超肉食聖女様と時の重み
キリよく切れなくて、ちょっと長くなってしましました。
デュカだけではなく、クパも気まずそうに目を逸らしている。
明後日の咆哮に顔をむけて、「あ~~ぅ。」とか呟かないで欲しい。ちゅっちゅはどうした。口が止まっているぞ。
二人の不審な様子にチパチャパの胸がざわめきだす。
胸の奥で訴えていた不安が、大きなうねりとなって湧き出してくるような感じに、声が震えた。
「えと・・・なんか不味いの? もしかして、父ちゃん達に何かあったの?! ねぇ、デュカっ!」
「いや。親父さん達は怪我一つしてねぇよ? うん、・・・まぁ、けどな。」
「うん・・・マシュ小父さんもペニ小母さんも、すっごく元気だよ? 元気なんだけど・・・その、ね?」
「けど、何よ?!」
詰め寄ったチパチャパから目を逸らしたまま、二人は何か物凄く言い難そうに答えた。
チパチャパが目線を合わせようとしても、つぃっと二人は目を逃がす。
業を煮やしたチパチャパが顔をガッと押さえて覗き込むと、デュカは死地に赴こうとする兵士の様な顔をして、まっすぐに彼女を見据えた。
「なぁ・・・チパ。お前、このまま帰る訳にはいかねぇか?
いやダメか。そうだよな、そんな事したら今度は、この事で勇者様との仲を邪魔してくるに決まってるもんな・・・。」
デュカはチパチャパの肩に優しく手を乗せた後、一人納得して頭を振った。
『もうその設定はいいから!』と内心叫びつつも、チパチャパはどうも想像していた方向と心配の内容が違うような気がすると思い始めていた。
しかし、それならそれで、解せないものがある。
チパチャパの記憶の中の父は、村の船頭の一人だった。
何人もの若い男達を引き連れて漁に出かける現場指揮官的な存在で、デュカも父の下で漁に出ていた一人だっし、幼心に父の武骨ながらも頼もしい背中を見て、チパチャパは父を尊敬していたものだ。
母もそうだ。
時々厳しかったけれど優しい母で、父を支える素敵な女性だった。
魚の加工等をはじめとして、林での採取やら様々な手ほどきを村の女達にしていた指導的な立場にあった女性の一人だったはずだ。チパチャパも村を出るまでは、母に色んなのコトを教わっていた。
怪我も病気もしていないのなら、なんで二人はこんな視線を向けてくるのか。
チパチャパは原因がわからずにこっそりと首を傾げる。
(え、父ちゃん達、村の為に色々頑張っているんじゃないの? 道とか綺麗にしたんだよね?)
でもそれなら、二人に会うのに何の不都合もないよね? と訝しむ。
どうにも二人の態度と記憶の中の両親の姿が一致しなくて、チパチャパは思い切ってデュカに尋ねてみる事にした。
「ねぇ、デュカ? 父ちゃん、今も漁師やってるんだよね? それで村に国から貰ったお金つぎ込んだりして頑張ってるんだよね?」
デュカが思いっきり顔を顰めた。
「クパ? 母ちゃんも昔と同じで、皆に色々教えてるんでしょ? 変わってないよね?」
クパが悲しそうな顔でチパチャパを見る。
やがて、耐えられなくなったのか、デュカの胸へと顔を埋めた。
不可解な二人の行動にチパチャパの頭の上のハテナマークが量産される。暫く待ってみてもそれ以上の反応は二人から返って来なかった。
苛立ったチパチャパが怒鳴り声をあげた。
「ちょっと! 二人とも何とか言ってよ?! 黙ってたらわかんないって!」
怒鳴り声に反応した二人が見つめ合い、クパがフルフルと首を横に振る。
デュカはぽんぽんとクパの頭を優しく叩いて慰め、悲しみを背負った戦士の様な顔で彼女に首を振り返した。
クパが泣き出しそうな顔をして、再びデュカの胸へと顔を埋める。手でぽかぽかと可愛らしくデュカを叩いていた。
無駄に絵になりやがる、とチパチャパは二人を眺めて思った。
答えを貰えなくてちょっと苛立っていたのだ。
寸劇が終わったのだろうか。
デュカが待ちくたびれたチパチャパの方へと向き直って、足取りも重く近づいてきた。
相変わらずカッコいい顔に、苦渋を滲ませている。
「あー・・・ええとな、そのなんだ。
オレが言うよりも、その、直接会った方が早えような気がするんだが・・・オレとしては疲れてるお前にそんな酷い真似はしたくないっていうか。そのだな?
準備とかさせっから、明日改めて・・・とかじゃダメか?」
娘が会うのに何の準備がいるのいうのか。
健気な幼馴染の演技もどこへやら、チパチャパはまだ村に居た頃の態度でデュカに吼えた。
「疲れてないから! 早く教えなさいっ!」
「っぁあ、わかったよ。・・・ええとな、この時間なら親父さん多分、酒場で呑んだくれてるから呼んで・・・ぁあ、いや。見てから話すか決めた方がいいか、うん。」
僅かにビクッとしたデュカが、昔の彼に少しだけ重なって見えた。
チパチャパはちょっとだけ笑ってデュカの手を掴むと、そのまま彼を引っ張って酒場へと案内させた。
なんとなく良い気分だった。
◇◇◇
酒場とは、村の漁師である男達の唯一の持ち物である。
基本的に家も畑も家具も、そして船でさえも、村では嫁になった女の持ち物になるのだが、漁に出る男達の憩いの場である酒場だけは、村の男達共同ではあるものの、村での所有権を認められていた。
管理も女達に手伝って貰いはするが、それでも基本的には男達だけで行っている。
男達は漁から帰って来た後、道具の手入れや嫁の手伝いをするまでの僅かな時間をそこでゆっくりと過ごすのがこの村の通例だ。
そんな酒場の隅っこで、ひとりの男が酒瓶を抱えて大イビキをかいていた。
昼も過ぎたこの時間にもなると、他の村の男達は誰一人として酒場の中には居ない。当たり前だ。皆、それなりに忙しいのだから。
自分達の道具の手入れもあるし、子供達も構いたい。それに、村の男達は嫁さんの手伝いにかこつけて、一緒にキャッキャウフフと過ごすのも大好きだった。
男同士で騒ぐ時間はそんなに要らないのだ。
盛大に騒いで馬鹿やりたいなら、祭りの時にでもすればいい。その方が、嫁さんや子供達にも「父ちゃんカッコいい!」と尊敬して貰える。
だからその男の姿は、村では大変珍しい部類に入ると言っても良かった。
「・・・ほれ、あそこに居るのが親父さん。」
酒場の入り口の布をほんの少しだけ開いて、デュカが鎮痛な面持ちで寝ている男を指さした。
デュカの開けてくれた隙間からその男を見たチパチャパの口が、あんぐりと大きく開かれた。顎でも落ちそうな感じだ。
「・・・ねぇ、人違いじゃない? デュカ。」
「いや、間違いねぇよ。その、残念だけどよ。」
掠れた声で確認するチパチャパに、悔やんだ声でデュカが答えた。
(あれ、父ちゃん豚だったっけ・・・いや、違ったよね? うん、むさ苦しい程のマッチョではあったけど、あんなんじゃなかったよね。)
視線の先にある男は、筋肉の面影もなく、丸々としていらっしゃった。
坂から転がしたらきっと、綺麗に転がっていくんじゃなかろーか。それにそう、馬車の中でチパチャパが妄想していたデュカの姿によく似ていた。・・・あれ、私父ちゃんを妄想してたんだっけ? そんな思いがチパチャパの中で錯綜する。
男が身じろぎすると、ぶよんぶよんとお腹がゼリーみたいに震えた。
髪の毛もなんか薄くなってる気がする。随分と額が大きく見えるし、そこには働き者で母と一緒に男臭い笑顔を浮かべていた逞しい父の面影があんまり見当たらなかった。
(あー・・・7年って、結構重いものだったのね。)
たるんだ顎に無精ひげまで見つけてげんなりしたチパチャパの前で、父がボリボリと芋虫みたいな指で腹を掻き、ごろりと寝返りを打つ。
腰布が捲れて、見たくもないモノが目に飛び込んできた。
その瞬間、チパチャパの肌が総毛立った。ビクッと体が小さく跳ねて、口から引き攣った悲鳴まで飛び出した。
「っひ。」
「あちゃー。」と手で顔を覆ったデュカが、そっとチパチャパの肩を抱いて酒場からずりずりと引き摺るように遠ざけていく。
少し離れていた所で二人を待っていたクパが憂いを帯びた顔をして、慌てて駆け寄って来た。
「・・・いや、な? その、親父さんもお前が村を出てすぐあんなになった訳じゃないんだぜ?」
デュカが落ち着かせようとチパチャパの背中かを撫でながら、父の事を話し始める。
彼の掌の感触はとても気持ちよくて幸せなのだけど、今はちょっとソレを楽しむ余裕がチパチャパにはなくて辛い。
とゆか、今見た激しく嫌悪感を引き立てるモノの記憶を消し去りたくてしょうがなかった。インパクトが強すぎて、今もアレが目の前にある様な感じがするのだ。
ちょっとデュカのモノ・・・ではなく、デュカの顔でも見て上書きしようとチパチャパは顔を上げた。
「あれ、本当に父ちゃんなの・・・?」
哀愁を漂わせたデュカが、チパチャパの目をみて頷く。
「ああ。いや、ちょっと前までは親父さんもああじゃなかったんだ、本当に。
6年前の流行り病の時なんか、お前が勇者様について行った代わりに渡された金で必死になって薬買い集めてくれたりしてさ。
親父さんが居なかったら、多分村の半分は死んでた。クパだって、今ここに居なかったかもしれねぇんだ・・・。」
「そっ、そうだよ?! 二人のお蔭で僕、助かったんだから!」
デュカの台詞にクパも必死に首を縦に振って、頷いていた。
二人共、一生懸命チパチャパの両親は凄い人達だと目で訴えている。
(6年って・・・ちょっと前じゃないわよね?)
チパチャパは半信半疑だ。
アレは1、2年で出来上がる体ではない筈だ。どうしても二人に胡乱な目つきを向けざるを得ない。
「いや、本当だって! 信じろ!
他にも食い物とか皆に配ってくれたりして、一番キツイ時に村を支えてくれたんだよ!」
「じゃぁ、あの父ちゃんは何なのよ?」
チパチャパの鋭い問いに、デュカは「うっ。」と言葉を詰まらせた。
クパはもっと解りやすくて、半笑いのまま目を忙しく泳がせている。二人共、動揺が丸わかりだった。
チパチャパは目に力を籠めて、二人をじぃっと見据える。
なんか少し前にも似たような事をやった気もするが、気にしてはいけない。
女子供に弱いデュカにはこの方法が一番よく効くのだと、チパチャパは知っていた。昔からずっとそうなのだ。
瞬きもしないで見つめ続けていたら、やがて諦めた様にため息を吐いたデュカがその重い口を開いた。
「はぁ・・・、あのな、チパ?
これは別にお前が悪いって訳じゃないからな? そこん所だけは、ちゃんと解ってくれよ?」
そう前置きしてから、デュカはゆっくりとこれまで父親に起こった事をチパチャパに語りはじめた。
「・・・お前がさ、勇者の嫁になったってお祝いが贈られてきたって話はしたよな?
あの時まで親父さんもすげぇ漁師だったし、村の為に無茶苦茶頑張ってたんだ。これは、村の誰に聞いても同じ事言って、親父さんに感謝するはずだ。賭けてもいい。」
それはさっきも聞いた。チパチャパは、目線で二人に先を促す。
しかし、デュカもクパも、「「一番大事な事。」」と口を揃えて返してきた。二人共、目が本気だった。
二人に気圧されてたじろいだチパチャパも、神妙に頷き返してしまう。
それを確認してから、デュカは再び話し始めた。
「でも、領主様の使いがその話をしてくれた次の日から、親父さんは変わっていっちまった。
勇者様の嫁になった娘が、そのうち迎えに来てくれるって言ってさ。
船頭をオレに任せて、だんだんと漁にも出なくなってさ・・・気が付いたら貰った金で一日中酒場で酒を呑む様になっちまってた。」
そう語るデュカの目には涙が滲んでいた。
彼だってそんな事になるなんて思っていなかったのだろう。その顔には深い悔恨が刻み込まれていた。
反対にチパチャパは目が死んでいた。
気分的には今すぐにでもダメ親父を蹴り飛ばしに行きたい。
確かに迎えには来たが、それは居ない間に苦労をかけていただろう父ちゃんに楽をさせてあげたいという子心からであって、断じて娘を頼って自堕落な生活を送っているダメ親父を引き取る為ではない。
渋カッコいいデュカのレア顔が目の前になったら、この憤りを押さえられたかどうか。
ぎゅっと怒りに拳を握りしめたチパチャパを見て、デュカが「すまねぇ。」と頭を下げた。
頭を下げたまま、デュカの懺悔はまだ続いた。
「オレらも悪かったんだ。
今まで色々助けて貰ったからさ、尊敬する親父さんが調子が悪いって言ったらそれを信じた。頻繁にそう言いだすようになった時に、オレ達が無理にでも海に連れ出してりゃ良かったんだ・・・。」
クパにまで一緒になって頭を下げられて「ごめんなさい。」と消え入るような声でいわれて、チパチャパは罪悪感が半端なかった。
自分にそんな感情がまだあった事にも驚きだが。
居たたまれない、という言葉をチパチャパは多分、生まれて初めて体験していた。
「やっ、あの・・・あんた達はぜんっぜん悪くないから! その、だから、頭上げてくれない?」
パタパタと二人に両手を振って、チパチャパはお願いした。
演技以外で他人に気を遣うとか、恐らくコレも初めてだ。純心さん達は恐ろしすぎる。
裏で『ねぇねぇ、コレをネタにしてデュカに迫ったらイケるんじゃない?』と密に囁いていたもう一人の自分までもが、ぼしゅっと音を立てて浄化されてしまった。
「あはは・・・。」とか空笑いまでして二人を元気付けようとしたチパチャパの前で、デュカが「くっ。」と男泣きをしている。
あれは絶対、また何か変な勘違いをしているに違いないと、チパチャパはひっそりと嘆息した。
思わず見上げた空は青かった。
(・・・やっぱり、ネタにして食べちゃおうかなぁ、もう。)
何となくだが、お邪魔虫のクパも今なら見逃してくれるのではなかろーか。
そう考えると、割とあのダメ親父も良い仕事をしたのだろうか。いや、かとってあんなモノを見せつけて来た事を許すつもりは毛頭ないが。
とか、空を見上げながら浄化された子を復活させていたチパチャパは、はた、と何か言いたそうにしている二人の視線に気が付いた。
「チパ・・・お前。」
「げ、元気だして! チパ姉さんっ。」
デュカもクパも、憐憫と慈愛の混じった眼差しでチパチャパを見ている。
「ちょっと、本当に大丈夫だから。二人とも、その顔は止めて? ね、お願い。二人にそんな顔される方が余計に辛いの。」
チパチャパは、切なげに見える様に二人に薄く微笑んで頼み込む。
これ以上二人の無垢な優しさに耐えられるような気がしなかった。念の為、後でデュカを襲う事も考慮して、気丈に振る舞う幼馴染的なアレの方向で演技しておく。
一先ず、話しを逸らしたい。
チパチャパは割と切実に願いながら、演技に気合いを入れた。
その切なる願いが通じたのか、単に誤解しただけなのか。
ともかく二人はぎこちない笑顔を向けてくれるようになった。一安心である。チパチャパが胸をほっと撫で下ろしたのもつかの間、デュカが気を使いながら尋ねてきた。
「あー・・・それで、次はお袋さんのトコいくか? チパ?」
「どうせ母ちゃんも何かあるんでしょ? いいわよ、先に村長のルドさんの所に行って挨拶してくるわ。」
両親を心配する必要がないと悟ったチパチャパは、クパがさっき言い淀んだ事をばっちり覚えていた。
二連続で憐れまれるのは流石に遠慮したいので、チパチャパはさっぱりとした感じでデュカに答える。村長の家はあっちだったかなと足をむけたチパチャパの背後から、デュカののんびりした声が聞こえた。
「ああ、ルド爺さんなら。もう死んでるからいないぞ?」
一人歩き出したチパチャパにひょろっと、特大の爆弾が投げつけられた。
(この村、たった7年で色々変わりすぎなんじゃないの?!)
チパチャパは諦観の面持ちで踵を返す。
離れている間に、この村はびっくり箱か何かになってしまったらしい。
村に来てからずっと、驚きの連続で精神的に疲れ果てたような気がして、チパチャパの頭は凄く痛かった。
「で? 今度はなんでルドさんが亡くなったの? お酒の飲みすぎ? 年も考えずにお嫁さん相手にハッスルちしゃった?」
投げやりな気分でチパチャパは両手を腰に当てて、デュカの顔を睨みつける。
ルド爺、ルドルォルは60才くらいの年齢だったはずだ。チパチャパが村を出る少し前に、27才くらいの若い未亡人を嫁に迎えていた気がする。
『それか? お盛んだったの? あぁん?』とチパチャパは牙をむく。
そんなチパチャパの視線をデュカもクパも何故か、嬉しそうに受け止めていた。
デュカなんか笑いながら、「落ち着け、チパ。」とか宥めてくる。
「いや、んな訳ねぇだろ。
ルド爺さんは、漁で死んだんだよ。栄誉ある誇り高い死だから安心しろって、チパ。」
「そーだよ! お爺ちゃんはシーサーペントと相打ちになってヌパヌゥイ様の所に帰ったんだよ!」
「・・・シーサーペント? 冗談で言ってるのよね?」
チパチャパはちょっと自分の耳が信じられなくなりそうだった。
この村に来てから何回理解の及ばない事を聞けば良いのだろうか。もしかして、聖都で読んだ本にあったみたいに別の世界へといつの間にか飛ばされてしまったんじゃなかろうか、と泣きたくなってくる。
ルド爺が相打ちになったというシーサーペントは、間違いなく魔王の放った魔獣の一種だ。
リバイアサンを倒す時も周囲に現れて、盛大に邪魔をしてくれた凶悪な魔獣だった。今まで漁で大きくても2m程度の魚くらいしか相手にしていない漁師が挑むにしては無謀すぎる獲物だ。
ソレを漁で獲る?
(はぁっ?! 漁師のやる事じゃないでしょそれっ! 領主様に兵士出して貰いなさいよっ! とゆか、私達呼べばいいでしょっ? ・・・・そしたら、デュカは私のモノだったかもしれないのに。)
多少邪念も混じったが、チパチャパは結構村の事を心配していた。
デュカの言葉尻から普段から何度も漁で挑んでいる気配も感じて、彼の身を案じてしまう。コレを理由に聖都に帰らずに、機会を覗うのもアリかな? とも、もちろん思っていたが。
チパチャパの心配に全く気が付く様子も無く、デュカは朗らかに笑った。
「ははは、冗談じゃないさ勿論。
ああ、そっか。チパ達はリバイアサンを倒した後、すぐに次の戦いに向かったんだったよな。なら知らないか。あの時、連合軍を一部とは言え受け入れてただろ?」
「ええ、私達がリバイアサンに集中できるように、露払いをお願いしてたの。」
「あの時の食料、うちの国持ちだったらしくてな?
倒したは良いけど、国中からごっそり食い物が無くなっちまってさ。いや、倒して貰わないとどの道皆似たような感じで死んぢまってたから、そこに不満は全くないんだぜ?」
ああ、だから祝勝会の二日後には旅立ってたのか。と、チパチャパは納得していた。
当時はたった二日しか勇者様を独占してしっぽりヤれなくて憤慨してたなぁ、とかあんまりよろしくない記憶まで呼び起こされて、ちょっと自分が嫌になる。
デュカに知られたら大事になってしまうではないか。
幸い、朴念仁のデュカがそこら辺をチパチャパから読み取る事はなかった。
「まぁ、そんな訳でさ。残ったまともな食い物は女子供に分けようって事で、男達はリバイアサンを喰う事にしたんだと。幸い毒もないとかで食べてみたら・・・これが偉い旨かったらしくてな?
ならシーサーペントもっていってみたら、こっちもかなり旨かったと。」
「ほんと、美味しいんだよ? シーサーペント! 僕、ギガントスピナーの次くらいに好きなんだ!」
涎を垂らしたクパが会話に割り込んできた。
今夜の宴で出すから期待しててくれとか言われても、どう答えたら良いのだ?
というか、そのギガントスピナーも魔獣だ。育つと2mを超える大きさになる巨大なエビである。ここではないが他の沿岸部や湖でチパチャパ達もそれなりに倒してきた。
確かに強くはないが、強靭な鋏をもち、強い水圧で水を飛ばしてくる危険な魔獣だった。油断すれば人なんてあっさり殺しにかかってくる。
チパチャパは心配のあまり、少し気が遠くなった。
「っコラ! クパ、邪魔すんなって。どっちも好きなだけ今晩だして良いからさ。」
「ほんとっ?! わーい、やったね! デュカ大好きっ。」
飛びついてスリスリしてくるクパを適当にあしらいながら、デュカが話を戻した。
「んで、そんなに旨いならってんで、漁師達も獲るようにって御触れがお偉いさん方から回ってきたんだよ。シーサーペントのせいで他の魚も随分減ってたし、丁度いいからってんで漁でも狙う事にしたのさ。」
(丁度良くないっ! どこのバカよ! そのお偉いさんって! 漁師殺すきなのっ?!)
聖都に戻ったら調べ上げて後悔させてやる、とチパチャパの内面は荒れ狂っていた。
若干顔にも出ていたのかもしれない。デュカが安心させようと優しい笑顔を見せて来た。けれどチパチャパの心は少しも安心出来なかった。
「ルド爺さんは、2年くらい前に新しい子が出来てさ。遅くに出来た子だから、えらい張り切っちまってなぁ。クラーケン獲った後だってのに、一人でシーサーペントに向かって行っちまって・・・助けるのが間に合わなかったんだよ。」
「・・・ねぇ、デュカ?」
「うん? どうかしたのか、チパ?」
クラーケンの名前まで聞いて、チパチャパの心は爆ぜた。
どこの世界に大型魔獣に分類されるイカを獲る漁師がいるというのだ。
シーサーペントもギガントスピナーも十分危険だが、それは兵士達ならまだ何とかなるレベルだ。・・・漁師だと解らないので不安は尽きないし、心配で仕方ないけれどこの際、割り切る。割り切った。
しかし、クラーケンはマズい。アレは大型の軍船ですら海の底に引きずり込む。人間なんて、オヤツと同義だ。危険度が段違いだった。
皆死んでしまう。
そんな冷たく拒絶したい未来がチパチャパの心に滑り込んでくる。
チパチャパはデュカのネックレスを掴んで揺さぶり、そして怒鳴りつけた。
「馬鹿じゃないのっ?! なによそれっ! なんでそんな危ない事すんのよっ! 死にたいのっ?!」
涙混じりに「呼びなさいよぉ・・・私達を。」と演技抜きで呟く程、今度は本気でデュカの事を心配していた。デュカだけではない、村の皆の事もだ。
7年間すっかり忘れていたとはいえ、チパチャパはデュカも、それに村の人達にも死んで欲しいなんて思った事は一度たりともない。
魔王退治について行ったのは、確かに勇者様を垂らし込む為だった。
けど、それは村はあのままずっと変わる事のない日々が続くと信じていたからだ。
こんな命を投げ出すような真似をしてるなんて思いもしていなった。
だからこそ、その可能性が示されて肝が冷えた。
これは本気でここに残って彼らを守る必要があるかもしれない。勇者様とか聖女とかもうどうでもいい。デュカを失う事に比べたら、どんな汚名も甘んじて受け入れる。
涙をとめどなく溢れさせたチパチャパに詰め寄られて、デュカはオロオロと慌てふためいた。
「や、ほら。大丈夫だって。クラーケンっつっても、そんなデカいのじゃないから。・・・それに、デカいのはお前達がリバイアサンと一緒に全部倒してくれたじゃねぇか。 な?
シーサーペントだって3mそこらの小さいヤツだからよ。泣き止んでくれよ、チパ。」
「ルドさん死んだじゃないっ!」
「・・・ありゃ、仕方ねぇ事だったんた。
制止も振り切って、一人で突っ込んでいっちまいやがって・・・クラーケン繋いでたんだぞ? 間に合う訳ねぇだろ・・・爺さんは無茶しすぎたんだよ。」
「ほんとに? ほんとに大丈夫なの?」
「ああ、本当だって。この5年で死んだのは、ルド爺さんだけだ。なぁ、クパ?」
「うん。怪我した人は一杯いるけどね? 死んだ人は他にはいないよ。」
「怪我?」
怪我という単語にチパチャパの耳がピクリと反応した。
涙に濡れた瞳でデュカに剣呑な視線を向ける。デュカが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「・・・怪我っつっても、あれだほら。昔もあったろ、魚のヒレで腕切ったりよ。あんなんだって。そんな大したこたねぇよ。」
「そだね、針で縫ったりしたけど。皆今はぴんぴんしてるよ?」
それは大事ではないのかと、チパチャパはネックレスを握る手に力を籠めた。
デュカがちょっと焦っている。
「クパっ、お前なぁっ?!」
「僕がどれだけ心配したか、わかってないでしょ? 血を流して漁から帰ってきた時僕がどれだけ怖かったか。どんな傷でもこわいんだよ?! 僕たちがどれだけ頑張って治療法お勉強したと思ってるの?」
「いや・・・そりゃまぁ、そうだけどぉ。でも今言うこたぁねぇだろ?」
「チパ姉さんは聖女様なんだよ? 戦場で実際みてるんだから。変に誤魔化してもしょうがないでしょ!
それに、僕ちょっとチパ姉さんの気持ちわかるもん。」
「ぬぐぁ・・・うー、いや悪かった。でもほら、オレは無事じゃねぇか、な? クパもチパも安心しろって。今はほんと、酷い怪我とかしねぇからよ。」
困った顔でデュカが弁明している間、チパチャパはじっと睨む様に彼の顔を見つめていた。
勇者様が魔王倒したのになんでまだ魔獣がいんの? とか、漁師が倒せるなそもそも魔王にボロ負けしてねぇだろ? とか思われたことでしょう。
魔獣や魔族は、魔王が居ると統率やその他の能力に大幅な+補正がついてました。
さらに現場指揮官や地方方面軍指揮官といった、超大型だったりエルダーだったりするモノが存在すると更に+補正が強化されたのです。
なので勇者様は、ソレ等大型とか指揮官とかを排除して回っていた訳ですね。
それ以外の小物に関しては、時間的にも労力的にも諦めて次に行っていました。
ほら、外来種とか根絶するのって凄く大変じゃないですか?
そんな訳で、環境適応した魔獣なんかがそこら中にいるのが今のこの世界です。大きく育ったりしたモノが現れたら、まぁ、勇者様がまた出陣する事になるのでしょうね。