11回目の正直
あぁ、またか。
記憶を思い出す時はいつも同じパターンだ。
真っ青な空にゆっくり流れていく雲を見つめて、私は死んだ魚の目になった。
「ソフィ、大丈夫?」
心配そうに覗き込んできたのは赤茶髪黒目の少年。
幼馴染のクロウだ。
反対側からは黒髪青目の少年。
彼も同じ幼馴染のゼフィス。
こっちは少しむくれている。
彼らは勇者だ。
先程、判明した。
この世界では、5歳になると必ず洗礼を受ける。
この世界の女神シュリーネを信仰する協会から、数名の信徒が水晶を持って毎年訪れて、村の中央広場に子供達を集めて適性判定を行う。
そして成人である15歳になると、それぞれの道に必要な知識を得る為に王都にある学園へと進む事になっているのだ。
魔法使いなら、魔法学園へ。
剣士なら、剣術学園へ。
他にも狩人や錬金術師、召喚師等など、その適性は多種にわたる。
異世界転生した私としては、わくわくドキドキのイベントなのだ、だから最初のうちは期待した。
やはり王道の魔法使いか、もしくは召喚師。錬金術師も捨てがたいよねぇ〜っと。
あの時、金色の人影からチート能力貰わなかったけど、流石に何もないとかありえないでしょ!だって私は異世界転生者だよ?普通じゃあないんだよっと。
しかし、私は村人Aだった。
いや、まさか、そんな〜っと思いつつ、ポジティブに考えるが気が付けば転生10回目、判定結果は全てオールAだった。
前世界の成績表でなら体全体で喜びを表現するが、この世界では底辺だ。
さらに言えば、ただのモブだ、ザコキャラだ。
私も期待を裏切らぬ結果に、そりゃそうだよね〜っと仲の良い友人達とケラケラ笑っていたら眩い光が続けざま2回も輝く。
呆然としていたら、洗礼に来ていた協会の信徒が涙ながらに叫んだ。
「素晴らしい!この勇者の少なくなった時代に二人の勇者が誕生するとは!なんと素晴らしい事か!女神シュリーネ様のお導きか!!」
ふたりのゆうしゃ、、、?
は?
「ふ、、、ふざけんなーー!!!」
私の中の神経の糸がぷつりと切れた瞬間だった。
集まっていた人達の視線が突き刺さるが、私はそれどころではなかった。
叫んで、後ろを向くとがむしゃらに走り出す。
こんな場所に居たくない。
なんで?なんで?なんで?なんで?
涙が溢れて止まらない、それに合わせて10回分の記憶がせきをきって流れてくる。
あぁ、またなのか、、、。
また、私は同じ人生を繰り返すのか、、、。
どさりと豪快に転けて倒れても、前世の記憶は止まらない。
なんせ人生10回分だからね!
脳内映画は最後のシーンになるまで止まらない。
今までもそうでした!
大の字に仰向けになり、目を閉じてそれが終わるのを待った。
まるで映画を早送りしているように過ぎ去る日々。
全てが終わって、導き出される結論に死んだ魚のような目になるのも定番だった。
なにが、、、
なにが勇者の花嫁だよ!!!
勇者の花嫁どころか、モブの花嫁すらなってないじゃないか!!!
だいたい、諦めてモブに走ろうとしたら必ずっていうほど勇者が現れる!
しかももろタイプの!!
可笑しくない?可笑しいよね!?
普通、そんなタイミング良く勇者現れなくない?!
こっちが探しても出てこないくせに、ありえないでしょ!!!
それでこっちが心を寄せた途端に別の相手が現れて、はい、さいなら〜っといなくなる。
じゃあ、次だよ次!って行ったら、また勇者の横槍だよ!
いや、確かにフラフラする自分も悪いと思うよ?だから途中からは絶対よそ見しないようにしたら、またもや勇者が現れる!しかもその気が無い癖に妙にヤキモチ焼いてくるのよ!
変に干渉してくるものだから、相手の方が離れていくよね!?
その結果、私は万年処女の喪女だよ!!!
キスすらしてないよ!!
意味わからないよ!!
前回のラストなんか、老婆になった私に近所に住む勇者になったばかりの少年がすがり付きざまに次に産まれ変わったら必ず君のもとに行くから、安心してねって、、、安心出来るかぁぁ!!!
来世の介護人なんかいるかぁぁ!!
私が欲しいのは結婚してくれる相手だけだぁぁぁ!!!
そんな経験をしていたせいか、記憶が戻る前から私は勇者が大嫌いになっていた。
だから今回、水晶の前で誇らしげな顔で立つ幼馴染を見た瞬間、私の理不尽すぎる世界に対しての怒りが爆発した。
うがーっと怒りのまま草原をゴロゴロしてたら、足音が二つ聞こえてきた。
そして冒頭に戻る。
「ソフィ、僕たち勇者になったけど、と、友達だよね?」
うるうると瞳を揺らして見つめてくるクロウ。
反対側では、先程と変わらずむすりとした顔をするゼフィス。
分かってる。
この二人のせいじゃないって。
分かってるけど、、、。
「ごめん、少し、、、一人にさせて」
顔を腕で隠し、呟いた。
「っ、ソフィ!」
「、、、分かった。いくぞ、クロウ。」
「でもっ。」
なにかを言いかけるクロウを引きずってゼフィスが立ち去る。
その横顔は、泣きそうで悔しそうなそんな顔だった。
ごめんね。
でも、ダメなんだよ。勇者は。
彼らは総じて『私に対して嘘つき』だから。
「さいあくだよ」
止まっていた涙がポロリと溢れた。
「それで?あんた達まだケンカしてんの?」
金色の髪を左右に結んだ美少女が、クッキーをバリバリ食べながら聞いてきた。
彼女は村長の娘で同じく幼馴染のミルフィ。
洗礼の日から家に閉じこもった私を心配して来てくれたらしいが、、、。
「ケンカって、、、」
ていうか、私のおやつなんだけど、それ。
文句を言おうと口を開けたら、何か文句あるのかと言わんばかりにギロリと睨んできたので、愛想笑いを浮かべ首をふる。
美少女のひと睨みは恐ろしい。
「いつものケンカでしょ?あんたが勇者嫌いで、あの二人が勇者大好きっていう。まぁ、大好き大好き言ってたら本当に勇者になっちゃったのはビックリしたけど、、、」
最後のクッキーをポリリとかじりながら、ほんのり頬を染める。
ミルフィはゼフィス推しだ。
自分の好きな相手が勇者という時の人になったから、益々惚れ直したに違いない。
「それは、、、そうだけど。私だって分かってるよ、二人のせいじゃないって事くらい!大切な幼馴染が大嫌いな勇者になるなんて、しかも二人ともだよ!」
今まで勇者がでても一人だけだったし、何故か必ず私の幼馴染だし。
一年置きとかには出たりしたけど、それも稀だった。
、、、てか、私の周りに勇者、出すぎじゃね?
「兎に角、二人とも心配してるんだし、さっさと仲直りしなさいよ!大体、なんでそんなに勇者嫌いなのよ?前から思ってたけど、あんたの勇者嫌いって今に始まった事じゃないけど、徹底すぎるでしょ!まさか今までの勇者に何か、されたの?」
頬杖ついてお茶をすするも、思い付いたとばかりにテーブルにバンと手をついて尋問してくる。
今までの、というのは去年と一昨年の勇者だろうか。
彼らは彼らで別に悪い人ではない、とても優しい人達だ。
何故か私の周りをうろちょろしまくるが、、、。
「あいつら、前からソフィの周りをチョロチョロしてると思ってたけど、やっぱりね!絶対やらかすとは思ってたのよね!許せない!私の親友をイジメるやつは誰であろうと許すもんか!」
背中に炎をまとって怒りまくるミルフィ。
ヤバい、濡れ衣を着せる訳にはいかないので必死になだめる。
いずれ嫌いの要因にはなるかもしれないが、今はまだ善良な勇者だ。
彼らは悪くない。まだ。
「あっと、そう言えばミルフィは判定は何だったの?」
慌てて話を変えようとしてみる。
意図が分かったのか、はーっと溜め息をつくと、仕方がないとばかりに話を合わせてくれた。
ありがとう、親友。
「はぁ、まったく。やっと私の事を聞いてきたわね。普通、最初に会ったら聞くでしょ!まぁ、いいわ、驚きなさい!私は召喚師よ!」
えっへんとふんぞりかえるミルフィ。
わー、すごーいと棒読みで拍手する。
召喚師かぁ、千年村人Aにしてみたら羨ましい事限りない。
ふと、思った。
「ねぇ、ミルフィ。ちょっと全身金色の人型のあんちくしょうをイッチョ召喚してくんない?」
自分で言って良い考えだと思った。
そうだよ、何で今まで考えなかったんだろ。会えないなら無理矢理にでも連れてくれば良いんじゃん!
あったまい〜!
キラキラと目を輝かせ期待の眼差しで見つめるも、ミルフィは嘆息し、それはどんな魔獣か妖精だよと呟いた。
「大体、私達まだ5歳だよ?召喚師って適性だからってすぐにできるわけ無いでしょうが!だいたい、12歳になったら学園都市に移住して勉強してやっと召喚出来るのよ?」
「えっ、ミルフィ居なくなるの?」
ショックで青ざめる私を見て、やっと溜飲を下げたのか、ミルフィが嬉しそうに笑う。
「安心しなさい、向こうに行ったら手紙も書くし休みになったら遊びに帰って来てあげる。たまには都市のお菓子なんかも送ってあげるわよ。」
「ミルフィ、、、それでも寂しいよ。」
ポロリと涙が落ちる。
何か最近、泣いてばかりだな。
情緒不安定かしら。
「ソフィ、、、それなら、私と一緒に来ればいいわ!侍女として雇ってあげる!それなら一緒にいられるわ!そうと決まれば、お父さん達に相談してくる!!」
善は急げと、拳を握って来た時と同じ様にドタバタと扉を開けて出ていった。
「あ、それからさっさと仲直りするのよ!!あんたが来ないとゼフィスも動かないんだからね!」
っとお言葉を残して。
しかし、仲直りって言われてもどうすりゃいいんだろう。
口喧嘩したわけじゃないし、ごめんねですめばいいんだけど、、、。
私、あの二人の前でめちゃくちゃ勇者嫌いって言いまくってたからなー、、、。
とぼとぼと丘へ続く道を歩いていた。
あのあとうじうじ悩む私に、母がうっとおしいとばかりに、外に放り出したからだ。
今世の母はスパルタすぎるような気がする。
父曰く、以前は冒険者だったらしい。
「あれ、ソフィじゃないか!こんなところでどうしたんだい?薬草探しかい?」
声を掛けられ振り向くと、二つ上の村で一番目の勇者が居た。
ハニーブロンドの髪がキラキラと輝く。
ニコニコ顔のハンサム面、ケビンだ。
「えっと、、、?」
何故ここに?
うっすら首元が汗でキラキラしてるから、多分走ってきたんだろうか?
え?まさか、私を見かけて走ってきたのか!?
いや、まさかなー
いやいやまさかなー
「あ、いや、別に君を付けていたわけじゃないよ?確かに、フラフラ歩いているのは気になって見てたけど、、、あ、そうそう、僕も母さんから薬草を取ってきてって言われていてね!」
若干、引き気味になる私にケビンは慌てたように言い訳をしだした。
最後は必死すぎてしどろもどろになっている。
ぷっふふ
あまりの慌てぶりに、何だか笑いが溢れた。
笑い出した私を見て、ケビンも笑い出す。
あぁ、なんだかなぁ。
ひとしきり笑っていたら、急にケビンの顔色が変わった。
驚愕っていうか、、、。
「ーーー見つけた。」
「えっ?」
耳元で聞こえた声に振り向くのと、背中に衝撃が来たのは同時だった。
ゴポリと喉の奥から生温い錆びた味がせり上がって口から吹き出た。
呆然とする思考に、垣間見たのは黒い人型の何かだった。