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モレンドの調べ



あの馬鹿で愚かな国王陛下と王妃陛下に人生で初めて拍手喝采したのは半年以上前のことだ。皇国から追い出されてきた第二皇子が、リコリスの夫になると聞いたときは、殺してしまおうかと思った。こうして、自分は、リコリスではなくローズベルの夫に収まらなければならなくなる。ローズベルにも申し訳なかった。ローズベルは、アルフォンソがリコリスに懸想していることを知っていたからだ。だから、御機嫌伺いに第二皇子が来た時はつかえると思った。一目見た時から、互いに、恋に落ちているのは明白だったからだ。

リコリスは、悲しむだろうか。少しだけ想像しながらも、二人を煽りまくった。

二人で会える時間を作り、二人の愛が燃え上がるように、舞台を作る。そんな汚い自分に迷いはなかった。

きっと、これで、リコリスは女王の座から引き摺り下ろされる。そうすれば、リコリスは自分のもとに転がり込んでくる。

リコリスの血の滲むような努力は知っていた。毒を盛られ、誘拐され、純潔を散らされそうになり、それでも政策を推し進め、国民にしたわれた王女。だが、リコリスはそれに対して、さしたる執着がないのだろうこともわかっていた。

だから、願い出た。反故にするなら、リコリスをくれと。


「アルフォンソ殿には、他の良きご縁談をご紹介すべきです。これほどの非礼を、手近で済ませようなど、王家のすべきことではありません。」


真っ青になって倒れそうな愛しい人。それほどいやか。それほどテオドールが愛しいか。テオドールをみやって、リコリスは、初めて泣きそうな顔をした。ずっと、ぎこちないながら保っていた微笑みを、テオドールを見て崩したのだ。リコリスのそばには、誰もいなかった。リコリスのそばには、時折、テオドールがいた。テオドールは、リコリスにとっては父親と同じくらいの年代だったが、魅力的な男には違いなかった。この国最強と言われる男。アルフォンソがいつか引きずり下ろす男には違いなかったが、リコリスにとって魅力的でないとは言えなかった。リコリスは、テオドールにだけは安堵の表情を見せた。微笑みも美しかった。自分に向ける形式的なものではないものが、テオドールに向けられていることをアルフォンソは知っていた。

だから、テオドールだと思っていたが、それも違った。

婚約者を送り届けて、自分も引き継ぎ資料の訂正に向かう。

早々に終わったそれを、さっさと部下に押し付けて、姫を迎えに行く。一人に慣れすぎてしまったリコリスは、近くに人がいることに神経を使ってしまうようだったが、婚約期間は何の気兼ねもなく彼女の騎士としてそばに居られる。ずっと夢だった、彼女の騎士という地位が心地よくて、1年間という婚約期間も悪くないと思う。

それが、テオドールとの密会に利用されるなんて思ってもなかったが。


「この私めを、恋人にしてくださいませんか。」


アルフォンソが二人に近づいていることにテオドールは気づきながらこういった。こいつ、殺す。いつか、引きずり下ろすリストから、いつか殺すリストにテオドールを移動しながら、近づく。


「まあ、あなたみたいな恋人は私の手に余るわ。」


政略結婚にありがちな恋人制度を寛容に受け入れることなど、アルフォンソにはできない。くすくす笑う安心しきったリコリスの姿は久しぶりだ。


「欲しかったものは手に入りましたか。」

「意地悪な人。私の欲しいものは、ずっと、これからもローズベルのものよ。」

「おや、なら、一層、わたくしを恋人にしてくださいませ。」


さっと、血の気が引くのがわかった。さらりと口にされたリコリスの想い人。

テオドール、お前じゃなくて、ニコライだったのか。

リコリスは、確かに女王の座に未練はないといった。だが、ニコライの妻の座には未練があったのだろうか。

毎日、憂い顔を見せられるのは、ニコライのせいだったのか。殺してやりたい、あの男を。ニコライが、リコリスの魅力に気付かなかったことは、アルフォンソにとって幸いだったが、リコリスがニコライに魅力を感じていたのであれば、殺して晒し者にして、諦めさせないと。いや、それよりも、彼女に分からせなければ。誰の妻となり、誰の子を宿すことになるのか。いっそ、孕ませればあきらめもつくだろうか。

頭に血が昇っているのが分かった。彼女の騎士として、何の障害もなく彼女を守ることができる。何かを言い訳にしなくてもそばに居ることが許される。

それで、満たされるはずだったアルフォンソの思いは、どんどん欲張りになった。

アルフォンソの愛に答えてほしい。そんな欲望を抱いたアルフォンソは、それこそ必死だ。

テオドールからリコリスを引き離して、部屋に送り届ける。彼女の部屋は、彼女の香りで満たされていて、それがあまりに濃くて、アルフォンソはめまいすら覚えた。

やっと彼女を姫と呼ぶ資格を得た。リコリスを他人行儀にアルフォンソが呼んでいたのは、誰かにバレることが恐ろしかったからだ。姫、そう呼ぶことも、名前を呼ぶことも、アルフォンソには危険だった。そう呼ぶと、アルフォンソの愛が滲み出てしまう。

アルフォンソではなく、リコリスが妹のものを奪ったと後ろ指さされることを知っていたから。

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