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超肉食聖女様と海の国 その弐

 最後の一線を超えられてしまう。

 そう感じたチパチャパの体が、滅茶苦茶に暴れ出した。

 頭でグフギュラの体を押し返し、掴まれた左手を無理矢理引き抜く。押さえ込まれた脚でさえも、背中から力を込めて押し上げた。


 グフギュラに向けられた薄汚れた欲望への恐怖が、チパチャパの中から消え去った訳ではない。

 今も心はガチガチと震えている。

 でも。

 デュカ以外に体を許すなんて嫌だ、と泣き叫んでいた。

 確かに昔、自分で(けが)してしまった。その後に彼に与えた苦痛を思えば、(チパチャパ)なんて望んで貰えないかもしれない。そもそも、この体にそんな価値はまだあるのか。

 ネガティブな想いだって溢れている。


 けれど、嫌なのだ。


 ちゃんと自分を取り戻したあの日から、この体に触れて欲しいのは。

 触れて良いと決めたのは。

 大好きなあの人(デュカディア)だけなのだから。


 チパチャパはあらん限りの力を振り絞って()えた。


「っやぁあああああっっ!!」


 自由になった左手でグフギュラを殴り、押し返し、体の間にねじ込んだ足で強引に蹴り飛ばす。

 (グフギュラ)の体が大きく跳ね飛ばされて、チパチャパから離れた。

 足が片方下敷きになってしまったけれど、すぐに引き抜いて息を整える間も()しんで、ベッドから転がり落ちる様に逃げ出した。

 脚がもつれて転んでも、チパチャパは四つん這いのまま遠ざかる事を優先する。


「はっ、はっ、はっ、はっ。」


 必死に逃げて、気が付けば寝室の外にいた。

 破けた衣服を胸に抱いて、グフギュラのいる寝室に警戒した視線を向ける。あの男は呻き声一つあげずにベッドの上に転がったまま、まだ動いていない。

 このまま両親の部屋に逃げ込もう。

 そう思ったものの、脚が震えてまだ上手く立てそうになかった。


(あいつが起きる前に、なんとか立って逃げなきゃっ。)


 バクバクと心臓が暴れている。

 これは一先(ひとま)ず呼吸を落ち着けないと、ダメかもしれない。

 寝室を警戒しながら呼吸を取り戻そうとしたチパチャパの耳に、パチパチと小さな拍手の音が聞えて来た。


(っ?! まだあいつの仲間がいたのっ?!)


 慌てて音の方へと顔を向けたチパチャパは、そこに居た見知った女性の姿に驚きの声をあげた。


「ルーリっ?!」

「はい、こんばんわ、チパチャパ。・・・随分と素敵な恰好ね?」


 薄い夜着(ネグリジェ)一枚のルーリスミシュが柔らかく微笑んでいる。

 昼間の略装はアレでも彼女の視覚的暴力を抑えてくれていたらしい。普段よりも冒涜的な(ソレ)がたゆんたゆんしてたりするが、チパチャパは今、そんな駄肉(モノ)に構っている余裕なんてなかった。


「なんであんたが、私の部屋(ココ)にいるのよっ。」

「あら・・・言わないとダメなのかしら? 考えなくてもわかる事じゃなくって?」


 そう告げるルーリスミシュの唇が、弧を描いていく様にチパチャパには見えた。

 彼女の顔(ソレ)が、グフギュラと名乗った男の(かお)と重なる。

 嫌な考えが、頭を(よぎ)った。


「ルーリっ?! あんたまさか・・・。」

「っん?」


 楽しそうに答えを待つルーリスミシュが首を可愛く(かし)げる。

 どことなく、何かを期待しているような雰囲気を彼女は漂わせていた。待ち遠しそうというか、わくわくしているというか。ある種、いつもの彼女からは程遠い、不気味な雰囲気だ。

 その仕草や気配に、チパチャパの疑惑はどんどんと膨らんでいく。


 チパチャパ達が使っている部屋は、身の回りの世話をするメイド達を除けば、貴賓(きひん)か王族しか立ち入れない区画にあった。

 当然、警備は厳重であり。猫の子一匹入り込ませないといった感じで警備がされている。

 部屋の前に護衛こそ居ないものの、この一角に出入りする場所や周囲には、例え夜中であろうとも、警備の戦士がそこかしこ立ち、辺りを警戒していた。

 本来ならばあの男のような不審者など、どうあっても立ち入る事なんて出来ないのだ。


 ――誰かの手引きでもない限り。


 それも、メイドや警備の戦士達程度の位の低い者達ではダメだ。

 王族か、それこそ目の前にいる彼女(ルーリスミシュ)の様に、国に賓客(ひんきゃく)として扱われるような立場でないと、そんな無理は押し通せない。

 彼女が夜会(パーティ)の途中でフラリと居なくなったのはまさかその為?


 チパチャパの背中がまた、ゾワリと逆立った。


 森の聖女(ルーリスミシュ)は加護を授けた女神の特性上、直接的な攻撃魔法や防御魔法はそう大したモノは使えない。・・・けれど。束縛(バインド)系や状態異常を引き起こす魔法に関してだけは、多種多様な上に、非常に強力なモノが多いのだ。

 大規模魔法や対大型魔獣用の魔法が得意な海の聖女(チパチャパ)との相性は、最悪に近い。

 少なくとも、1対1で勝てる相手ではなかった。


(どうする?! どうしようっ! ・・・部屋の中で≪大津波(ダイダルウェイブ)≫使って押し流しちゃうっ?! 後で怒られるかもしれないけど、部屋から逃げないとっ。ああもーっ、発動までの時間稼がなきゃっ!

 話でルーリの気を逸らす?! あぁっ、女神(ヌパヌゥイ)様っどうかお願いしますっ。)


 ぎゅっと衣服を握りしめ、≪大津波(ダイダルウェイブ)≫を使う為の祈りを捧げながらチパチャパはルーリスミシュに話しかけた。


「・・・あんたが、あの男を(けしか)けたの?」

「何を言っているのかしらね、貴女は?」


 ゴクリ、と喉を鳴らすチパチャパを、ルーリスミシュが未知の生物(いきもの)を見る目付きで見返してくる。

 チパチャパには、それが直接手を下す事のない黒幕が事実を誤魔化しているようにしか見えなかった。

 目で彼女(ルーリスミシュ)をけん制している間に。

 祈りに応えた魔力が、チパチャパの周りに集まって来たのを感じる。≪大津波(ダイダルウェイブ)≫はもう、いつでも発動が可能だ。


(王様、ごめんなさい。でも、貞操の危機なんですっ。)


 心の中で謝りつつもチパチャパは鋭い視線のまま、ルーリスミシュにもう一度質問を投げかけた。


「答えてっ! あんたが、あいつに私を襲わせたのかって聞いてるのよっ!」

「そんな事する訳ないでしょう?」

「だったら! なんであんな男が、私の部屋に入って来れるのよっ!」


 彼女なら、ソレを遊び感覚でやりかねない。

 答え次第では即、≪大津波(ダイダルウェイブ)≫を放つ。チパチャパはルーリスミシュに視線で最後通告を叩き込んだ。


「はぁ・・・。」


 ルーリスミシュがため息を()いた。

 何となく、当てが外れてがっかりしている感じがする。彼女はチラリと寝室を一瞥(いちべつ)してから、ゆっくりとチパチャパに近づいて来た。


「入って来る事くらいは出来るんじゃないかしら、あの男も。だって彼、この国の第4王子様なんでしょう?

 ・・・ああ、その魔法は納めて頂戴。

 何の魔法か知らないけれど、貴女の魔法って大雑把なのばかりなのだから。この辺り全部が壊れてしまうわ。」


 第4王子? あの下種(おとこ)が?

 チパチャパは信じられないという顔をした。

 だって、王子様があんな・・・恐ろしい欲望を叩きつけてくるなんて。普通、思いもしないだろう。

 あの男(ヤツ)の瞳を思い出すだけで、チパチャパの体はブルリと震える。

 ルーリスミシュが震えるチパチャパに優しい目を向けながら、そっと腫れた頬に手を当てた。


「あら、唇まで切れてしまっているわね・・・≪再生(リジェネート)≫。はい、これで傷痕は残らないと思うわよ。≪大治癒(ハイヒール)≫だと少し怪しいものね。」

「・・・ねぇ、ほんとにアレ王子様なの?」


 温かな魔法の光に包まれて急速に痛みが引いていく中、チパチャパは疑いを隠しきれていない目をしてルーリスミシュに尋ねていた。

 万が一、コレが彼女の演技だったら。

 ルーリスミシュが演技しているような所は今まで見た事がないような気もするが、それでも彼女は元聖女(よめ)仲間だ。

 そうではない、とチパチャパには言い切れなかった。


 ルーリスミシュはそんなチパチャパの考えを見透かしていたのだろう。

 可哀想な()を見る目をしていた。


「最初の夜会(パーティ)で紹介されていたでしょ? まぁ、無理もないかしらね。貴女、ああいうのに慣れていないみたいだし、貴族達も沢山押しかけて来てたもの。」


 それでもチパチャパは、じっとルーリスミシュの目を見つめる。


「・・・貴女、本当に変な所だけ頑固ね?

 私が襲わせるなら、先に貴女を縛り上げてからサセてるわよ。どうして逃げ道を残すと思うのかしら?」


 若干怖い物言いだけど、確かにそうだ。

 魔法抵抗(レジスト)があまり意味を成さない物理的束縛(バインド)魔法を彼女は幾つも持っているのだから。

 なるほど、と納得して集めた魔力を霧散させた。


 目を閉じてほっと胸を撫でおろす。ルーリスミシュが敵でないのならば、もうここは安全だと思って良い。

 ペタリ、と握り締めていた手からも力を抜いて床に降ろした。


(良かった・・・ちゃんと守り切れた。デュカぁ、怖かったよぅ・・・。)


 チパチャパは大事なトコロにあの男の体を一ミリも受け入れずに済んだ事に、安堵していた。

 触れさせてだっていないのだ。ちゃんと右手でガードした。

 お蔭で手の甲には気色悪い感触がやや残っているけれど、お風呂に入って綺麗さっぱり忘れよう。ブラシで削り取る勢いで洗えば、きっと忘れられる。


 脚の震えも止まった事だし、早く両親の部屋へ行こう。

 そう考えて立ち上がったチパチャパは、着替えの詰まった旅行鞄が寝室に置いてある事を思い出して、動きを止めた。

 旅行鞄を取っている時に、またあの男が襲ってきたら。

 あの目で、また見られたら。

 嫌だ。怖い。

 体が勝手にカタカタと小刻みに震え始めた。


「そんなに怯えなくても大丈夫だと思うわよ?

 私の≪捕食者の毒(パラライズ)≫が、あの程度の男に破れる訳ないでしょう・・・でもそうね? 私が代わりに鞄を取って来てあげるわ。」

「ルーリぃっ。」


 そう言って、物怖じもせずに寝室に入っていくルーリスミシュの背中を、チパチャパはウルウルとしたお目目で見送った。

 彼女が居てくれて、本当に良かった。

 さっきは疑ってごめんなさい。

 聖都でも、「邪魔!」とかいって悪かったです。ついて来てくれて、本当にありがとう。

 これからは駄肉を無駄に主張してきても、ちょっと我慢します。

 本当になんて良いタイミングで来てくれたんだろう、恩人だわ。と、感謝を言葉を並べたチパチャパは、そこで、はたと気が付いた。


(――ルーリってば、どーして私の部屋に第4王子(あのゲス)が居るってわかったの?)


 ちょっとした疑問だった。

 そんな魔法あったかなぁ、とは思うものの、疑問は疑問として置いといて。

 先ずは戻って来たルーリスミシュにお礼を言う事にする。


「はいどうぞ、チパチャパ。」

「ありがと、ルーリ。その・・・助けてくれて本当にありがとう。さっきは疑ったりして、ごめんなさいっ。」


 旅行鞄を受け取り、チパチャパは深々と頭を下げた。

 あの男が倒れ込んできた時にはすでに、彼女は≪捕食者の毒(パラライズ)≫をあの下種男に掛けてくれていたのだと、冷静になった今ならわかる。

 間一髪で窮地から救い出してくれた彼女(ルーリスミシュ)には、幾らお礼を言っても足りないくらいだ。それに頬の傷だって、綺麗に直してくれた。

 その感謝をありったけ込めて、チパチャパは頭を下げていた。


 チパチャパには見えなかったが。

 ルーリスミシュが、ちょっと面を食らったような顔をしていた。嬉しい様な恥ずかしい様な、そんなレア顔だ。

 でもそれも一瞬の事。すぐに彼女は、にんまりとした笑顔を浮かべる。


「うふふ・・・ねぇ、チパチャパ? 貸し一つよ?」

「う”っ。」


 顔を上げたチパチャパに、縦線が何本か引かれた。

 うふふっ、と(うた)う様にルーリスミシュが笑う。チパチャパの顎に指先を添えて、つぃっと僅かに持ち上げた。


「大丈夫よ、そんなに無茶なお願いはしないから。例えば・・・貴女の大事な彼を頂戴とか、そんな事は言わないから安心して?」


 揶揄(からか)うようなその声に、チパチャパは頬をぷくっと膨らませる。

 人が本気でお礼を言ったというのに、この女は。

「もうっ。」とそっぽを向いて、やや乱暴に彼女の指を外すと、チパチャパは部屋を出ようと足を踏み出して。・・・振り返った。

 疑問はやっぱり解消しておきたかったのだ。


「ルーリ。そーいえば、どーして王子(アレ)が部屋の中に居るってわかったの?」

「え? あぁ、その事ね。

 別に大した事じゃないわよ? お誘いしてくれた方がつまらなくて、お部屋に帰る途中だったのだけど。その時にね、彼が貴方の部屋に入るのが見えたからよ。」


 ピシリ、とチパチャパが石になった。


「・・・見てたの? 不審者が私の部屋に入るトコを。」

「ええ。」

「それ、その場で止めてくれても良かったんじゃない?」

「あら、だって・・・お約束していた逢瀬(おうせ)だったら悪いじゃない? 彼、お顔はそこそこ整ってたから、貴女も心変わりしたのかしらって。」

「する訳ないでしょーーっ!」


「うがーっ!」とチパチャパは()えた。

 感謝の心の半分くらいは、今のでどっかに飛んでいった。駄肉はやっぱり駄肉だ。

 ルーリスミシュが頬に手を当てるいつもの仕草をする。


「そうよねぇ・・・最初はそういうお約束なのかしらって眺めていたのだけど。貴女が起きてからは、ちょっと様子が違って見えたものね。」

「その時点で助けなさいよっ・・・ばかぁっ。」

「だって、もしかしたらって思ってしまったんですもの。

 時々そういうお約束をしたがる男性(ひと)っているのよ? ・・・でも、貴女が本気で嫌がってるのがわかったから、慌てて魔法をかけたの。」

「それには感謝するけどねっ!」


 怒鳴ってから、「はぁ・・・。」とため息を吐いた。

 疲れた。ほんともう、マジで疲れた。

 昼間で疲れ切っていたのに、更にコレである。

 もうなんでも()いから、両親の部屋に行ってお風呂に入ろう。それからぐっすり眠るんだ。次は部屋に≪海の護り(サンクチュアリ)≫でも張ってから寝よう。


 ぐったりした様子のチパチャパが部屋を出ようとすると、ルーリスミシュが声を掛けて来た。


「ああ、そうだわ。チパチャパ、貴女、私のお部屋を使って良いわよ?」

「なんであんたの部屋に行くのよ。私、父ちゃん達が寝てる部屋に行くつもりなんだけど?」


 肩を落としたまま、げんなりとした顔をルーリスミシュに向ける。

 彼女(ルーリスミシュ)は動じることなく、チパチャパの体を上から下まで眺めた後。引きずられている衣服に視線を向けた。


「その姿で行くの? ご両親吃驚(びっくり)されるんじゃないかしら。」


 言われて気が付いた。

 チパチャパは今現在、ほぼ全裸だ。左手でもった服だって色々破かれて大変な事になっている。・・・この格好で両親の元へ行った場合、大騒ぎになる事だけは間違いない。

 止めといた方が良さそうだ。

 今夜はルーリスミシュと一緒に寝よう。貞操の危機は、たぶん無いはずだ。

 そう考えて諦めと共にルーリスミシュを見た時、彼女がひょいっと何かを投げて寄越す。チパチャパはソレを反射的に受け取った。


「・・・ありがと。甘えさせて貰うわね。って、あんたも戻るんじゃないの? コレ部屋の鍵じゃない。」

「あら、だって私はお部屋に戻らないもの。魔導鍵(ソレ)がないと入れないでしょう?」


 艶然と微笑むルーリスミシュに、チパチャパが胡乱(うろん)な目を向けた。


「警護の戦士でも捕まえるつもり? 助けて貰ったから言い(にく)いんだけど、いい加減止めて欲しいわ男漁り(ソレ)。」

「うふふ、そんな事しないわ。」


 穏やかに告げるルーリスミシュだったが。

 彼女の目をみたチパチャパは、怯えた様に数歩後ろに下がった。

 そこにある想いは違うものだとはわかっていても。その強い感情を込めた目は、さっきグフギュラがチパチャパに向けていた目によく似ていたのだ。


「――だって、ここに獲物がいるのよ?

 んふっ・・・手加減しないで遊んで良い男性(おもちゃ)なんて、滅多に手に入らないんですもの。沢山遊んであげないと、勿体(もったい)ないでしょう?」

「あ・・・うん。その、楽しんで?」


 軽く答えて、いそいそとチパチャパは部屋を出た。

 なるべくあの部屋には居たくない。今度は別の意味でも。彼女(ルーリスミシュ)の目を思い出して、ブルブルッと体を震わせた。

 バタン、と扉を閉めると、急ぎ足で部屋から離れて行く。


 森の聖女(ルーリスミシュ)の状態異常魔法は、前にも考えた通り多彩だ。

 でもそれは何も、麻痺や身体能力の低下といった弱体化(デバフ)効果に限った事ではない。相手の状態が正常でなくなる事、つまり。

 ()()()()()()()()()()、体と心の状態を()()させる事の全てが含まれるのだ。

 痛覚や聴覚のような五感の鋭敏化に、意に添わぬ興奮状態の維持や意識の覚醒なんかまで含まれていると言えば、他に何が出来るかなんて()して知るべしだ。

 彼女が何処までするつもりなのかは知りたくもないが、きっと彼はもう日常生活には戻れない。


(・・・まぁ、別にそうなっても良いかな。あの王子(ゲス)なら。)


 同情する気もおきなかったチパチャパは、早くルーリスミシュのお部屋にいってお風呂に入ろうと思った。




 ◇◇◇




 お昼を回っても、チパチャパ達は王都から出発する事が出来ないでいた。


 チパチャパ自身にも、色々あったというのもある。

 例えば、朝。

 部屋にやって来たメイドさんが≪海の護り(サンクチュアリ)≫に触れて、ずぶ濡れになった事を平謝りしたり。ルーリスミシュの≪深き森(サンクチュアリ)≫となったチパチャパの部屋に入ろうとしたメイドさんを引き留めて、近づかないようにお願いしたり。

 他にも。

 王宮に昨晩の顛末を報告して苦情を入れ、海の神殿まで出向いてダメになった聖女の正装の仕立て直しをお願いしたりもしたのだ。


 そんなこんなで、本来なら朝食の後出発するはずだった予定はどんどんとズレていってしまった。

 ただそれでも、お昼くらいには出られる予定ではあったのだけど。

 とある理由で、それも(かな)っていない。


(あーもー・・・ほんと、ルーリってば遅すぎる。)


 剣呑な雰囲気を出し始めた御者さんの視線を感じつつ、チパチャパはチラチラと王宮の方を盗み見た。

 待ち人、未だ来たらず。

 空を見れば、太陽は真上を通り過ぎていた。


「チパチャパ様。」

「あ、うん。ダメだよ、行かない方がいいから。ルーリの≪深き森(サンクチュアリ)≫は洒落(しゃれ)になんないから。

 ・・・助け出すのも苦労するから、ほんと止めてね?」


 ドラゴンを背負った御者さんの一言を、チパチャパは彼女の顔を見ないようにして受け流す。

 朝方、忠告を無視して突撃したメイド長が扉から生えた植物に絡めとられて、あられもない姿を晒したのだ。無駄に強度も高い上に動くので、大変な労力だった。

 チパチャパの≪海の護り(サンクチュアリ)≫もそうだが、余り防御魔法が得意でない聖女が張る結界系の魔法は、攻性防壁系のモノが多い。ほとんど罠と一緒である。


 御者さんの「なら、貴女が呼びに行け。」という無言の圧力を感じるが、それも拒否だ。

 たぶん、部屋の中ではえげつない事が起こっている。

 間違いなく、乙女としては見たくもない類の惨事だ。後、あの王子を視界に入れるのは、精神的に(つら)いものがある。まだあの時の恐怖は残っているのだ。


 御者さんのイライラが物理となって周囲に漂い出す。

 馬が軽く怯えている。

「ごめんね、お馬さん。」と心の中で謝りつつ、癒しを求めて馬車の中に目を向けると、母がお土産で買って来た卓上魔導コンロとかいうもので器用にお茶を淹れていた。

 是非とも、1杯残しておいて欲しいな、とチパチャパは願った。




 御者さんの我慢が限界に達したのか。

 無言で御者台から降りてくる彼女を頑張って押し留めている時になって(ようや)く、ルーリスミシュが王宮から出てくるのが見えた。

 心なしか肌がツヤツヤしている。


「ごめんなさいね、ちょっと遅れてしまったかしら。」

「や、ルーリ。ちょっと処じゃないから・・・うん、早く馬車に乗ろう?」


 肌で御者さんの怒気を感じながら、チパチャパはルーリスミシュの手を引いた。

 可及的速やかに、彼女を馬車に押し込まなくてはならない。

 そう思っていると、(くだん)の御者さんがヌッと顔を割り込ませてきた。仮面を被ったみたいな無表情が怖い。


「ルーリスミシュ様。何かあったのでしたら、ご連絡頂きたいと存じますが。」


「ひぅっ。」と小さな悲鳴をあげるチパチャパを他所に、ルーリスミシュは御者さんにたおやかに微笑んだ。


「あら、ごめんなさい。でも、ちゃんと楽しい理由があるのよ?

 聖女(わたし)としても見過ごせない理由だから、後で貴女にも教えて差し上げるわ。きっと、貴女も気に入ってくれると思うの。」

「わかりました。

 ですが・・・もし納得できない場合は、上に報告させて頂きます。」

「うふふ、ご自由にどうぞ? でもそんな事にはならないと思うわ。」


 一応は納めてくれたのか、御者さんは御者台へと戻っていく。

 ひっそり息を(ひそ)めて見守っていたチパチャパも、急いでルーリスミシュの旅行鞄を荷台に押し込んで、馬車の中へと入った。

 これ以上、あの御者(ひと)を怒らせてはいけない。

 ルーリスミシュが慌てる事なくのんびりと馬車に乗り込むのを、ハラハラしながら見守る。


 パタリ、と扉が閉じられると同時に、カラコロと馬車が走り始めた。

 一安心である。

 (ペニ)から差し出されたお茶に口をつけつつ、チパチャパはルーリスミシュに小声で文句を言った。


「・・・ルーリっ。ちょっと遅すぎるんじゃないの?」


 ルーリスミシュも母からお茶を受け取り、「あら、美味しい。」と呟いた後、小声で答えてくれた。


「うふふ・・・ちょっと興が乗りすぎてしまったのよ。

 海の国の男って意外と体力あるのね? 頑丈だったからつい、壊すのにたっぷと時間をとってしまったわ。お蔭で、少し眠いのよね・・・。」

「壊すって、あんた何したのよ。」

「内緒。

 でも良いでしょう? だって貴女に、あんな怖い思いさせたんですもの。許しておける筈もないじゃない?」

「っ! ルーリぃ・・・。」


 ルーリスミシュの言葉に、チパチャパはジーンと感動した。

 フルフルと睫毛(まつげ)を震わせて、子犬のような目で彼女(ルーリスミシュ)を見つめる。ちょっと可愛い。なんとなく気恥ずかしくなったリーリスミシュは、その視線から目を()らした。


 ルーリスミシュは別に、チパチャパが襲われたから怒っている訳ではなかった。

 聖女を襲ったという事に、怒りを向けていたのだ。

 魔王を倒す前でも後でも、あの手の(やから)は何処にでもいた。ルーリスミシュは聖女(なかま)達を道具として扱おうとする者達が大嫌いだった。

 本人がソレを望んでいたり、納得しているならばそれで良い。

 けれど、無理矢理手籠(てご)めにして従わせようという行為には、我慢出来なかった。

 彼女の土地の流儀に従えば、それは万死に値する。


 それに、勇者様(あのひと)の通達を軽くとらえて、第4王子(あのバカ)の手綱をしっかり握らなかった海の国(このくに)の王もこれで反省するだろう。

 最近何かと各国の王達が自分達を甘く見ている節があった事も、気に食わなかった。(あが)めろとは言わないが、せめて適切な距離と態度を取って欲しい。

 魔王を倒すために聖女(なかま)達は、人生で一番華やかな時を犠牲にしたのだ。もう少し敬意を払っても良いのではないか、とルーリスミシュは思う。


 ・・・まぁ、多少は。

 この不思議生物(チパチャパ)を気に入っている事も確かだけれど。


 チラリと子犬(チパチャパ)一瞥(いちべつ)してから、ルーリスミシュは窓の外を流れる景色に目をむける。キラキラと輝く、海の国の者(チパチャパ)達が母なる海(オヴァクァイ)と呼ぶ青く美しい海原をゆったりと眺めた。


 丁度良いので(禁止語)、作中にでた魔法の解説でもしましょう。

 ≪治癒≫

  ちょっとした怪我とかが治る。

 ≪大治癒≫

  そこそこの怪我でも治る。ただ、≪治癒≫もそうだけど、大きすぎたり深すぎたりする傷だったりすると痕が残っちゃう事も。切り離された部分も同様。

 ≪再生≫

  大体の傷が治る。手足だって生えてくる。傷痕は残りにくい。

  チパチャパは使えません。


 ≪清水よ、在れ≫≪聖水≫

  椀やコップにお水を湧かせる。一応神聖属性もちのお水。


 ≪捕食者の毒≫

  タプタァルの固有魔法の一つ。獲物を麻痺させる。素晴らしいのは生命活動に影響しないというあたり。意識もはっきりしてるよ、喋れないけど。解除すら、術者の気分しだいという恐ろしさ。

  固体用なので広範囲に撒けないのが欠点。

 ≪大津波≫

  津波を呼び出して押し流す、戦術級の魔法。

  お部屋の中で使ったら大惨事間違いなし。棟ひとつ吹っ飛ぶんじゃなかろーか。

  一応ヌパヌゥイの固有魔法ではあるけれど、似たようなモノなら儀式魔法にもある。


 ≪海の護り≫

  ヌパヌゥイの結界魔法。リアクティブ式で、侵入者に対して海水を浴びせて押し戻す。

  侵入する意思が強いほどに水流の威力も上がる。

 ≪深き森≫

  タプタァルの結界魔法。領域を決め、侵入してくる者を植物が絡めとる捕縛系の結界。

  植物系の何かが近くにないと使えないのが欠点。


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