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誓いのカンタータ




「テオドールを呼んで。」


リコリスは、着替えをして、髪をおろした状態で、レティシアに小さく指示を出した。私室に人を招く時間ではないが、時は待ってはくれない。

リコリスは、頭を抱えたくなりながら、テオドールの訪れを待っていた。部屋の隅に控えたアルフォンソを見ることはできない。

回廊に戻るまでの間に、リンケがいた。彼は、確かに言った。


ご英断を、陛下。


リンケは知っていたのだ。エマヌエルの、ヘルベティアの本来の目的を、知っていて、リコリスを会わざるを得ない状況に至らしめた。

国のために結婚をしろと言ったリンケは、有言実行をして見せただけだ。

リンケの狙い通り、もし、エマヌエルとの婚姻が成立したら、境界線はしばらくの間、争わずに済む。確かに、この国は、これ以上の争いに身を焦がされることはない。

だが、一方で、激動に飲まれるリスクを背負うことになる。ヘルベティアの革命の波は、否が応でも、アレムアンドを巻き込むだろう。

リコリスは額に手を置いた。女王らしからぬ行為であることは知っていたが、これ以上、背筋を伸ばしていることが、酷く難しいことに思える。


「陛下。」

「テオドール、来たのね。」

「はい。陛下、どうされましたか。」

「……お父様は、こんな気持ちだったの?」

「……この国は、一枚岩ではない。騙し、騙され、流されないようにもがけども、もがけども、流される。王という名の運命に。」


リコリスの前に片膝をついたテオドールは、あの東屋でリコリスに力を与えると言った時と同じ顔をしていた。


「これがあなたの言った諸刃の剣?」

「王は、その身に剣を持ちます。己を守り、傷つける剣だ。使い方を間違えれば、自分を切り刻む羽目になる。」


それを知っていて、リコリスに授けたというのだろか。責め立てようとして、リコリスは唇を噛んだ。違う、リコリスは自ら望んだのだ。その剣が、自分を傷つけようとも、武器が欲しいと望んだのは自分だ。

テオドールのせいでも、アルフォンソのせいでもなく、自分の責任だ。


「我が主は、逃げました。己を守るために、その剣を手放した。大切なものを守るために、その剣を捨てた。」

「どうして?」

「主は、両方を掴み取ることができなかったからです。だから、あなたに託した。あなたになら掴み取れると信じて。今までの王が、自分でなしえなかったことを子に託すように。」

「私には、無理よ。すべてを得ることなどできない。私には、最初から何もないのだから。」


リコリスは泣き出しそうに歪めた顔を隠すように、両手で覆った。テオドールの手はそれを許さないかのように、腕をつかんだ。


「陛下、あなたは全てを掴み取れる。それは、あなたが何も持たず、孤独であるがゆえに。陛下、この国を売る必要はない。この国もあなたの矜持も、売る必要はない。あなたが女王である限り、この国は、あなたの子どもだ。愛する子を、他人に売る必要はない。」


テオドールは静かにリコリスの頭を撫でた。王女時代にしてくれたように、優しく、そして少しだけ乱暴な手つきで。

リコリスはテオドールの前でだけは、自分が子どもに戻るのを感じた。孤独に喘いでいながら、孤独であることを意に介していないかのように振舞っていた自分に、戻っていく気がする。

リコリスのそばに影が落ちた。リコリスが見上げると、端に控えていたはずのアルフォンソがいた。彼は、静かにひざを折り、テオドールがしているように、片膝を突き、そして頭を深く深く下げる。


「女王陛下。あなたの国を、私が必ずや守り抜いて見せます。この命尽き、めぐる血の一滴が残らず地を汚したとしても、あなたの盾となり、必ずやこの国を、そして陛下をお守りいたします。ですから、どうか、この国をお見捨てにならないでください。」


アルフォンソの言葉が深く胸を突き刺していくのが分かった。このままリコリスが流されれば、エマヌエルの手を取らざるを得ない。そうすれば、この国は、浸食されて矜持を売り払うことになる。

だが、リコリスが抗い、戦えば、国のためになれども、リコリス自身を追い詰めることになるだろう。

それでも、アルフォンソは望むのだ。自分の命を燃やしても、リコリスを守ると誓った。この国の矜持のために。


「私の愛するこの国を、決して汚させない。必ず守り抜くわ。」


それが、自分の命を燃やすことになろうとも。騎士が誓うというのなら、私も誓おう。

女王として、主として。

決して、リコリス自身が誓えないのならば、この王冠にかけてでも。


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