隣国の皇子
「まあ、この政策にそれほど興味を持っていただけるとは、思ってもおりませんでしたわ。」
水道の整備を開始した地区の視察をニコライとともに行うのは、危険を伴うが、同時にとても有効だった。リコリス一人では、遅々として進まなかった計画が、ぐんと進んだ。このタイミングで皇子が来てくれたことは感謝しかない。
「上下水道の整備は、国を豊かにする基盤になります。それを地方領主ではなく、国で管理するのは良い選択ですね。」
第二皇子は頭のいい人間だった。聡いし、自分がどうやって人から見られるか分かっていてそれを利用できる。
人を使うことにも慣れている上位にいる人間の傲慢さがありながら、それが嫌味にならない。
はちみつ色の髪が揺れ、美しい緑の瞳が水面を見つめてキラキラと輝く。この皇子が弟であったら、兄はさぞかし邪魔だろう。リコリスは、ふっとそう思って、目を細めた。
この皇子が、このタイミングでここに来たのには、なにか理由があるのではないか。リコリスは、後ろに立っているテオドールを振り返る。
主一筋のテオドール。なぜ、リコリスへの褒美とは言うものの、ニコライの護衛を買って出たのか。
なぜ、主に願い出てまで。いや、願い出ていないのかもしれない。主、すなわち、国王陛下の命令だったとしたら。そこまで、考えて、リコリスは上水道の説明を皇子に対して始めた。
この男が何者であっても、利用させてもらう。
この男が、リコリスの婿となるのだとしたら、なおさらに。
にこりと微笑むと、男も微笑んだ。見目麗しいこの男が自分の隣に立つのかと思うと憂鬱だった。
廃材の隣にたたせるのは少し、というかだいぶ申し訳なかった。婿となると愛人を作るのも一苦労だろう。好いた相手ができたなら、惜しみなく協力しよう。リコリスは、微笑みながらそんなことを考えた。
頭のいい男。誠実ではなさそうが、馬鹿ではないから、アホみたいに種を撒き散らさないだろうこの男に対して、親愛の情は抱けそうだ。
互いに、尊敬しあえるだけの利口さがお互いに存在している限り、この男とリコリスは上手く夫婦をやっていける。多分、ニコライも同じことを考えていたのだろう。
「うまくいきそうですね。」
上水道のことについて言ったのだと周りは勘違いしただろう。だが、リコリスにだけ聞こえる声で、僕たちと言った。
「そうですわね。私も、そう思いますわ。」
リコリスは本当にそう思った。それは、愚かだった。