3-8
「なにも…思われないのですか」
―――――
はい ←選択
いいいえ
―――――
「なんのことか分かりませんが、分からないということはなにも思っていないんだと思います」
「そうですか」
「…………」
ホテルに来るときに迎えに来てくれた人と同じ人がドアの前にいる
「…出て行かれないのですか」
「さようなら」
彼はなにも言わずに微笑んだだけだった
ドアを閉めた瞬間銃声が響く
せめて火炙りでなかったことを良かったと思う私は、間違っているのだろうか
車中、行きと同じようにぼんやりと窓の外を見つめ続けた
時間が遅くなり、辺りが暗くなり始めて初めて気付く
「すみません、家に行く前に銀行と服屋に行きたいです。寄ってもらえますか」
「服屋ですか」
「着替えされられたままなので、自分の服を着たいんです」
「かしこまりました」
確かに渡された通帳には22,000万円が入れられていた
トータルコーディネートをするにしても3万あれば十分良い物が買えるはずだった
そうして生活してきた
だけど、自然と操作して出て来たのは30万円だった
…金銭感覚が狂っている
元から狂っていただろうか
もうそれすらも分からない
なにも分からない
店員に言われるがまま服を試着し、それを購入することにする
「そのまま着て行かれますか?」
「そうします」
「着ていらした服はどうなさいますか?」
―――――
捨ててもらう
持ち帰る ←選択
―――――
「なにか袋に入れてもらえますか」
嫌なことしか思い出せない服
でも、何故だか手放す気にはなれなかった
「かしこまりました」
店を出て車に乗り込む
降ろされた場所は家ではなく、マンションだった
「既にお店はありません。生活は今までと同じように送っていただけます。こちらが部屋の鍵です。荷物は移動させてありますので。それでは」
仕事が早い
こうなることが分かっていたからだろうか
もう終わったことはどうでも良い
私は自由だ
自由を手に入れた
部屋は1LD
一人暮らしには丁度良い大きさ
家具は良い感じに配置されていて、私物が段ボールに詰められている
引っ越しの作業の7割は終わっているようなもの
「誰にも邪魔をされない新しい生活…」
笑い声が込み上げる
それを怒る人物はもういない
それだけでこんなに愉快になれるなんて、私は今までどれだけ母親という存在に自分の人生を邪魔されてきたんだろう
「戸羽さんは生き残ったかな。でもゲームマスターになるだけだったらいつ出られるか分からない。だけど戸羽さんはそんなんじゃないよね」
自分で探すのは面倒だし、お金もあるから探偵かな
運転手が「そのまま生活出来る」と言っていたということは、そう出来ない場合もあるということなのだろう
となると名前だけで探せるとは思えない
闇深いところに頼みましょうかね
***
「やっと見つけました」
手を掴まれた相手はやはり大して驚きもせず振り向く
「――っ驚いた。久しぶり、金井さん」
「戸羽さん、一緒にカフェを開業しませんか」
「久々に会って早々そう言われるとは思いもしなかったよ」
私に言われたくはないだろうが、驚いているようには全く見えない
「立ち話もなんだし、カフェにでも入ろうか」
「聞いてくれるんですね」
「追い返してもまた来るだけだよ。学食のカフェで良いかな」
人をストーカーのように言わないでほしい
確かに3年もしつこく戸羽さんを探したけど
騒がしい学食は私たちの声を雑踏に紛れさせた
でも、確かに私と戸羽さんは向かい合っている
「僕が参加した「名前当てゲーム」は全員クラスメイトだったんだ。だから「名前当てゲーム」っていうゲーム名は正しいとは言い難いものだったよ。ルールの説明は省かせてもらって良いね」
「はい」
「突然6人が失踪して、その内の1人が帰って来た。そうなれば警察が来ると思った。でも来なかった」
「強い権力を持っているようですから、手をまわしたのではないですか」
「僕も最初はそれだけだと思ったよ。でもポケットに入っていた住所に行って、流石に驚いた」
なんとなく分かる
これは本当に驚くべきことがあって、ある程度本気で驚いた
「健康保険証や銀行口座、全てが他人名義だったんだ」
「それでは生活出来ませんね」
何故か小さく笑うと頷いてから学生証を出した
「―――これは…」
「これが僕の今の名前だよ。当時は高校2年生だったんだけど、転入先の学生証は僕の写真でこの名前になっていた」
「驚きました」
「とてもそう思っているようには見えないけど」
「いいえ、あ、いや、そうかもしれません」
「どっちなの」
「それよりも嬉しいんです」
「それも、とてもそう思っているようには見えないけど」
そんなはずはない
私はひとりに会っただけで望む人に2人も会えたのだから




