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転がり落ちる女王



上下水道について、政策はうまく回り始めた。ニコライ殿下さまさまである。政策を軌道に乗せて、地方領主を黙らせて、予算を獲得するためにリコリスは必死になって働いた。少しばかり寝食も忘れた。それを叱ってくれるような人間は周りにはいないが、気にしない。肌の手入れだけは最低限しているだけの生活で、少し痩せたかもしれない。

ニコライ殿下は、根回しのたびに付き合ってくれて、本当に助かった。ニコライになら親愛の情以上の家族の情ぐらいは育めそうだと思う程度には、ニコライに好感を持てた。一方で、ニコライは未来の義妹とも親しくしてくれているようだった。

噂話は尾ひれ背ひれがついてはいたが、リコリスは気にしない。見目麗しい男女が並んでいたら誰だって噂を撒き散らしたくなる。ニコライが、リコリスが思っているような男なら間違いはあるまいと思った。

リコリスは忘れていた。自分の人を見る目のなさで、てひどく傷ついた過去があったことを。

そして、初恋をこじらせてしまった自分には、恋する乙女の恐ろしさも理解できていなかった。妹を溺愛する両陛下がどんなことを考えるか、想像しておけばよかった。

と、今になって思っても遅い。

やっと、大体のことが終わって、睡眠を取って、食事をとろうとした瞬間に、両陛下に謁見室に呼び出された。謁見室というのは家族を呼び出すには少々、よそよそしく感じたが、まあ、自分の立場からしてそんなものかと思ったのも間違いだった。その場に行くと、両陛下とテオドール、幾人の重臣、ニコライとローズベル、そしてアルフォンソがいた。

ニコライとローズベルの距離が近いことになぜ、と思う隙すら与えられそうになかった。

似た者同士で、計算もできる男と思っていたのは、間違いだったようだ。


「みなさま、ご機嫌麗しゅう。揃いも揃ってどうなさいました。」


大体、予想はできておりますが。ローズベルのいつもより蒼白な肌がこれからのことを如実に思わせる。


「お姉さま、私、」


か細い声が聞こえたが、すぐに途切れた。ニコライがかばうように立って、陛下が咳払いをする。これでは、まるで、私が悪役だわ。思わず苦笑してしまった。


「陛下、私には、婚約者はおりません。そうでしょう?」


緊張した雰囲気に疲れて、リコリスは言葉を口にした。ニコライは、リコリスにあてがうために帝国から来た婿だったが、まだ、正式な婚約者ではない。それを、妹にあてがったところで、問題は発生しない。そう暗に言ったが、それで、帝国が納得するかは微妙なところだ。帝国は、外戚関係が欲しいだけじゃない。女王の婿が必要なのだ。頭のいい男なら、それを計算して、廃材の隣を致し方なくも選ぶと思った。

そこまで、考えて、リコリスは嫌な予感を覚えた。まさか、口に出さなかったが、顔には出た。緊張した雰囲気の理由がわかってリコリスは、吐き気を覚えた。


「帝国から婿を迎えておきながら、女王の婿ではなく、王女の婿にはできないのだ。」


わかってくれるな、と言われるまでもなく、わかっていた。

ああ、今まで自分が死ぬ気でやってきたことのひとかけらも、この人たちには届いていないのだ。国民に愛される王女、国民のために施政を、良き統治者に、そんなリコリスの思いはどこにも行き着くことがない哀れな笹舟のようなものだったのだ。

確かに立っていられる証が欲しくて始めたことだったのに、結局、リコリスは流されているだけだった。流されて、流れ着いた先は、空虚なものだ。

本当に頭のいい男だ。両陛下のローズベルに対する愛情の深さを知って、女王と女神の両方を手に入れられたのだから。嫌味なぐらいに頭のいい男。この男なら、この国でも良き政を行うだろう。皇国に捨てられた男は、この国を売ることもないだろう。

虚しいことこの上ない。リコリスは笑った。笑ったら、褒美をくれる?テオドールを見ると、テオドールは泣きそうな顔をした。ここまでは、テオドールも、予想していなかったのだろう。


「ええ。」


修道女にでもなろうかしら。それでは、あまりに当てつけかしら。なら、辺境伯あたりに嫁に行こうかしら。後妻だけど、重臣の中では、好感のもてる男だった。リコリスを殺そうとしなかった男だ。悪くないかもしれない。


「リコリス、お前には、良い降嫁先を見つけてある。」


あ、選ばせても貰えないらしい。せめて、自分を殺そうとしたことのない男の元がいい。そう思って陛下の顔を見れば、目線がリコリスに向いていない。

ああ、だめ、絶対に、言わないで。やめて。叫びそうになったリコリスが、懸命に自分を抑えたのと、男が動いたのは同時だった。

傍らに男の気配を感じた。死にたくなった。


「アルフォンソの元に、嫁いでおくれ。」


妹の婚約者だった男の元に嫁げというのか。残酷さのあまりにめまいを覚えてふらつくと、傍らにたったアルフォンソが事も無げに支えた。

食べてないことも手伝って、自分の顔が蒼白になっていくことがわかった。

残酷だ。残酷すぎる。

妹との婚約を簡単に反故にして、この美しい男を廃材の隣に並べるなんてひどすぎる。

せめて違う人がよかった。脂ののった薄汚い変な性癖の男のほうがまだ良かった。


「アルフォンソ殿には、他の良きご縁談をご紹介すべきです。これほどの非礼を、手近で済ませようなど、王家のすべきことではありません。」

「アルフォンソが望んだことだ。それに王女を降嫁することは最大限の侘びだと、思うが。」


これほど軽んじられている王女を降嫁することが侘びになると本気で思っているのだろうか。そんな馬鹿な話ない。


「残りのリコリスが、アルフォンソの元に嫁げば、丸く収まるのだ。」


いうことを聞いてくれ。先程まで下手に出ていたのが嘘のように、強気になった。リコリスに反論される日が来るとは思っていなかったのだろう。それにしても、残りか。ひどい形容詞の使われ方だ。残り物同士くっつけばいいと思っているのだろうか。残り物は残り物でも、リコリスとアルオフォンソは天と地ほどに違うのに。


「この話は、これでおしまいにしましょう。さあ、祝い事が続くのです。ローズベルの支度をしなきゃ。リコリスにもとっておきの衣装を用意するわ。」


本当にウキウキしているのだろう。母親は嬉しそうにしている。母の一言で本当に終わったかのように、緊張していた空気が終わり、和やかな雰囲気になっている。重臣たちもホッとして、周りにいるものたち全員が納得している。

アルフォンソ、あなたは本当にこれでいいの?リコリスは支えてくれたままのアルフォンソを見上げる。アルフォンソは苦笑していた。

リコリスの視線に気づくと、苦笑をそのままに口を開く。これほど近くにアルフォンソが居るのはいつぶりだろうか。


「残り物同士、仲良くしていただけますか、殿下。」


残りの、という言葉がリコリス一人を貶めていることに気づいて、アルフォンソが自分を落として、リコリスを気遣ってくれているのはわかった。

だが、それは、惨めというものだ。

残り物同士。

そんな言葉は、この男の口から聞きたくなかった。普通の求愛をしてくれと、こんな状況では思わない。だが、決められた婚姻を決められたように行う、この男の主人に対する忠義が、リコリスには辛かった。ローズベルが一番だから、この男はリコリスと結婚するのだ。リコリスは愛しい自分の妹を、初めて憎いと思った。アルフォンソをここまで貶めてしまったことも、アルフォンソに惨めな婚姻を押し付けたことも、何もかも。

リコリスは、テオドールを振り返る。

せめて、お前だけは、よかったなどと言わないでおくれ。だが、テオドールは笑っていた。それを見た瞬間、かろうじて微笑みを保っていたリコリスの表情は崩れた。

大団円なはずがない。お前まで、そんな風に纏まったと笑わないでおくれ。

リコリスは不覚にも泣きそうになって、唇を強くかんだ。血の味は、涙の粒をせき止めた。

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