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 皇都ヴィーゼシュタットから西へ450kmほど。


 ヴィルベルク帝国との国境まで直線距離にして約50kmしか離れていない場所にあるのが皇国西部の最大の都市であるヴェステンブルクだ。


 中世の時代から聳える城砦が街を睥睨する都市は、かつての先人達が西からの侵攻に備えていた歴史を伺わせるように都市の周囲を城壁で囲うなどの軍事的機能を多々擁している。


 ちょうど西部方面軍の司令部があるのもヴェステンブルクであり、過去、現在、そして未来に於いても要衝であり続けるのだろう。少なくとも皇国という国家が存在する限りは、であるが。


 四年戦争の際もこの都市は人員や軍需品の集積地となり、汽車で届いたそれらを戦場へ送り込む拠点となっていた。


 先帝が推進し、その息子である皇太子が即位して尚も続く国土に鉄道網を張り巡らせる10ヵ年計画も終盤に差し掛かっている。人体で例えるなら隅々まで血液を運ぶ血管があるように全土へ国家の動脈たる線路の敷設が終わるのも一年以内だと専らの噂だ。


 皇国を取り巻く列強諸国の中でも最大の国土と人口を有する帝国を警戒し、真っ先に鉄道網が敷かれたのは西部地域である。その計画が慧眼であったのは四年戦争中の迅速な人員や物資の輸送が証明している。


 まぁそれも帝国側の物量の前では六分四分、或いは五分五分の和平とするのが精一杯だったのだが。


 フランドル皇国は新しい大使として帝都へ赴任するエーベルバッハ曰く「長年の虐められっ子」だという。


 近隣を列強諸国に囲まれ、いつの時代も対外戦争が絶えなかった。


 かつては東方の平原で興った遊牧騎馬民族──“東夷”と呼ばれる勢力が東方諸国を蹂躙しつつ進軍する中、その矢面へ立ってしまった皇国は実に数年もの月日を掛けて外敵を撃退した歴史がある。


 今まさに風習や言語が全く異なる外敵が大陸を侵略しつつある、という状況に於いても近隣諸国は目立った援助をしなかった点も皇国の臣民が現在の列強に対する不信感を拭えない一因だろう。


 フランドル皇国という国家の成り立ちは他の諸国と比較しても大して変わらない。雪深い山岳部で興った王朝が領土獲得の為に諸部族、諸侯の領土や民衆を飲み込みながらゆっくりと成長を続け、やがて現在の国土を有するようになったが誤算だったのは──というより半ば予想出来た事ではあるのだろうが、全体的に寒冷な土地故に作物が育たない、一次産業である農産業が発展しないという誤算が生じた。


 農作物の品種改良、寒冷に強い作物を生み出すのにも十年から数十年という長い年月が掛かる。その間に飢餓や飢饉に国土が襲われた歴史は一度や二度ではない。


 大量の餓死者が発生して来た過去も続き、人口という人的資源の確保は難儀を極めた。それはつまり国家の根本的かつ普遍的な務めである国土の防衛や軍事力強化に欠かせない軍隊、兵隊の定員確保すら覚束なかったという事態に繋がる。


 それを見越してヴィルベルク帝国などの肥沃な大地を有し、農作物に困らない国家などは後の世に下れば“食糧支援”と呼ばれる支援策を皇国へ提示し、その見返りとして──それなりの金銭の支払いや国土の一部譲渡を迫ったモノである。


 泣く泣く国土を一部譲渡し、食糧を受け取って飢えを凌いだ過去も一度や二度ではない。


 皇国の皇室ーー君主である皇帝達や少数の女帝達は何も対策をしなかったのかと言えばそうではない。そこまで愚かではないのが皇室だ。


 皇室が所有する祖先から受け継いだ金銀財宝の大半を外国へ売ってしまい、その資金を元手に臣民へ配給する食糧を購入するなどの打てる対策は全て打っただろう。


 お陰で現在の皇室は素寒貧の有り様である。現在の皇帝などは着古した軍服に何着かの私服しか衣服を持っていない程の困窮ぶりだ。

 

 それもあって貧乏などと諸外国からは言われるのだ。


 まともな農産業が発展しない、人口が増えない、という貧しい有り様で何処の国家が国土を占領せんと侵攻してくるのかと一笑に伏されるかもしれないが、皇国には幸か不幸か鉄、銅を始めとする鉱物資源、地下資源が豊富にあったのだ。


 そして僥倖な事に深い森林地帯も多く見られ、薪を確保するのは難しくなかった。


 つまり鉱物資源を狙った──兵器や武器を製造する上で欠かせない素材を確保せんと列強が侵攻に踏み切る、という事態は予想出来たのだ。


 しかし皇国は先述の通り、貧しい国家だ。皇室の宮中費用すらまともに捻出できない程である。


 であるならば──と時の皇帝は国家戦略として国家予算の大半を軍事力の増強へ振るという、とんでもない方向へ舵を切ってしまった。


 全てはエーベルバッハ曰く「虐められっ子からの脱却」であったのは想像に難くない。


 国家予算の7割を注ぎ込んだ軍事力強化策が取られてから約1世紀の年月はフランドル皇国という国家が、その下に集う臣民が“フランドル人”という民族であると自覚・自我を形成するのに打って付けの年月だったのかもしれない。


 それが結実したのが四年戦争という大陸の一大強国であるヴィルベルク帝国を相手にした対外戦争だ。


 結果としては──双方ともに賠償金なし、皇国がエルダー平原を占有するという案で終戦を迎えてしまったが、列強諸国に皇国は強兵揃いと意識を植え付けるには充分であっただろう。好意的に捉えれば、の話だが。




「…戦争は終わったけど、これからが大変だよ。債券の返済とか遺族年金の支払いに退役軍人に対する恩給とかね。そして次の戦争へ備える為にも…」


「…賠償金が無かったのもあって余計に、ですな」




 ヴェステンブルクの駅へ到着した一等客室の車内で大隊長とエーベルバッハは溜め息混じりに話した。


 勝ったのか負けたのかは微妙な所である。得るべき物らしいそれが目立ってないのもあって余計に感じるのだろう。


 後の歴史家が「ただ徒に資源を消耗した無駄な戦争」と断じるか、それとも「国土防衛と独立を守る為に必要な戦争」と称するのかは定かではない。


 流した血に、或いは流させてしまった血に見合う何かを得られたのか──と二人は今後も考えさせられる事となる。


 到着したヴェステンブルクの駅から新任の大使一行は馬車やそれぞれが軍馬へ跨がって移動を始める。


 まず向かうはエルダー平原──たった1ヶ月と少し前まで干戈と砲火を交えていた戦場の跡地へ辿り着くと、まだ撤去が済んでいない破壊された野砲や陣地等が野晒しとなったままだ。


 簡単な慰霊祭を執り行い、戦場で散った数多の将兵の魂を慰めてから一行は再び移動する。


 そこから更に丸一日掛けてヴィルベルク帝国との国境へ向かえば、待機していたのは濃紺の軍服を纏った数百からなる帝国陸軍の部隊である。


 皇国側と帝国側、双方の国土とされた地点に整列したそれぞれの軍服を纏う者達の中から二名が歩み寄る。


 一名は濃紺の軍服を纏った帝国陸軍の将校。そしてもう一名は黒衣の軍服を纏い、外套の裾を翻す彼の大隊長だ。


 剣一本分を離して相対した二名は相互に挙手敬礼を行う。


 フランドル人は人種の特徴もあるのか体格が良い。大隊長も大柄な体躯をしている。従って帝国陸軍の将校は見上げる格好での敬礼であった。


「ヴィルベルク帝国陸軍中佐 ベランジェ・フォートレルであります。エーベルバッハ閣下を始め、皆様の帝都までの護衛を仰せ付かりました」


「フランドル皇国陸軍騎兵中佐 ルドルフ・フライヘル・リッター・フォン・ローランド。貴国の配慮に感謝を申し上げる次第であります」


 双方に敬礼を解くと自己紹介がされる。彼が名乗った瞬間、眼前の中佐の表情が強張り、その背後にいた帝国将兵がにわかにざわめき始めた。


「…失礼、ローランド中佐。御尊名はルドルフで間違いありませんか?」


「如何にも」


「…重ね重ね申し訳ありませんが…お年は?」


「22でありますが…なにか?」


 若年なのもあり、侮られただろうかと大隊長であった青年は内心で疑問符を浮かべる。


 本来の昇進であれば22歳で中佐という高級将校の仲間入りは有り得ない。普通ならばそうなのだ。


 だが、普通ではなかった事態が重なった為にいつの間にか彼は中佐を拝命するに至っている。


「あぁ…いえ、なんでもありません。…まさかお会い出来るとは思わず驚きまして…」


 かなり言葉を選びながら眼前の中佐が口にしたのは青年──ルドルフにも見て取れた。


 見れば中佐の背後に整列する将兵からは緊張の気配を感じ取れる。


「では、参りましょう。先導致します」


 いつまでも国境線で立ち話するのも妙な話だ。本来の任務へ戻ろうと中佐が催促すればルドルフも頷き返す。


 青毛の愛馬へ跨がったルドルフが前進の指示を出し、数台の馬車の車列と軍馬へ跨がった黒衣の軍服を纏う20騎が遂にヴィルベルク帝国の領土へ足を踏み入れた。



ローランドって名前を出しすぎ定期

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