価値ある王女
「お姉さま!これから遠乗りに行くの。お姉さまも行きましょう。」
遠乗りの姿をしたローズベルは可愛らしい。手を引かれていつもなら抵抗をしないところだが、今日はダメだ。
ああ、このまま手を引かれて行ってしまってもいい。
そう思う程度にはローズベルは可愛らしかった。無邪気な笑顔。いつか、感情の切り捨て方をいやでも学ぶことになる。でも、今はそのなんの屈託もない笑顔でいてほしい。
「ごめんなさい。ローズベル。」
引かれた手を初めてリコリスから離した。
「お姉さま?」
「今日は、いけないの。」
「どうして、お姉さま。」
今日は、予てよりの願いが叶えられる日。テオドールとの約束をリコリスは果たした。自分の武器を手に入れて、流されないように立っているために、リコリスは父に仕事を請うた。
「今日は、公務があるから。」
「こう、む?お姉さまが?」
「そう、これから、いくつかの教会と孤児院を回って、それから福祉局を訪ねるのよ。」
「私も!私も行く!」
「あなたが行くなら、これから警備を二倍以上に増やさなきゃならない。ローズベルあなたは、いいのよ。ここにいて。」
「なんで?私も行きたい!」
「ローズベルは笑っているだけでいいのよ。笑っているだけで、あなたはみんなを幸せに出来るわ。だから、笑って。」
「なんで、」
「私には、あなたのような力はない。だから、ほかの方法を使うのよ。あなたは笑って、ほら。あなたが笑えば、私も笑える。あなたが笑えば、あなたの騎士だって笑うわ。あなたの笑顔は人を幸福に出来るわ。」
ただ、笑っているだけの姫君なんて本当は必要ない。でも、神様が与えたローズベルのだけの価値は、そこにある。それ以上のものを手に入れるか入れないかはローズベルしだいだ。でも、今じゃない。それを手に入れるべき時は今ではない。
それに、二倍以上なんて言ったけど、ローズベルが行くなら本当はもっと大事になる。リコリスだけなら数人の問題で住むけど、ローズベルが行くなら一個師団動かしたって警備がままならなくなる。
ローズベルは国民から愛された神が遣わした天使。だから、警備も必要で、それは父母の愛の深さの違いじゃない、そう思いたい。
「殿下、そろそろ、お時間です。」
控えている侍女の静かな声に、リコリスは小さく頷いた。ここで、生きていくために必要な武器をリコリスは手に入れなければならない。妹とは違う形の武器がリコリスには必要なのだ。
「ローズベル、遠乗りに行ってらっしゃい。私は出かけてきます。」
ローズベルは泣きそうになったが、リコリスの言葉を思い出したのか笑った。泣き笑いのような表情ですら愛らしいのだから、切なくなる。自分の価値をより一層、見いだせなくなった。