超肉食聖女様と自覚症状
皆様、お気づきでないしれませんが。・・・実はこれ、ラブコメなんですよ?(震え声
チパチャパの心配と疑念がそれなりに晴れたのは、デュカを問い詰めまくって、クパにも確認を逐一とって、それこそ根ほり葉ほり徹底的に聞き出した後の事だった。
それで心配が完全に晴れたかと言われれば、なんとも微妙なラインだったが。
憔悴したデュカが座り込んだあたりで、一応、かろうじて、納得して勘弁してあげる事にしたのだ。
「それで? 今の村長さんは誰なのよ? ダァル小父さん? それともワルさん? もしかしてグラさん?」
心配しすぎてクタクタになったチパチャパもまた、近くの木陰に座り込んでいた。不貞腐れた顔を隠さずに険のある瞳でデュカに質問を投げかける。
チパチャパは現在ご機嫌斜めなのだ。
思いっきり醜態を晒してしまったのだから、当然なのだけど。
感情をありのままぶつける失態など、この7年間一度もやった事がないというのに、一番見られたくない無い男性にソレを見られてしまった。
見せたかった綺麗で妖艶な聖女の姿は出会い頭のほんの僅かな時間しか見せられなかったというのに。
デュカにはこの村に来てからずっと、聖女どころか乙女としても見られてはいけない部分ばかりを見られてる気がして、チパチャパの心は羞恥と焦燥でもうどうにかなってしまいそうだった。
(こんなんじゃ、デュカに振り向いて貰うなんて無理じゃない? 夜這いかけた時に思い出して萎えたりされたらどーしよぉ・・・そんな事になったら、うぁーっ!)
今だって本気で泣いたせいで目が腫れてるし、鼻も赤い。クパが気を効かせてお湯とタオルを持って来てくれなかったら、流れた化粧でお化けみたいな顔のまま話を続ける事になってた所だ。
・・・てゆか、その顔もバッチリ見られた。
今更どんな演技でフォローしろというのか。まだ素の自分のがマシだと思えてしまう。
気持ちがズンドコ落ち込んで恨みがましい視線を送るチパチャパを見て、デュカは懐かしそうに笑っていた。クパまで何故か安心した様に微笑んで、デュカに寄りかかっている。
(あーっもぅ! なんなの、何でデュカもクパも、今の私を見て、何でそんな態度とるのよっ!)
チパチャパは心の中で吼える。
今の自分の態度はお世辞にも良いとは言えなかった。
それなのに、二人とも本当に安心しきった感じで接してくるのは理解不能だった。自分がやられたら、適当に流して可能な限り早くその場を立ち去るのは間違いない。
なのに。
どうしてか、チパチャパは苛立つ反面、彼らの態度を嬉しいと感じてしまっていた。二人に受け入れて貰ったというか、昔に戻った感じというか。
言葉に言い表せない感情が溢れて来て、何とも言い難い気分になったチパチャパは言葉に棘を山盛りにして返事を求めた。今の彼女は演技とか知らない子なのである。
「ほら! 早く答えなさいよっ!」
普通は驚いたり怯えたりするだろうに、デュカはチパチャパの詰問に苦笑している。
しかも、どこか嬉しそうだ。
この変態め、とかひっそり悪態をつくチパチャパに、デュカが悪戯っ子みたいな笑顔見せた。
「ああ、そーだな。悪かった。」
「謝んなくていいからっ! はよ!」
チパチャパはガウガウと噛みつくようにデュカを急かす。
デュカは顔の笑みを深めると、片目を瞑りながら答えた。
「村長ならほら、今、目の前にいんだろ?
そういやまだちゃんと、お帰りって言ってなかったよな。んじゃ、一つ改めて。
――おかえり、チパチャパ。我が村の誇り、我らの海の娘よ。
魔王を倒してくれた事に、村を代表して心からの感謝をお前と勇者様方に捧げたい。チパチャパの勇名は遠くこの小さな村にまで高らかに響き渡ってきた。皆、お前を誇りとしている。
そして何より・・・また帰って来てくれて、本当に嬉しいよ、チパ。」
「・・・はぁぁあああ?!」
チパチャパの口から、変な声が迸しった。
思わず、居住まいを正して深々と頭を下げるデュカ達をマジマジと見てしまう。
(もーやだ・・・アレかな。デュカってば、やっぱり5年前の事怒ってるのかな・・・。)
悪戯が成功したような顔をして頭をあげる二人を見ながら、チパチャパは泣きたくなってきた。
そうは思いたくなくても、今日、彼に出会ってからチパチャパの調子は狂いっぱなしなのだ。
次から次へと驚かされて、自慢の演技だって軽くながされて、それどころか綺麗に取り繕ったチパチャパの外面をあの手この手でペリペリと剥がしてくる。
さっきだってそうだ。危険極まりない事をやって、それを平然と告げて来て。チパチャパの押し込めていた感情を表に引きずり出して。
それでいて、隠していた飾らないあんまり綺麗じゃない姿をみて、そっちの方がずっと素敵だと言わんばかりに微笑んでくるのだ、この男は。その笑顔が、その態度が、チパチャパの心をどれだけ深く撃ち抜いているかも知らないで。
今だって。
やんちゃな子供みたいな笑顔で、チパチャパの気持ちを子供の頃に引き戻してくる。彼の大好きだった所を、その笑顔でチパチャパに無理矢理思い出させてくる。本当は金髪だからってだけで嫁になる約束した訳ではないのだ。そんなもの、キラキラした優しい彼の態度に華を添える程度のものでしかない。
ずっと忘れていたのに。
勇者様を見たあの日から、蓋をして心のゴミ箱に捨てていた記憶なのに。
少しもチパチャパをモノにしようとか思ってもない癖に、どうしてこんなにも心をかき乱す顔をむけてくるのだろう、彼は。
(なんでよ、もーっ・・・なんでなのよぉ!)
手玉に取ろうとしてたのに、メロメロにして奪うつもりだったのに。
いつの間にか自分の大事なモノを盗られてしまっている状況に、チパチャパのプライドはもうズタボロだ。
そんなに全裸の私が見たいのなら、今晩余すトコなく焼きつけてやろうか。
ちょっと顔と体と声と匂いと気遣いと・・・うん、全部が素敵に育ったからってデュカは調子に乗りすぎなのだ。
「うがーっ!」と魂で雄叫びをあげつつ、チパチャパはデュカにジト目を向けた。
二人が顔を見合わせて、くすくすと楽し気に笑みを交わしている。
自分が蚊帳の外に置かれる事がこんなにも辛い事だなんて。チパチャパは、少しイラついた。
「んで、どーする? チパ。
村長への挨拶が終わったなら、そうだな? オレの家にでも来るか? そのまぁ、お前の家は今、ちょっとゆっくりするのが難しいからなぁ・・・。」
ほらまただ。無自覚にチパチャパの心をデュカが撃ち抜いてきた。
もうなんだ、そんなに襲って欲しいのだろうか。焼け木杭に火をつけたぞ、今のは。骨までしゃぶりつくしてやろうか、コンチクショウ。
チパチャパはジト目に込めた力を強める。
「母ちゃんもなんかやったんでしょ? いいわよ、さっさと教えて頂戴。もう大抵の事じゃ驚かないわ。」
プイッとそっぽを向く。
薄目を開けて確認してみれば、二人共苦笑いだというのにやっぱりどこか嬉しそうだった。
二人の態度、特にデュカの態度にやたらと嬉しくなって、制御できなくなりそうな自分の心に再び「うがーっ!」とチパチャパは吼える。
「ま、そんな感じなんだけどな。
リバイアサンが居なくなったお蔭で、村にくる行商人にラパさんも色々持ち込んでくる物が増えてさ。お袋さん、目新しい物一杯で大喜びしちゃって。
今じゃ家の床が抜けそうなくらい色々と買い込んでるから、寝る場所どころか、座る場所が残ってるかも怪しいんだよな。」
「凄いんだよ? 同じ物が3つとかあるの!」
目をキラキラさせたクパの台詞にチパチャパは気が抜けた。
「・・・馬鹿なんじゃないの、母ちゃん。 3つて何よ? 実用、観賞用、布教用とか揃えてる訳?」
「なんじゃそりゃ? あれ、ちょっと待て。チパがそう言うって事は案外、都会じゃ普通の買い方だったりするのか? アレ。」
「僕、ペニ小母さんをちょっと見直した。娘と都会で暮らすときに恥ずかしくない様にって、アレ冗談とかじゃなかったんだね。」
「そんな訳ないでしょ! ああもう、ほら早く連れて行ってよ。あんた達の家に。」
冗談を真に受けないでほしい、とチパチャパは呆れた。
いや、あながち冗談でもないのだけれど。それは、少数発行の娯楽本とか趣味全開の小物とかの話であって一般的なものではない。
咳払いしてとあるモノを3つ買い込んだ過去の自分を脇へどけたチパチャパは、ふと浮かんだ意地悪な思い付きを実行してみる事にした。
立ち上がり、デュカの瞳を覗き込んで、確かめるように彼に尋ねる。
「・・・ねぇ、デュカ? 本当に、私、あんたの家に行っても良いのよね?」
「あん? 村長が村を訪れた客を迎えないで、他の誰が迎えるんだよ? 野宿は冷えんぞ? 体は大事にしろよな、お前。」
「そっ、なら良いんだけど。」
それがどういう事なのか、まるで解っていないデュカにチパチャパは短く答えた。
(もーいい。今夜絶対、ぜーったい、食べてやるんだから! お望み通り素肌の私に、7年間で鍛えた技術全部使ってあんたを溺れさせてやるんだからね! 覚悟しなさいっ! デュカ!!)
ふんすっ、と鼻息も荒くチパチャパは拳を握る。
それから不思議そうに顔を見合わせて首を傾げる二人を急かして、デュカの家へと向かった。
◇◇◇
まぁ、無事にデュカの家に着けるとはチパチャパも考えていなかった。
泥棒猫が準備だとか連絡だとか言って居なくなったので、デュカの家に着いたら速攻で実力行使にでようとか企んでいた計画を無茶苦茶にされたけど、大丈夫。ちゃんと知ってた。
だからこれは想定内。
チパチャパは迫りくるぽっちゃりとしたその女性を見ながら、コメカミを軽く指で押さえた。
「チ~パ~ちゃ~んっ!」
昔より声もだいぶ太くなったなぁ、と思う。
諦めた気分で見やったその先には、ドスドスと足音が響いてきそうな走り方をする女性が一人。チパチャパ目掛けて、突撃を敢行しようとしていた。
肌の色が白とか桃色とかだったなら、魔王軍にもあんなのが居た気がする。
あれは大変厄介な敵だった。そして、彼女もまた。チパチャパにとっては、厄介な事この上なかった。
ドーン! と勢いよく飛び掛かってきたその女性にチパチャパの口から悲鳴より先に、文句がでた。
「っ母ちゃん!! ちょっ、無理っ・・・ダメっ、キツいってばぁ!」
突撃の衝撃と重さを支えきれずによろめいたら、デュカが背後にたって背中を支えてくれた。
背中で色々と感じてしまったチパチャパの頬が朱色に染まる。
さっき決意した事も含めて、特にお尻の辺りとか意識してしまって困る。もぞもぞと勝手に腰が動き出すのを必死になって抑えた。
あれだ。
無自覚と鈍感は悪だと思うのだ。こっちが追い詰めようと必死な時はスルリと軽やかに逃げるのに。心の準備をしていない時に限って、クリティカルを連打してくるのだから始末に負えない。
(もうっ! もうもうっ! ほんとにもうっ!)
今日の私は牛か。の割りには胸ないけどな! とか、一人ツッコミを入れつつ「むーっ。」と膨らませたほっぺが、頬ずりを強行してきた母によって間を開けずに圧し潰された。
ぶひゅっ。と、乙女が出してはいけない類の音が唇の隙間から飛び出た。
デュカの笑い声は聞こえなかった。
背中に伝わる腹筋も痙攣している様子がない。
チパチャパは恥ずかしさに頬を染めながら、また別の色を頬に重ねた。
なんでこんなに無駄に紳士なのだろう。
心を全部持って行っただけでは飽き足りないのか。体は捧げる気は満々だし。他に何を望むというのだ。
(これ以上、私から奪えるものなんて何もないわよっ! どうしたいのよ! もーっ!!)
重ね過ぎて赤く光り出しそうな頬のまま、チパチャパは原因となった母の体を若干の殺意を込めて引き剥がした。ついでに、八つ当たり気味に叫ぶ。
「もーっ! 何なのよ、母ちゃんっ! 一体どうしたっていうの?!」
改めて7年ぶりに見た母は、また随分と様相が変わっていた。
村を出る時はスリムで、村でも1、2を争う美女だった母が。記憶を詐欺だと言いたくなる程にふくよかな体つきへと変わっていた。
ぺった・・・慎ましやかだった胸が豊かに育っているのを見て、自分の未来に希望を見出してしまいそうになるが、チパチャパは『あれはダメ。』と悪魔の囁きを振り払う。
胸だけ豊かになる方法などありはしないのだ。
確実に、豊かでなくて良いトコまで豊かになってしまう。聖都でもそう言った失敗談をそれはもう耳にした。
娘の内心を知ってか知らずか、母はバルンバルンと色々揺らして軽く顎を引くと、パチパチと瞬きをしてきた。
昔はその仕草も似あっていたのだ。念の為言っておくと。
今の感想? ・・・娘の口からはとても言えない。
「だってぇ・・・チパちゃんったら、帰って来たって聞いたのにちっとも会いに来てくれないんですもの。だから、迎えに来てあげたのよ?」
「あの、母ちゃん? 私これからデュカの家にお泊りする予定だから・・・。」
「はぃ?! 何言ってるの、チパちゃんっ?!
・・・ちょっとデュカ、どういう事? チパちゃんはもう貴方の嫁候補じゃないのよ? 勇者様のお嫁さんなんですらねっ! それを家に引き込もうなんてっ、一体何を考えているの?! 万が一勇者様のお耳にはいったりしたら、どう責任取るつもりなのかしら! 村長としての自覚が足りないんじゃないっ?!」
願望から意味深な言い方をしたチパチャパの言葉を聞いて、母がデュカに偉い剣幕で喰ってかかった。
尻にあたる感触が悪いんだ、と責任転換しながらも、チパチャパは母の剣幕に驚いていた。
ただ、言わんとしている事の裏側は軽く引く程度にわかりやすい。
要するに、勇者の嫁で居られなくなりそうな事を止めて欲しいのだ、母は。
読み取りたいと心底思うデュカとか全然、全くわからないのに。なんでこんなのばっかり解るんだろうと軽く落ち込んだ。
「ペニ小母さん、無茶いうなよ・・・。」
デュカがチパチャパの肩を支えたまま、母に反論してくれた。
騎士に守られる姫にでもなった気分で、チパチャパはドキドキしながら成り行きを見守る事にした。
「小母さん家、休むどころか寝る場所すらねぇだろうが。親父さんなんて、毎日酒場で寝てんだぞ?」
「片づければ良いじゃないっ! 皆でやれば、きっとすぐ終わるもの!」
「すぐ済む訳ねぇだろ・・・勘弁してくれよ。今日は他にもやる事あんだってば。
大体、片づけるっていっても、どこに移動させんだよ、アレ。あんな量の物仕舞える場所なんて、もう村にゃねぇよ。」
「み、皆のお家をちょっとづつ借りればイケるわよ! チパちゃんが休む間だけで良いのっ!」
「どの家ももう置く場所なんてねぇって、皆生活できなくなっちまうよ! 頼むから、オレん家の部屋一つ埋めてる物の処分してから言ってくれよ、小母さん。」
「チパちゃん泊める部屋に詰めればいいじゃない! 部屋一つ分空けばいいのよ?!」
「ありゃ、チパ用じゃなくて、客人用だっつーの。
第一、部屋一つ分でも動かすのに、男全員でやっても半日はかかんぞ。あと、掃除もしないで寝れる場所じゃねぇだろ・・・とてもじゃねぇけど間に合わねぇよ。」
悔しそうに黙り込む母を見て、チパチャパはひっそりと肩を落とす。
(・・・母ちゃん、何してくれてんのよ。娘の計画のハードル勝手に上げないで欲しいんですけど?)
どうやら母のお買い物は想像以上のようだった。
床が抜けそうとは聞いていたけれど、まさか掃除しないと寝れない程なんて。7年の間でどんな魔窟へと変貌を遂げたのだ、実家は。
しかも、想い人のお宅にまで迷惑をかけているらしい。・・・聖都に置いて来た数々の勝負下着とか持って来ればよかった。勇者用とか言って置いて来たのが悔やまれる。装備で攻撃力をあげでもしないと、両親も障害となって夜這いすら成功しなさそうだ。
呆れた顔で眺めていたら、母の矛先がチパチャパにも向けられた。
「チパちゃんっ! チパちゃんだって嫌よね? だって、勇者様に誤解されちゃうかもしれないんだもの!」
(あの善意の塊さんは、聞いても多分、笑って許すと思うよ? 母ちゃん。)
勢いよく詰め寄って来る母に引き攣った半笑いを返しながら、チパチャパは心の中でそう思う。
実際、以前聖女の一人が男を引き込んだ現場に居合わせた時も、勇者様は疲れた顔で窘めるだけだった筈だ。慌てふためく男の方を優しく諭し、聖女の方には何のお咎めもなしだったような記憶がある。
勇者様の事より、今はデュカのお家にお泊りする方が重要だ。
チパチャパはもぞもぞと全身をデュカに摺り寄せる感じで体を蠢かせる。
この意思表示を、この唐変木は絶対誤解して変な捉え方をするのだろうけど。
それに関しては半ば諦めの境地に達しているチパチャパだったが、意思表示は大切な事だ。7年間でもそうだったし。演技は半分以上投げ捨てたけれど、戦略まで捨てた覚えはないのだ。
デュカも、この効果を後で思い知ると良い。
「あのね、母ちゃん。
今の話を聞いて、実家に泊ろうとか思う訳ないでしょ? 話は聞いてたけど、まさか村の皆にまで迷惑かけてたなんて・・・ごめんね、デュカ?」
まだ何か言い募ってくる母に盛大にため息を吐いてみせてから、謝罪にかこつけてチパチャパはデュカの様子を窺った。
大方の予想通り、チパチャパの体には全く反応を見せない、優しく守る様な笑顔をデュカは向けて来た。
「大丈夫だって、その辺もちゃんと考えてっからよ? 安心しろって、チパ。」
何が安心なのか。どうやったら、その答えがくる? ある意味勇者様より手強い。
「ちっと解ってないわよ、バカ。」と小さく呟いた声すら、きっと彼の耳には届いていないのだろう。
(ほんっとに、この男ったら。もーいっそ、この場でもっと直接的な手段に出てやろーかしら?)
悶々としてきて、チパチャパは手をワキワキと妖しげに動かした。
デュカはソレにすら気づかずに、母と話しはじめる。
なんか凄く、気に入らない。
チパチャパはどうにも遣り切れない思いを抱えて、もやもやしながらデュカの顔を見上げていた。
「それより、小母さん。親父さん起こして、身支度整えてやってくれよ? 酒場で寝てっからさ。
小母さんの好物のハスモ、今夜の宴で沢山用意するから、頼むよ? な?」
「あら! アレを出してくれるの?! ・・・デュカ? 言っときますけど、一旦保留にするだけですからね? 後でちゃんとまたお話ししましょ?」
「わーったって! いいから親父さんの方を頼むよ。」
「もうっ! すっかり生意気になっちゃって・・・昔はあんなに可愛かったのに。」
何かの食べ物で釣られた母が、上機嫌で豊満過ぎるお尻をフリフリしながら酒場の方へ去っていった。
チパチャパはどっと疲れた気分がする。
しかし、その食べ物の名前は聖都でも聞いた覚えがなかった。
彼に寄りかかったまま、チパチャパは素直に尋ねてみた。
「ハスモ? なにそれ?」
「ん、ああ・・・エルスジェリーの卵巣干したやつだよ。
美容に良いらしくて、街とかで偉い高値で売れるんだ。お袋さんの大好物。戻してから甘い汁と合わせて食べるとプルプルして凄く旨いんだけど、お袋さん盥で食べるからなぁ・・・。」
「・・・カロリー高そうね、それ。」
母の体形の理由が判明した気がする。どうりでお肌はやけにプルプルツルツルだった訳だ。
それにしても、盥ってなんだ。椀とかせめて丼とかにして欲しい。
チパチャパの顔が思いっきり引き攣った。
後で宴の際に知った事だが。
その食べ物は、チパチャパも聖都で食べた事があったものだった。豪商だか貴族だかの金蔓が招いてくれた晩餐のデザートとして少しだけ出ていた品だ。気に入って取り寄せようとした王女聖女が、金額を聞いて随分驚いていたのでよく覚えていた。
母を聖都に連れて行くのは、ちょっと考え直した方が良いかもしれないと、その時チパチャパの顔はまた引き攣っていた。
嵐が過ぎ去ると、デュカの体が背中から離れていってしまった。
その事をかなり残念に思いながらもチパチャパは、歩き出した彼の背中を追いかける。
並んで歩きながら7年間の旅の事を聞きたがるデュカに、チパチャパは色々と話して聞かせてみせた。魔王と対峙した事を話した時は尊敬の眼差しでみられて、かなりドキドキしてしまった。
もっとも、勇者との事に関してだけは。
『魔王を倒すまで子供を作るのは聖女として禁止だった。』と強調して、そういった行為には殆ど及んでいないと大嘘ついたけど。
そうして暫くお喋りを満喫していたチパチャパは、今まで疑問に思っていた事をデュカにおずおずと尋ねてみた。
「・・・ねぇ? デュカ達は、父ちゃんも母ちゃんも嫌ってないの?」
今日見た二人の様子は、どう考えても受け入れがたいものだった。なのに、そんな素振がデュカ達には見当たらないのが不思議で仕方なかったのだ。
デュカは『なんでそんな事を尋ねるのかわからない。』といった面持ちで答えた。
「あん? いや、嫌う訳ねぇだろ? 二人は村が一番キツイ時に助けてくれたんだぞ? 村にとっても、オレにとっても恩人だ。」
「でも、アレはちょっと酷過ぎじゃない?」
「まぁ・・・今日の二人はちょっと、そのアレだったけどな?
でもいつもの二人はあそこまでじゃねぇよ。それに、二人とも良いトコだって沢山あんだぞ?
親父さんは、いつも若い奴が手入れし損ねた道具を丁寧に直してやってたり、やり方を細かく教えてやったりしてくれるしよ。お袋さんだって、難しい本とか教えてくれるってクパが言ってたな。使い方のわかんねぇ魔導具とか、村で一番詳しいのはお袋さんなんだぜ?」
「へー・・・。」
そう言って、デュカは何度見ても飽きない優しい笑顔でチパチャパの心を撃ち抜いてくる。
今のチパチャパの繊細な心はデュカの放った恋の矢でハリネズミみたいになってる違いない。
そんな自覚を覚えながら、チパチャパは両親に記憶とそれほど変わっていない部分もある事に驚いていた。同時、両親が本当にデュカに嫌われてないと知って、嬉しくなる。
「そっか!」
少し間をおいて、チパチャパは花咲く様に綺麗に顔を綻ばせた。
それは演技なんて一欠けらも入っていない、彼女の裸の心からの表情だった。
なんか恒例となりつつある、あとがきでの勇者様の名誉回復ですけれど。
この時の勇者様は、本当に親身になって相手の男性を諭していました。
彼がまだ若く、活力にあふれて、未来に夢いっぱいの希望だか野望だかを抱いている様に見えていたからです。
そんな彼が毒牙に・・・いえ何でもありません。
「良いかい? そんな若さで人生を棒に振る様な事をしてはいけないよ? そう、そんな事は時として、君が望まなくても向うからやって来てしまうものだけれど。常に注意を払いなさい。心を強く持ちなさい。誘惑に負けてはいけない。でないと、本当に取り返しのつかない事になってしまうんだ。」
傍目には、勇者様が男性を脅している様にしか見えなくて、部屋付きのメイド達が裏でキャーキャー騒いでいたそうです。
角度的に諭されている彼にしか勇者様の瞳が見えていなかった事が原因でしょう。