超肉食聖女様と狩り
第二話です、聖女様のお力を存分にお楽しみください。
「は? 何言ってるんだ、お前・・・オレだよ、まさか忘れたのか?」
男がチパチャパに返したのは、呆れた声だった。
その艶のあるバリトンボイスに腰が砕けそうになりながらも、チパチャパは昔何処かで会った事があるのかと、彼の顔を良く観察した。
じっと見たせいで、頬の赤みが増した気がする。
チパチャパがもじもじと太ももを擦り合わせながら仰ぎ見た彼は、位置的に見下してくる感じだというのに、その目はどこか温かく、優しさに満ちていて吸い込まれてしまいそうだ。
それなのにどれだけ見ても、チパチャパは彼に心当たりがない。
彼と知り合ったらしい過去の自分を怒鳴りつけてやりたくなった。
(んーと、最後に村に・・・は帰ってないから、ぅうん。南部に来たのって5年前? えーっ、もしかしたら純潔捧げる前に会ってたかも?! うわーっ勿体ないーーーっっ!!)
勇者様が聞いたら泣くんじゃなかろうかと思う様な事を平然と考えて、チパチャパはこの国のあたりに来た時の事を必死に思い出そうとした。
なんとかいう超大型の海洋性魔獣を倒しに戻ったのが最後のはずだ。
本来7年前に倒す予定だったのだが、他の場所で魔族による大襲撃が発生してその対応の為に後回しにしていた、と覚えていた。
なにせ、海の聖女だけあってその時大活躍したチパチャパは、その後開かれた勝利の宴の夜に勇者様を篭絡したのだから。間違いない。
その王都や王宮でも、こんな素敵な男性見た覚えはなかった。
もし出会っていたらならば、その夜純潔を差し出した相手は勇者様じゃなくて、間違いなく彼のはずだ。魔王を倒す旅にだって、縋りついてでもついて来て貰ったい違いない。
ついでに聖女の役目なぞ知った事かと、子供も強請ったかも。
いや、今だって彼が子供を望むならもう喜んで承諾する、したい。
聖都になんか帰らないで、このままここで残りの一生を彼に捧げてもよい覚悟だ。
さぁ、思い出せ! 私の脳みそ!
と、意気込んだものの。割合あっさりチパチャパの脳みそは白旗を揚げた。
(うん、無理。わかんない。なんで、あの時の私は周りを見ていなかったんだろうね?・・・馬鹿じゃないの。)
チパチャパがどれだけ脳みそを振り絞っても、彼はヒットしなかった。
当たり前だ。当時の記憶は、ほぼ全て勇者様の顔とか半裸とかで埋まってしまっているのだ。そもそも周りの男共とかいないモノとしてフィルターをかけていた。
これではわかる訳もない。
とはいえ、そのまま素直に尋ねたのでは彼の抱くチパチャパへの印象が最悪になってしまう。
数舜考えて、忘れた事を恥じらう乙女に申し訳なさと色っぽさを足した演技でフォローしようと決意する。これまでの旅でも何度もやった、ピンチをチャンスに変えるという奴だ。
チパチャパは恥ずかしそうに視線を逸らし、片手を柔らかく握ると指を唇に触れさせる。
下品に見えない程度に腰布をもう片方の手で揺らしながら、もじもじとした様子をみせて、微かに掠れた声で謝罪した。
頬は元から染まっているからそのままで良かった。
「いえ、その、申し訳ございません。・・・あの、私以前何処かで貴方様とお会いいたしましたのでしょうか?」
「何、本気? お前本気でオレの事わかんないのかぁ・・・あーいや、まぁ、そうかもしんねぇのか?」
ぐいっと彼に顔を寄せられて、チパチャパの体はピクンッと跳ねた。
確認するような彼の眼差しは、さっき妄想してた力強いソレで。まっすぐ瞳を貫かれたチパチャパは、もうほんと、腰が溶けてしまいそうだった。
「っぁ。」と小さな悲鳴まで漏れてしまう。下も漏らしそうだった、危ない。
(ダメっ、ヤバい! これダメ、私ダメになっちゃうってば!)
あと数秒、彼の顔が近くにあったままだったら、本当にそうになっていた。
「はー・・・、まぁその方がお前らしいよなぁ。」
「あの、誠に申し訳ございません。・・・どうかお赦くださいませ。」
どうやら本当に判らないのだと、彼は判断したようだ。
チパチャパから顔を離して、わしゃわしゃと頭を掻いている。柔らかそうな金髪が乱されて、尊いとチパチャパは卒倒したくなった。
「いやもう、その似合わない口調止めろって。こう、背筋に何か妙なモンが走るからって・・・あ、そうか! すまん!」
急に態度を変えて拝み手で頭を下げてきた彼をみていたチパチャパは、その姿と声を楽しみながら頭の中では別の事を考えていた。
すなわち、彼の好みの口調とはどんなものだろう? という事である。
「アレだろ? もしかしなくても勇者様好みの口調なんだろ、それ?
いやほんとすまん。そうだよなぁ、お前勇者様の嫁になったんだもんな・・・そりゃ勇者様の好みに合わせたくもなるよな。」
何系が良いかなぁ、とか想いを巡らせていたチパチャパは、突然、頭に冷水を浴びせられた気分になった。
ほわほわと浮かれていた感情が急速に萎んでいく。
海の聖女と勇者様の関係は国の上層部にはそれなりに知られている事だが、まさかこんな小さな村にまで届いてるとは思ってもいなかったのだ。
知られていたくなかった。
知っていて欲しくなかった。
そんな気持ちがチパチャパの中で渦巻いていた。困るのだ、自分が勇者様の嫁だと知られていると。殆どの男性は、ソレを知ってしまうとチパチャパから距離を置いてしまうのだ。
彼が自分の手を取ってくれるという未来が閉ざされしまう。
チパチャパの顔から血の気がさーっと音を立てて引いていった。
よろよろと崩れ落ちて地面に手をつきそうになったチパチャパに、彼の陽気な声が止めを刺しに来た。
「まぁ、しゃあねぇわな。 んじゃ、自己紹介といきますか。
オレ、デュカだよ。お前の幼馴染だったデュカディアだって・・・そういや、もうアレから7年だもんな。解んなくても仕方ないよな。」
その名前を聞いた時にチパチャパを襲った衝撃は、言葉に言い表せない程のモノだった。
(は? え? デュカ? あのぽっちゃり泣き虫のデュカ?! え、マジで?)
だから取り乱してチパチャパが即座に叫んだとしても、それは無理もない事だろう。
馬車の中で彼女が妄想していたチビで丸くてゴツい根暗な感じの彼と、今、目の前で魅力的な笑顔を見せる彼は似ても似つかない。
「嘘っ!」
「嘘じゃねーって、つか嘘ついてどうすんだよ。意味無いだろ?」
「私の知ってるデュカは、もっとこう小さくてぽっちゃりした頼りない感じだったわ!」
気が動転して口調すら取り繕えていなかった。
「お前、7年だぞ? そりゃ背だって伸びるし、漁師やってんだから筋肉だって付くに決まってんだろ。」
何言ってるんだコイツと、デュカは目で言っていた。
困った娘を見るお父さん的な目つきで、ぽんっとチパチャパの頭の上に手を乗せてくる。
掌から伝わる彼の体温を感じて、それがデュカのものだと解っていても、チパチャパの頬が嬉しさに染まっていった。
「お前はあんま変わってないみたいだけどな。まぁ、お蔭ですぐわかったけどよ。」
「ぁっ。」
「最初はちょっと様子が変だったけど、お前が元気そうで良かったよ。
あ、そうそう・・・オレさ、お前に言う事があったんだ。」
デュカの表情が一変した。
真摯なその顔を受けてチパチャパの心臓が、トクンッ!と大きく跳ねる。
桃色だった頬を耳まで真っ赤に染め直して、熱っぽくデュカを見上げてしまう。体の芯のあたりが、ジュンっと濡れた心地がした。
(まさか・・・もしかして、『ずっとお前を待ってた。』とか?! や、うん! もーちょーオッケーだよ! 即受けしちゃうよ、私っ!!)
勇者の事を知られていたという事も、7年間デュカを気にも掛けてなかった事も、すっかり忘れた様子で、チパチャパは期待に満ちた乙女の顔で彼の言葉を待った。
名前を聞いた時の衝撃で、その辺り全部彼女の頭からすっ飛んでいたのだ。
「5年前はありがとうな、チパ。
お前と勇者様が、あのリバイアサンを退治してくれたおかげで、村の暮らしはすげぇ楽になった。
もう腹を空かせたガキ共が泣く事もねぇ。
産まれた子を育てられないと、謝りながら殺さなくても良くなった。
村の奴ら全員でお前達に感謝してもしきれないくらいだ。・・・本当にありがとな。」
ちょっと望んでた答えと違う。
「うん、喜んで!」と口を開きかけたままのチパチャパに、デュカは深々と頭を下げた。
次に顔を上げた彼は、見惚れるくらい素敵な笑顔をしていた。
「それにほら、見てくれよこの村を!
遠くまで漁にも行けるようになって、稼ぎも無茶苦茶増えたんだ。今じゃ、空調の魔導具とか薪を使わないコンロとか、お湯が出るシャワーなんてものまであるんだぜ?
病気になる奴もいなくなったし、皆笑って暮らしてる。」
「全部お前のお蔭だ、チパ。」とデュカに笑顔のまま頭を撫でられて、また何もかも吹っ飛んだ。
手の動きに合わせてカクンカクン首が揺れてる事を気にする余裕もなく、チパチャパは曖昧に返事を返す。
「え、うん。その・・・良かったわ。」
「ははっ、凄いなその返事。ほんと昔のお前と全然違って戸惑うわ。
ってもそうだよなぁ、お前聖女様だもんな。感謝なんてされ慣れてるか。でもさ、ほんと、皆お前に心から感謝してるんだ。何度も言うけどさ・・・。」
――マジでありがとな、チパ。
ぎゅっと力強く抱きしめられ、耳元で彼の声を聴いた時、チパチャパのお腹の奥から抑えきれない衝動が波となって頭の先まで一気に走り抜けた。チパチャパの瞳が焦点を失い、ブルッと体も震える。
ポンポンッと二度程その通り道である背中まで優しく叩かれたせいで、デュカが体を離してもチパチャパの頭は真っ白になってしまっていた。
遠ざかりつつあるその背中を眺め・・・。
(っじゃないって! いや待って、ちょっとデュカ?! 違うでしょっ?!)
チパチャパは意識を気合いで再起動させた。
ここで逃がす訳にはいかないと、慌ててデュカの背中に向かって叫んだ。
「ちょっ! デュカ?! 他に何か私に言う事があるんじゃないのっ?!」
「あん? いや、それ以外には特にないんだが。」
怪訝な顔で振り返ったデュカの顔もまた、カッコよかった。
「くぅ~~っ。」と唸りつつも、チパチャパはトトトッと駆け寄って彼の腕を掴んで引き留める。
指先から伝わる彼の腕の弾力も、震える程に素晴らしかった。
「や、ほら? 私が村を出る時にあんた、何か言ってたりしたじゃない?」
自分から口にするのは思いの外恥ずかしかった。
勇者相手に押せ押せで行くのとは、また違った感覚で初めての経験だ。勇者以外は大抵言い寄られる側だったし。
演技ではなくて、普通に彼の顔を直視出来なくなったチパチャパは、ふいっと彼から顔を背けた。
デュカの方はというと、顎に手を当てて眉間に皺を寄せている。「んー?」と何かを思い出そうとしているようだった。
そんな彼の仕草の一つ一つが、チパチャパの心を躍らせる。
こうして待っているだけでも、テンションが上がりっぱなしになって困ってしまう。
彼の顔をチラ見する度に、頬に色が重ねられている気がして、頬を押さえたい気持ちを必死に抑えていた。
デュカは暫く考え込んでいたが、漸くチパチャパの言わんとしてる事を思い出してくれたらしい。
そわそわと待ちわびるチパチャパにデュカの顔が向けられた。
「っあ、アレかぁ。
いやチパ・・・お前、勇者様いるだろ? 待ってたとか言える訳ないって。あぁ、そっか、都会流の冗談ってヤツか! ははは、この村だとちょっと刺激が強すぎるな。」
デュカがにかっと笑った。
チパチャパは愕然とした。
(え、嘘。や、まって、うそでしょ? 7年越しだよ? ここは『勇者の嫁になったのは知ってるけど、オレも7年待ったんだ。』とか言うトコじゃ? それだけであの時泣いて縋ったチパチャパちゃんがお手軽に手に入っちゃうんだよ?!)
彼女の中では、デュカは今でも自分の事が好きでいるはずだった。
7年間、ずっと待ち望んでくれている事になっているのだ。
その前提が崩れて、チパチャパは大いに慌てた。そんなはずはないと、デュカに縋り付いて確認した。
「嘘だよね?! ずっと待っててくれたんでしょ? あんなに叫んでたし!」
懇願するかの様なチパチャパの態度に、デュカの眉が片方上がる。
「うん? 何、冗談の続き・・・でもないのか? 良くわからん。
あーうん。そのなんだ、昔は待ってたさ。でもさ、お前手紙送っても全然返事くれなかったし。」
「それはっ!・・・ほ、ほら、戦いが激しくて。読む暇がなかったというかさ! 手紙とか書く余裕もなかったとかあるじゃん!」
そんな事はない。故郷の幼馴染とまめに文通してた聖女も居た。
後ろめたさに「うっ。」とチパチャパは答えに詰まってしまう。それを隠すために、必要以上に声を張り上げていた。
「なんで怒鳴るんだよ、まぁいいや。
んで2年くらい送ってたんだけど。その頃お前、こっち戻って来てたろ? リバイアサン倒してくれにさ。あの後、村に帰って来るかなーって待ってたけど、お前帰って来なかったし?」
その頃の事を思い出したのか、デュカの顔が少し曇る。
憂いを含んだ眼差しを受けたチパチャパは、『その目も好き! ソソるっ!』と心の中で喝采を送る。同時に、なんと答えたものかと頭を回転させた。
まさか、勇者様としっぽりヤッてましたとか、口が裂けても言えない。
悩んだ末に、チパチャパは言葉を濁して誤魔化す事にした。
「それは・・・その、ほら! 後始末とか凄く大変で忙しかったの!」
「確かに大騒ぎだったもんなぁ、あの時。
でもお前達が次の土地に向かったって話聞いたすぐ後だったか、領主様がお祝いだっつって酒とか食い物とか振る舞ってくれたんだよ。
それがすっげぇ豪勢でさ、村の連中全員わけわかんなくて聞いたんだ。
そしたらさ――。」
とても嫌な予感が頭を過る。
ゴクンと唾を飲み込んで、チパチャパは続きを促した。
「そ、そしたら?」
「や。チパが勇者の嫁になったお祝いだって教えてくれたんだよ。
リバイアサン退治したその日に、勇者様の部屋に呼ばれたんだって? いやー、それ聞いたら流石に諦めたわ。」
すでに過去の事と朗らかにデュカが笑う。
チパチャパは、思わず彼の首に下がるネックレスを掴んで詰め寄ってしまった。
(そこで諦めるなよーっ! ちょっと済みマークついただけじゃんっ! 想いを保っとこうよ?!)
酒で酔わせた勇者様を連れて部屋に行ったので、実は呼ばれてすらいない。という事実には蓋をする。
この村に話を伝えたという領主に呪詛を投げつけた。
何とかフォローしないと、と焦ったチパチャパは咄嗟に思いついた事を口走る。
「呼ばれただけだったかもしれないじゃん! それか無理矢理とかっ! 私のコト好きだったんでしょ?! そう思ったりしなかった訳?!」
「いやお前、疲れんの? 勇者様がそんな事する訳ないだろ。いくら嫁さんだからって、言って良い事と悪い事があんぞ?」
勢いだけで押し切るつもりだったチパチャパに気圧されつつも、デュカは困惑顔で彼女の諫めた。
彼が伝え聞いた勇者様はそんな酷い事をする人ではなかったし、何より。
「それに使いの人も。
『お二人は仲睦まじくお部屋へと向かわれたそうでしてな。
きっと事前にそういう風にお決めになられていたのでしょう。チパチャパ様も念入りに準備などされていたそうですよ?
翌朝も、通じ合った想いを全身で表すかの様に、実に幸せそうにお二人で腕など組んでお部屋からお出になられたと、城のメイド達も申しておりました。しかもその時勇者様は、歩き難そうにひょこひょことされる聖女様を優しく支えておられたとか。』
って言ってたしなぁ?」
領主の使いの人がその様子を詳しく宴の席で披露してくれたのだ。
デュカ的には、疑う必要もない。
この話は、サクセスストーリーとして今や国中に詳細が伝わっていた。
戦勝祝いの席ということもあって目撃者も数多く、舞台となった王城のその部屋と廊下はある種の観光名所になっている。見学を希望すると当時当番だったメイド達が解説付きで案内までしてくれるそうだ。
最近では勇者様と海の巫女の衣装も貸し出され、新婚の夫婦が二人の幸せにあやからろうとその部屋に宿泊を希望したりするのだとか。
王もこの慶事を大層喜んでいて、その一画を一般にも開放してくれているらしい。
チパチャパは、デュカに説明されるまでその事を知らなかった。
呪詛を撒く対象が国になりそうだ。
(馬鹿野郎ーーっ! 乙女の恥ずかしいプライバシー国中に大公開すんなよ!
ってゆか、私達が苦労して魔王倒しに行ってる間に何してんのよ?! 頭沸いてるんじゃないのっ?!)
そこまで赤裸々に伝わっているとは、想定外にも程がある。
このまま勢いで押し切るのは無理だと、チパチャパはデュカを掴んだまま、内心ダラダラと冷や汗を流した。
とにかく何か方策を考えないといけなかった。
出来ればデュカの同情も誘って、慰められつつお家にお持ち帰りして貰える方法が良い。
ベッドの上まで持ち込めれば7年間で磨いた自慢の技もあることだし、デュカを骨抜きに出来る自信がある。一度そうなってしまえば、デュカは相手にどんな事情があろうとも受け入れてくれそうだ。
それに、もしかしたらその段階で7年前の想いが再燃するかもしれない。
(どうする、考えろ、考えるんだ私!)
脳みそをこねくり回してたチパチャパは、ペカッと突然閃いた。
そうだ! 実は健気で一途だった幼馴染作戦にしよう! と沸いた頭が叫んだ。
勇者とは地元を救えた事に浮かれて流されてしまったという事にして。
周囲の雰囲気もあって嫁扱いされてるけど、本当はデュカだけを想って後悔していると、そういう事にしてしまおう。うむ、これはイケる!
早速チパチャパは切なげな吐息を零して、演技に入った。
ネックレスを掴んでいた手から力を抜いてから、指先を引っかけてそこに留める。寂しそうな雰囲気を醸し出すと、デュカの顔から諦めた風に視線を外した。
それから、胸の内から絞り出す感じで掠れた声を口にする。
「・・・デュカは、私を信じてくれなかったの?
ほんとは、流されただけでその事を後悔してたかもしれないんだよ? 本当に忙しくて言い出せなかっただけかもしれないんだよ? それなのに、私を取り戻そうとか思ったり・・・してくれなかったの?」
熾烈な聖女間の争いで培った演技力を全力で投入した。
目にも薄っすらと乙女の武器を溜めておく。
「まだ続けんのか、この話? オレの事とか聞いてどうすんだよ。」
「いいからっ、答えてよ!」
戸惑ってやや仰け反る姿勢のデュカに乗りかかる勢いで、チパチャパは自分の柔らかな体を彼に押し付けた。
広範囲で彼の体の熱と匂いを肌で感じて、危うく演技が崩れそうになるが。
上手くいけばこの後たっぷりと味わえるのだからと、自分に喝を入れてなんとか乗り切った。
「お願い。」
涙に濡れた瞳でまっすぐデュカの目を見つめて哀願する。
今にも泣きだしそうなチパチャパに迫られたデュカは狼狽えていた。
長閑な田舎で生まれ育った彼は、昔から女の涙とかが大の苦手だった。どんな理由があろうとも、ソレは彼にとって女の子に流させてはならないものなのだ。
デュカはガシガシと乱暴に頭を掻きむしり、そして吼えた。
「だぁぁぁっ!! ったく、しょうがねぇなぁ。わかった、答えりゃいいんだろ?」
「・・・ぅん。」
彼の態度と声にチパチャパの胸がキュンっとした。
チョロいと思う傍ら、やっぱり優しいと嬉しくなったのだ。
表情を真面目な物に変えた彼の目線だけで、なんか妊娠できそうなくらいチパチャパは気分が昂っていた。
「はぁ・・・、あのな。
そりゃ聞いた時は、そういう事を考えた事もあったけどな? お前、昔からノリと勢いで周囲に流されやすいトコあったから。オレの嫁になるって約束した時も、親父さん達にそう言われ続けたからだろ?」
意外と良く見られていたと、演技の裏側でタラリと汗が流れた。
「だから、まぁ、取り返そうかと思った事があるかと聞かれたら。・・・そりゃあったさ。」
「じゃぁっ・・・!」
中の人が「ひゃっはーっ!」とガッツボーズを決める中、チパチャパは表面上は喜びに目を開いてデュカを健気に見つめるポーズをとった。
可憐さに希望を薄っすらと乗せて、それでいてデュカには官能的にも見える様にプルンとした唇を小さく開く。
ネックレスに掛けていた指も外して、彼の逞しい胸にそっと添えるのも忘れない。
「けどな・・・。」と言おうとしたデュカは、そのまま口を閉じると頭を振った。
チパチャパの様子から何かを察したのか、とても優しい目をしてデュカは微笑みかけてきた。
「いや。お前がそこまで言うなら、オレは全部信じるよ。」
「っ! デュカぁ・・・。」
「悪かったよ。お前がそこまで辛い思いをしてたなんて全然知らなくて、ごめんなチパ。」
細い肩を掴まれ震えたチパチャパが、感極まった感じでがデュカの逞しい胸板へと顔を埋める。
やや崩れたお顔ですりすりと頬を擦り付けて彼の感触と匂いを存分に味わいながら、チパチャパの魂は両手を天へと突きだして高らかに雄叫びをあげた。
(ミッションコンプリートぉぉっ!! っしゃぁあああああああああ!!)
勇者様の名誉のために言っておきますと。
この時の勇者様は、死んだような諦めた様な目をしていました。
昔流行った都市伝説にあるアレ的なものです。
お酒に酔った翌朝、起きたら女性が隣に寝ていた。良く見るとシーツには赤い染みが・・・みたいな。責任感も強い勇者様は、うん、その。ね?
今いる嫁の内、何人がそのパターンだったのかお尋ねした際は
「黙秘させてください。・・・連日命を懸けた激戦なのに、それ以外でも気を張り続けるなんて限界がありますよね・・・罠を味方に仕掛けるとか酷いと思うんです。」
と泣き伏しておられました。