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女王に捧ぐエレジー



ステンドグラスに描かれている天使が、光の中で嫌に輝いて見える。切り貼りされた天使が磔にされている様を、リコリスはじっと見上げた。

自分の頭上には、すでに王冠が載せられていた。教会の大司教が祈りをささげるその手で、リコリスの即位を認める。

想像していたよりも、ずっしりと重いそれには、宝石が飾られているけれど、そのどれも輝きはステンドグラスよりも劣って見えた。

重くて、大きなそれは、歴代の王が被ってきたもので、そして、リコリスに与えられたもの。責任と孤独の象徴は、リコリスが知るそれよりも重い。


すまない、リコリス。


陛下が父親としてかけた、最後の言葉を思い出す。

帝国との駆け引き、隣国との軋轢の中で、父は自分に施政者としての才がないと言った。だから、退位するのだと、家臣の前で口にした。

ニコライにいいように操られてしまったことが、退位のきっかけだろうと多くの者が口にしていたが、リコリスは、それが、真実ではないことを知っている。

あの人は、逃げたのだ。

あの人は、施政者として生きることから逃げて、母の夫であることを望んだのだ。

ニコライとローズベルの選択を知った母は、心を壊していった。そんな母の手を握ることを、父は選んだ。

リコリスに、孤独を押し付けて。

施政者とは、何よりも孤独だ。

父はそう教えてくれたけれど、父には母がちゃんといた。リコリスには、何も与えなかった父には、母がちゃんといた。


私は、選ぶことができなかった。孤独の道を。


リコリスが、選ばざるを得なかった孤独の道を、父は選ばなかった。そして、逃げた。

革命がおこった隣国・ヘルベティアの内情は落ち着かず、それに煽られて、国境はきな臭い。混乱していると言えるこの時代に、年若い女王は選ばれた。

王冠は、リコリスの頭上に掲げられた。

これから、リコリスは生涯にわたって、この王冠に選ばれた意味を探し続けることになるだろう。

立ち上がり、ステンドグラスを背にする。

女王はこの国の統治者であり、ただ一人の覇者でなければならない。誰の手も借りず、一人で立ち上がり、一人で歩むこの道に、エスコート役は付いていない。

重苦しさを覚える真っ赤なマントがリコリスの歩みを重くする。床に敷かれた赤いじゅうたんと、真っ赤なマントは、互いに摩擦を起こして、歩きにくい。

結婚のために用意されたアンティークのウェディングドレスは、袖を通されることなく、しまい込まれた。今、身に着けている戴冠式のドレスは、皮肉にも、同じ純白だ。

まるで、国と結婚させられるように。

参列する貴族たちは次々に傅いていく。年若い女王に不満を抱くもの、傀儡にしようとするもの、迎合するもの。たくさんの視線の中で、リコリスはひときわ、強い視線を感じていた。

深い蒼の瞳が、何を思っているのかは、知らない。

振り払ってしまったあの手を、もう一度、望むことは、絶対に許されない。

それでも、彼は、リコリスのそばに居ることを決めた。ローズベルに付いて行けと言ったリコリスに傅いて、彼は、騎士となることを望んだ。

王家の不義理を盾にしてまで、彼は、リコリスの騎士になることを望んだ。

リコリスを守るようにひっそりと後ろに立ったアルフォンソの視線を感じながら、リコリスは、開かれた扉から外にでる。

一気に明るくなった視界には、女王の姿を一目見ようと集まった民がいた。歓声とともに、アレムアンドの旗が振られていた。


「女王陛下、万歳!」


その声が聞こえただけで、リコリスはバルコニーに踏み出すことが恐ろしくなった。

自分は女王だ。この国の施政者で、アレムアンドを導く君主でなければならない。生涯、公人であり、私を殺し、民のために生き、死なねばならない。

群衆が怖い。民が怖い。

リコリスは、初めてそれを感じていた。今まで、唯一と言える味方だった、民が突然恐ろしい怪物のように思えた。

正しく導かなければ、民は、リコリスを殺すだろう。隣国の「革命」は、確かに、そうやって起こったのだから。


「陛下、」


バルコニーでそっと控えていたテオドールの声にはっとする。王国最強は、主を変えはしなかったけれど、職務を全うすることを選んでくれた。

リコリスは、もう一度、陛下と呼びかけられて、前を向いた。一歩踏み出して、バルコニーに出る。白い手袋で覆われた手を、そっと国民に向けて振る。

歓声は、ひと際、大きくなった。

そうだ、私は、女王だ。

あの時、テオドールに自分で立つ力を望んだ瞬間から、リコリスはこうなることを予測していた。

国民のための、王女であることは、いつか、国民のための女王になることを指している。

それを、知りながら、リコリスは国民のためにあることを望んだ。それは、逃げだったのかもしれない。でも、リコリスにとって、それは未来のすべてになった。

たとえ、誰とも心を通わせることができずとも、たとえ、生涯孤独であろうとも、リコリスは女王であることを選ぼう。

この王冠に選ばれたものとして。


「女王陛下、万歳!」


もう一度、聞こえてきた声に、今度はおびえたりなどしない。すべての国民の母であることを、リコリスは選ぶのだから。


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