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彼女の国は滅んでいる

作者: 青春詭弁

 三百年前にとある大国がドラゴンによって滅ぼされた。


「見てくれナイス! 一体あれはなんなのだ!?」


 聞けば、その国のお姫様というのがそれはそれは美しい銀髪で、透き通るような白い肌をしており、見る者全てを魅了する美貌を持っていたとされている。


「ナイス! ナイス見てくれ! 見たこともない食べ物がこんなに!」


 姫の名はリューズ・ナイトロード。ドラゴンによって国を滅ぼされた悲劇のヒロインとして、現在までその名が語り継がれている。有名な童話や演劇、絵画などなど。彼女を題材にした作品は数知れず、世界中にリューズ・ナイトロードのファンがいる。


「見てくれナイス! 私たち空を飛んでいるぞ!? 一体どのような原理で空を飛んでいるのだ!?」


 そんな――死んだはずのリューズ・ナイトロード(本人)が、俺の隣ではしゃいでいた。

 美しい銀髪を後ろで束ね、白銀の瞳は興奮しているのか、あっちへこっちへと忙しなく動いている。


「これは飛空挺っていう空を飛ぶための乗り物だ。あんまり手すりから乗り出すと落ちるから気をつけ――」

「この乗り物の下に風車のような構造のものがあるぞ! あれが関係しているのか!?」

「ちょ、そんなに乗り出したら落ちるから! 危ないから降りろ!」

「あ」


 と、注意したにも関わらず彼女は飛空挺の甲板にある手すりから身を乗り出し、真っ逆さまに落ちた。しかし、寸手のところで俺が彼女の細い足首を掴んだことで、間一髪事故を避けられた。


「あ、あぶなかった……すまぬな。ナイスよ」

「はあ……あんたって人は。気をつけろって言ったばっかりだろ」


 俺は彼女を引っ張り上げて甲板に戻す。

 無事に甲板へ生還した彼女は服についたシワをぱっぱっと払った。


「いやぁ、あまりに物珍しいものがたくさんあってな。ついはしゃぎすぎてしまった」

「まあ、気持ちは分かるけどな。なにせ三百年ぶり――なんだからな」


 俺は周囲を見渡しながら口にする。

 俺と彼女がいるのは飛空挺の甲板上である。魔法で空を飛んでいるわけだが、これができたのはつい十年前のことだ。三百年も眠っていた彼女――リューズ・ナイトロードにとっては物珍しいのが当たり前だろう。

 リューズは甲板から見渡せる大空の景色に目を向けて、ぽつりと呟く。


「――そなたが私を見つけてくれなければ、私はあのまま遺跡で眠っていたことだろう。こうして私が再び外の世界へ出られたのも、そなたのおかげだな。礼を言わせてくれ」

「別に、あんたを見つけたのは偶然だ。礼を言われるようなことじゃない」


 俺がリューズを見つけたのは先日、仕事で調査を任された遺跡であった。なんでも最近発見されたばかりの遺跡だったらしく、早急に調査をしたかったそうだが、遺跡内部に危険なモンスターがうじゃうじゃといたため、傭兵である俺に遺跡調査のお呼びがかかったという次第である。そして、その遺跡調査の最中に、俺は棺で眠るリューズを見つけて――うっかり彼女の封印を解いて目覚めさせてしまったのである。

 最初はあのような場所で封印されているなんて危ないものに違いないと死を覚悟していたものだが――まさかあのリューズ・ナイトロード本人が眠っていたとは思わず驚いてしまった。

 リューズはぶっきら棒な俺の返事にクスクス笑った。


「ふふ。しかし、こうして私の願いを聞き入れて、旅に同行してくれているではないか。そのことも感謝しているのだぞ?」

「そりゃあ報酬をくれるって話だからな。俺は報酬さえもらえれば、汚れ仕事以外なら引き受けるしがない傭兵だ。だから、俺は『国の宝物庫に眠るお宝』って報酬のために、あんたに雇われてやったんだ」


 リューズを遺跡で目覚めさせた後、彼女は自分が三百年の間、遺跡で眠っていたことや国がドラゴンによって滅ぼされたことを知った。その時、彼女は俺に向かって「国に帰りたい」と願った。

 すでに彼女が帰るべき国は滅ぼされているにも関わらずなぜ――そう問うと、彼女は力強い眼差しでこう言った。


『今の世界で、亡んだ祖国のことを覚えているのは私だけだ。私のために死んでいったみなのことを忘れないためにも……亡んだ祖国をこの目に焼き付けたいのだ』


 俺は彼女のこの願いを聞き入れて、今こうしてリューズと二人旅をしているであった。


「しかし、三百年か。この……ひくーてー? とやらもそうだが、三百年で世の中というのはずいぶんと変わるのだな」

「そりゃあな」

「そういえばナイスよ」


 と、名前を呼ばれて振り向くと、リューズは遠くの景色を眺めながら尋ねる。


「このままひくーてーで、我が祖国に辿り着けるのか?」

「いや、次の港についたらそっから徒歩だ」

「そうか。空を飛ぶ乗り物があるのだし、馬よりも早い乗り物があるのかと期待していたのだがな」

「ないことはないけど」

「あるのか!?」


 と、リューズは目をキラキラさせて俺に顔を近づけてきた。


「魔道車って言ってな。魔力を動力源にして動く馬車? みたいなもんだ」

「なるほど、魔力を……未来の魔法技術というのは凄まじいものだな。私の時代など、魔力は魔法を使うためだけのエネルギーだったが」


 リューズは感心しているのか、うんうん頷いている。


「つっても、魔道具が出てきたのはここ最近だからな。まだ普及しきってないんだよ」

「ほう? まどーしゃやひくーてーはまどーぐというのか」

「ああ。国によっちゃ魔道具がないところもあるくらいだ。この先の港町なんかは魔道具が普及してないから魔道車はないんだ」

「だから先ほど、ないことはないが……と曖昧に答えたのか」

「そういうことだな」

「ふむふむ。しかし、いずれはこの目で見てみたいものだな。みなへの土産話にもなるしな」

「土産話?」

「うむ」


 なるほど、と俺は内心で手を打った。彼女にとってこれは墓参りに近いことなのだろう。今は亡き祖国で眠るかつての民や、あるいは肉親たちへ少しでも土産話が欲しいと思うのは当然かもしれない。


「……目的地までの道のりは長い。その間にたくさん土産話ができるといいな」

「――そうだな」


 リューズはそう言って、花が咲き乱れるような笑顔を浮かべるのだった。


※旅の物語


「おい、ナイスよ。この大きな建物はなんなのだ?」

「ん? ああ、これは劇場だな」


 とある国のとある街に立ち寄った俺たちは、今晩の宿を探すために商い通りを歩いていたのだが、そこでリューズが劇場を見つけて立ち止まった。


「ほう? 劇場なら私も知っておるぞ! 三百年前にもあったからな」

「ふーん? あんたの時はどんな演目をやってたんだ?」

「そ、それは――言えぬ」


 リューズは気まずそうに顔を背けた。


「なんだよ。教えてくれてもいいだろ?」

「い、言えぬと言ったらいえぬ! あんな恥ずかしいこと私の口から言えるものか!」

「ちょっと待て。言うだけでも恥ずかしいって、一体三百年前にはどんな演目があったんだ」

「そんなことよりもナイスよ」

「話題の変え方下手すぎるだろ」

「ずいぶんとここの劇場は人が多いな。三百年前の演劇といえば、上流階級の者たちが楽しむためのもので、ここまでの人はいなかったが……」

「そうなのか。今は金さえあれば誰でも見れるし、ここの劇場は結構有名だからな」

「ほう? 有名ということはそれだけ面白いということなのだろうな。一体、どのような演目なのだ?」

「リューズの――あんたを題材にした劇だよ」


 言うと、リューズはきょとん小首を傾げた。


「私の?」

「ああ。あんたは国を滅ぼされた悲劇のヒロイン――だからな。あんたからしたら、いい気分はしないだろうけど」

「いや――そうでもないさ。むしろ、少し嬉しいくらいだ」

「そうか? あんたは自分の国を滅ぼされて辛い思いしたんだろ? それを面白おかしく捏造して改竄して、見せ物にされるんだぜ? 俺だったら腹立つけどな」

「私とてそれに対してなにも思わないわけではないぞ? しかし、捏造でも改竄でも……我が祖国の名前がこうして残り続けてくれることの方が喜ばしいのだ」

「そういうもんか?」

「ああ。そういうものなのだ」


 リューズが言うのなら、俺からはなにも言うまい。


「あ、そうだ。気になるならちょっと見ていくか? ちょうど開演前みたいだし」

「よ、よいのか? これから宿を探すのだろう?」

「ちょっとくらい大丈夫だって」

「うーむ……まあ、そなたが言うのなら」


 そんなこんなで俺とリューズは劇を一緒に見ることとなったのだが――。


「おい! 我が父上の名前はレブナント・ナイトロードであるぞ! 間違えるでない! この無礼者め!」


 とか、


「この痴れ者め! 私の兄上がそのようなことを口にするわけがないだろう! たわけ!」


 などなど。劇を見たリューズが大声でブチ切れた結果、俺たちは劇場から追い出されてしまった。


「おい、リューズさんさぁ……祖国の名前が残ってるだけでも嬉しいとか言ってなかったけか?」

「それとこれとは別だ。まったく! いくら演劇とはいえ、あのような改竄は到底許せぬ!」


 リューズは腕を組み、頬をリスみたいに膨らませて怒りを露わにする。それがなんとも子供っぽくて思わず笑ってしまった。


「むっ。なにを笑っておる!」

「いや、悪い。ただ三百年も生きている割には子供っぽいんだなと」

「なっ……ぶ、無礼な! 私は立派なレディであるぞ!?」

「ふーん? そういえば聞いてなかったけど、歳っていくつなんだ?」

「なにを突然聞いておるのだ。言わずとも三百歳に決まっていよう」

「だけど三百年は眠ってたわけだろ? 実年齢は三百歳でも、精神年齢はいくつなのかなぁと。あんた、遺跡で眠る前は何歳だったわけ?」

「そ、それは……十七……だが……な、なにか文句があるか!?」

「ないない。ないから胸ぐらを掴むなって」

「……」


 リューズは恨みがましい目で俺を睨みつつ俺から離れる。


「も、もうよいだろう? 早く宿を探しにいくぞ!」

「あーその前にひとつ聞きたいんだけどさ」

「なんだ?」

「あんたって男同士が絡んでるのが好きなのか?」

「なっ」


 尋ねると、リューズが素っ頓狂な声をあげた。


「な、なななんだその質問は!?」

「図星か? 動揺しすぎだろ」

「ぜんぜん図星ではないだ!? 勝手なことを言わないでもらおうか!?」

「そうなのか? 実はさっき開演前に劇場の人にさ、三百年前にどんな演目があったのか聞いてみたんだよ」


 劇場の人なら詳しいだろうと思い、先ほどリューズが答えを濁した演目について俺は劇場の人に聞いていた。すると、劇場の人はこう答えた。


『三百年前は主に上流階級の女性が見るものだったみたいですね。主な演目は男性同士の恋愛を――』


 など、いろいろと興味深い話を聞かせてもらった。中でもこれは劇場の人たちくらいしか知らないマイナー知識だそうだが、なんでもリューズ・ナイトロードはいわゆるBL系の演目が大好きだったとか。

 それをリューズに話すと、彼女は耳まで顔を赤くした後、


「くっ……いっそ殺してくれぇ!」

「いや、落ち着けよ。ちょっと自分の性癖が広まってるだけじゃないか」

「だから死にたいのだ! なぜ私の密かな楽しみが、こうも後世に語り継がれているのだ! 穴があったら入りたい……」


 リューズはそう言って、その場に蹲った。

 それから俺がへそを曲げたリューズの機嫌を直して宿を探し始めたのは夕方になってからのことである。



 翌日。宿を出て、街の中を歩いていた折。リューズがまたまた立ち止まっって、「ナイス!」と俺を呼んだ。振り返って見てみると、リューズが白亜の建物を指差していた。


「ナイスよ! これは一体どんな建物なのだ? 他とはずいぶん毛色の違う建物のようだが」

「それは美術館だな」

「美術館か。それなら私も知っているぞ! 三百年前にもあったからな!」

「ふーん?  入ってみるか?」


 聞くく、リューズはこれでもかと首を縦に振った。


「昨日の演劇もそうだけど、お前って芸術とか好きなのか?」

「む? まあ、好きか嫌いかで問われれば好きな部類ではあるな。だが、嗜む程度だ」

「じゃあ、BLが一番好きなのか?」

「それを言うな!」


 そんな感じでリューズをブチ切れさせつつ、受付でチケットを購入して美術館へと足を踏み入れる。

 落ち着いた雰囲気の館内には、さまざまな絵画や彫刻品が並べられており、俺とリューズはそれらを見ながら館内を歩き回る。


「ふむ。現代の美術品もよいものだな」

「そうなのか? 俺にはそういうよく分からないけど」

「ナイスは芸術に興味はないのか?」

「ないな。絵とか見ても、なにがいいのかさっぱりだ」

「芸術の良し悪しを判断するのはプロだけで十分さ。ナイスのような者は、なんとなくでも芸術品から感じ取れればそれでよいのだよ」

「感じ取れるものね……」


 俺はぐるっと館内を見回し、とある絵画に目を向ける。


「あーあれなんか際どいヌードでいい絵だよな」

「少々、芸術の鑑賞の仕方としては下品だが……まあそれでもよい。して、ナイスの言っている作品はどれだ」

「あれ」


 言いながら指で示したのは、ひとりの女性がシーツだけで体を隠した絵画であった。タイトルは――『リューズ・ナイトロード』。刹那、俺の隣に立っていたリューズの顔がトマトくらい赤くなった。


「なっ――ななっ!?」

「お前……脱ぐと結構すごいんだな」

「や、やめろ見るでない! この変態!」

「おっ、その反応を見るからにあれって本物のお前がモデルなのか?」

「うっ!?」

「その反応は分かり易すぎるだろ」


 リューズを題材にした絵画は、たいてい想像で描いたものが多いのだが。

 彼女は顔を赤くして、その場に蹲りながらこう言った。


「あ、あれは……どうしてもと言われたから仕方なく……! 最初はヌードを頼まれたが、絶対嫌だと言ったら……シーツで隠してもいいからと言われて……うう」

「……十七歳にしては本当にいい体してるよな」

「!」

「いてっ! 痛い痛い! 俺が悪かったから! 謝るから! だから足の小指を的確に踏むのはやめろ!」



※旅の終わりと始まりの物語


 それからも俺とリューズの旅は続いた。

 海を越えて、砂漠を越えて、雪山を越えて、嵐を越えて、溶岩を越えて――そうして辿り着いたのは、ドラゴンによって滅ぼされた大国の跡地であった。

 晴天の下。草木に覆われた外壁を越えると、崩れた民家の跡や大きな城が見える。それらもすっかり草が生茂り、かつての栄光が過去のものであることを認識させてくれる。


「――これが我が祖国か」


 リューズはくたびれたかつての城を見上げてぽつりと呟いた。

 そよ風が吹き、彼女の美しい銀髪がわずかに揺れる。

 俺は彼女の後ろに立ち黙っていた。


「三百年前――みなは私を生かすために、ドラゴンに立ち向かった。私の――ために」

「……」

「……父上……母上……兄上……みんな……私、帰ってきたよ……」


 リューズは城の前で膝をつき、顔を俯かせて嗚咽に声を濡らす。その後ろ姿は今までの王女然としたものではく、年相応の女の子のものであった。

 そんな悲しげな背中を見ていると、自然と胸が締め付けられる。

 彼女はしばらく泣いていた。

 泣いている彼女になにもできない自分がただ情けなかった。


「な、ナイスよ。すまぬな。無様なところを見せた」

「いや、気にすんな。泣きたいなら泣いた方がいい」

「――優しくするな。引っ込んだ涙がまた流れてしまうだろう?」

「我慢することはない。胸くらいなら貸す」

「だ、だから……優しくするな。また泣いてしまうだろう……?」

「ん」


 俺が黙って抱きしめると、リューズは再び泣き出した。


「わ、私は……自分が情けない。みなを守れなかった自分がっ。なにもできなかった自分がっ」

「そうか」

「私は、みなを殺したドラゴンが憎い……っ。みなの仇を討ちたい……!」

「――そうだな。なら、仇討ちしてやろうじゃねえか」

「手伝って……くれるのか……?」

「まあ、乗り掛かった船だしな。ドラゴン退治上等だよ」

「な、ナイス……」


 彼女は泣きながら俺の名前呼ぶ。

 俺はそんな彼女の頭を撫でながら内心で苦笑した。

 我ながらドラゴン退治だなんて――無謀なことを言ったものだと。今までの俺なら絶対に言わないであろう。

 それはリューズも感じ取っていたのか、


「命を懸けることになるのだぞ……? どうして……?」


 と、当然の疑問を投げてくる。

 俺は頭をガシガシ掻きながらこう答えた。


「そんなの……俺がお前に惚れてるからに決まってんだろ。男が命を懸ける理由なんて、それで十分だ」


 これは旅の終わりか、はたまた始まりの物語か。

 とにもかくにも、俺とリューズの旅はまだまだ続きそうである。

書きたいことを書くだけの短編が書きたかった。それだけの短編。

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[一言] 王国一体どんなところにあったんだ……。超えてきた環境多すぎだろ……。 自分好みな恋愛です!やっぱ静かな恋愛が好き、かな?
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