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祝福しないキャロル



「陛下、おめでとうございます。」


会議の席につくやいなや、大臣たちが席を立ち、祝いの言葉を口にする。リコリスは、そこにいる人物を、順番に見やった。

味方など一人もいない。父は、たった一人で、何をなせたのだろうか。

リコリスは、途方もなく、父が哀れに思えた。


「祝いの言葉は、結構です。議題は山積しているわ。報告と、相談すべきことを、順番に。」


侍従が、議題用紙をリコリスに見せる間に、大臣は着座する。若く、そして女性であるリコリスが、この国を統べることを、どう思っているのか。女性としては年増だと嗤われるが、施政者としては若すぎると軽んじられる。

政策は、王女の遊びではないと何度も言われた。何度も、毒を盛られ、純潔を散らされそうになり、女王の座に相応しくない点をあらさがしされた。

だが、王冠は、リコリスを選んだのだ。何よりも重い責任を負い、リコリスは、自分自身、変わらねばならないと思った。


「ヘルベティアの内情は、いまだ荒れております。一時的に革命は成功いたしましたが、民衆が統べること叶わず、前王朝の生き残りを王位に据えたようです。議会を開き、王は象徴とすることが宣言されました。今は、憲法の書き換えを急いでいるようです。」

「ヘルベティアの革命は、周辺国にも影響を及ぼしております。革命とまではいかずとも、独立を望む声、民衆の怒りが鬱積している。」

「ヘルベティアの監視を続けてちょうだい。国境警備は増員と、臨時予算の増額を。ケルステン候に任せます、良いわね。」


ケルステンは小さく目礼を返した。


「それと、早速だけれど、法律の整備をしたいと思っているの。」

「法の、ですか。」

「ええ。ロズゴニー伯は、法改正の取りまとめを、始めてちょうだい。」

「しかし、今の法は、先々代から続く由緒あるものです。」

「法とは、時代によって変わるべきものよ。それに、この法律は、憲法との間に矛盾を生んでいる。有識者には大方、まとめさせてある。あなたは、その取りまとめをしてちょうだい。」


目まぐるしく変わる議題に、幾人かがついていけていないのが、分かる。だが、リコリスはその手を止めるつもりはない。無駄に長いだけの会議には、何の意味もない。

時代は変わり、時は流れる。国は変わり、民は変わり、世界は変わっていく。

この激動の時代に、リコリスは、王冠をいただいた。


「シェーンバッハ候、国立大学の準備は、進んでいて?」

「はい。校舎の用意も、教授陣への声掛けも終わりました。後は、学生を募るだけです。」

「貴族、平民のいかんを問わずに、広く呼びかけなさい。優秀なものを、国中から集めるのです。」

「承知しております。」


シェーンバッハに声をかけたのは、戴冠が決まるよりも前だ。義務教育は次第に浸透してきた。完璧とは言えないが、誰もが学ぶことを、望めばできるようになった。次に踏み出すのならば、高等教育だと、リコリスは前々から決めていた。


「それは、いかがでしょうか。」

「どういう意味かしら、ケルステン候。」

「今、多くの国が、民のせいで荒れている。自由を求めて、国民が貴族や国主を殺めてはみたものの、国を持て余して荒廃させている。そんな状況で、中途半端に国民に知恵を与えれば、我が国も同じ轍を踏みかねません。」

「だから、国民には何も教えず、無知でいさせろと?」

「いいえ、時ではないと、申し上げているのです。確かに、殿下の政策は上手くいったかもしれない。農村部にも、広く教育が浸透し芽吹き始めた。だが、まだ、芽に過ぎない。今、実をつけさせようと、時を急げば、芽ごと、潰してしまいかねない。」

「ケルステン候。」


リコリスはそっと、ケルステンを見上げた。この人は、確かに、国のためを考えている。だが、それと同時に恐れている。群衆の力を恐れているのだ。

ただ、胡坐をかいているわけではない。この地位に座っているというのは、そういうことだ。だが、それが、民に伝わらなければ、胡坐をかいているのと同じだ。


「私は、女王よ。殿下、ではないわ。」

「……失礼、致しました。陛下。」

「あなたの言う通りです。でも、知識を与えることを恐れてはなりません。どの国も、成長しようとする我が子を抑えつけたがゆえに、革命を起こされた。子の成長は、国の成長です。アレムアンドは、子の成長を恐れたりはしない。すべての子の母たるもの、成長を喜ばねばならない。」

「あなたが、母であると?」

「ええ。私は、すべての国民の母です。そして、あなた方、臣民の母です。私は、民衆の成長とともに、あなた方の成熟も望みます。」


老いた子を殺しはしない。リコリスが望む国の姿は、決して、誰をも切り捨てない国だ。国民のすべての母であることは、愛するだけではない。時に叱り、時に導き、そして、時にその憎しみを受けさえする。それが、リコリスにできる王冠への責任だ。

白々しい、そんな視線を受けても、リコリスは俯いたりはしない。会議が終わるその瞬間まで、リコリスは、与えられた豪華すぎる席に座り続けた。


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