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蒼い眼の死神  作者: Arcadia_Ego_
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4

意識を取り戻した三笠暁は、身体が思うように動かないことに気がついた。生まれて初めて意識したことが非自我であるという感覚、暁の当惑は声にならなかった。思考に怜悧さは失われていない。頭のどこかでこれは夢だと思われたからであろう。

つまり、暁はこう判じた。私はもう死んでいる。そしてここは夢の中だ。

口角を操作する余力が与えられたなら、迷わずその部分を釣り上げて笑ってしまうであろう状況を少女は新しい自分に見た。辺りに彼岸花が咲いていたが、暁が見てそうだと分かるわけはなかった。何故なら、夢の中の暁は首から上を胴体から切り離された状態だったのだから。

頬に触れる冷たさはまるで生きたリノリウムのように固い地面だ。

「どうしたことだろう、私は死んでしまっているのに、死者の見る夢の中でも死体の姿で横たわっていることしか出来ないんだ」

わき起こった寂寞とした思いが引き金となって止まった時が真っ逆さまに動き出した。

虚ろな意識の中で暁の全存在を表象する生白い首が自重を無視する形で空中に浮かび上がったのだ。

生首の動きは加速した。ショートカットのおかっぱ頭を振り乱し、妖魔のように血まみれの首が飛んでいく。地面にぶつかり、再度弾みをつけて。4回目のバウンドで大ジャンプ。

独りでに世界が回り始めた。まるで立体的な軌道を描く絶叫アトラクションのよう。辺りに飛び散った血糊を巻き上げながら首が一直線に飛んでいく。

その先でうつぶせに倒れていた女の遺体がゆっくりとひとりでに起き上がり始めた。胴体から上は消失している。首のない遺体の周囲から長い長い黒い曲線の束が遺伝子のような二重螺旋を描いて頭部の空白に収束を始めた。

そして、すべては物理法則をまるで無視してぴったりと一つになり、一瞬後れて後方から長刀のような鋭い刃物が通り抜けていった。後から前に猛スピードで駆ける。馬の蹄の音が逆再生で聞こえる。勇壮な騎馬武者が暁の眼前に顕れた。蒼い猫科の動物を象形した兜の頭立てに銀の縁取りのしてある鱗鎧、深緑のサーコート、華の紋章をあしらった群青の陣羽織、どこを文化の起源としているのかはっきりとしない謎の戦士の出で立ちは見るものを威圧した。異世界から来た暁も例外ではない。

再び、繋ぎ合わされた二重螺旋の黒い線は先ほどまで切断されていたうなじの後ろで再度束ねられ、お下げ髪の形に変わっていく。暁は遠ざかる騎馬武者に戦きながら、つい、いつもの癖でエゴを探した。

「エゴ?いるの?」応えはなかった。

「エゴ!」

暁が頭の中で声を上げると、騎馬武者の動きは静止した。

エゴからの応えはない。騎馬武者の兜の頭立ての中で死神のような蒼い目が鋭く光った。暁は言いしれぬ恐怖を感じて叫んだ。

「助けて!」

暁は声にならない声で叫ぼうとすると口腔からひゅーと風が吹き抜けるような音が逆再生で聞こえた。

虎落笛かあるいは恐れのため発された呼気なのか判別のつかぬ音を見送って、次動作で女が死に神の顔に向かって小刀を掲げた。

刃先が橙色の光を帯び、眼前の死神の顔に焦点を結ぶ。

これは暁の意思を介した行いではない。あくまで逆さの時を動く女の動作の一部にしか過ぎない。にもかかわらず、切っ先には特別な力が宿ったかのように見えた。

死神の顔に亀裂が走る。暁の部屋の中で割れたサファイアガラスのように。

無数の枝の生えたクレパスのようなひだが騎馬武者の胸部に深く入り込み、軋むような音を立てる。

それは高次元からの干渉のようで、全くの事実に従って捉えるならば死に神は死んでしまうに違いない。止まった時の中で。時間が再び動きさえすれば、暁は死の運命を免れることが出来るだろう。


そう思った矢先のことだ、死に神の蒼い眼が暁の恐怖を捉えた。

その色は少女が行う見えざる者への反抗の行き着き先で感じ取ることの出来る世界の終末と同じ色をしていた。

この時、少女が見舞われたのは宿命的な禍いとか呪いとかそういう類いのものだ。最大級と言っていいかもしれない。暁は自分の数少ない臨死体験から確信することになった。生きるための戦いが始まったのだ。そして、私はその戦いに負け続けてきてここにいる。今回もきっと負けてしまうだろう。

死に神の蒼い目は音のない声で言っていた「どこに逃げようとも無駄」なのだ、と。

暁の心はいつも感じていた恐怖を一万倍に希縮しても足りない濃密な畏怖の念を抱いた。


静止した時間はそれでも逆さに動き続けた。ひび割れた顔の騎馬武者は後ろ歩きの闊歩の姿勢でこの場を去り、夜が明けて夕日が再度西の空から昇り始めた。

死に神の足音が遠ざかるにつれ、少女はやっとのことで落ち着きを取り戻した。両脇に咲く彼岸花の朱と暁のような夕べの橙が胸を打つ。美しい対比が暁の心に感じたことのない情緒を引き起こした。その後も、暁の精神が宿る女の肉体は、逆さに動く時間の中で後ろ向きに走り出し、最後の一足で、空中に浮かび上がった。

土手の中に根を張る巨岩の上に着地する。暁の意に反して動く身体、どんな意思を持って何をしようとしているのか。

暁には理解できなかった。昇ったはずの日が沈み、沈んだはずの日が昇った。

そんなことを7日間繰り返したところで、時間の流れは元に戻った。

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