死神はレジェロに歌う
テオドールは、かなりの兵力をもってマクデブルク領に攻め入った。縦に長いマクデブルク領は北のアイゼナハで、ヘルベティアと接する。
他の多くの領も同様にヘルベティアと接していたが、よりによって革命が起きた土地がマクデブルク領とは、最悪だ。ウェイリントン辺境伯が治めるマクデブルク領が、独立性を重んじる土地柄であることは、革命家にとっては、大きな助けとなってしまう。
下手をしたら、この土地をまとめて火の海にしなければ、ならなくなる。テオドールも、そこまですることが望みではない。
だが、女王は、この革命を決して許しはしない。それに携わったもの全てを処刑してでも、この国を守ろうとするだろう。
年若く、自分の立つ場所すら盤石でない女王がとれる道は、それほど多くない。
一昼夜、馬を走らせ、少しの休憩を重ねながら北上していた兵たちには、わずかに疲れが見えるが、日ごろの訓練のたまもので、脱落するようなものはいない。
女王が、訓練を重ねるように言ったのは、革命を恐れてではなく、ヘルベティアを恐れてのことだったが、どこで役に立つかは分からないものだ。
「団長!この先にて、火の手が上がっております。」
「なに?アイゼナハまでは、まだ距離があるはずだぞ。」
「グライツまで、戦火が広がっております!」
早馬で戻ってきた部下の言葉に、頭を抱えたくなった。グライツで馬を休ませ、アイゼナハでの戦いに備えようと思っていたテオドールには、痛い話だ。
既に、きな臭さがあたりに立ち込め、鉄と鉛、何かが焼ける匂いが鼻につく。
「これより先、革命を広めてはならん!我が女王陛下のために、我がアレムアンドのために、火の手を消し、握りつぶし、もう二度とその芽が出ぬよう叩き潰せ!」
張り上げた声が、どれほど、届いたか知れぬが、馬を走らせる兵たちの目には闘志がみなぎっていた。小さな姫君だったリコリスが、涙で瞳を光らせてテオドールに力を望んだ時、こんな茨の道を歩くことになるとは、テオドール自身、予想だにしていなかった。
リコリスの小さな心は、いくつもの努力と、心無い言葉に傷ついては、鎧をまとい、そして女王の座に相応しく冷たくなっていった。だが、その努力は全て、国民とともにあるためだった。
リコリスは最初から最後まで国民のための王女であり、女王だ。それを裏切った国民をテオドールは、一人たりとも許せないと思っていた。
「……ウェイリントン辺境伯っ!」
燃え上がる炎の前にひるむことなく立つ馬にまたがる影が、ウェイリントンであることに気づいて、テオドールは腹の底から声を上げた。もし、彼が、敵だったら、テオドールですら無傷で済むことはない。この領の主は、この領において、女王よりも強い。
「これは、……どういうことだ。」
ウェイリントンの周りに転がっている死体は、明らかに民衆のものとは思えない武装をしている。血の付いたマントをひらめかせて振り返ったウェイリントンは、血に飢えた吸血鬼にすら見えた。
「見ての通りだ。遅い援軍に感謝するよ、バルテルス卿。王国最強が来たとなれば、われらも心強い。」
「……この者たちは、いったい?革命を起こした者たちか?」
「……革命?私は、ヘルベティアに攻め入られ、援軍を必要としていると、伝令を飛ばしたはずだ。」
「な、に?ヘルベティアに、攻め入られた?」
どこで行き違いが起きたというのだろうか。
「革命など。マグデブルグの領民を馬鹿にしないでいただきたいものだ。王女の行いを忘れるほど、国民は馬鹿ではないよ。」
「……そう、か。」
そのうえ、ウェイリントンは遅い援軍と言った。テオドールは迅速な女王の命令のもと、ほとんど休まずこの領まで飛ばしてきたはずだ。どこかで情報が止められ、そのうえ、捻じ曲げられている。
「どうやら、どこかで、情報が操作されているようだな。それも、国の内側で。」
「……そのようだ。このままでは、陛下が危ない。」
「帰られよ。そう、言いたいところだが、どうやら、囲まれたようだ。」
ウェイリントンの視線の先から、ぐるりと円形に隠しきれていない殺気を感じる。
くそ。
テオドールは小さくつぶやいて、愛用のランスを握りこんだ。何人もを貫き、そして血を吸った飢えたオオカミのようなランスは、自分によくなじんでいる。
アルフォンソ、耐えきってくれ。
テオドールは、静かに瞼を閉じ、そして開く。その瞳の中に、命を刈り取ることへの迷いなど存在しなかった。




