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「エゴ、適当に音楽流して。」
「はい!とっておきのプレイリストをお届けします。きっとお気に召されると思います。」
「エゴ、トイレットペーパーが切れてる。」
「オンラインショッピングで購入します。」
「エゴ、慰めて。」
「すみません、出来ません。やり方がよく分からないのです。」
「役立たず」
少女は通販で買ったマニフレックスのマットレスに足を投げた。届いたばかりの最新型スマートフォンに搭載されている簡易AI「エゴ」に話しかけている。
終始無感動、少女の名前は三笠暁だ。
それ以外、内にも外にも情報がない。
かつて見知らぬ誰かの情熱を持って創造された秀逸な疑似生命も孫の手以下の道具となりはてもはや何の情緒も喚起することがない。意味もない。
ただそこにあるのは自宅にいながら人並みに経済を回し、不穏な感情の揺らぎに翻弄され、遠くに存在する誰かと生殖に関わることを夢に見るだけの一個の知的動物に過ぎなかった。
もっと悪いことに少女は先ほど挙げた自らの特徴に嫌気が差し、一切を捨ててしまいたいと考えているのだ。常日頃からこんなことに思いを巡らせているわけではなかった。
ただなんとなく、その種の情緒に浸りたい気分だったというだけだ。
自分の感情に点数を付けるならどうだろうか偏差値43?47点。
赤点もいいところだ。少女は自分の貧困な言語感覚に絶句した。しかも、こんな風に考えたのは4度じゃ聞かない。馬鹿なんじゃないかな。
先ほど罵倒したがらくたの助けを借りないと呼吸以外のことを何も出来ないでいる。こんな私は実に哀れだ。落涙を禁じ得ない。
今になって役立たずと言う言葉が自分に返ってきた。要するに人として欠陥だらけなのだ私も。唯一出来ることはと言えば・・・・・・。
物を壊すことだけ。めちゃくちゃにというわけじゃないよ。ちょっとだけさ。
少女はあのように有り触れたとりとめもない空虚さに見舞われたとき迷わずに試みることがあった。それは信仰じみた祈りというよりは暇を持て余した健全な児童が昼下がり試みるような一人遊びのように若干の後ろめたさを伴って習慣的に繰り返されていた。少女の場合それがたまたま器物損壊だったというだけだ。
何の理由もなく感情の赴くままに大切なものを壊したいという淡い情動は少女に取ってはちょっとした呪いだった。暁の家族にとってはどう手を付けたらいいのやら分からない禍を詰めた黒箱のようなもの。そのことを暁自身が最もよく理解していたのだが、これを罪悪のように感じることはまれだった。いつものように、やることは一つだ。
今日も今日とて、手に持ったスマートフォンを自室の壁に投げつけ、壊してしまいたい衝動のままに。そうした。