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灰色のレクイエム



石畳の街は、灰色の空の下で、酷く暗く見えた。春と呼べる季節になったのに、石造りの町並みは寒い冬のままのように見える。

国の中でも北に位置するザーレは、寒い冬をいまだ越せずにいるようだった。

街全体が、喪に服したように黒い。

歩くたびに靴のかかとが石畳とぶつかって、音を立てる。

この街に来るのは二回目だったが、リコリスを一目見ようとする人の数は、格段に減っていた。


「いかが、致しましょうか。」

「前と同じで構いません。人を集めて、王家に傅かせる必要はないわ。この街の現状を見て回りたいの。前と同じように、見せて頂戴。」


ザーレの街の南側は、農業を営むための水車小屋がある。そこからしばらくは小麦を植えるための農作地が広がり、山の傾斜を利用したブドウ畑が存在する。

北側には、鋼鉄を生業にするものたちが集落を作る。

この街には、子どもの笑い声すら聞こえない。まるで、誰もが、笑うことを禁じられたようで、リコリスは辟易した。


「ここも、種付けはまだ?」

「ええ。人手が足らず、いつもの種付けが進んでおりません。この冬は寒さがあまりに厳しすぎた。」

「本当に、人手が足りないだけかしら?」


案内を買って出たのは領主自身だ。ザーレは、土地がやせて小さく、領主と呼ばれる人間は、平民とほぼ同じ生活をしている。

もとより、平民の中から統率力を買われて選ばれたに過ぎない領主だ。


「……子を失ったものが多いのです。」

「そう。それで、自ら、冬に閉じこもっているという訳?」

「ですが、王女殿下、」

「誰が、そうしろと言ったの?あなた?」

「いいえ!滅相もございません。」

「それとも、この土地を持つもの?土を耕す者?それとも、死んだ子ども?」


周囲にいた人々が、暗い瞳の中に、悲しみの光を宿していることを知っていながら、リコリスは、つづけた。


「冬に閉じこもれと、死んだ子どもが言っているの?」

「そんな、どうか。どうか、おやめくださいませ。子を失った親が、あまりに多すぎる。」

「だから?だから、自らを冬に閉じ込めて、後を追うつもりなの?子どもが、そんなことを望んでいるとでもいうの?」

「あなたに、何が分かる!」


耕すこともしていない畑の近くで、男が叫んだ。髭を無造作に生やした男は、身なりを気にする様子はない。

男が一歩近づくと、アルフォンソが剣に手をそえ、リコリスの前に立った。リコリスは、片手でそれを制する。


「わからないわ。死者のために祈りをささげることもできずに、ただ、痩せた土地に恨み言を並べて、自ら死のうとする人間のことなど、分かりたくもない。」

「祈った。祈り続けた!娘を連れて行かないでくれと、何度も!でも、神は聞き遂げられなかった!そんなこと!王も、あなたも、救ってはくれなかった!」

「ええ。救えないわ。私は神ではない。あなたの子を救ってやることなどできない。」

「この土地が飢えている時に、あなたは暖かな場所にいた!そんなあなたに、何が分かる!」


崩れ落ちていく男の背中に手を、伸ばす。その手が届くのを、アルフォンソが凝視していることに、気づいていたが無視をした。

これで、リコリスが傷つけられても、それは、リコリス自身の落ち度であって、アルフォンソのせいではない。


「確かに、私には何も分からない。でも、祈ることはできます。あなたたちのために。私に花をくれたあの子のために。」

「っおぼえて、」

「私は祈ります。あの子が、暖かな場所で安らかに眠ることを。」


リコリスは、ゆっくり立ち上がる。いつの間にかできた人垣を、リコリスは、見つめた。


「土を耕し、種を植え、小麦を育てなさい。この大地が、黄金色に染まるように。あなたが土地を涙で濡らしていては、あの子は、安らかに眠れない。」


男の嗚咽が漏れ聞こえる。人垣の中からも、同じ声が漏れ聞こえてきた。

リコリスは、この土地を黄金色に染める必要があった。この土地は、忘れられた土地であってはならない。

この土地も等しくアレムアンドであり、領民は等しくアレムアンドの国民だと、忘れてはならない。

たとえ、すべての国民を救うことができなくとも、寒さに震えた子どもの悲しみを切り捨てる王女であってはならない。

たとえ、すべての国民と一生会うことがなくとも、その一人一人の一生を想像できない王女であってはならない。

この土地の悲しみを忘れてはならない。

リコリスは、この領地にある唯一の教会に向かった。丘の上の教会には、すでに人が集まっていた。

リコリスは、静かに祈りをささげる。

演説も、歓声も、王家を称える万歳の声も、リコリスには必要なかった。

教会から見える街並みは変わらず、灰色で無機質なままだ。

小さなプリムローズを握りしめた小さな手を、思い出して、リコリスは一筋だけ涙を流す。

永続の信頼を、お飾りの王女に捧げてくれた少女は、寒さに耐えられず、この世から去った。きっと、もっと、よい場所に行ったのだと、自分を慰めるには、あの少女は幼過ぎた。

強い風が、髪を乱す。

この土地が、黄金色に変わる時、自分はどんな王女でいるだろうか。

リコリスは指先で、涙をごまかして、静かに石造りの街並みを眺め続けた。

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