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カプリッチオは気まぐれに



リコリスの部屋で、まるで主のようにゆったりとしているのは、アルフォンソだ。

することのない手持無沙汰のリコリスとは違う。

騎士服ではない、私服を身に着けたアルフォンソは、とても余裕があるように見える。自分の部屋ですら、ゆっくりするという感覚を持たないリコリスには不思議だ。

非番だと言ってリコリスを訪ねるアルフォンソに、どう反応を返していいかわからない。

婚約者の非番という言葉にいやな過去を思い出してしまって、顔をしかめそうになる。

そうだ、アルフォンソはああいったが、アルフォンソはリコリスの騎士ではないのだ。

アルフォンソは、ローズベルの騎士。アルフォンソの一番はローズベル。

たとえ、結婚できずとも、愛し、慈しむのはローズベル。

そのことを、思い出さなければ、忘れてしまう。思い出さなければ、勘違いしてしまう。

リコリスとローズベルは何一つ似ていないけれど、アルフォンソがリコリスに優しいのはなにか、似通ったところを見つけでもしたからだろうか。それとも、優しいローズベルに言い含められでもしているのだろうか。

アルフォンソはリコリスの隣で本を読んでいる。紳士淑女の隣としては些か近すぎる距離で、リコリスの体を自分に寄りかからせていた。

侍女はみな、それを見て見ぬふりをする。まるで、主を取り違えてしまったように、振舞う侍女たちを、リコリスは見て見ぬふりをした。


「姫、最後のご公務には、私が同行させていただくことになりました。」

「え、」


リコリスは、体を離して婚約者を見つめる。

最後の公務をすることにしたのは、リコリスなりの罪滅ぼしだった。

初恋の人を手に入れた。女王という鎧を捨て、女王という枷を捨てた自分にできるせめてもの償いをしたかった。


「でも、」

「今の私は、誰に言い訳をせずとも、あなたを守れる立場にあります。婚約者として、同行させてください。」


リコリスは、守られるということに、違和感を覚えていた。誰も、守ってなどくれないと思っていたのに。


「なぜ、ザーレに?」

「あの土地は、去年の冬の寒さに耐えきれなかった。子どもを亡くしたものも多いのです。」

「ザーレ、だけでは。慰問するには、あまりに遠くありませんか。」

「マクデブルク領で一泊できれば、ザーレにも行きやすいかと思います。」


マクデブルク、という言葉に婚約者は眉を寄せた。

辺境伯という言葉を使わなければ気づかれないと思っていたのに、アルフォンソは不機嫌さを顕にする。


「それほど、あの男の役に立ちたいのですか?」


あなたを女王から引きずり下ろした張本人ですよ。責めるような口調だった。

責めているのだろう。違うとすぐに口にできなかった。アルフォンソが怒っていることがわかったからだ。

ニコライのことを、彼は嫌っている。アルフォンソにとって、ニコライは愛しいローズベルを奪い去り、廃材を押し付けてきた仇のような存在なのだ。

アルフォンソの立場では女神の夫という立場を明け渡し、廃材の夫になるしか選択肢はなかったはずだ。


「殺してしまいたい。」


物騒な言葉にリコリスが震え、離れようとすれば、アルフォンソはリコリスを強い力で逃げられないようにした。


「そうすれば、手に入るでしょうか。」


手に、入れる。そこまでして、ローズベルを。ローズベルにはそこまでされる価値がある。リコリスは返事ができずにいた。ローズベルは、ニコライが居なくなれば、アルフォンソのもとに戻ってくるかもしれない。

帝国から捨てられた第二皇子が葬られたら、元の鞘に戻るのだろうか。そうしたら、リコリスはどうなるんだろうか。

もう、女王という立場にないリコリスは、きっと誰にも拾ってもらえない。

それこそ、修道女になるしかない。アルフォンソの妻という立場を明け渡して。

そんなこと、自分にできるのだろうか。リコリスは、わずかに首を横に振った。そんなことできるだろうか。前のように笑って、二人を祝福できるだろうか。

するしかないけれど、考えただけで泣きそうだった。

アルフォンソを見ると、傷ついたような顔をしていた。

否定、しなければ良かったと、リコリスは、とてつもない後悔に襲われる。

ローズベルはきっと、あなたのものになる。私はいなくなるから大丈夫よ、そう言って安心させれば良かった。

今からでも、そう思って唇を開くと、アルフォンソはそれを重ねた。

チュッとリップ音が響いて、離れていく。虚しい行為だ。

アルフォンソにとっては、意味のないこの行為が、リコリスのなかで悲しみの反芻であることが、虚しい。

アルフォンソが心のうちでローズベルを思い浮かべているであろうこの行為が、リコリスにとって目の前の婚約者との至上であることが虚しかった。


「あなたが、望むのなら行きましょう。」


リコリスは黙った。ウェイリントン辺境伯のもとに行き、政策の助力を願い出ることはリコリスにとって、やり残した仕事の完遂のようなものだった。リコリスがいなくても、ローズベルがいればウェイリントン辺境伯はいつか必ずあの政策に協力することになるだろう。リコリスなんて、何の役にも立たない。でも、それでも、ウェイリントン辺境伯にあって話をしたかった。

あなただから、契約したんだと、言ってくれた伯にもういちど会いたかった。自分の価値を少しでも誰かに認めて欲しかった。


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