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誰がための命

「私は、教育の義務化を推進したいの。少なくとも8年間は義務的な教育をするべきだわ。貴賎を問わずに。」

「8年間も、というのは貧しい者にはまず不可能でしょうな。」


テオドール他、何人か見知った顔がある。大臣方がいる中で、リコリスは悠然と座っていた。

3年も孤児院、福祉局、農村地帯を回ったリコリスがたどり着いたのは教育というものだった。だれもが教育を受ける機会を与えられるべきだという清廉潔白な理由ではなく、教育そのものが国力の底上げになると考えてのことだ。


「ローゼンベルグ教授は皆知っているわね。我が国の教育の第一人者よ。彼は著書で、男女問わず貴賎を問わず教育の機会を与えるべきだと言っている。その彼に、この間、謁見して意見を聞きました。最低限の算数、国語を教えるだけでなく、歴史、科学、道徳、倫理、全て教えるとするならば8年の期間が望ましいと。」

「貧しい者たちにとって、子供は労働力です。それを金をかけて、学校に通わせるなど、考えても見ないでしょう。農村部にも出向かれたと聞いていましたが、現状をご覧にはなられませんでしたか。」

「見たわ。だからこそ言うのよ。私はローゼンベルグ教授のように清廉潔白じゃないし、聖人君子でもない。だから、教育の機会を均等にする理由は、高尚なものじゃないわ。」

「ではなんと?」


大臣たちがリコリスを小馬鹿にしているのはよくわかっていた。雰囲気もそう、王家から軽んじられているリコリスは軽んじてもいいという風潮がそこにはあるようだ。姫君のままごとに付き合っていられないとでも思っているのかもしれない。


「わからない?」


だから、渡りあうためには品格と知性が必要なのだ。そして、王家としての強さも。鼻で笑ってから、大臣たちを見渡して肩をすくめる。がっかりだわ、とでも言うように。


「国力の底上げを図るには確かな教育が必要だからよ。ひとりひとりの知能の高さは必ず国力を上げるわ。それだけじゃない。国が教育を管理すればそこから、賢きものを見つけられる。そうすれば、新たなエネルギーや、武器、あらゆるもので他国から抜きん出られる。国が能力を管理するのよ。だから、今の教育体制では全くダメよ。私塾が何個かあって、そこに貴族が通っているだけ。都市であればいくつかの教会が子供を教えているけれど、そんなレベルはたかだか知れている。」


たかが15歳にそれを指摘されるというのは恥辱だろうに、何人かは怒りで震えだした。


「今ある私塾はそのままにして、高等教育まで行う私学とする。貴族や裕福な家庭に門戸を開くものとして、国から補助金を出すけど、運営それ自体は通っている子供の家庭に頼ることとする。高等教育を広めるには時間がかかるから、今は私学で学ぶしか道がないけど、将来はまた変わってくると思う。今は、初等教育よ。ローゼンベルグ教授が言うとおり8年間の初等教育を義務付けるわ。これに関しては、私学の他に国立をつくる。最低限の費用で行けるように、全ての資金を国が出す。都市だけでなく農村にもつくる。」

「ですが、先程も申し上げたとおり、それを農村部にまで広めるというのは不可能です。」

「人の話は最後まで聞きなさい、ケルステン侯爵。農村部に広めることはあなたの言うとおり困難かも知れない。でも不可能ではないわ。農村部では、公立初等教育校をつくる他にも政策を並行して行うわ。」


どんな、と目で問うてくる大臣方と、アホらしげに目をそらすもの、怒りに震えているものの3パターンを眺めながら、リコリスは唇を開いた。


「なぜ、農村部では、子供が多いと思う?」

「それは、労働力だからでしょう。」

「ロズゴニー伯。それは、半分しか正解ではないわ。」

「農村部では、子供が死にやすい。だから、分母を増やしているのでは?」

「まあ、それも、あるかもしれない。でも、最大の理由はそこではないわ。」


リコリスは悠然とカップを持ち上げて紅茶を飲む。先程からの言葉の応酬で喉が渇いてしまった。


「農村部には、娯楽がない。都市部のように色街もない。続きは言わないでもわかるかしら?」


数人は顔を赤く染めた。そして、リコリス自身に信じられないという目線を向ける。それは、特に女性が口に出していい言葉ではないからだ。


「子供は結果に過ぎないということよ。だから、私は、他にも政策を展開するわ。簡易避妊法の普及よ。これによって、農村部に家族計画という概念を広めて、貧困からの脱却を図るの。公衆衛生学の最先端を行くザロマン教授に簡易避妊法で最も普及するであろうものを教えていただきました。」


手を叩くと、侍従たちが次々と大臣たちの前に物品を配っていく。


「簡易避妊具です。開けてみればわかるけど、形状からして使い方の説明は必要ないと思います。私の口からはいたしませんけど、知りたいのならザロマン教授にでもお聞きになって。それは、避妊だけでなく、性病の予防にも繋がるようなの。だから、農村部での普及を試みる前に歓楽街で試すわ。言葉は悪いけれど、歓楽街で最も嫌がられるのは、商品たる女性の妊娠と病よ。それの効力を試す面でも、改良を加えるという面でも、歓楽街は絶好の場所よ。すでに、レイリョー歓楽街とラクタス歓楽街では協力を約束させている。あとは、あなたたちの賛同と協力だけ。どうかしら?」

「陛下はなんと?」

「この件は、私に一任されたわ。だから、こうしてあなたたちに直接話しているのよ。」

「私は反対です。この得体の知れない物体を普及させるのは不可能だ。使い心地も悪いし、気味悪がる人間も多い。これを普及させたところで、教育の普及につながるとは到底思えません。殿下のお考えは深いのかもしれませんが、到底実現は不可能でしょうな。」

「リンケ伯爵だったわね。私のような小娘よりも深い見識がおありのようで。」

「いえ、そのような。私は、まだまだではございますが、知識を深めようと努力は怠っておりません。」

「ええ、全くその通りのようね。これの使い心地が悪いなど、よくご存知だこと。」

「なっ、」

「おおかた、数ある愛人に子供を孕ませないようにでしょうけど。知識を深めようと実地で試されたというのなら、頭が下がりますわ。」

「な、にを!」

「国民に知識がつくことがそれほど恐ろしいかしら。国力の底上げをすることは格差を埋めることになる。貴族という椅子にいつまでもあぐらをかいていられなくなることが、怖いのかしら。」


口を開けば開くほど、命を狙われる場所に追い詰められる。リコリスはわかっていながら、言葉を選ばなかった。


「この政策に、賛同してくれるかしら。あなたたちが先を見ることのできるものならば、必ずや賛成してくれると思っているけれど。」


ニコリと微笑むリコリスは、ローズベルのように美しくない。




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