忘れられた記憶
人間が絶えず変遷しているだけで、
不変のものは確かに其処に在る。
その国の王様は、あちこちに戦争を仕掛けては征服する覇王でした。
病弱な娘を、安心して住まわせることのできる場所を手に入れるためです。
王様は安寧の地を求めて、戦いに明け暮れます。
「すべては娘のために。私は如何なる戦いにも勝たねばならない」
王様は力を求めました。
そんなある日、魔法使いが王様のもとにやって来ました。
魔法使いは王様に言います。
「負けることの無い兵器を造りましょう」
王様はこれを承認。兵器の製造を命じました。
王様の勅命を受けた魔法使いは、国中の永くない人々を集めます。
その中には、王様の娘の姿もありました。
そして魔法使いは……
人々の心と肉と血と命を奪い、かき混ぜ、固めて不死身の魔物を。
残った骨は砕いて固め、純白の剣を造り上げました。
集められた生命力と怨念が、血肉を求めてやみません。
王様は魔法使いから「負けることの無い兵器」を受け取ると、その場で怒りに任せて魔法使いを斬り刻んでしまいました。
剣は純白のままでした。
やがて王様は決心して立ち上がります。
「もう戦争は必要ない。この剣さえあれば良い」
王様は臣下たちに国を任せて、魔物と旅に出ました。
娘を眠らせるに相応しい、おだやかな場所を探すために。
悄然とした王様と、それについていく魔物。
王様と魔物が旅をしていることはすぐに噂になり、行く先々で、ふたりには石が投げられました。気味が悪いからです。
ふたりは、それらに「強大な力」を返しました。
「もう放っておいてくれ!」
そうして行くうちに、噂をする人は減っていきました。
やがてふたりは、噂も届かないような辺境の村にたどり着きます。
「ここなら大丈夫だ」
別離と哀惜を込め、安息を祈りながら、王様は魔物に純白の剣を突き立てます。
魔物のからだを貫き、地に切っ先が届くまで。
魔物は縫い付けられて動けなくなりました。そして、からだはほどけて、切っ先が作った孔に吸い込まれてゆきました。
王様は村人たちにこれまでのことを話し、最後にこう言いました。
「忘れてくれ。安らかに眠らせてやってくれ」
帰国した王様を出迎えたのは、無数の刃と、冠を戴いたかつての臣下です。
王位を簒奪された者は、立ち去るしかありませんでした。
純白の剣は、永い時をかけて、少しずつ魔物を弱らせていきます。
やがて、魔物は力と理性を失い、不死身の命だけが残りました。
村人たちは、純白の剣を守るようになりました。
王様の最後の言葉は、村人たちに2つのことを忘れさせました。
魔物が眠っていることと、剣が忌むべき力を持つことを。
王位を簒奪された王様だった者は、さまよう旅人になりました。
流浪のさなか、彼について行く者も現れました。
旅人は、その魂の後継者へ、過去と現在を語り、未来を賭けました。
時間は残酷で、あらゆるものが変遷します。
不変だったのは、純白の剣の白さだけでした。