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超肉食聖女様と海の国 その壱

 海の聖女様が還俗(げんぞく)される。


 海の国レパンダルの第4王子グフギュラは、王都の一角にある戦士詰め所の奥、千人長用の執務室でその報告を聞き、口角を釣り上げた。

 どうやら運が向いてきたようだ。

 喜び全身で表現している部下を下がらせて、ギシリと椅子を(きし)ませる。

 片肘を突き、手に顎を乗せたグフギュラには、良からぬ企みを考えている表情(かお)が浮かんでいた。


「ふはっ! なんと素晴らしい報告か。これも私の日頃の誠実な行いが、報われたのかもしれないな?」


 立場こそ一応王子としての肩書があるものの、妃ですらないメイドの子として、グフギュラはこれまで冷遇されてきた。

 成人した王子に与えられる職も、千人長という余り(かんば)しくない役職でしかない。

 ある程度の戦士達を束ね、指示された作戦を遂行するだけの職で、そこには作戦の立案権も修正権もない。飼い殺しの為にあるような職だった。

 これ以上昇る芽もなさそうだ、と諦観していた所にこの福音である。


(聖女を嫁に迎えれば、道が開けるか? まぁ、開かずとも兄達が泣いて悔しがりそうではあるな。・・・それだけでも、価値がある。)


 トントン、と肘掛けを指で叩いて思案する。

 それに。

 と、指を止めてグフギュラは思う。

 聖女(アレ)は一度逃がした獲物なのだ。今度も逃がすなど、馬鹿の(おこな)いでしかない。


(まったく、5年前はあの勇者(おとこ)に上手い事シテやられたからな。)


 当時の事を考えると、グフギュラの心は苛立ちと悔しさでいきり立つ。

 聖人のような綺麗な顔をしていた癖に、あの勇者(おとこ)は酔ったフリまでして聖女を寝所に連れ込み、その純潔を喰い散らかすという離れ技をやってのけた。

 海の国(レパンダル)の男なら戦士として恥ずかしすぎて、やろうとは決して思わないだろう。

 流石、何人もの美姫(びき)を侍らせるだけの事はある、と呆れたものだ。


(大体、あの娘を最初に手折るのは、私の役目だったというに。普通は王族に遠慮して、手を出さないモノだぞ。)


 聖女のしなやかな肢体を思い起こして、グフギュラの血が(ざわ)めいた。

 あの娘は初めてあった7年前から、グフギュラが狙っていたのだ。海の聖女の正装だとか言い訳をして、何度も(グフギュラ)の目の前で布を(ひるがえ)し誘惑してきたあの体。

 (おさな)さが残る点も、初々(ういうい)しくて良い。

 是非とも最初に(むさぼ)りたかったものを。

 あの鈴を転がすような声で、どんな風に()いたのか。懇願したのか。諦観したのか。それともまさか、悦楽に身を墜とし喜びに(むせ)()いたのか。


 想像するだけでも、グフギュラの体が(たぎ)ってくる。


「ぐひっ。」


 口の中で篭ったような声で(わら)う。

 全身から力を抜き、椅子にもたれて休息をとるグフギュラは、視線を窓の外へと移した。

 その先には、母なる海(オヴァクァイ)が広がっている。

 穏やかに波打つ豊穣の海は、まるで眠っている聖女のようだ。

 聖女(アレ)がもうすぐ手に入る。

 夢想するだけでなく、現実のものとして。この腕の中で()かせてやろう。

 あの勇者(おとこ)の払い下げというのが、少々気に食わないが。

 そこは王族として我慢してやることにしよう。


 ニヤリ、と唇の端を持ち上げ、空を見上げる。

 勇者という単語で思い出した事がもう一つあったのだ。


(・・・ああ、そういえばあの勇者(おとこ)も、なかなか良い趣味をしてのだったな。翌朝のあの趣向、あれだけは評価せん事もない。)


 前夜の行為を物語る様に歩く聖女を抱き支え、衆人環視の中でソレを誇示して練り歩く。恥ずかしそうに頬を染める聖女を(かえり)みる事もなく、だ。

 あの余興だけは、心に響くモノがあった。

 顎を手で撫でながら、グフギュラは名案を思いついた。


(折角だ、私も同じ事を聖女にしてやろうか? 綺麗に上書きしてやれば、昔の男の事も忘れやすくなるだろう・・・ふむ? 実に都合が良さそうではないか。)


 考えれば考える程に名案だと思えてくる。

 ついでに、民達が今度はグフギュラと聖女の仲睦まじさを国中で喧伝し、祝福する事になるに違いない。

 それはかなり魅力的な光景だった。

 それに。この事を足掛かりとして兄達を蹴落とせば、諦めていた玉座にすら手が届くやもしれない。


「くっくっく・・・、ああ、待ち遠しいな? 我が花嫁よ。」


 遠く聖都の方角へと意識を飛ばし、グフギュラは低く喉を鳴らした。




 ◇◇◇




 疲れた。

 部屋に入り、ヨロヨロとベッドまで歩いたチパチャパは、ポフリとそのまま倒れ込んだ。

 メイクを落として、シャワーも浴びないと。

 とか思いながらも、起き上がる気力すら湧いてこない。身じろぎする事ですら、かったるかった。

「ぁーぅー・・・。」という(うめ)きがシーツに吸われて溶けていく。

 それもこれも、王都(ココ)に着いてから忙しすぎたのが原因だ。


(あの時、やっぱり断れば良かったよー・・・。)


 力なく突っ伏したまま、チパチャパは数日前の悪夢の始まりを思い出していた。




 全ては御者さんの一言から始まった。

 丁度、王都と村へ向かう道の分岐点あたりで野営していた時に、その悪魔の一言は何気ない感じで伝えられた。


「明後日は王都に寄りますので、お二人共準備をお願いします。」


 (ペニ)に教わりながら作り上げたシチューの出来栄えに喜んでいたチパチャパは、彼女の台詞(セリフ)にまず耳を疑った。

 なんで村に帰るだけなのに、遠回りしてまで王都に寄らなければならないのか。

 面倒くさい。

 何よりデュカに早く会いたい。

 チパチャパの猛抗議を御者さんは、冷たく受け流した。


「王へのご挨拶と、海の神殿での儀式の為だそうです。神殿側から強く要望されたと聞き及んでおりますが。」

「えー・・・知らないよ? どっちも前はやらなかったじゃない。」

殿上(てんじょう)の方々の思惑は、私にはわかりかねますので。」


 シレっとした顔で御者さんは食事をしだす。

 一週間前は一口食べて、すぐに保存食を(かじ)りだしていたのだが。今回は合格点を頂けたらしい。お代わりまでしてくださっている。

 若干の喜びと達成感を感じつつも、チパチャパの食欲は減退しまくっていた。

 取り分けたシチューをスプーンで突いていると、ルーリスミシュが大きな胸をぽよんと頭の上に乗せてくる。


「重いんだけどっ?!」

「貴女、頭にも栄養が行っていないのかしら? 何処に消えてるのかしらね、不思議だわ。」

「・・・喧嘩売るなら後にしてくんない?」

「あのね、とっても簡単な事よ?

 貴方の国の王様は、聖女が国に戻った事を貴族達にも伝えたいのよ。別に私達がどこに居ようと特別な事なんて起きないのだけれど、彼らから見たら女神様の寵愛(ちょうあい)の証なのでしょうね?

 今の王様について来れば良い事があるわよって、言いたいの。」


 一言(しゃべ)る度に、胸をぽよんぽよんさせる意味はどこにあるのだろうか。

 いい加減、重さと衝撃で首が痛い。

 チパチャパは頭をずらして、ルーリスミシュを睨みつけた。

 胸がずり落ちたルーリスミシュが、「あら。」と驚いた顔をする。


「王様の体裁の為じゃんそれ・・・巻き込まれたくないんだけど。」

「体裁は大事よ? それに貴女、その王様のお顔に一度泥を塗っているんじゃなかったかしら?

 行かなくても良いけれど、貴女の村、大変な事になるんじゃないかしらね。」


 うぐっ、と言葉に詰まる。

 いや、あの噂とか観光名所とかは私が頼んだ訳じゃないんだけど。というか、アレに関しては私、被害者なんじゃなかろーか?

 なんでそんな事の責任を・・・でも、村に、デュカに迷惑が掛かるのは嫌。

 シチューを突く手が速度を上げた。


「あらあら、シチューが大変な事になってるわよ?

 まぁ、仕方がないんじゃないかしら? 経緯は少し同情するモノもあるけれど、諦めて数日滞在することね。」

「・・・なにそれ、一日じゃ終わらないって事?」

「当然でしょう?

 夜会(パーティ)だって開かれるでしょうし、それに・・・神殿の儀式ってきっと一日じゃ済まないと思うわ。」

「ご明察です、森の聖女(ルーリスミシュ)様。まずは二日目の夜に、夜会(パーティ)の予定がございます。その後は流動的ですが、最後にまたあるかと。

 それと、神殿の方は3日ほどの予定が組まれているそうですよ。」


 御者さんが食後のお茶を飲みながら、ルーリスミシュの言葉を肯定する。

 いつの間にか、食事が終わっていないのはチパチャパだけになってしまっていたようだ。(マシュ)(ペニ)も含めて、(みんな)まったり(くつろ)ぎモードに入っている。

 不貞腐れつつも、チパチャパはシチューを口に運んだ。


「3日も儀式かぁ・・・いやだー・・・。」


 何をするのか知らないけれど、3日なんて冗談じゃない。

 神官達は色々と要求が厳しいのだ。聖都で数時間、彼らに付き合うだけでも疲労困憊(ひろうこんぱい)するくらい大変だったというに。

 儀式(ソレ)が3日。死んでしまう。

 チパチャパは頭の上に重く、雲がかかった気分になった。

 実際に重さまで感じる。ぽよんと跳ねる(ブツ)が糞邪魔でしかたない。


「それも諦めた方が良いわよ?

 貴女、今まであまり国元の神殿と連絡を取っていなかったんじゃないかしら? だからきっと、権威を聖都の神殿から取り戻したいんでしょうね。」


「張り切って、凄く盛大な儀式になりそうね?」と、ルーリスミシュは悪戯っぽく笑う。

 チパチャパはしかめっ面で、シチューを椀から直接口の中へと流し込んだ。ヤサグレモードだ。野営中だからこそ許される蛮行である。

 もうなんか、そうでもしないとやっていられなかった。


「≪清水よ、在れ(ホーリーウォーター)≫。・・・泣きたい。」


 母からの少しばかり厳しい視線を見ないフリして、チパチャパは椀を綺麗に洗う。

 ルーリスミシュがちょっと関心したような声を上げた。


「あら? そうやって使う事もできたのね。≪聖水(ホーリーウォーター)≫の魔法って。」

「・・・出来れば止めて頂きたいのですが。片づけは私がやりますので。」


 神殿の女騎士でもある御者さんは苦い顔だ。

 本来は神殿での儀式や悪霊を(はら)う時に使う魔法なのだ。食器を洗う為のものではない。

 魔王退治の旅では、本隊から離れた時なんか聖女達(みんな)は良くやっていたが。・・・ルーリスミシュや他、何人かは片づけとかしないので除外する。

 御者さん(かのじょ)には教えない方が良いかな、とチパチャパは口を(つぐ)んだ。


「しかし、王都か・・・初めて行くな。なぁ、ペニ?」

「そうねぇ、どんな所なのかしら? あっ、マシュ。村の皆にお土産買っていきましょうよ。」

「ああ、そりゃいいな。色々珍しい(モン)もあるだろうしなぁ。」


 それまで黙っていた父が、突然口を開いた。

 母もどうやら父の話に乗っかるようだ。二人の会話に興味を持ったのか、ルーリスミシュが会話に混ざる。


「あら、お二方とも王都には訪れた事はなかったんですの?」

「森の聖女様。・・・ええ、はい。しがない漁師だったもんで、村から出たのだって片手で足りるんでございますよ。」

「ええ、そうなんです。だから、とても楽しみですわ。」

「そうなの・・・私の土地とはやっぱり風習が違うのかしら?」

「森の聖女様の所はどんななんですかい?」

「私の土地は、子が産まれて(しばら)く育てたら女王(はは)を見にやってくるわ。そうね大体、5、6才くらいの頃かしら? (みんな)、祭りの時に訪ねてくるのよ。」

「ははっ、そりゃいい。祭りの時ってのが、特に良いですなぁ。」

「本当、賑やかそうで素敵ですわね。」


 父が慣れない言葉遣いで愉快なしゃべり方をしている。

 それでも和気藹々(わきあいあい)といったその光景を眺めながら、チパチャパは王都で待ち受ける面倒くさそうな出来事を考えてため息を吐いた。




(まぁ、それも今日で全部終わったけど・・・。)


 顔だけ動かしてチパチャパは旅行鞄に目を向けた。

 つい先ほど、最後の夜会(パーティ)も乗り越えた。明日には村に向かって出発できる。(マシュ)(ペニ)は王都を楽しめただろうか?

 ルーリスミシュは気にするだけ無駄だと思う。

 夜会(パーティ)の時もフラッとどこかに消えていた。多分、誰かをどこかに連れ込んだのだ。


(あんまりつまみ喰いとかしないで欲しいけどなぁ・・・海の国(ココ)の聖女のイメージをあの()で固定されると凄く困るんだけど。

 デュカにもそんな()だとか思われたら、海に沈めるからね? ルーリ。)


 今も何処にいるやらさっぱりわからないルーリスミシュに念を飛ばす。

 なんか届いたとしても、意味がない気がする。残ってた気力がごっそり減った。


(いいや・・・明日起きてからシャワー浴びよう。うん、今日は、疲れた・・・。)


 チパチャパは枕を引き寄せて顔を(うず)める。

 やがて、すやすやと小さな寝息が聞こえて来た。




 ◇◇◇




 真夜中、何かの気配を感じたチパチャパは深い眠りの底からゆっくりと浮上した。

 荒い、変な息遣いが聞こえる。

 肌に生温かいぬめった何かが這い回っている感じもする。


(もぅ・・・なぁに・・・?)


 ぼんやりと(まぶた)を開いたチパチャパの目に、最初に薄暗がりに浮かび上がる天井が飛びこんできた。

 いつの間にか仰向けになっていたらしい。

 さっきからしている不快な感触は、どうも胸のあたりにある。ぼーっとしながらも、チパチャパは静かに視線を下ろしていった。


 何者かがソコに居るのが見えた。

 ずっと肌を這い回っていたのが、ソイツの舌だと気が付いた瞬間。

 ゾワリと鳥肌を立てたチパチャパは、全力でその不審者を膝で打ち上げ、蹴り飛ばした。


「いやっっ!」


 男の体が離れると同時に、はだけた胸を腕で隠す。

 ズリズリとベッドの上を後ずさり、蹴り飛ばした顎を抑える不審者をキッと睨みつけた。

 雲に隠れていた月が顔をだしたのか。

 窓から差し込む月明りが、その不審者を照らし出した。


「いやいや、お目覚めになられたのですか聖女様。・・・しかし、コレはお(イタ)が過ぎますよ? 夫の顔を蹴り飛ばすなど、淑女にあるまじき行為です。」


 そう優し気に言う男の顔の裏には、(ほとばし)る程の怒りが見て取れる。

 誰が夫だ! とその男を睨む目に力を込めるチパチャパ。しかしその一方では、首を傾げていた。


(とゆか、あんた誰?! 私、あんたなんか全然っ知らないんだけどっ?!)


 目の前の男に欠片も見覚えがない。

 そもそも海の国、それも王都に知り合いなんていなかった。王様と数人のお妃様、それと第1王子様の顔を(かろ)うじて覚えている程度だ。

 そのどれでもないこの男の事なんて、さっぱり解らないし、知りたくもない。


「勝手な事言わないでっ! 早く出て行ってくれるかしら?!」


 ニヤニヤと(いや)らしい笑みを浮かべる男から距離をとりつつ、ナイトテーブルの上にある魔導具に手を伸ばす。

 チパチャパは、掴んだその鈴型の魔導具を力一杯振り鳴らした。

 男が余裕を崩す事もなく、楽しそうに告げる。


「ああ、それは模造品(イミテーション)ですよ。どれだけ鳴らそうとも、衛兵がこの部屋に来ることなどありません。」

「んなっ?!」


 何度も魔導具を振っては、本当に音が出ないと慌てるチパチャパに、男がゆっくりと距離を詰めていく。

 狩りで獲物を追い込む様な、ねちっこい動きをされて。

 チパチャパの背中が、トンッとベッドの端、つまり壁にあたった。

「ぐひっ。」と男の喉が鳴る。

 顔を近づけて来て、チパチャパの目を覗き込むようにその男が(わら)った。


「どれだけ声をあげられても構いませんよ? この部屋は魔導具によって完璧に防音させて頂きました。ですから、心置きなく、私に貴女の可愛い()き声を聞かせてくださいね。」

「あぐっ! 痛っ、やめてっ! 痛いのっ!」


 髪を掴まれて、チパチャパの体は乱暴にベッドの真ん中に投げ出された。

 急いで逃げ出そうとするチパチャパの四肢を、男が体重をかけて押さえつける。全体重をかけているのか、手足に潰れるような痛みが走る。

「どきなさいっ!」そう叫ぼうとした。

 けれど、男の浮かべる欲望に満ちた(わら)いを目にした途端、チパチャパは「ひっ。」と息を呑んだ。

 そのギラギラと(たぎ)る欲望に、体が(すく)んで声が出なかった。


 そんなチパチャパを男は満足気に眺めて囁く。


「それに、貴女もこうして聖女の正装をして私を待っていたのだから、満更でもないのでしょう?」

「っふざけた、事・・・言わないでっ。そんな訳、ないでしょっ。」


 何とか絞り出した言葉も、男の(かお)の影を深めるだけだった。


「おや、それはおかしいですね? ちゃんと夜会(パーティ)の時に私は目で合図してやっただろう? 貴女も微笑んでソレに応えた筈だっ!」


 心は「ふざけんな!」と叫んでいた。

 けど体は。

 男の威圧するような大声と、一回りも大きく見える(けだもの)みたいな姿に(おび)えて、ガクガクと震え出していた。

 声なんてとても出せそうにない。息を呑むことすら無理だ。

 押さえつけられた手足も、チパチャパの意思が伝わらないかのように、指一本たりとも動かす事が出来なかった。


「ああ、成程そういう趣向ですか。・・・あの男の時の再現という訳ですね?

 はははっ! これは気が付かずに失礼をしました。しかし、夫である私の名前まで忘れたフリをなさるのはいただけませんね。」


 不意に足の重みが消えた。

 代わりに閉じた太ももの間に、男の膝が押し付けられる感触がする。何をする気なのか察したチパチャパは、死に物狂いで膝を閉じた。

 抵抗が思ったより強かったのだろう。

「ちっ!」と男が舌打ちをして、チパチャパの手を抑えていた両手も使いだす。

 自由になって後ろに下がろうとしたその一瞬の隙を突かれて、男の体が足の間に割り込んできた。

 荒い息を吐き、男はチパチャパを折り曲げる様にベッドへ押し付けてくる。

 ぬちゃぁ、と男の舌が頬を()った。


「覚えておいてください、これから貴女の全てを上書きする男の名を。この先、生涯に渡って貴女が愛すべき私の名は、グフギュラと申します。」


 乱暴に衣服を剥いでくる手が、気持ち悪い。

 這いまわるグフギュラの舌が、(おぞ)ましい。


()だ! ヤダ! やだ! やーっ!! 触れないでっ! 汚いっ! イヤァァッ!!)


 チパチャパは必死に、本当に必死に抵抗していた。

 体を跳ねさせ、暴れさせてグフギュラと名乗る男を遠くに押しやろうとする。

 デュカに会うのに。

 やっと会えるのに。

 こんなトコで、こんな男に、こんな事っ。


 男の手がついに最後の一枚に掛かった。

 チパチャパはなんとか抜き出した右手で、その手を払いのけ、脱がされかけた一枚を守ろうと引っ張り上げる。

 次の瞬間、意識が飛んだ。


「やれやれ、無駄な抵抗をされる。あの男も調教するまで大変だったろうに。だか安心しろ。それも全て、今から私が書き換えてやる。」


 殴られた。と、理解したのは、ジンジンと頬が痛んだからだ。

 茫然としていたチパチャパは顎をグフギュラに掴まれ、無理矢理彼の(かお)を見せされた。

 酷く(よど)んでグツグツと強い欲望を煮込んだ目が、チパチャパを貫き、恐怖で縛り上げていく。

 その瞳が、『お前をこれから喰らう。』そう主張して、弓の様に細く鋭くなっていった。


(ヤダっ、ヤダヤダヤダヤダ! イヤだーーっ!! 止めてっ、嫌っ、()だよぉっ!!)


 今すぐ逃げ出したいのに体が(すく)んで動かない。

 歯の根がガチガチと音をたてて暴れる。

 ヒューヒューと唇の隙間から息が漏れていった。


 ゆっくりとグフギュラの体がチパチャパの上に倒れ込んで、圧し掛かってくる。肌に男の熱まで伝わって来てチパチャパは。

 出せない声の代わりに、心の中で大声で助けを求めた。


(いやぁああっっ!! 助けてっ! 助けてっ、デュカぁぁああああっっ!!)



 海の国レパンダルのお話でも一つ。


 海の国は大陸南部の沿岸部に広がる中程度の大きさの王国です。

 主な産業は、海路をつかった交易と漁業。なので、リバイアサンが居た頃は人的被害はともかく、経済的打撃は洒落にならないものがありました。

 沿岸部で農作物も育てにくくて、勇者様が二度目に戻って来た時は餓死者が出る寸前あたりだったんですよ?

 それでリバイアサンの肉を食うとか暴挙に挑んだ訳ですね。


 最初に訪れてた時ですら、結構ピンチだったりしてました。

 ただやっぱり、人的被害が少ないと連合軍内では発言権が低かったみたいですね。王様頑張ったんですけどダメでした。チパチャパと勇者様の話を大々的に広めた理由もその辺りにあります。


 今は、どこかの漁村の漁師のおかげで発言権が高くなっているので。たぶん、チパチャパは王様にちょっと嫌味を言われた程度で済んでいますよ? 目に見えない権威に頼る必要がなくなったとも言いますが。


 尚、リバイアサンが倒された直後は実入りの大きい交易路の再確保と防衛に全力を出していました。だから漁村には、警戒海域とか魔獣の注意点しか送っていなかったんです。でもそれが功を奏してるんですから、世の中何が起こるかわかりませんね。

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