慕う騎士
「ずいぶんご機嫌斜めだな、アルフォンソ。」
「テオドール団長、」
昨晩のパーティーは素晴らしく盛大だった。姉の分の公費まで使い込んで行われた妹の生誕祭は、それは素晴らしいものだった。それに対して、リコリスは一言も文句を言わない。
昨日は、あんなにご機嫌だったのに、どうした。とのたまう上司たるテオドールはアルフォンソの不機嫌の理由などお見通しだろう。
「べつに。」
それより、どこに行くんですか。そう言葉を続けると、団長は小さな箱をからから振る。
「姫君に、プレゼントよ。陛下もひどい方でね。昨日ふと、姫の誕生日が先々月だったことを思い出して、慌ててプレゼントを見繕ったのだよ。それも、ローズベル殿下に渡そうと思っていたプレゼントのうちの一つでね。我が主ながら、最低だよ。」
「それ、渡すんですか。」
「まあな。苦笑される私の身にもなって欲しいものだ。」
まあ、わかっていながら、カードもプレゼントも渡せない甲斐性のない男よりもましか。そうつぶやかれて、アルフォンソは打ちのめされた。カードもプレゼントも用意した。渡せなかったのは確かに甲斐性がないせいなのか。拒絶されていることに耐えられない弱さのせいなのか。
「本当に、その仏頂面どうにかならぬものか。」
「べつに。仏頂面などしておりませんが。ただ、昨日のあなたの振る舞いが腑に落ちないというだけで。」
なにが、そう眉を上げて問われる。何がではない。アルフォンソだって知っている。テオドールはザルだ。それを、あんな振る舞いをしてリコリス殿下の気を引くやり方が気に食わない。
「拒絶されたのは、自業自得であろうに。私のせいにするのはよしてくれ。」
自業自得、そう言われる理由はよくわかっている。
「やっとの思いで誘ったダンスもすげなく断られ、そばにいることすら避けられ。こんなじじいに追い払われ、さぞかしご機嫌斜めだろう。」
豪快に笑う姿は貴族らしからぬものだ。
それだけじゃない。昨日、リコリス殿下はこの男の耳元に唇を寄せて何かを囁いていたのだ。艶かしい薄く紅ののった形の良い唇が、この男に寄せられ、そして美しく弧を描いていたのだ。自分には向けられることのない類の笑顔が憎らしい。
「自業自得というのは返すお言葉もありません。」
「まあ、5年も前の話だ。お主も若かったといえば若かった。焦りもあっただろう。自分が好いている女性には、まるで相手にされていない。変に懐かれて、男として意識もされていない。焦っていたところに、陛下から妹との結婚を考えろなんて言われれば焦って、姫を傷つける言葉も言ってしまうだろうに。」
「若かったというのは言い訳にはなりません。」
「未だに、姫に避けられて、形ばかりに礼儀正しく振舞われ、アルと呼んでくれていた唇が、アルフォンソ殿なんて言ってくるんだから、お前も辛かろう。」
ま、自業自得だがな、と豪快に笑う。
自覚はある。自業自得だ。守りたいと思う方のそばにはいられず、愛しいと口にすることも叶わず。相手からは避けられて、言葉もろくに交わしては貰えない。
さて、行くかなと、廊下を歩きだした団長がふと振り返る。
「姫は、私がザルであることぐらい知ってらっしゃるよ。」
つまらない演技に付き合うくらいにアルフォンソをそばに置きたくない。その言葉の裏側が、アルフォンソに突き刺さった。
嫌われた理由はわかっている。殿下の騎士ではありません、と滑り落ちてしまった言葉がリコリスを傷つけたのはわかっている。だが、あの言葉には言えなかった続きがある。
殿下の騎士ではなく、殿下の夫になりたい。
あの時は、立場上、言えなかった。今も、立場上、言えないが、それ以上に言えなくなった。
リコリスには完全に嫌われた。男として意識されていなかったことに焦れていたのは確かだ。腕を取られ、あの柔らかな体が近寄ってくることが、甘やかで苦痛だった。
それが、近寄ってすら貰えない。近寄ることすら許されない。そんな立場に落っこちるくらいなら、意識されない方が何万倍もましだった。
自分の主は確かに可愛い。美しいし、神話に出てくる女神のような神々しさだ。だが、中身はまだまだ子どもで愛らしくて、ちょっとだけ間が抜けていて、少しだけワガママで、姉が大好きな妖精のような人。異常な程に両親はこの女神を愛し、その姉にはひとかけらもそれを分けようとしない。
リコリスはそれに慣れきっていた。自分の周りに人がいないのも、何も与えられないのも、自分が醜いからで、誰も悪くないと思っている。
そんなこと絶対にない。リコリスは、神々しい美しさの妹とは確かに違う。
でも、凛として美しい。知性を感じる碧の瞳も、ブルネットの髪も、美しい形の唇も、華々しくは確かにないけれど、整っていて美しい。アルフォンソが恋に落ちた相手は、ローズベルではなくリコリスなのだ。
本当はカードもプレゼントも誰よりも早く渡したかった。その日、ローズベルが気を回して、非番までくれたのに、アルフォンソは渡せなかった。リコリスは、自分の誕生日が誰からも祝われないと思っていて、わざわざ公務をいれた。遠い、辺境の地の作物の心配をしていた。自分を思う男の存在など気づいてはくれなかった。




