美しき子
昔は、妹と自分の差はなんだろうと時折考えた。はちみつを溶かしたような黄金色に、美しい海を思わせる水色の瞳。神様が一生懸命考えて配置した美しい顔ばせ。長い手足に、将来を期待される愛らしい口元。屈託なく笑い、誰にでも優しく誰からも愛される娘。そんな妹と自分の何が違うのだろうか。答えは決まって、全てだった。二つしか歳は変わらない。父も母も同じ。なのに、自分は全てが違う。平凡な顔も平凡な髪の色も瞳の色も、長くも短くもない手足も何もかも、神様が妹・ローズベルを作った残りの廃材で作ったに相違ない。
母や父がローズベルを愛するのは仕方がない。その愛情の半分も傾けてもらえないことも仕方がないのかもしれない。リコリスは廃材で作られたいらないものの塊なのだから。
ローズベルを憎いと思ったことはない。愛情をくれない父母を憎いと思ったこともない。父母は、愛はくれずとも教育はくれたし、食事も寝床も与えた。ローズベルには騎士を与えた。ローズベルには婚約者も与えた。リコリスには何も与えなかったけど、それも仕方がないことなのだろう。だってリコリスは廃材だから。
「お姉さま!お庭に行きましょうよ。アテネの庭にバラが咲いたのよ。」
ノックもなしに入ってきた妹をリコリスは注意することもない。注意する必要はない。愛らしい娘。愛らしい妹。リコリスはこの娘が好きだった。妹の後ろから、妹の騎士が入ってくるのが見える。廃材とは言えリコリスは王女だ。だから、相手は少し困ったように扉の近くに佇んでいた。
「ローズベル。」
膝に広げていた本をたたむよりも先にローズベルが手を引いて歩き出す。本は地面に滑り落ちてしまう。それを拾う間もない。
「ローズベル、待って。」
「赤いバラに、白いバラ、ピンクのバラまで咲いているのですって。お姉さまはきっと、白色が似合うわ。」
「ありがとう。ローズベルにはきっとどのバラも似合うわ。」
本を拾うことは諦めて、ローズベルの後ろを歩いた。騎士はすぐ後ろに控えている。黒い髪・深い蒼の瞳は、ローズベルと並ぶと一枚の絵のように見える。彼のことはよく知っていた。クルツバッハ公爵家の嫡男にしてローズベルの騎士。きっといつかは、ローズベルを手に入れる男。
「お姉さま早く!アルフォンソも!」
自分には一生与えられることもないだろう騎士も夫も羨ましくはない。父母は意地悪をして与えないのではないことも知っている。彼らはただ、妹の喜ぶ顔が見たいだけ。そして、ついうっかり姉の存在を忘れてしまうだけ。
「走ってはダメよ。ローズベル。」
ローズベルが駆け出すとアルフォンソはそれを追った。当たり前のようにおいていかれるけど、リコリスは走り出そうとはしなかった。ローズベルは笑って許されることも、リコリスには許されない。それは重々承知している。家庭教師にも言われているのだ。知識と品格だけがリコリスを守る武器になると。
「お姉さま遅いわ!」
ローズベルの前でアルフォンソ・クルツバッハが跪きバラを捧げている。ローズベルは当たり前のようにそれを受け取って芳香を楽しんでいる。バラを手折るのはかわいそう。でも、ローズベルに捧げられたバラはきっと本望だろう。リコリスは、手折ることはせずに楽しむことにした。
「アルフォンソ!ほらお姉さまにも!」
そう言って、バラを手折らせようとするローズベルを片手で制する。二つ年が下の妹はまだ、リコリスよりもずいぶん身長が低い。
「アルフォンソ殿はあなたの騎士よ。バラを捧げるのは主だけ。」
「でもお姉さま、」
お姉さまには騎士がいないでしょ?言ってはいけないと思ったのか、ローズベルは口を閉ざした。良かった。言われなくて、これ以上みじめな思いはしたくない。
「私は、手折られた花よりも美しく咲き誇る花が好きよ。だから、良いのよ。」
怖くて彼の方は見れなかった。もう二度と深く関わらないと心に深く誓った。彼は、妹の騎士。神が愛した妹だけの騎士。廃材の騎士じゃない。
「やっぱり、ローズベルにはどの色もよく似合うわ。」
廃材は笑う。悲しくない、苦しくない、寂しくない。そんな感情はいらない。空っぽになって笑うだけ。それしかしてはいけないのだ。