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祈るためのコラール



リコリスは、エマヌエルを王家のアテネの庭に招いた。赤、白、ピンクの薔薇が、変わらず咲き誇る庭は美しいが、苦い気持ちにさせる。

リコリスは、そこで、エマヌエルに小さく否やを告げた。そうすると、彼は、どこか安心したように息を吐き出した。すべてを切り捨てる覚悟ができていると言っていた。

だが、彼は、それをどこかで諦めきれていなかったのだろう。それは、それが、彼の唯一であるからなのだろう。


「私は、この国の女王として、お断りいたします。」

「女王として、ではなくてもお断りされそうですね。」


エマヌエルは苦笑して、離れた位置にいるアルフォンソにそっと視線を向けた。


「ええ。リコリスとしては、決してお受けできないわ。」

「そうですか。女王として、あなたが答えを出したのなら、口出しはできないですね。」


エマヌエルは薔薇に手を伸ばして、すぐに手をひっこめた。とげがその人差し指を傷つけて、血が雫になって、こぼれた。


「……ままならないものですね。」

「ええ。私も、あなたも。」

「もし、こんな出会いでなければ、あなたと私は良き友になれたかもしれない。」


リコリスは、エマヌエルにわずかに微笑んだ。この婚姻を断れば、いったい、二つの国はどうなるだろうか。同じ神を信じる二つの国の間を隔てる川は広がり、エマヌエルに会うことも、もう二度とないだろう。

彼の運命がせめて、明るい方へと向かってくれれば良いのに。儚い微笑みを見る限り、それがリコリスの傲りでしかないのを突き付けられた。

国のため、国民を守るため、それが、言い訳のようにすら思える。


「施政者というものが、これほど苦しいものとは、知りませんでした。平民であった時は、権利を振りかざすだけでよかった。」


薔薇のとげを避けるように、花弁に触れる優しい手つきとは裏腹に、傷つけられた指先からあふれた血は、ピンクの薔薇を赤黒く染めた。


「国王は、支配者なんかじゃなかった。国の、奴隷だ。王冠は、美しいだけの枷だ。」


そんなこと知りたくなかった。

エマヌエルはそう呟く。薔薇にこぼれた血は、エマヌエルがこの国にいた小さな証になる。

この言葉が記録に残らずとも、リコリスの記憶に残って、いつか、蝕むことになるだろう。

リコリスはそれでも、最後まで、エマヌエルの言葉を静かに聞き届けた。

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