、九頭龍君と走るといつもいい風景を見つけられる」

「そんなの、彼のおかげではないでしょ? 瀧本さんが狙いを付けて場所を選んで、時間までこだわって走っているのだから」

「風景はね、自然がくれる光の芸術。偶発的な要素も多いのよ」

「そりゃあそうでしょうけど」

頬を染めた麗奈は、静かに微笑んだ。


「偶然ですよ、瀧本さん」

立石は呟くと、焚火台を正面に移動し、もう消えかかっている焚火に薪をくべて、静かに息を吹いた。しばらく白煙が断続的に上がったが、やがて焚火は息を吹き返し、炎が揺れた。


「レイニー、それじゃあ距離を稼ぎ過ぎだって。いくら遠回りコースったって、二か所の休憩場所に時間通りに着いてくれなきゃ困るよ」

「秋のツーリングはこのくらいの距離走ってましたよ」

「今回は一年生が初参加なんだよ? 力量も判らないし、初心者だっているかも知れないだろう?無理させちゃいけないよ。事故なんてもってのほかだからね。年度最初のツーリングは様子見だよ」

「うーん・・・。コース決めってこんなに面倒だったのか」

「最初だけだよ。二回目の定例までに部員内の小グループが出来て走るから、お互いの力量も、好みのルートも解ってくる。そうすれば自分がどっちの班で走るのが良いか、自己判断できるようになるからさ」

「どっちの班に入っても、物足りないと思う人と、オーバーペースに感じる人が出て来るんじゃないんですか?」

「そこは班長の腕の見せ所でしょう。班の中のポジショニングや休憩の回数、長さで調整してください」

「ああ、安易に引き受けるんじゃなかった。自由に走ることもできないのか・・」

「フリーランの区間を作って、先頭で引っ張っても、自由に走らせても良いんだけどね。ほら、山田君も二回目以降はやってたでしょ?」

「・・・初回は駄目って事っすよね」

「だから、最初のツーリングは仕方ないって」

 鳳凰大自動車部の部室、立石と零士が自二部定例ツーリングのコース決めで話していた。目的地は伊勢神宮にしたが、零士の考えたプランでは神宮のさらに先の五ケ所湾まで足を延ばそうとしていた。大学と神宮の往復だけで概ね250kmほどだから遠回りの枠を超えた、大回りコースだ。零士はそれを直行班と二か所合流させようというのだ。

「伊勢に行く途中を県道の脇道に逸れて峠を走るだけでも結構な距離があるんだよ」

「そうですけど・・・」

「とにかく、冷静になって、新入生のことを考えてルートを決めてごらん。このチームの、ファーストツーリングなんだ。最高の想い出を作ってあげようよ」

「・・・わかりました」


「立石さんと揉めたの?」

整備場で栞が零士に聞いた。栞は新入生と一緒にチェーン清掃していた。

「揉めたわけじゃないよ。意見の喰い違いってやつ?俺のプランだと距離が長過ぎて新入生への負担が大きいってさ」

「ねえ、零士君はどうして五ケ所湾にこだわるの?」

「どうしてってわけじゃないけど・・・。お伊勢さんはツーリングスポットとしてはメジャーだけど神宮の中は写真も撮れないしさ、バイク並べて記念写真ってできないじゃん。そう思ったらさ、麗奈先輩が見せてくれた絶景を新入生にも見せてあげたいなあって思ってさ。そんだけ。五ケ所湾にこだわっているわけじゃないんだ。美しい景色を見たいだけ、見せたいだけさ」

「・・・零士君、なんか変わったよね」

「変わった?」

「うん。去年の定例ツーリングは、峠峠峠、ワインディングしか言ってなかった。目的地よりも、どんなルートで走るのかと、距離を気にしてたと思う」

「・・・そうか。そう言われてみればそうかもな」

「美しい景色を見せたいだけ、なんて台詞が零士君から出るなんてね」

栞が笑った。

「栞だって、チェーン清掃を人に教えるなんてね。去年は何も知らなかったし、メンテなんてできなかったじゃん?」

零士も言い返したが、その顔は笑っている。

「バイクは人を成長させるのよ」

「お、名言だな。俺もどこかで使おう」


 五月、自二部定例ツーリングの朝七時。自二部のメンバーは大学の正門に集合していた。新入生四名を含む総勢十七名だ。日本列島を大きな高気圧が包み、今日は雨の予報はどこにもない。立石は空を見上げて青空に満足していた。

「レイニー、流石に今日は雨は降らないね」

「立石さん、どんな雨男だってこの高気圧には降参しますよ」

二人は顔を見合わせて笑った。

 零士が参加者を数え、皆に聞こえるよう大きな声を出した。

「皆さーん、おはようございます! 集まってくださーい! いいですかあ、班分けしますよー。よく聞いて下さーい!」

皆は雑談を止めて零士の周りに集まって来た。

「A班、立石部長が班長です。直行班になります。遠回りB班は僕が班長をします。班ごとにブリーフィングしますので、直行班に参加する人はここに残って下さい。遠回り班に参加する人は、あっちでーす」

班分けで一年生は二人ずつに分かれた。A班は立石、栞を含む十名で、立石は走行のポジションを即興で決めた。

「一年生の二人は僕のすぐ後ろについて下さい。その後ろに四年生、二年生の順で、桜井さん、しんがりを頼めるかな?」

「了解です」

「皆さんトイレはいいですか? 天気は快晴ですが、逆に暑すぎるかも知れませんので、休憩時の水分補給は各自忘れずにお願いしますね。じゃあ十五分後に出ます」

零士の下にB班の輪ができた。

「改めておはようございます。今日はよろしくお願いします。事故のないように各自注意して走って下さい。市街地は特に注意して、イエローラインと信号厳守で。峠に入って車を追い越すときも前後の間隔には注意して下さいね。僕が先頭を走りますから、一年生は僕の後ろについて下さい。佐藤さんはその後ろでフォローをお願いします。あとは適当に」

「九頭龍先輩を抜いても良いんですか?」

Ninja400で参加した一年生の結城が聞いた。バイクに詳しい人なら、それがノーマルバイクでないことは直ぐに判ったはずだ。細部パーツは交換され、チューニングが施してある。

「ルートと休憩所が解るなら構わない、と言いたいところだけど。今日はフリーランは予定していないよ」

零士はそう答えた。しかし他の者が口を挟んだ。

「無理無理、レイニーを抜こうとするのは止めといた方がいい」

「どうしてです?B班は追い越しあり、でしょう?」

「レイニーのNSR、ばかっ速やだよ。峠モードに入ったらついて行くだけでもきついはずさ」

「大丈夫。今日は押さえて走りますから。皆を千切ったりしませんよ。立石部長からも釘刺されているし」

結城は納得が行かない顔をしている。

「まあ、走ればわかるさ。でも無茶だけはしないでくれよ」

零士は六名の顔を見回した。

「他に何か質問は?なければ五分後に出ますよ」


 五分後、エンジンに火を入れたB班の七台のバイクはゆっくりと校門前をスタートした。直行班の十名が皆、手を上げて見送った。零士はいつも以上に後続を気にして走った。それは栞とのツーリングで慣れっこだったが、後ろが六台もいるとバックミラーだけではそのポジションが確認しきれない。

「ハローハロー、最後尾はどなたですか?」

零士はインカムで確認した。一年生以外は皆インカムを付けている。

「俺、戸橋」

「戸橋さん、後方情報よろしくです」

「まかせとき。しかしまあ、毎年跳ねっ返りっていうのはいるもんだな。ファーストツーリングからやる気満々じゃないか」

「結城君のタイヤ、凄い削れ方してるよ? ありゃ全コーナー、ハングオフってタイプだな」

上級生たちはさり気なくチャックをしている。

「橘さんのVTRも良い感じでサイドエンドまで使い切ってるよ。意外とこの二入、どっこいどっこいなんじゃない?」

「ま、初っ端から遠回り班を選ぶのだから、ツーリング経験は勿論、峠もそれなりに攻めたことがあるんでしょ」

「だからこそ気を付けないとね」

国道からバイパス。一旦国道に戻って市街地を抜けると、最初の峠に向かう県道の分岐が近づいてきた。ここまでは皆大人しく零士について走って来た。

「さあレイニーの腕の見せ所だ。しっかりペース作ってくれよ」

「了解っす」

 県道の左側は畑が広がり見渡しは良い。今は菜の花で黄色と緑のコンストラクションが目に優しい。トラクターも農業作業者も、菜の花畑を散歩する人も見えない。その畑を抜けると小さな林があってトンネル。トンネルを抜けるといきなり峠になった。最後尾の戸橋がトンネルを抜け、インカムの感度が戻ると、零士は慎重にアクセルを開けた。

 詰まっていた車間が徐々に開いて行く。すれ違う車も、先を邪魔する車もなかった。零士はバックミラーの光点を気にしながら、狭い片道一車線の県道の右コーナーをアウトインアウトで駆け抜けて行く。その直後、バックミラーの光点は車体になった。零士は一瞬たじろいだ。こんなところでいきなり仕掛けるかよ、そう呟くと次のコーナーを睨みつけた。

 左コーナー、見た瞬間零士には走るべきラインが頭に浮かんだ。そして背後に気配を感じつつ、早めにアウトからブレーキを掛けて緩慢なカットインで後続車のラインを塞いだ。ゆっくりとクリッピングポイントに着くと、今度は逆に早めにアクセルを開けてアウトへとNSRをポジショニングさせた。これで後続はラインを完全に潰され、自分が思っているよりも相当遅いコーナリングスピードで回らなければならなかったはずだ。

 零士には自分が何故そんなラインとアクセルワークをしたのかわからなかった。ただそうすれば抜かれやしないと確信があった。

 短い直線区間はしっかりとアクセルのワイドオープンで、しかし早めのブレーキで相手のラインを潰し、コーナーではがっちりとインを固め、出口では後続車の欲しがるポジションにいつもいる。

「ちぇ! NSR! ばかっ速やなんじゃなくて、ブロックが上手いだけじゃねーか」

結城はヘルメットの中で悪態をついた。

「くそう、邪魔すんな!」

しかしその声は風に掻き消されていく。こいつ、後ろにも目があるのかよ。人の前ばかりいやがって。その言葉も排気音で誰にも届かなかった。

 今にも抜けそうなスピードのくせに抜けない、結城はだんだん苛立ってきた。左のブラインドコーナーに、イエローラインを超えてアウトへNinjaを振った。いくら何でもここまでラインを外せば、NSRのバックミラーには映らないはずだ、と結城は思った。案の定、NSRはセンターラインぎりぎりまでしか道幅を使っていない。結城は零士の死角に位置し、零士はインをがら空きにしてパッシングを繰り返しながらコーナーに入った。対向車がそのフロントグリルを見せた瞬間、零士の後ろからセンターラインを越えてインを刺す結城。零士には対向車のまだ若いドライバーが大きく目を見開き、何かを叫んでいるのが見えた。車のフロントノーズが沈んでいるのも判る。大丈夫、零士は冷静に呟く。このまますれ違えるからパニック操作はしないでくれ。右に対向車、左にNinja。三台は一瞬並び、すれ違った。

 結城は零士の内側に入り、よし、抜いた、と思ったが、右に居るNSRはNinjaと並走しながら加速している。次の右コーナー、二台が並んで進入すると結城はNinjaを倒せない。結城のブレーキングに合わせて零士は速度を落とし、クイックなカットインで結城にバンクのためのルームを開けた。結城はできたスペースでNinjaをカットイン、旋回して向きを変えると、先行するNSRと既に十五メートル以上の間隔が開いていることに気が付いて愕然とした。慌ててアクセルを開ける結城に、零士は体を起こし、左手を振って遠くを指差した。展望台入り口の看板がその先にあった。


「馬鹿野郎! 無茶するなって言ったろ!」

バイクを停めるや否や怒鳴ったのは佐藤だ。

「佐藤、怒鳴るのはインカム切ってからにしてくれよ」

戸橋は冷静に言った。ヘルメットを取った零士は、髪をかき上げながら。

「結城君、イエローライン超えちゃ駄目でしょ。しかもブラインドのコーナーで抜きに掛かるなんて無謀だよ・・。俺、対向車に気付いて欲しくてずっとパッシングしっぱなしだったんだよ」

「先輩が意地悪なブロックばかりするから」

「意地悪じゃないさ。ブロックしなきゃ、君、前に出てぶっ飛んでちゃうでしょ? 今日はフリーランはなしって言ったのに・・・。B班はツーリングルートを遠回りするだけで、スピードを競ったり街道レースをするのが目的じゃないんだよ」

結城は無言で唇を噛んだ。最後のコーナー、抜けなかったことを反すうしていた。強引な追い越しにトライし、そして抜けなかったどころか、千切られかけたのだ。

その横で佐藤が橘に話し掛けた。

「橘さん、マシンコントロール上手いね。いつから乗ってるの?」

「中学から。父に連れられて月二でコースを走ってました」

「サーキット? オフロード?」

「いえ、ジムカーナの・・・」

「ああ、それでか。低速は抜群に上手いのに、高速からの減速、随分早めに始めるなあって思ってたんだ」

「ジムカーナだと50km/h以上出すことほとんどないんで。公道は怖いです」

「公道はいつから?」

「高校が免許NGだったんで、卒業してから。今回が初ツーリングなんです」

「ヒュー」

佐藤は驚いたように言った。


 戸橋がミネラルウォーターを口にしながら言った。

「レイニー、ちょっと予定より押してるんじゃない?」

「そうっすね。ここの休憩は短めにして、次の区間は少しペース上げましょう」

それから零士は結城に向かってこう言った。

「クルージングのペースを上げたいんだけど、いいかな。抜こうとせずに後ろに付いてくれると助かる」

「本気で走るってことですか?」

「本気の安全運転ね。ブロックラインを使わず、普通のラインで加速と減速を繰り返すだけだよ」

「佐藤、しんがり交代してくれよ。俺も橘さんの走り、見てみたい」

「おけ」

「じゃあポジションを入れ替えて行きましょう」


 駐車場を順に出て、最後尾の佐藤からOKの連絡が入ると、零士はペースを上げ始めた。零士は不思議な感覚だった。何故だか景色が良く見える。と同時に後ろに付いた結城の動きが読めた。右コーナーであっても左コーナーであっても、どのあたりでカットインしてどこでアクセルを開けるのか、不思議と解った。今の結城は落ち着いて自分のラインをトレースしている。クルージングのスピードレンジが上がったことで、納得したようだった。もう少し上げても良いかな?そう思ってアクセルワークを早めた。

「レイニー、橘さんが遅れ始めた」

「了解っす」

零士はそれ以上ペースを上げるのを止め、様子を伺った。次は上りの、ヘヤピン。右、左の九十九折だ。右の上がりで下に結城のNinjaが見える、その後ろに長い間隔を空けて橘のVTR。インベタのまま立ち上がり、加速して左に備え、ブレーキ、リリースと同時に一気に倒し込む。バンクしてアクセルを当て、マシンを立て始めて左下を見るとNinjaのすぐ後ろにVTRがあった。

「あれ? 橘さん、速くない?」

零士は驚きを口にした。二つのヘヤピンで二十メートルはあった差を橘は一気に詰めたのだった。

「だろ? 彼女、低速旋回がべらぼうに上手いんだ」

その後ろの戸橋の声が興奮気味にインカムから聞こえてきた。

「結城君を抜く? いや、後ろに付いた。抜かないんだ、彼女。・・・まいったなあ、峠がヘヤピンしかなかったら、俺、彼女に負けてるわ、きっと・・・」

佐藤が会話に入って来た。

「でもねえ、高速コーナーになると一変するのよ、彼女」

零士の目の前に次のコーナーが迫っていた。見通しのいい右カーブ、Rは200近い、高速で駆け抜けられるコーナーだ。

「あれれ、橘さん。ここでブレーキングの開始は早過ぎでしょう?」

「わわわ、車間が詰まる!」

戸橋以降の後続は前が詰まってラインが自由に取れずにいた。戸橋は慌てて車体をアウトに置いた。

「戸橋! 彼女の後ろは車間距離を多く取らなきゃ駄目だ、言い忘れてたけど、高速コーナーのブレーキングポイントとカットインのタイミングが俺らとまるで違う」

「そういうのは早く言ってよ」

「彼女、低速コーナーの癖が強いっていうか、高速コーナーにビビり過ぎなんだ。すげえアンバランス」

「だからそういう情報は先にくれって」

「すみません。俺がクルージングのペース上げたから、彼女のライディングの癖が顕在化したんでしょう。・・・どうすか? もう少し落としましょうか?」

「いや、解ってしまえば大丈夫。車間距離を取って対処するよ。このくらいのペースの方が結城君も大人しいみたいだし、このペースでいいんじゃないか?」

「了解です。じゃ、僕と佐藤さんのインカムが切れたら、戸橋さん中継をお願いします」

「解った」


 トラックとその後ろに乗用車がいて前方の車線を塞いでいた。片道一車線の峠道。イエローラインではないが、だらだらとコーナーが続きパスし難い。零士はタイミングを計って右の車線に出た。二台を一気に追越す。結城がためらいもなくそれに続き、しかし橘は躊躇した。零士はバックミラーを見ながら後続を待ったが、なかなか追い越して来ない。

「ジムカーナって、タイムアタックの競技だよね? 橘さん、前走車を抜いたことないんじゃないの? まして公道で追い越しなんて初めてじゃない?」

戸橋がインカムで零士に話し掛ける。戸橋の推測に零士は納得し、右手を挙げてトラックの速度を落とさせた。排気ブレーキで速度の落ちたトラックを見て、戸橋は橘に追走するように手で示し、加速、一気に追い越した。零士は五台のバイクが自分も含めて追い越すのを待って、トラックのドライバーに一礼し、白煙を上げて加速した。


 二回目の休憩場所は伊勢湾を一望できる場所だ。零士が駐車場にバイクを入れ、ほぼ続けて六台が入って来た。ここからは峠道も下りになる。そのことを伝えつつ、皆で写真を撮った。零士が参加したツーリングでは珍しい晴天の青い空と海が見えた


「どお? キツイ?」

零士は橘に声を掛けた。

「少し。でも大丈夫です。景色が変わって、走るのが新鮮です」

「無理無茶は禁物だからね。追い越しも自分のタイミングで良い。あれで良いんだからね」

橘はにこりと頷いた。

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