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存在問題

作者: 土独歩 八音

ブンッブンッブンッブンッ。


また聞こえてきた、この音だ。最近になって気付いたのだが、結構どこにいてもこの音が聞こえる。自宅でも、学校でも、バイト先でも、旅行先にいるときでさえ、この音が聞こえる時がある。


最初は耳鳴りの一種かと思い気にしていなかったが、ある時こんな仮説を立てた。


現実の俺はベッドで眠っていて、頭には装置のようなものがはめられている。その装置によって俺はこの仮想世界で擬似的な人生を送っているのではないか。もしかしたら現実世界の科学力は物凄く発展していて、人生一回分のシュミレーションをゲーム感覚で行うことができる。現実世界の友達なんかと一緒にこの世界にダイブしているんじゃないかと。


そんなことを考えていると、この人生が本当にただのゲームのように思えてきた。何もかもがプログラムで構成されたオブジェクトとAIの集合体。そこに概念なんかの設定を組み込んでシュミレーションしているだけだと思えてきた。


ゲームならクリア条件があるはずだ。クリアすることが目的ではないゲームなのだとしたら、人生が終了した時点の得点が結果となるスコア型だ。俺が考えるに、恐らくこの『人生』というゲームジャンルはスコア型のゲームに属するはずだ。


次に、このゲームで高得点を獲得するにはどうすればいいか。それを考えるにあたって、まずはこのゲームのルールを確認する。ではそのルールをどのように確認するか、それは法律だ。法律に従っていけば、途中退場や得点の減点といったマイナスなことは起こらないと考えていい。


この時俺は気づいた。今までの人生、どれだけの時間を適当に過ごしていたかに。

信号無視した回数は?人の悪口を言った回数は?ポイ捨てした回数は?

そう言った『少し悪いこと』によって得点は減点されているかもしれない。いや、されていると考えた方がいい。


その瞬間、俺の中で何かが180度変わった。無駄なことはしなくていい。これからの人生、意味のあることだけをしていこう。

そう思ったら、無意識に走り出していた。おかしいだろうか。無意識に走り出すことは。でも実際走っていたのだ。当てがないわけじゃなく、意味のある行動して、俺の足は動いていた。



それからは、何もかもがトントン拍子。

大学を中退していた俺は、通信制の大学に通い直した。

そして俺はその頃一人暮らしをしていたのだけれど、実家に戻るという決断を下す。そのため、勤めていたバイト先も辞めた。このタイミングで社会の義務である労働を辞めてしまうことに対して、ちょっと意外に思うかもしれない。しかし、ちゃんと考えればフリーターをやって一人暮らしするという行為は無駄が多すぎる。社会に搾取されるだけだ。もしこの考えが理解できない人は、ちゃんと考えていない人だ。もし理解できなかったのなら、頭の使い方をもう一度よく考えてみることだ。


俺は実家に帰り、フリーター時代に貯めたお金を学費に充当し通信制大学を卒業した。

暇な時間でブログなんかもやったりした。内容はシンプル、気になった本を買って読み、その内容を噛み砕いてレビューする。ブログ作成は、そういった読書によって得た知識のアウトプットの場としても役に立ち一石二鳥だった。


3ヶ月くらいやっていると、ある程度ビューワーも増えたし、少しだけどお金も入ってきた。俗に言うアフィリエイト報酬だ。

半年もやると慣れてきて、本のレビュー以外にも商品紹介や、自己啓発系のものまで手広く攻めた。いつのまにか、俺はブログだけで月収100万円稼げるようになっていた。


けどそこで止まらない。俺は得点を稼がなきゃいけない。そこから数年は、さらにあっという間だった。

気がつくと、複数の会社を経営する起業家になっていた。世間では『敏腕起業家』『無一文からのドリーム』なんて囃し立てられて、それなりに偉くなったもんだと自覚していた。


しかし、俺はそれくらいの地位を獲得していて結婚どころか彼女さえ出来ていなかった。

俺より不細工な同級生はもうとっくに結婚している。周りがどんどん結婚していく中、独身というレッテルは俺にびっしりとこびりついていくような気がした。

言い訳苦しいけれど、決してモテない訳ではないのだ。何度か身体の関係までいく女性はいたのだが、交際を申し込むと断られる。断られるのは俺に原因があるには違いない。それはわかっているのだが、全く原因が分からなかった。


その日俺は、仕事を早めに片付けられたためタワービルのバーに来ていた。座るのはいつもカウンターの右側。目の前に鏡があるため、振り返らなくてもビルからの夜景を楽しむことができるのだ。

今日も俺は、お酒を片手に鏡を見ていた。最初は夜景を見ていたのだけれど、途中ふと視線を店内に戻すと、夜景を虚に見つめる綺麗な横顔を見つけた。

「君、一人?」

「ええそうよ」

「御馳走させてくれ。君に惹かれたんだ。」

「嬉しいわ。ありがとう」


バーテンダーにお酒を注文し、夜景の見える窓辺の席で飲み直した。

話していると、なんとなく気が合うなと感じ夜景なんか忘れて喋っていた。


「あなたって、面白い。だんだんわかってきた気がするわ」

「ほんとかい?俺は自分のことはからっきし分からないけどな。」


彼女がクスッと笑う。いい雰囲気だ。


「もしよければ、俺と付き合ってみないか」


数瞬の間を置いて彼女が答える。


「嫌よ。」


ここまではっきりと断られたことはなかったため驚いた。少しは悩んでくれると思ったんだけどな。そして彼女はこう続けた。


「だってあなたって、無駄がなさすぎるだもん」

「それって、どういうことなんだい」


彼女は少し悩むと、質問仕返してきた。


「あなたって、ホームレスについてどう思ってる?」

「え、そうだな。勿体ないと思うよ。努力すれば絶対に社会に適応できるし、それをしようとしないなんて生まれてきた意味がないじゃないか。」

「やっぱりそうよね。でもそういう社会にとって無駄な人たちのためにも、社会は存在してるのよ。あなたより賢くなくて、収入も少ない人は大勢いる。だけどその彼らのような人達が、今ここから見える夜景を創ったのよ。」


その時に見た夜景は、眩しく見えるほど輝いて見えた。かつての自分も、この景色の中の有象無象の一部だったことを思い出す。


「あなたって、なんか人間らしくないのよ。なんか完璧っていうか、人間本来の魅力がないのよね。そういう人とは付き合えない。ごめんね」


無駄なことの大切さ。あの時変わったのは人生ではない。あの時俺は、人間としての魅力を失ってしまったのだ。

人間は間違える生き物だ。それは歴史が証明してきたじゃないか。それはもう、人が間違えることを容認しているということに他ならない。考えてみれば馬鹿なことを今までしてきた。この世界がゲームの世界?そんな訳がないだろう。必死に生きてきたこの世界は、紛れもなく本物だ。


「俺って、最初から十分真面目に生きてたんじゃねえか。」


それに気づいた時、心が締められ苦しくなり涙が溢れてきた。

人間は間違える。俺にとっての間違いは、この数年間の人生だったのかもしれない。

でも終わったわけではない。人間は間違えるが、その間違いを認め、直す事もできる生き物だ。これからの人生は、俺が失っていた無駄を大切にしていこう、そう思った。


ピピッ、ピーーーー。

無機質な音と共に、一気に現実に引き戻される。

「あっ…。」

目覚めたその視界には、電子パネルで283549点と冷たいスコアが映し出されていた。

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