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薔薇のための母なる証明



ローズベルを生んだ時、神様の贈り物だと思った。

王妃という位についたのは、愛するベネディクトとの結婚の結果でしかなかったアニカにとって、「陛下」と呼ばれることは息苦しかった。

息の詰まる宮廷生活も、ベネディクトさえ居ればいい。そう思っていたアニカも、しかしながら、今ではなく過去にとらわれ続けた一人だった。

だから、ローズベルに出会った瞬間、この美しい子が、自分のもとに生まれてきたことは、奇跡であり、神の御業だと思った。

愛してやまなかった妹・アンネリーゼの生き写しのような子。

愛する、愛するアンネリーゼ。あの子は、産まれた瞬間から、神に祝福され、そして、アニカからすべてを奪った。

家族の愛情も、関心も、すべては美しい末娘、アンネリーゼに向けられてしまった。

あの子が大好きで、妬ましく、愛しくて、憎かった。

金色の髪に、湖を思わせる水色の瞳、きめ細かく白い肌。神様が一生懸命になって作り上げたような、美しい顔。何の面白みもない自分の髪の色も、瞳の色も嫌いになる。

あの子を見ていると、自分がどんどん醜くなっていく気がする。

アニカはいつもそう思いながら、アンネリーゼのそばにいた。アンネリーゼは、アニカを慕い、アニカはアンネリーゼを愛していたからだ。

美しく育っていけばいくほどに、明るく、そして優しく育っていくほどに、アニカの中の真っ黒い感情は育っていった。

純粋なこの子は、きっと、アニカのそんな感情にすら気づくことはない。そして、いつか、アニカの本当に大切なものですら奪い取っていってしまう。

王家に嫁ぐことが端から決まっていたアニカは、その未来以外を想像することが怖かった。ベネディクトを奪われた自分の未来を描くことなど、できなかった。

だから、アンネリーゼが死んだとき、アニカは悲しく苦しいと同時に、どこかで安心してしまっていた。もう、これ以上、何も奪われやしない。

育ち始めた若い芽のようなアンネリーゼは、10歳にならないうちに川に落ちて死んでしまった。

アニカはまだ、12歳で、ともに居たけれど、責められはしなかった。川に流されていくあの子の顔が忘れられなかったけれど、同時に、様々なことを忘れられた。

奪われる恐怖も、自分自身を恐れる気持ちも。

その自責の念から過去にとらわれ続けていた、アニカは、ローズベルを生んだ瞬間に救われた気でいたのだ。

助けられなかったあの子を、神様が遣わしてくれた。


「ああ、なんて、可愛いの。」

「そうだな。美しい子だ。リコリス、こちらに来なさい。」


まだ寝台に横になったままのアニカは、名前を持たない天使を、愛しく思った。夫は、まだ2歳になったばかりの長女・リコリスを抱いている。

リコリスは、父親の髭を嫌がりながら、くすくすと笑っている。リコリスの茶色の髪も、緑の瞳も自分にそっくりだ。


「かわいーね。ととさま、」

「そうだな、リコリス。」


みんなが笑いあう、美しい家族。4人でいることに何の違和感も覚えない、美しい家族の肖像画のようだった。

リコリスが小さな手を伸ばす、その動きを自然に止めさせて、アニカは天使の柔らかな頬に指を這わせた。

守らなくては。あまりに自分に似ているリコリスから。

アンネリーゼを、川に誘ったのは、アニカだ。川に入る原因を作ったのもアニカ。

だから、リコリスからこの子を守らなくてはいけない。アニカはそう思った。

子どもはこれ以上、作らないことに決めた。王子を生まなければと思っていたアニカに、ベネディクトは首を振った。

アレムアンド王国は女王が国を統べることを、認めている数少ない国であった。リコリスは、賢く、王に相応しい器を持つとベネディクトは考えた。

賢いというならば、より一層、リコリスからローズベルを守らなければならない。


「陛下、リコリスを女王にするというのなら、あの子のために一つだけ条件を付けさせてください。」


女王として、育て上げると言った陛下に、厳しくあるよう求めた。女王はいかなる施政者よりも孤独だから、と言って。

母親として愛してやれと言われても、アニカはリコリスを愛せなかった。ローズベルを守るために使用人を与え、友を与えた。

ローズベルを守ると同時に、アニカは過去の行いの証明をする必要があった。

リコリスをアニカと同じか、それ以上に孤独にする必要がある。その孤独の中でも、リコリスがローズベルを殺めなかったら。そうすれば、あの時のアニカも、アンネリーゼの背中を押さなかったと証明できるはずだ。

そう信じた。

アニカの予想通り、孤独に耐えられなかったリコリスは、かつてのアニカと同じように妹のそばに居ることを選んだ。アニカはローズベルを守るために、騎士をつけた。

その行いが、どれだけリコリスを苦しめるかは知っていた。かつての自分も知っていたからだ。

リコリスは、そのうちに、孤独であることを自らに強いるようになった。母とは呼ばずに、王妃陛下と呼ぶようになった。

公務をこなし、着実に女王の座に就くために歩み始める。

孤独になればなるほどに、あの子の賢さが怖くなる。あの子がいつか、ローズベルを川に突き落とすのではないかと怖くなる。

それと同時に、落とさないでいてくれたら、自分が妹を殺さなかった証明になると思った。

愛しいローズベル、愛しいアンネリーゼは私が守り通して見せる。

自分に似すぎたリコリスを愛してやることは、きっと最後まで出来ないだろう。

ウェディングドレスを着て、微笑みを浮かべたリコリスに、アニカは同じように微笑みを返した。

それは、心から娘の幸せを願う母親の笑みで、きっと、間違っていない。

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