超肉食聖女様と本当の7年間 その参
気が付けば、チパチャパはどこかの船の上にいた。
静かな波音に誘われて薄く目を開いた彼女は、自分が懐かしい故郷の双胴の漁船の上で寝ている事に気が付いた。
(・・・うん? ここどこ? 船の上?)
むくり、と体を起こして、辺りを見渡せば。
どこまでも続いてる様な穏やかな海が見える。空は満天の星空で、村にいた頃に良くデュカと二人で見上げていた夜空みたいに綺麗だ。
月明りも幻想的なその場所で男が一人、船の舳先で海に向かって三又の槍を雄々しく構えているのが見える。
その背中を見て、チパチャパは嬉しくなった。
間違うはずもない。その背中は、チパチャパの大好きな人の背中なのだから。
(夢かな? 夢だよね、だってデュカがいるもの。・・・でもいいや! だって、デュカが居るんだもん。)
大好きな彼。夢で逢えたなら、それだけで良い。
にへへっ、と顔を崩してチパチャパは立ち上がると、彼の元へと駆け寄った。その大きな背中に飛びついて抱き締めようと手をまわして。
「ふみゃっ?!」
ずしゃしゃっと甲板に転がった。
頭をふりふり、『なんて意地悪な夢なんだ。まったくもーっ。』と、少しだけ憤慨する。デュカの体に手をふにふにと当てようとしても、手はすり抜けて彼に触れる事が出来ない。
ぷくーっと頬を膨らませ、デュカの顔を仰ぎ見て。
にへらっ、とチパチャパの顔がまた崩れた。
静かに海を見つめる彼の真剣な眼差しを見れば、そんな不満なんて全部どっかへと消えてしまうのだ。
(・・・カッコいい、デュカ。好き好き、大好き、ほんっと好き。もーっ、カッコいいんだからぁ。)
チパチャパは、ペタンと女の子座りで甲板にお尻をついて彼を見つめる。
月の光のお蔭で記憶の中の彼よりも影が少し濃い。それがまた、得も言われぬカッコよさを醸しだしている。
頬が熱を帯びてしまう。チパチャパの心がキュンッと鳴く。
(いつも漁では、こんな顔をしてるのかなー? ・・・ぁ、漁。)
ぽわぽわとしていたチパチャパの顔が一瞬で真っ青になった。
父と母が教えてくれた彼の過去が、頭の中で津波のように一辺に押し寄せて来る。
いつも、大怪我をして、死にそうになっていた。
ダァル小父さんが居なければ、とっくに海に還っていたはずだと父は言ってた。
思い出すだけで、ガタガタと体が震え出す。
胸の奥が、ズキズキと激しい痛みを訴えていた。
――ブシュッ!
頬に、彼の血が跳ねた。
見開いた目の中で、デュカの体に次々と酷い怪我が刻まれていく。
「っや・・・ダメっ! 女神様、彼に癒しの慈悲を! ≪大治癒≫!」
夢だという事も忘れ、チパチャパは咄嗟に祈り治癒魔法を彼に飛ばしていた。
当然の事ながら、その魔法は発動すらしない。唖然としながらも、再び祈りを捧げるチパチャパの目の前で、彼の傷口からどんどんと血が溢れ出していく。
「やだっ! やだっダメっ! 止まって! お願いっ、止まってよ! 嫌っ! 嫌いやいやっ! デュカが死んじゃうっ!!」
滴り落ちる血の量は増え続け、デュカの血で甲板にチパチャパの膝も濡らす程の海が出来ている。
肌に伝わるその冷たさに、チパチャパの心もキュッと冷えた。
「女神様っ! 女神様! お願いしますっ! 助けてっ! デュカを助けてくださいっ!」
半狂乱になって治癒魔法を何度も何度も何度も、デュカに掛け直す。
一向に効果を現さない魔法に焦ったチパチャパは、直接傷を体で押さえようと立ち上がろうとした。
その時。
海が、不自然に盛り上がった。
「っゃ、何っ?!」
山の様に盛り上がり続ける海に、翻弄された船が嵐の中に居る様に激しく揺さぶられる。
バランスを崩して甲板に倒れ込んだチパチャパが見たのは、轟音と共に何本もの逆巻く水柱が船を取り囲む様に立ち昇る様子だった。
逃げないと。
何処へなんて考えなかった。
デュカが死ぬのは嫌だと、必死に立ち上がる。盛り上がる海へと駆け出しそうなデュカの体に手を伸ばした。
「ダメッ! ダメだよ、デュカっ!!」
手がすり抜けた事に驚き、目を見開くチパチャパの前を。
――見た事も無いくらい凄惨に嗤う彼の横顔が通り過ぎていった。
そのままデュカは、大きく盛り上がったその海へと身を投げ出す勢いで飛びこんいく。
雄叫びを上げ槍を高々と振り上げた彼の姿を、チパチャパは伸ばした手を彷徨わせながら、ただ見ている事しか出来なかった。
体ごと突き出した槍が水面に触れる。
海がまるで意思をもった様に、彼を包み込んで丸ごと呑み込んでいく。
――クハッ! クハハハハッ!!
チパチャパはその瞬間、確かに彼の嗤い声を聞いた。
それは負の感情を煮詰めた様な、酷く暗い嗤い声だった。
波に呑まれ深く深く、水底へと沈んでいく間もずっと、彼は嗤っていた。
「っいやぁあぁぁああああ!! デュカっ! デュカぁぁっっ!! いやぁあああっ!!」
◇◇◇
「――いやぁあああっ!!」
上に掛けられた毛布を跳ねのける勢いで、チパチャパは跳び起きた。
デュカが沈んだ海は?! どこ?!
早く彼を助けないと、間に合わなくなっちゃう!
忙しく辺りを見回してもどこにも、海も船も見当たらない事にすごく焦る。
目に入るのは、見慣れぬ部屋の景色ばかりで。自分が寝てたのが故郷の敷物の上だと認識出来るまで、混乱したチパチャパの頭では少し時間がかかった。
(あー・・・そーいえば、父ちゃんと母ちゃんの部屋に来てたんだっけ。あーもぅ、心臓止まるかと思った。)
現状を把握して、『アレは夢だったんだ。』と、ほっと胸を撫でおろす。
本当に嫌な夢だった。最悪の悪夢だ。
デュカが海に呑み込まれるなんて、縁起でもない。やめて欲しい。
髪の毛をかき上げながら深い安堵の息を吐いたチパチャパは、夢の中で見たデュカの顔を思い出して、ブルリと震えた。
(あんな顔、見た事もない。あんな怖い顔・・・私、知らないのに。)
チパチャパの前では、デュカはいつだって優しい笑顔だった。拗ねたりちょっと怒ったりもしたけれど、それでも必ずどこかに優しさがあったのだ。
なのに。
どうして、あんな怖い顔を私は夢で見たんだろう。
ゆっくりと手を下ろして、また深い息を吐いたチパチャパの顔に、タオルがポフリと投げつけられた。
「っわふ。」
「朝っぱらからうるせぇよ、馬鹿娘。とっとと顔でも洗ってこい。」
吃驚して顔を上げると、ずり落ちたタオルの隙間から父の姿が見えた。
たぶん父もシャワーとか浴びてきたのだろう。
自分も首からタオルをぶら下げて、怠そうに欠伸なんかをしている。
微妙におっさん臭いなぁとか思いつつも、「ふぁぃ。」と返事をして立ち上がる。父の横を通り過ぎ、ハッと気づいてチパチャパは父に掴みかかった。
「父ちゃん! 話! 続き!」
「だからうるせぇって・・・良いからさっさとシャワーでも浴びて来やがれ、馬鹿娘。ひでぇ面になってんぞ?」
「だって! 全部聞かないと村に帰るの許さないって!」
「飯ん時にでも話してやっから行ってこい。ペニが朝飯作ってっから、それまでには出て来いよ? ほれ、行けって。」
耳元で喚く娘を五月蠅そうに払いのけたマシュが、チパチャパに向かってシッシと手を振ってくる。
『私は犬じゃないんだけど?!』と内心吼えながら、さっさか寝室へ行ってしまった父の背中を睨んだ。暫しそうしていたチパチャパは、マシュが寝室に完全に消えてしまうと三度目のため息を吐き出してから、肩を落として浴室へ向かう事にした。
なにせ、父はアレで無駄に頑固なのだ。
今追いすがっても、追い払われるだけだと解っていた。
自分の事は完全に棚にあげたチパチャパであった。
母に借りた着替えを着てホカホカと湯気を立てながら、チパチャパは浴室を出て来た。
残念な事に、下着は昨日まで着ていたヤツである。
一応母も、替えの下着は用意してくれていたのだ。・・・ただし、彼女の下着を。
当然と言うか、何というか。
上はぶかぶかで意味がなかった。嫌味か、当てつけかとちょっと殺意がわいた。けれどそれも、下を試してみた時にそれも霧散した。
履いてみると、母の下着はストンッとそのまま床に落ちていったからだ。
それを見た時チパチャパは、小さくガッツポーズを取った。
勝利の余韻に浸りつつ部屋に戻って来たチパチャパを、母が手招きして呼んでいる。
「チパちゃん、こっちよ。いらっしゃいな、朝ごはんで来てるわよ?」
「うん、今いくー。」
返事をしたものの、昨日同様にテーブルを使わない両親にチパチャパは少しだけ呆れた顔をみせる。
「ねぇ・・・なんで、テーブルを使わないの?」
「だって、なんだか落ち着かないんですもの。慣れていないからかしらね? 」
「傷つけんのも怖ぇからなぁ・・・この部屋の物は漁師にゃちょっと高すぎんだよ。」
「いや、村にもあったじゃん。あんまり変わらないお値段だと思うよ?」
「見た目の話だよ。如何にも高そうって感じだろうが。・・・いいから、朝飯にしようぜ? 折角のペニの飯が冷めちまう。」
そんなもんかなぁ、と思いながらチパチャパは座布団に腰を下ろした。
今日の朝ごはんは故郷の料理らしい。
何かの肉と豆のシチューにパシェトがある。飲み物も伝統的なシュブキのお茶だ。残念な事にサラダはなかった。オランのジュースも。
母は本当に朝ごはんを作ってたらしい。
後宮の料理人達が泣いてそうだ。
まぁ、思っただけでチパチャパはあんまり気にしてなかったけど。
「頂きまーす。」
パシェトを指で千切り、香辛料たっぷりのシチューへと浸して口へ運ぶ。
甘い脂の味が口の中一杯に広がって実に幸せな気分だ。この辺りでよく飼育されてる豚のお肉のようだ。なかな脂がのっている。少しだけ歯ごたえを残した豆の皮をプツリと破けば、じゅわりと沁み込んでいた旨味が溢れてきた。
美味しい。
ここの所ずっと、パンと卵にベーコンの聖都風の朝ごはんが続いていたので猶更だった。
それにしても、クパもそうだったけれど。母も料理が矢鱈と上手くなっている。なんだ、あの村では美食家でも育てているのだろうか。後で必ず母に教わろう。
パクパクと食いつくチパチャパを、ペニが嬉しそうに眺めていた。
「うふふ、美味しい? チパちゃん?」
「うん。」
言葉少なく、チパチャパはもぐもぐと次を口に放り込む。
お茶を飲んで一息ついて、また手を伸ばした所で。豪快に食べていたマシュが声を掛けて来た。
「馬鹿娘。・・・お前、やっぱり村に戻るつもりなのか? 言っとくが昨日、俺達が話した事は全部事実だからな。」
「・・・うん。帰るよ、帰ってちゃんと許して貰いたいの。それに叶う事なら、やり直したい。」
一瞬逡巡したけれど、チパチャパは答えた。
未だに償う方法は解らない。もしかしたら側に居るだけで、彼に嫌がられるかもしれない。
けど、でも、それでも、デュカに会いたい。嫌われるのは嫌だけど、そうなったとしても、出来るだけ彼の側に居たいと、チパチャパの心が叫んでいるのだ。
「そうか・・・昨日も言ったけどな。本当に茨の道だぞ?」
「わかってる。でも・・・私、デュカの近くに居たいの。居させて欲しいの。」
その事を想うと、涙が溢れてくる。
彼の痛みが心に突き刺さるようで、怖い。けれど、離れたくない。
父はチパチャパを見て、ため息を吐いて「しょうがねぇな。」と小さく呟いた。
「デュカディアが村長になった話は昨日したよな?
他所の村から、見習いとして男達が来てるってのも話した。お前の頭じゃわかるか微妙と思うから言っとくけどよ?
お前の相手は村の連中だけじゃねぇんだよ。今や近隣の英雄になったあいつを慕う、他の奴らの方が遥かに厄介だと思うぜ?」
濡れた瞳のまま、チパチャパはきょとんとした顔を見せる。
頭が悪いのは父親譲りだとか思いながら、要領を得ないので話の続きを大人しく待ってみた。
「見習いに来てんのはな、大抵元の村のベテラン連中だ。当然、娘や息子もつれて家族総出でうちの村まで来てんだよ。嫁や娘達も覚える事が色々あっからな。
そいつら、特に娘達はな。村の連中以上にお前を嫌ってんぞ。」
「デュカ君、大人気なのよ? お嫁さんになりたいって娘が沢山いて。
貴方が村でデュカ君の家にお泊りするって言ったのを邪魔しようとしたのは、その娘達を逆撫でしたくなかったからなの。
クパちゃんもそれで、年寄り達から色々言われてて大変なんだから。」
「デュカディアのあの辺りでの呼び名はな、大船頭って言うんだよ。
村だけじゃねぇぞ? あいつのお蔭で街まで取引量が増えたとかで豊かになったからな・・・商人とか街の有力者だとかまで、嫁を送りこもうと必死になってやがんだ。」
「は・・・?」
チパチャパは口を開けたまま、少しの間阿保面で固まった。
(・・・え? ナニソレ? デュカってばそんなにモテてたの? 未亡人になったパヌを嫁にするとか、そんな程度じゃなかったの? え?)
脳みその処理が追い付いてこない。ただでさえ、デュカやダァル小父さん達、それに村の人達にどうやって謝ろうかと頭を悩ませているというのに。
この上他所の村や町の娘達まで立ち塞がるというのか。
クパが言っていた「せっつかれてる。」って、どうやら村長としての責任の話だけではなかったらしい。
頭がクラリとして、眩暈を起こしそうだった。
デュカが堅牢な城壁に囲まれて、その上に娘達の姿をした兵士が並んでいる様子を幻視したチパチャパはその場で崩れ落ちそうになる。
父と母が、『ああ、やっぱり解ってなかったか。』という顔をしていた。
「娘達だけじゃねぇぞ?
ソレ以外の奴らもこれまた厄介なんだよ。やって来た男連中でも若い奴らはな、デュカディアを心酔してる奴も多いんだぜ。
中には魚が獲れなくて村を捨てる決断をしかけてた連中もいたからなぁ。奴らから見れば、あいつはそいつ等まで救う為に命を投げだして、化け物を獲る用法を見つけて来た様なモンなんだよ。」
「それにね、デュカ君。
他の村が大変って聞かされて、自分の取り分を殆ど全部使って、彼らの村に色々と援助したりしてたのよ?
オレ達はもう十分あるからって。」
「実際、それで救われた村も少なくねぇ。
あいつら、ちょっと怖えぞ。・・・俺が船を診てる時ですら、最初の頃はそりゃもう、えらい突っかかって来たくれぇだしよ。」
男前すぎる。
それが凄くデュカらしくて、チパチャパはへにょりと眉を落とした。
彼は私があんなに酷い事をしてしまった後でも、何一つ変わる事が無かったみたいだ。彼を変えてしまっていなくて本当に、良かった。
安心すると同時に、それが凄く嬉しいのに。・・・なんでだろう心に穴が開く。
(そりゃモテるわよね。うん・・・カッコいいもん。見た目だけじゃなくて、心の中まで温かくてキラキラしたままで。凄くカッコいいんだもん、デュカってば。)
きゅっと握った手でパシェトを潰してしまった。
父が無言でじっとチパチャパを見つめている。視線に気が付いたチパチャパは、父の問いに答えを返した。
「帰るよ、私。帰るの、あの村に。帰りたいの・・・デュカのトコに。」
また涙が溢れて来そうになるけれど、チパチャパは確かにそう言って頷いた。
父と母が顔を見合わせて、諦めたように頷き合った。
マシュが体を後ろへと投げ出して、天井を見ながら長く大きなため息をつく。
「はぁーっ・・・、7年前のあの日からずっとこんな事になるって思ってたんだよ。」
マシュが力を抜いた顔で、優しく笑いかけてきた。
母もそっとチパチャパの側に寄り添って、幼い頃の様に頭を撫でて来た。泣きそうな顔をして柔らかく微笑んでいる。
「やっぱりそうなっちゃうわよね。本当に馬鹿な娘だわ、貴女ってば。」
「全くだ。親の忠告をちゃんと聞かねぇから、こんな無駄な苦労をしょい込む羽目になんだぞ?」
なんか似たような台詞を昨日も聞いたような気がする。
コメカミをヒクつかせながら、チパチャパは二人に尋ねた。
「何よ、7年前から知ってたみたいな言い方してっ。・・・昨日もそうだったけど。」
「ああ、知ってたよ。
別に未来が読めなくても、そのくらいはわからぁな。お前が村に帰ってきた時には、もう確定したようなモンだった。」
「あのね、貴女。昔っから猫被ってたでしょ、他の人の前だと。」
「でもな。お前は、デュカディアの前だけでは猫被りをやらなかった。それでいて、一番楽しそうだったんだ。」
「そうよねー。
おすまし顔のチパちゃんも可愛かったけど、やっぱり本当に色んな顔を見せてくれたデュカ君と一緒に居る時が、一番幸せそうだったもの。」
チパチャパの顔が瞬時に赤面した。
確かに子供の頃から猫は被ってたけれど、今、改めて言われると物凄く恥ずかしい。
思い出してみると、あの頃から演技してた自分をデュカはいつも自然に戻してくれていた気がする。頭の中にデュカの声が聞こえてくる。
『どうしたの、チパ? お腹痛いの?』
『そんな訳ないでしょ、バカっ。もーっ、ほんとにデュカったら。』
『あはは、でも。チパはそっちの方が可愛いとオレは思うよ?』
あの頃から、変な心配ばっかりしてくれてたけど。いつも素顔の私を見てくれていた。
そうだ。村に帰った時の彼は別に特別な事をしていた訳じゃない。ずっと、ずっと昔から彼は、そうして私に接してくれていた。
別の意味で頬が赤く染まっていく。
その記憶を皮切りに、どんどん昔の事を思い出せて、チパチャパは胸に柔らかく手を当てた。幸せな思い出が全身を包み込んでいくようであったかい。
マシュが揶揄う様にそんな娘を見て、ペニに向かって肩を竦めてみせていた。
「・・・のんびりした旅はお預けになりそうだぞ、ペニ。」
「仕方ないわ。チパちゃんの為ですもの。」
「面倒事ばっか山積みだな・・・とりあえず、ダァルに頭さげねぇとな。」
「私も一緒に行くわ。それに他の女達や長老達にも色々お願いしに行かなきゃね。」
両親の会話に驚いたチパチャパが慌てて現実に戻って来た。
なんで二人がダァル小父さん達に、謝ったりお願いしたりする話になってるんだろうか。それは自分の問題なのに。
「っ・・・ちょっとまって! 二人とも何の話をしてるの?」
マシュが眉を片方あげて、怪訝な顔をチパチャパに向けた。
「何って、そりゃお前。
お前が村で、ちっとはマシに動けるように手伝ってやろうって話に決まってんだろう?」
「なんでっ。」
そんな事して貰う訳にはいかない。自分の過ちに、父と母まで巻き込みたい訳じゃない。
首を横に振るチパチャパに、ぺにが優しく微笑みかけてきた。
「だって貴女、村に帰るの諦めたりしてくれないんでしょ? 沢山傷つくのが解ってるのに、放っておける訳ないじゃない。」
「俺達はお前の親だからな。娘だしよ、愛してる。なら、そんなお前を見捨てるなんて真似出来る訳ねぇだろ?
それにアレだ、ほら。・・・お前が望むなら、その海を好きに進めばいい。その先に陸地があるってんなら、それが最高だ。」
「ええ、そうね。貴女は、私達の大事な娘なんだもの。」
マシュの手が伸びてきて、チパチャパの頭を昔みたいに乱暴に撫でまわしてくる。ぶっきらぼうな感じなのに優しい顔をして。
チパチャパは胸が切なくなって、目から涙が勝手に零れた。
「・・・お前は泣き虫のままだな? まぁ、その方が噂に聞いてたお前よりはずっとマシだと思うけどな。」
「もうっ、マシュったらすぐにチパちゃんをそうやって虐めるんだから。
・・・ところで、マシュ? 私に何か謝る事があるんじゃないの?」
「っち! すまなかったな、お前のアレも無駄にはなってねぇよ、むしろ役にたってんだろ。」
「うふふ、良いわ。許してあげる、マシュ。」
離れて行く父の手を目で追いかけながら、チパチャパは上目遣いに二人尋ねた。
「それも何か、私に関係あるの?」
「ん? ああ、村に残してきた山ほどの魔導具の話だ。オレの寝室までぶっ潰して、禄に掃除すら出来くなったくれぇに家に詰め込んでヤツだ。」
「私達が村を出ていく時に、少しでも村の人達にお詫びがしたかったかの。でもほら、直接渡しすぎるとちょっとアレでしょ? だから、要らない物として後で皆に配って貰おうとしてたのよ。
それに、きっとこんな事になるって思ってたから。
その時は貴女が、少しでも村に帰りやすくなるかもって、ちょっと張り切ってたみたの。」
「・・・デュカに渡したくて幾つも買ってたんじゃないの?」
「ふふふ、チパちゃん?
出来るお嫁さんはね、一つの行動に幾つも意味を重ねて置かなきゃダメなのよ? 村の男達は基本的に馬鹿なんだから。一つがダメでも、ちゃんと他の方法でも使える様にしておいてあげないと。」
「男連中が馬鹿ってのには、同意すっけどな。お前、そりゃ自分を持ちあげすぎだ。」
ペニのにこやかな笑顔の横で、マシュが居心地悪そうな顔をしている。
チパチャパの涙腺は今日、栓を失くしてしまったらしい。ぽたぽたと、服に幾つもの染みを作っていた。
「クパちゃんにお願いしておいたから、きっと良い様にしてくれてるわよ?」
「ありゃほんと良く出来た嫁だからなぁ・・・オルの奴はどんな教育してたんだ?
はぁ・・・しかし、村に戻ったら俺もまた漁に出ねぇとなぁ。薬はダァルに頼んで任せちまったし、酒場に入り浸る意味もねぇ。」
「あらあら、頑張ってね? 平漁師さん?」
「まぁ、なんとかなんだろ。
聖都で新しい治療法やらなんやら色々学べたしな。血止めとか解毒やら、知らんうちに魔法もちったぁ使える様になってたしよ。」
「そうね、私も見習いさん程度の魔法なら使える様になったんですもの。やれる事はきっと沢山あるわよ。」
「だなぁ、頑張るか。」
「ええ。」
チパチャパを置いて話し合っていた父と母の会話が一段落したようだ。
泣きながら見ていたチパチャパに、マシュが朝ごはんを食べる様に仕草で促して、自分も残りを食べ始めていた。
ペニにも促されて、チパチャパも手に握りぱなしのパシェトをシチューに浸す。
朝ごはんはすっかり冷めてしまっていたけれど、チパチャパはソレをとても温かいと感じながらもぐもぐと噛みしめていた。
さぁ、やっとファンタジーの重大要素、魔法のお時間です。
勿論この世界にも魔法というものがありますよ? いや、魔導具とかで感づいた方も多いでしょうけど。
魔法には2つの種類があります。
一つ目は、普通の学問的な魔法で体系化された魔法の系統になります。
これはほら、攻撃魔法とか防御魔法とか支援魔法とかまぁそんな感じの奴です。以前ちょっととだけ、貴族向けの学校があるとか書いてましたが、そことかで教えられる技術になりますね。魔法の素養とかはあんまりないですけれど。・・・それなりの才能と頭が必要です。
まぁ、どんな技術でも同じことですよね。
二つ目は、勇者様や聖女達に代表される女神様の力を分けて貰う魔法になります。
神官とかそんな感じで、信仰を糧として使えるようになる魔法で体系化されてない上に、信仰する女神様によって使える力が千差万別になります。とはいっても、治癒や解毒なんかの基礎的な魔法は共通しがちですけど。
こちらは神殿で教わるというか授かるというか。ある時突然使えるようになったりします。
重要なのは信心深さとそれに伴うある程度の知識です。ということで、こちらはあんまり才能とか頭とか必要としません。女神様の采配しだいですね。
よくある精霊魔法とかと思って頂ければ。
ちなみに、聖女達はその二つすら必要とされていませんでした。
純粋に力を受けても大丈夫そうな、それなりの信仰心を持ってた娘達から選ばれただけですから。
男性じゃない理由は、とても単純です。力をなるべく発揮できるように、女神様と同じ性別が選ばれただけです。決して、勇者の嫁にする為とかそういう理由ではありません。
勇者様? 心に乙女を飼っていらっしゃるので。
いやいや、冗談ですよ? まるっきり嘘という訳でもないかもしれませんが。
一番綺麗な魂をしていたから選んだのだと、女神ミシャラミウは仰っております。(キリッ