忘れられた日
「随分な無茶をしましたな。」
「そうね。」
政策を展開してもう5年近く経つ。最初の頃にやった無茶が尾を引いて、リコリスの足元を不安定に揺らしていた。
テオドールはにやりと楽しそうに笑って、リコリスを見た。リコリスはお茶を口にして、すぐに下げさせた。
「毒の入る回数が増えたわね。」
「おや、追求なさらないんですか。」
「この程度なら、死にはしないわ。すこし、体が痺れるくらい。」
王族のこと、なめているのかしらね。そうポツリとこぼすと、テオドールは声を上げて笑う。
「今度こそ、騎士を選ばねばなりませんね。殿下の政策がうまくいけばいくほどに、面白く思わぬものがごまんとおりますからな。」
「そうね。」
そう言いつつ、さして騎士を選ぶ気がリコリスにはない。なんといっても、陛下にその気がないのだから。どんなに、政策を上手く展開し、国民にしたわれる王女殿下になろうと、父母の関心は薄い。
「次はどんな政策を?」
「まあ、まずはインフラ整備でしょうね。水道と下水道については、専門家にまとめさせているところ。」
「殿下は面白うございますね。」
「私のことを面白いというのは、あなたぐらいよ、テオドール。」
この頃になると、公務が忙しくローズベルに会うこともほとんどなくなっていた。ローズベルはどんなに美しい子に育っただろうか。1年あまりの時間を、ほとんど政策にあてていたリコリスの気持ちは少しだけ、軽かった。あの子に会うことができないことがこれほど寂しく、そして、これほどに、安らかだとは知らなかった。
「ローズベル殿下の18歳のお誕生日会には出られるのでしょうか。大きな夜会を開くのでしょう?」
「私は、予定があるから行かないわ。」
「確か、空いてらっしゃったかと。」
「これから、予定を入れるのよ。」
「おやおや。」
テオドールは困った子だとでも言うように笑った。テオドールのいくつも見せてくれる笑顔はどれも素敵だと思う。
「そういえば、殿下のお誕生日は先々月でございましたな。」
「そうね。」
「今年も陛下はお言葉を?」
「今年は言葉すらも忘れていたわ。ローズベルはカードを送ってくれたけど、あとは、公務先の国民が祝ってくれたわよ。」
パーティーなど一度も開かれたことがない。そんなものを羨んではいけない。自分には国民がいてくれる。今のリコリスにはそれだけが支えだった。