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ヴィーデの呪い



会議が終わるその瞬間まで、ぴんと伸ばしていた姿勢は、力なく背もたれに沈んでいる。リコリスは、会議が終わり、それを見届けた後もその席から動こうとはしなかった。

瞼は閉じられて、呼吸は深い。

アルフォンソは、そんなリコリスの後ろに控えたまま、じっとその背中を見つめていた。

かつて、その背に手は届かないと思った。かつて、隣に立つことを許されたと思った。

そして、今は、その背を守ることだけを許されている。


「少し、休まれてはいかがですか。」


リコリスが、ゆっくりと立ち上がろうとしたのを見て、アルフォンソは手を伸ばす。だが、その手は、片手で制される。リコリスは、女王となってから、決して誰の手も借りようとしなくなった。

エスコートの手も、手伝いの手もすべて、リコリスは片手で制する。女王は、この国で唯一の施政者である。彼女はエスコートを必要としない唯一の女性でもある。

だが、それを、公の場以外でも、貫き通そうとするのだ。


「無茶をなさっている。」

「王女時代と同じよ。これで、私を陥れようとするのなら、それだけの人間ということよ。こちらも、それなりの対応が必要になる。たとえ、納得せずとも、この国のために働くというのなら、私も彼らの母であることを選びます。」

「姫、ですが、」


歩き出そうとするリコリスの手をそっと掴んだ。その手は、婚約していた時よりも細く儚い。食事量が減っていることを、侍従はしっかりとアルフォンソに報告していた。


「クルツバッハ公、もう、私は女王よ。」


侍従も、リコリス付きになったレティシアもリコリスを心配していた。だからこそ、そばに居ても、アルフォンソの行動を咎めることはない。


「ですが、姫、私にとっては、」

「やめて!」


リコリスは、振り払うようにアルフォンソの手を拒んだ。


「……おやめなさい。あなたにその呼び方を、許すことはありません。あなたは、女王となる私のそばに居ることを選んだ。夫ではなく、騎士として、私を支えると誓ったわ。私は、あなたにだけその呼び方を許すことはできない。私は、女王よ。」


一息に言い切ったリコリスの瞳は、どこまでも冷めている。冷たい瞳の内側で、リコリスが何を思い、何を考えているのか分からない。

知りたいと願うのに、リコリスを支えたいと願うのに、それを彼女は許してくれない。


「その線引きを間違えるのだったら、今からでも遅くはない。ローズベルの騎士として帝国に骨をうずめなさい。」

「っ……陛下。」


リコリスは何かを飲み込むようにして、ゆっくりと瞼を閉じて、開ける。飲み込んだ何かを、アルフォンソには告げることは決してない。ただ一人の人を、姫と呼ぶことすら、アルフォンソには許されない。


「お許しください、陛下。私は、この命、尽きるともあなたをお守りすると誓いました。決して、それを違えたりは致しません。」


その手を取って、甲に口付ける。手の甲への口づけは、敬愛のキスだ。もう二度と、彼女の唇に口付けることは許されない。

彼女の唇は、他の男のものになる。あの柔らかな微笑みも。すべての、国民の母となると言ったリコリスは、きっと、同時にアルフォンソの母となる。

真実、夫になりたいと望んだアルフォンソの、母に。

そんな彼女の夫は、自分ではない誰かだ。

彼女は、お前のものになりはしない。

ニコライの言葉が、呪いのように、アルフォンソの内側を蝕んだ。だが、たとえ、どんな言葉で呪われようとも、彼女のそばに居たい。

夫として、許されずとも、その手がほかのだれかの手を握ったとしても、それでも、アルフォンソはリコリスのそばに居ることを望む。

二人に、たとえ、未来がなくとも、アルフォンソはそれを望み続けるだろう。


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