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超肉食聖女様とルーリとデュカ

 星の綺麗な浜辺で、デュカディアは手に取った貝殻を放り投げた。

 大きな放物線を描いて遠く波間に消えていくソレを、黙って目で追いかける。月のない夜の海は、黒々としていて最後まで追いかける事が出来なかった。

 まるで自分の心の様だ。

 と、デュカディアは嘆息する。


(・・・チパを泣かせるつもりなんて、無かったんだけどなぁ。)


 もう一個、貝殻を拾い上げて海に投げ込む。

 貝殻がシュッと鋭い音を立てて、また暗い海へと呑み込まれていった。


 村に帰って来たチパの様子がおかしい事には、すぐ気が付いた。

 心に何かを抱えている時の彼女(あいつ)は、嵐の日の波みたいにご機嫌になったり落ち込んだりして、それが態度にも現れるから判りやすいのだ。

 それに、赤ん坊の頃からの付き合いでもある。

 気丈な態度の裏側で泣くチパを見つける事なんて、デュカディアには容易(たやす)かった。


 馬車を降りた時からチパは、ずっと泣きじゃくっていた。

 だから、何があったのかを知りたかった。ただ、子供の頃みたいにひっそりと泣く彼女を泣き止ませてやりたくて、何か彼女の力になってやりたかった。

 それが(ふた)を開けてみれば。

 チパを泣かせていたのは、恥ずかしい過去の自分だったという訳だ。

 彼女が知るはずも無い事を、知らなくても良い事を知ってしまって泣いていたとか、どんな因果だ。


(折角、前は上手く誤魔化せたっていうのに・・・ほんと、親父さんもなんで喋っちまったんだよ。勘弁してくよな・・・。)


 海は囲う事は出来ないとは言うけどよ。

 と、デュカディアはガリガリと乱暴に頭を掻きむしった。

 とは言っても。ソレが八つ当たりだって事くらいは、デュカディアにもわかっている。

 二人を連れて戻って来たのなら、チパが本当に村に帰ってくるつもりだったと推測できた。なら、彼女の耳に面白可笑しく昔話を吹き込んでくる奴らに、今の村は事欠かない。

 他所(よそ)の村から人も来ていて、だいぶ賑やかになってるのだから。

 特に一部の何か勘違いしている連中は、喜々として囁きそうだった。

 親父さんもそういう奴らから、チパを少しでも守りたかったのだろう。

 それはわかる。


(にしても、もうちょっと・・・こうなぁ? 包んで伝えてくれても良かったんじゃねぇか、親父さん。って、これも責任転嫁ってヤツだよなぁ。)


 そう、チパチャパが本当に泣きだした原因は、たぶんソコにはない。

 デュカディアは手を止めて、渋面を作った。


 間違いなく、ルーリスミシュを怒鳴りつけたのが原因だ。

 あの時は、胸の内側に何か耐えがたい黒い感情が湧き上がって来て、それをそのまま態度に出してしまっていた。

 抑えようと思う暇すらなかったのだ。

 勇者様がチパを捨てたと思った途端に、カッと頭に血がのぼってルーリスミシュに掴みかかっていた。

 止めに入ろうとしたチパにまで、声を荒げた。

 そこからだ。

 チパが、一番見たくなかった顔をデュカディアに見せたのは。

 自分の心の内の黒い感情(モノ)彼女(あいつ)に見せたのが、一番悪かった。


 ドカッ、と砂浜に腰を落として胡坐(あぐら)をかく。


(ちったぁ大人になれたと思ってたんだがなぁ・・・ったく、オレはちっとも成長してねぇみてぇだ。)


 5年前は、この感情でクパを泣かせた。

 そして今度は、チパにまであんな顔をさせた。

 良く晴れた日の海の中みたいに触れると安心できた彼女(あいつ)の心を、5年前の海の様に何もない死んだ(こころ)に変えてしまった。

 もっと他にも方法があっただろうに。

 あんな追い詰めるような真似なんてしなくても、苦しんでいるチパの心を解きほぐしてやれる方法が。

 チパに懺悔(ざんげ)なんかさせなくても済むやり方が、どこかにあった筈なのだ。


「っち。」


 チパの姿と言葉を思い返し、頭に(よぎ)った感情にデュカディアは舌打ちした。

 顔がますます苦々しいものになっている。


 チパの勇者様の事を好きだった訳じゃないと言った言葉に、デュカディアは心のどこかで喜んでいた。

 それが、勇者様の嫁を降ろされたという言葉と繋がって、黒い感情が胸の中で海を作ったのだ。もやもやとしたその海の中で、ナニカがチパの告白の間中ずっと、獰猛な巨大鮫(カフカ)みたいに暗く嗤いながらこっちを見つめていた。

 いや、今も小さくなった黒い海の中から見つめて来ている気がする。


 ジリジリと(くすぶ)るようなソイツを心の奥底に沈めたくて、デュカディアは暗くうねる意味を睨みつける。

 4年前にも出来た事だ。今、出来ないという道理はないはずだ。

 もっともあの時は、クパという月が、(ともしび)が、彷徨(さまよ)うデュカディアの心の海を明るく照らしてくれたから出来た事だけど。

 だからだろうか。

 砂を踏む足音が聞えた時、デュカディアはクパが来たのかと思った。


「ねぇ、貴方。海に仇でも居るのかしら?」


 また心配かけちまったか、と振り向いたデュカディアの隣にルーリスミシュがそう言って寄り添う様に座り込んできた。

 月みたいな金色の瞳に見つめられて、数舜心を囚われたものの、すぐに苦笑いを返す。


「いいや、そんなモンは海に居ねぇよ。

 それよりどうしたんだ? 夜の浜風は冷えるし、あんま体に良かねぇぞ? (うち)に戻ってゆっくり休んでくれよ、ルーリスミシュ。」

「あら、そうなの?

 でも大丈夫よ? 私、体は頑丈な方ですもの。それに魔王討伐の旅の間は、これよりずっと過酷だったのよ?」


 だから心配しないで、とでも言いたげなルーリスミシュにデュカディアは、「いやそうじゃねぇよ。」と苦悩を滲ませた。

 何と言ったものかと考えあぐねていると、彼女がそっと囁いて来る。


「私を責めないのかしら? 貴方の思惑を外したのは、私でしょう?」

「・・・なんでだよ。

 あんたは別に悪かねぇだろ? むしろ、チパの為に切っ掛けを作ろうとしてくれてた。感謝される方だろうさ。それによ・・・マズかったのはオレの対応のほうだからな。」

「そう? 私が余計な事を言わなかったら、後でゆっくりとチパチャパから穏やかに聞き出せたんじゃないかしら?」

「それでも、さ。

 時の潮目は、海のと違って読めねぇからな。そん時は良いと思っても、後になったら大失敗だったなんて事がザラにあるしよ。そのまた逆もしかりってな。

 オレは今まで、何度もソイツを読み間違えてきた。

 だからさ、知ってんだ・・・大事なのは、そん時にどうするかって事だけだって。

 オレは、そいつを間違えたんだ。」


 海を眺めながら自嘲気味に笑うデュカディアに、ルーリスミシュが小首を(かし)げた。


「そうして全部一人で抱え込んだりするのがお好きなの? 貴方。」

「はっ?! いや、そんな事はねぇぞ? なんだその変態。

 今回はそうだった、ってそれだけさ。もーちょい自制出来てりゃ、マシな海もあったんだろうなぁってよ。」

「そうかしら?」

「ああ、そーさ。」


 デュカディアは(おもむろ)に砂浜に体を投げ出して寝そべった。

 月が無いせいか、いつもより星が綺麗に見えるきがする。星もまた、船乗り達を導く(しるべ)だ。

 デュカディアは自分も導いてくれる事を願って、星空を眺めていた。


「昔っからさ・・・いつも肝心なトコでミスんだよなぁ。

 そんでどーにもなんなくなって、周りに迷惑ばっか掛けちまうんだ。今回の事だってさ、オレはあんな風にするつもりなんか無かったんだよ。

 それが気が付いたらああなっちまってた。

 勇者様みてぇに、スマートに物事解決出来たら良かったのによ。

 ほんと、どーしてこうなっちまったんだろうなぁ・・・。」


 勇者様(あのひと)はそんなにスマートに解決してないわね。特に女の子に関する問題は。

 ルーリスミシュはそんな事を思ったが、思うだけにして口にする事はなかった。ただ、目の前で寝転ぶ彼の顔は、とても良い男の顔をしているとも思う。

 自分が楽しむのは止めて、彼に楽しませてあげようかしら。

 そう考える程度には、デュカディアはルーリスミシュの琴線に触れていた。


「ふぅん・・・。」と呟いて、ルーリスミシュはデュカディアがさっきまで睨んでいた海を見る。

 星灯りを微かに反射して、とても美しい。

 激情に呑まれて尚、これだけ美しいのなら成程。チパチャパの夢も醒める訳だと納得した。


「私の土地の森に、笛吹猿(ボノボ)というお猿さんがいるのはご存知かしら?」

「ええと・・・いきなりどうしたんだ? ルーリスミシュ。

 いやまぁ、知らねぇけどな? 他所(よそ)の土地の話なんて滅多に聞けねぇしよ。それで、その猿がどうかしたのか?」

「私の土地ではね。調和と平穏を司る女神(タプタァル)様の遣いとして、民達から崇められているのよ? そのお猿さん。」

「へぇ・・・そうなのか。」

「ええ。

 彼らは苛立ったり、争いになりそうになったりすると、交尾をして心を落ち着けるの。そうやって(いさか)いを回避する習性を持っているわ。

 とても、平和的でしょう?」

「・・・返事にすげぇ困るんだが?

 なんて言ったら良いかわかんねぇって。まぁ、そうだな・・・ここらでは女神(ヌパヌゥイ)様の遣いっていうと、海亀(ホヌホム)だなぁ。海をよ、ゆったりと泳いで日差しを気持ちよさそうに浴びるんだ。

 幸運と安らぎを運んでくれる有難い御使い様だ。」


 ルーリスミシュの言いたい事を少し間違えて察したのかもしれない。

 穏やかに笑いながら話をはぐらかそうとするデュカディアを見て、ルーリスミシュは可愛いと小さく微笑んだ。

 この様子では、嫁と紹介されたクパクチュという娘は、きっと随分苦労したに違いない。チパチャパもこれから大変な苦労をしそうだ。


 ルーリスミシュは微笑みを浮かべたまま、そっとデュカディアを上から覗き込む。

 暴力的な胸が彼の胸の上に落ちて、ふにょんと柔らかく形を変えた。


「別にチパチャパとシたら? なんて言わないわ。

 笛吹猿(ボノボ)はね、たまたま近くにいた異性と交尾をするんですもの。激情を吐き出してすっきりする為だけだからかしら? 愛情を確かめ合う必要がないのでしょうね。」


 デュカディアの動揺が先端の触れた胸を通じて伝わってくるのがわかる。

 彼の心臓は早鐘のように脈うっていた。その鼓動に釣られて、自身の体温も上がっていくようだ。

 ルーリスミシュは覆いかぶさるようにして、デュカディアに更に体を寄せた。

 気分の高まりに反応して自動(パッシブ)発動した≪蜜蟲の香(フェロモン)≫が、理性を失わせる甘い香りで鼻先をくすぐる。


「ここに、都合よく一匹メスがいるんですもの。

 貴方の胸の中のもやもやをぶつけてしまいましょう? うふふ、安心して。初めてではないから、貴方が私の何かに思い悩む必要もないわ。」


「だから、楽しんで?」と、(とろ)ける瞳をデュカディアに向ける。

 薄く開いて寄せていった唇は、彼に届く前に温かな手によって優しく押し留められた。


「止めてくれよ、ルーリスミシュ。」

「あら? 私は魅力的ではないかしら?」


 口ではそう尋ねたものの、ルーリスミシュは蠱惑的な微笑みの後ろで驚愕した。

 ≪蜜蟲の香(フェロモン)≫に掛かっていながら、デュカディアが理性を保っている。今まで、そんな事が出来た(オス)なんていない。

 勇者様(あのひと)ですら抗いきれずに堕ちたのだ。

 動揺を隠すルーリスミシュの頬をデュカディアの大きな手が、そっと撫でた。


「あんたは可愛いさ。すげぇ魅力的だと思う。

 でもよ・・・あんた、泣いてるだろ? オレの向こう側に別の誰かを見て泣いてる女の子を、オレはどうこうしたくはねぇんだよ。」

「・・・。」


 押し黙るルーリスミシュに、デュカディアの慈しむような視線が注がれる。


「無理、しなくても良いと思うぜ?

 さっきも言ったけどよ、あんた可愛いんだから・・・その、自分で自分を傷つけながら泣くようなコト、しねぇでくれた方がオレは嬉しい。」

「・・・勇者様(あのひと)の事なら平気よ? 気にしないで。」

「違ぇだろ? あんたが見てるのは。

 昔、村でみた勇者様と同じ様な目をしてるしよ。オレで気が晴れるなら、それでも良いかとも思ったんだけどさ。・・・あんた、ずっと泣きっぱなしだった。口づけしようとした時、子供みてぇに泣いてた。

 それで多分、オレじゃダメなんだろうって思ったんだ。」


 母以外に知る者のいない事を見透かされたようで、ルーリスミシュの心が(ざわ)いた。

 何なのかしら、この(オス)

 何も知らない癖に、と反発する心がある一方で。初めて心の中を暴かれた事に、言い表せない感情が胸の中で暴れていた。

 理解できない自分に、ルーリスミシュは次第に苛立ってきた。

 忌々しい事に、彼の手も目も、そして彼の上でふにょふにょと遊ぶ自分の武器(むね)の感触ですら心地よく感じてしまう。


 ルーリスミシュは、ふいっと視線を逸らすと立ち上がる。


「・・・興がそがれたわ。」


 服を払い、砂を落してから、くるりとデュカディアに背を向けた。

 そのまま足早にその場から立ち去ろうとしたルーリスミシュの背中に、デュカディアが最初より落ち着いた穏やかな声を掛けて来た。


「おぅ、お休み。・・・それと、ありがとな。あんたは優しい女の子だと思うぜ、ルーリスミシュ。」

「そう。」


 素っ気ない返事をしながらも、ルーリスミシュは自分の頬が紅潮していくのを自覚していた。

 本当に、ムカつく(ヒト)だわ。

 帰りの足音は、乱暴に砂を蹴散らしたせいで打ち寄せる波音にも負けない程大きかった。




 ◇◇◇




 お風呂から戻って来たチパチャパは、部屋にルーリスミシュがいない事に気が付いた。

 なんか妙な胸騒ぎがする。

 何とは言わないが、非常にマズい気がした。


(いやいや、いくらルーリだって着いて早々そんなコトしないよね? うん。)


 自分を誤魔化してみたものの、ちっとも安心できる要素がない。

 きっと居間でお茶を(たしな)んでいるだけだと信じて覗いてみれば、案の定クパが一人でのんびりしている。

 今、クパに話しかけるのは、もの凄く気まずかった。

 しかし緊急事態だ。

 彼女がルーリスミシュの行方を知っている可能性はとても高い、と気合いをいれてチパチャパは声を掛けた。


「ね、ねぇ、クパ? ルーリ知らない?」

「あ、チパ姉さん。お風呂あがったんだ、元気になった?」

「ぇ・・・ええ。それで、ルーリとデュカは?」

「んー? ルーリスミシュさん? えっと、さっきお外に出かけたよー? お散歩してくるって言ってたかな?

 デュカはちょっと出かけてくるって、チパ姉さんお風呂に入れた後すぐに行っちゃった。

 僕にも何処行くか教えてくれなかったんだよねー・・・海には出ないって約束はしたんだけど。あっ、もしかしたらマシュ小父さん達のトコかも?」


 呑気なクパのお返事に、チパチャパはタラリと冷や汗を流した。

 駄肉(アレ)がお散歩なんてする訳ないのだ。

 最早胸騒ぎどころではなくなった。あの馬鹿は、確実に狩りに出かけている。


(ルーリぃっ!! ほんっとヤメて! ・・・デュカにだけはちょっかい出さないでよ、もーっ!)


 クパへの感謝もそこそこに、チパチャパはルーリスミシュをとっ捕まえに外へと駆け出していった。

 念の為と実家にもよってみたけれど、妙な灯りもついていないなら違うと判断する。

 奴の好みそうな高床の下の暗がりとか、柱の陰とか、村の(そば)の林の浅い所なんかを探し回って、最後に浜辺へと足を向けた。


 そこで、見てしまった。

 幻想的な星灯りの下で、ルーリスミシュがデュカに寄り添うように座り、良い雰囲気をさせながら話しているのを。


(・・・ぁ。)


 チパチャパはその光景を見て、小さく息を呑む。

 急いで二人の間に割って入ろうとした足は、勝手に止まってしまった。それどころか逆に、二人から逃げるみたいに近くにあった舟屋の影へと隠れる。

 そこから二人の様子を(うかが)い見る。

 チパチャパには、デュカが嫌がっているようには見えなかった。


 胸の内にもやもやとしたものが湧き起こって来るのがわかる。

 止めたいと思う気持ちと、邪魔をしてはダメだという気持ちの間で揺れ動く内に、デュカが砂浜に寝転び、ルーリスミシュがその上に乗るのが見えた。

 デュカは、抵抗しないで彼女の好きにさせている。

 ズキリ、と胸の奥が痛んだ。


(お願い、ルーリ・・・止めて。デュカは、その人は大切な人なの・・・だから。)


 想いを現した手が、きゅっと舟屋の柱を掴む。

 目を背けたいのに、チパチャパの意思に反して瞳は、(むつ)み合う二人の姿を映し続けていた。瞼を閉じることも出来ずにいると、ルーリスミシュがデュカと一つに重なった。

 溶け合うみたいに、彼女の頭がゆっくりと降りていく。

 そこまでが、限界だった。


(やっ・・・やっ、やーっ!)


 やっと、チパチャパの意思を瞼が受け入れてくれた。

 固く目を閉じ、耳を(ふさ)ぎ、声を殺してチパチャパは泣いていた。

 デュカが望んでいるなら、それを邪魔する権利なんてないのだ。昔、彼が望んでくれた時に与えなかった自分には、そんなコトする資格だってない。

 わかってる。

 でも、胸が苦しくてたまらなかった。

 勇者様が他の聖女とシているを見ても、こんな気持ちにはならなかった。

 けれど、ルーリスミシュがデュカの相手だと思うと、胸が張り裂けそうだった。

 その女は、自分と同じで汚れているのに・・・。


(やっぱり嘘だよ、デュカぁ・・・こんなに苦しいもん。悲しいもん。デュカが苦しんだ事ないなんて、絶対嘘だよ・・・信じられる訳ないよぉ。)


 手で耳を塞いでいるのに、ルーリスミシュの嬌声が聞こえてくるような気がして、チパチャパは唇を噛みしめた。

 5年前のあの時、デュカはこんな気持ちを味わったのだ。

 大事に想っている人を他人に獲られるのがどれ程苦しいか、そこに自分がいない事がどれ程悲しいか。

 なのに、彼は村に帰った自分を優しく迎えてくれた。

 自分にはそんなコト、出来そうにもない。

 しくしくと、チパチャパは舟屋の暗がりの中で涙を流し続けた。




 どれくらいの時が経ったのか。

 地面の砂が泥に変わりそうなくらい泣いていたチパチャパに、すっと影が差した。


「貴女、こんな所で何をしてるのかしら?」


 デュカと肌を重ねていたはずのルーリスミシュが、星灯りを(さえぎ)って見下ろしていた。彼女を見た瞬間に、チパチャパは胸の中に渦巻く感情を爆発させるように叫ぼうとして、ルーリスミシュに素早く口を押えられた。

 もごもごと(うめ)くチパチャパに、ルーリスミシュの冷たい視線が送られた。


「騒がないで頂戴、彼にバレるわ。それに、今は貴女の妄想に付き合ってあげられる気分ではないの。」


「妄想なんかじゃない!」という言葉は不発に終わったけれども、チパチャパは意思を込めてルーリスミシュを睨み・・・そして驚いた。

 珍しく、本当に珍しい事に、彼女が苛立ちを強く顔に出していた。

 チパチャパの視線を気にも留めずに、ルーリスミシュは問いかけてきた。


「わかったかしら? チパチャパ。」


 殺気すら漂ってきそうな台詞(セリフ)に、身を震わせたチパチャパは素直に頷く。

 手を離したルーリスミシュは、チパチャパが立ち上がるのも待たずに手を引っ張ってサクサクと歩き出した。転びそうになりながらも、チパチャパは引かれるままに大人しく彼女について行く。


 ただ、やっぱり心は抑えきれなくて。

 チパチャパは小声で先を行くルーリスミシュに文句をつけた。


「ちょっと、ルーリ?」

「何かしら?」

「デュカには手を出さないでって、言ったじゃない。」

「・・・失敗したわ。腹立たしい事だけど、だから手は出せていないのよ。」

「嘘っ、だってさっき・・・。」

「どうせ最後まで見ていなかったのでしょう? 見ていたら、そんな事を口にする訳ないもの・・・彼がどれだけ素敵な男性(ヒト)かもわかっていないのでしょ? 貴方。」

「何言っ・・・。」

「後のお話は、お部屋で聞いて差し上げるわ。・・・だから、今は少し黙っててくださらない?」


 チパチャパの投げかけた言葉を(ことごと)く、ルーリスミシュは鋭い口調で潰してきた。

 そうしている間も彼女は、一度だってチパチャパを見ようとしない。そして、普段の彼女ではあり得ない程の速さで歩いていた。

 いつも纏っている余裕というモノが、欠片も見当たらない。

 こんなルーリスミシュを見るのは、初めてだった。


 握られた手が少し痛い。

 若干の恐怖すら感じて、チパチャパはルーリスミシュの横顔を眺める。

 何故だろう。

 すごく不機嫌そうなその横顔が、チパチャパには苛立っているというよりも、喜んでいるように思えてならなかった。



 舟屋というのは、ちょっと一般的な認識と違います。

 や、てきとーな言葉が思い浮かばなくて。


 屋根だけついた船を分解整備してオーバーホールするような所だとでも思ってくださいませ。

 普段はあんまり本来の用途で使われていません。代わりに、漁具が保管されてたり、備品やらが置かれています。ほら、遊園地の南国ゾーンとかである、柱と屋根だけで真ん中に船が釣り下がってる、あんな感じのやつです。


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