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望まぬダンス

「お姉さま!」

「ローズベルおめでとう。」

「ありがとう。お姉さまもおめでとう!」

「あら、ずいぶん前のお話よ。でも、ありがとう、ローズベル。カード嬉しかったわ。」


ぴくりと両陛下が反応したように見えた。きっと、今、もうひとりの娘の誕生日を思い出しでもしたのだろう。


「お姉さまったら全然、会いに来てくださらないんだもの!だから、カードしか送れなかったのよ。ひどいわ!公務ばっかりで、あってくださらない。」


ふくれっ面をしたってローズベルは可愛らしい。膨れた頬を指でつつくと、ローズベルは朗らかに笑った。


「ごめんなさい、ローズベル。でも、ローズベルに会えなかった分、会えた時たくさんお話できるでしょ?私に、ローズベルの話を教えてくれない?」

「もちろんよ!お姉さま。」


ローズベルは、楽しそうにここ一年近くの話をし始める。すぐそばにいるアルフォンソは仕事とはいえ少しリラックスした様子だった。リコリスは、ローズベルの話に耳を傾ける。その話の、大半は、友達の話と、アルフォンソと出かけた話だった。


「ローズベルの騎士様は、素敵な方ね。」

「そうなのよ。でも、たまに意地悪なの。」

「ローズベル様のいたずらがすぎるからですよ。」


頬を染めながら話すローズベルに、アルフォンソはそっけなく答える。信頼し合っている主人と騎士。そんな様子をまざまざと見せつけられても、リコリスはちゃんと笑った。

テオドールにご褒美をもらうためには笑っていないとね。リコリスはテオドールの言葉を思い出して微笑む。


「ねえ、お姉さま。お姉さまは踊らないの?」


誰からも踊りに誘われないことが不思議なのだろう。廃材と踊りたい人間なんていないのに、なんて困った子なのかしら。リコリスはローズベルの純粋さにめまいを覚えた。


「今日は、ローズベルが主役なのよ。主役がたくさん踊らなきゃ。」


あなたと踊るためにたくさんの男性が列をなしているのよ。リコリスの前にはない、その列がローズベルには見えないようだ。


「お姉さま、昔はよく踊っていたのに。この頃、あまり踊られないでしょう?お姉さまのダンス、私、好きだったのに。」


昔は、義理でも嬉しかった。アルフォンソとも踊った。心躍る時間だった。リコリスの騎士ではない彼が、その瞬間だけでもリコリスのものになる気がして。


「ローズベルは意地悪ね。私、ダンス苦手なのよ。」


怒った顔を作ってみせて、声を出して笑う。ローズベルは、嘘つき!なんて言っている。


「お姉さま、すごくお上手なくせに!私なんかよりずっと、お上手だわ。ねえ、踊ってみせて。みたいの、お姉さま。」


お誕生日プレゼントにお願い。そう言って、リコリスを困らせる。知ってる?ローズベル。踊りは一人では踊れないのよ。

すると、脇から手が伸びる。


「私と、踊ってはいただけませんか?」

「アルフォンソ!そうよ、お似合いだわ!お姉さまが変な男と踊るのは嫌だけど、アルフォンソとならきっと、とっても素敵だわ!」


惨めになるだけではないか。さっき踊っていたファーストダンスとの差を見せ付けられるだけ。泣きたいくらいに惨めだ。大臣たちに小馬鹿にされることなんか痛くも痒くもないのに、妹の言葉一つ一つが心をえぐっていく。かわいいかわいい私の妹。可愛くて、可愛くて、どこまでも残酷だ。

主の言葉を汲み取る優秀な騎士の腕が、リコリスの目の前に差し出されていた。ああ、テオドール、また、魔法をかけてちょうだい。上手に笑えるように魔法をかけて。


「ありがとう、アルフォンソ殿。」


気を使わせてごめんなさいね。後ろの言葉は言わずに瞳を見つめる。敏い彼になら伝わってしまっただろう隠した言葉。腕に、手を添えてから、すっと押し返す。


「でも、ごめんなさい。この間の公務で実は足を痛めてしまったの。だから、踊れないわ。また、誘ってくださる?」

「おみ足は、大丈夫ですか?侍医には見せられましたか?」

「いいえ、大したことではなかったから。でも、今日は念のため。」

「これからは、ちゃんと見せてください。」

「でも、大したことではないのよ。」

「ちゃんと、見せてくださいね。」


一つ一つ言葉を区切るように言われる。きっと、こうやってローズベルのことも叱っているのだろう。おかしくなって笑ってしまった。叱ってくれる人が居るのは、心地の良いことなのだと初めて知った。


「ローズベル。侯爵様の御子息があなたを待っているわ。行ってらっしゃい。」

「でも、お姉さま、せっかくお姉さまと会えたのに。」

「私たちは姉妹よ。いつだって、会えるじゃない。ほら、行ってらっしゃい。」


無理矢理に送り出すとローズベルが不満な顔をにじませる。ローズベルの思っているとおり。きっと、これから、ローズベルとリコリスはほとんど会うことはないだろう。自分がそれを望んでいないことをリコリスはよくわかっていた。


「アルフォンソ殿も、お好きなようにお過ごしなさい。」


自分のそばにいなくて良いと、暗に伝えてリコリスは給仕が差し出してくれた飲み物を片手に取る。


「いえ、ここにいます。」

「ローズベルはしばらく戻らないわ。今のうちに、体を休めておいたほうが良いかと。」

「殿下をお一人にはできかねます。」


一人に慣れきったリコリスは二人でいることに息が詰まりそうだった。

ひとりでいることなんて怖くもなんともない。誰かといたって、リコリスは誰にも守ってもらえないことを知っている。だから、嫌だった。誰の一番でもないリコリスは、もう一番を決めているアルフォンソのそばになど居たくない。


「おかしなこと。あなたは私の騎士でもなかろうに。」

「殿下。」

「一人にして頂戴といえば、わかるかしら?」

「姫、アルフォンソ、ご機嫌麗しゅう。テオドールも混ぜてください。」


両手に皿と酒を持ったテオドールはご機嫌だ。酒に酔ったように馴れ馴れしく振舞っているが、リコリスはこの男がザルだと知っている。


「テオドール、飲みすぎて二日酔いになっても知らないわよ。」


助けに来たのだとわかって、リコリスはくすくすと笑った。おかしな男。リコリスのことを一番に大事に出来ないくせに、リコリスを庇うことだけはいっちょまえにするのだ。この男はリコリスに簡単に魔法をかける。笑っていられる魔法を。


「テオドールがそばにいてくれる。アルフォンソ殿は下がって頂戴。」


足元がおぼつかない演技をしてみせるテオドールにリコリスは手を伸ばす。もう、しっかりしてちょうだい。そう笑って言うと、テオドールは剣は持てますよ。なんて笑わせてくれる。


「……お心のままに。」


小さな声でアルフォンソが絞り出すのを聞いて、リコリスはにっこり微笑んだ。


「ありがとう。」


ちゃんと笑っていられる。ちゃんと笑ってる。だから、きっと、大丈夫。テオドール、ご褒美ちょうだいね?そう、笑ってテオドールに囁くと、声を上げてテオドールは笑った。




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