超肉食聖女様とお里帰り
また思い付きで書いてみました。
お楽しみ頂けたら幸いです。
凡そ80年前。
この世界パカルパコルに魔王と呼ばれる存在が降り立った。
異界より凶悪な魔族や凶暴な魔獣を数多引き連れた彼は、降り立ってすぐに世界の侵略を開始した。
瞬く間に世界は彼らに支配されてゆき、人々は突如として現れた彼らに恐れ慄いた。
魔王の率いる魔族が、人々とは比較にならない強さを誇っていたからだ。
国の垣根を超えて結成した連合軍ですら紙を引き裂くようにやすやすと打ち破られ、接触した国が次々と滅びの叫びをあげる中で、人々の心からは徐々に希望が失われていった。
しかし、12年前に一人の男の子が現れた事で自体は一変する。
世界を創造したと言われる女神ミシャラミウより神託と一振りの剣を授かった彼は、同じく女神より神託を授かった聖女達と共に、そこに押し寄せた魔族を打ち破ってみせたのだ。
初めは誰も彼の事を信じていなかった。
だが、彼が行く先々で魔族を打ち倒し、領土を開放していくにつれ、人々は彼の背中に勇気と希望を取り戻し、いつしか彼の事を勇者と讃える様になっていた。
呼ばれる名が変わっても彼は何一つ変わらない。
誇る事も奢る事もなくただ黙々と各地を転戦し、そこで仲間に加えた新たな聖女達と共に魔族から土地を、人々を救い出し続けた。
そして遂に。
半年前、彼ら勇者達は見事、魔王を打ち滅ぼして見せたのだ。
その知らせを聞いた各国には歓喜の声が溢れ、人々はそこかしこで彼の偉業を讃えた。勇者達の名前は世界中へと轟き渡ったのである。
◇◇◇
そんな聖女の一人、海の聖女チパチャパは7年ぶりとなる里帰りをしている所だ。
遠く聖都から馬車に乗り、カラコロと軽快な音をたてながらのんびり田舎道を故郷の漁村へと進んでいた。
彼女は13才の時に、女神ミシャラミウより神託を授かった。
勇者様が彼女の故郷のある国へと訪れた、その時である。
『海の女神ヌパヌゥイの聖女として、聖剣を持つ彼を助けるのです。』
小さな漁村に育った彼女が、この神託に狂喜乱舞したのは言うまでもない。
前線から遠く、そこまで深刻な被害があった訳でもない村は、寂れていたものの長閑で、変わり映えのしない日常が続いていたからだ。
碌な娯楽もなく、退屈していた少女には絶好のチャンスだったと言える。
チパチャパは村を訪れた勇者様に、一も二も無くついて行く事にした。
その上、その頃既に勇者と讃えられていた彼は、見た目も大変素晴らしかった。
当時チパチャパの周りにいた村の男達は常に半裸で浅黒く、暑苦しい厳つい体付きをした男達ばかりだったというのに。
勇者様は透き通る様な白い肌に、スラリとした体付きをしていたのだ。
サラサラとした金髪だった事もあって、お日様の光を浴びるとキラキラとそれはもう輝いて見える程だ。
その点もあって、彼女はさくっと勇者様の差し出した手を取った。
そんな彼の周囲にはもうすでに他にも何人も聖女達がいて、恋仲であるかの様な雰囲気も出している者達もいたけれど、チパチャパはそこはあまり気にしていなかった。
優れた男が女性を沢山養うのは義務だと思っていたから当たり前だ。実際、彼女の村の村長も3人の嫁を養っていたし。
むしろ、自分もその内の一人になる気満々だった。
世界を救うとか、当時の彼女の中では二の次である。
(そーいえば、デュカったら今頃どうしてるのかな? もしかして、まだ私が帰って来て妻になるのを待ってくれてたりして?)
座席に体を深く沈めてだらしなく寛いでいたチパチャパは、ふと故郷に残してきた幼馴染の事を思い出した。思い出す事それ自体、実に7年ぶりの事だけど。
ぽっちゃり体系の彼とは、金髪というだた一点だけで嫁になる約束までしてあげていた気がする。
所謂、キープというやつだ。 あのまま村に残っていたら、きっと1、2年後には彼の嫁になっていた事だろう。まぁ、今のチパチャパには全く関係ない事だった。
(会ったらあいつ、泣き出しちゃったりして。昔みたいに抱き着かれたらどーしよーかなー?)
チパチャパが勇者様について村を出る時、見送りに来た彼は泣いて縋り付いてきた。
『――待ってる! オレ、ずっと待ってるから! チパが村に帰ってくるのをずっと!!』
舌ったらずな彼の声を頭の中で再生したチパチャパの口から、「いひっ。」と気味の悪い声が漏れた。
その後も手紙を頻繁に送り付けて来て、必死に私の気を惹こうとしていたなぁ、と懐かしくさえ思う。
もちろん、チパチャパは手紙の類は煩わらしくて全部無視していた。
いつの間にか手紙が届く事もなくなっていたけれども、もしかしたら、未だにあの小さな漁村でデュカは自分の帰りを待ち続けているかもしれない。
帰って来たチパチャパを嫁にして、念願の純潔を捧げて貰う為に。
(ざーんねーんでした。可愛いチパチャパちゃんの純潔はとっくの昔に勇者様のモノになっているのでしたー。うっへっへ。)
デュカってば可哀想ーとか思いつつ、チパチャパは唇に乗せていた指をペロリと淫靡に舐め上げる。
散々勇者様に触れてきたその指は、ここには居ない彼の味が残っているような気がしてチパチャパの気分が昂った。
大体、あのぽっちゃり泣き虫のチビと勇者様では比べるのもおこがましい。
チパチャパはついて行って2年後には、勇者様と褥を共にしている。
自分のしなやかな体つきと褐色の肌は勇者様を取り巻く聖女達の間でも物珍しかったし、何より与えられた海の聖女の衣装は故郷の伝統衣装がベースだったのだ。
ひらひら、チラチラと露出が多く煽情的なソレをばっちり使いこなして、チパチャパは勇者様の理性の箍を綺麗にすっ飛ばしてみせた。
それにこの7年で、都会の味もすっかり覚えてしまった。
今更、あのシケた貧しい漁村なんかで暮せと言われても困ってしまう。チパチャパは空調の魔導具すらない世界でなんて、最早生きていけない体になっているのだから。
魔王を倒す旅のテントにすら、ソレは標準装備だった。
(あーでも? 7年も一途に私を待ってるとか考えると、ちょーっとだけ可愛くみえるかなぁ? あのぽっちゃりさんも。)
唇に指を押し当てたまま、馬車の天井を仰いでチパチャパは少しだけ悩む。
凛々しい勇者様のお顔はもちろん最高だ。
でも、7年ぶりの再会であの顔を絶望に歪ませてうるうると見つめてきたら、一度くらいは相手をしてあげても良いかも、とも思う。
(こー、つまみ食い的な感じで? 偶には別のを食べるのも、アリ?)
無論、チパチャパだって勇者様専用の大事なトコロまで許すつもりは全くない。
でもそれ以外なら?
聖女として幼馴染の未練を優しく断ち切ってやるのも大切なんじゃなかろーか。
(キャー助けて! 勇者様ぁーっ! 私、獣になった幼馴染に襲われちゃうかもしれませーんっ。)
にやけ顔でくねくねと体をくねらせて、チパチャパは遠く聖都に居る勇者様に助けを求めた。
いかな聖女とてそんな力がある筈もないのだが、そんな事は彼女だって百も承知だ。
チパチャパは幼馴染に襲われる自分を想像して楽しんでいるだけだった。
ちょっとした秘密の火遊び、というやつである。暇つぶしに読んだ聖都で人気の恋愛(?)モノの本に書いてあった事だ。
これも、都会で覚えた事の一つなのである。
◇◇◇
妄想を逞しくしていたら、馬車が止まっていた。
御者が扉をノックする音を聞いたチパチャパは、よっと体を起こす。
(おっと、もう着いちゃったかぁ。逆切れしたぽっちゃりさんに監禁されて、これからが盛り上がるトコだったんだけどなぁ・・・惜しかったねー、デュカっ。)
妄想の中の血走った目をした幼馴染に別れを告げて、チパチャパは外向けの笑顔を作ると、お淑やかに返事をした。
「はい、ありがとうございます。今、降りますわ。」
カチャリ。と御者によって静かに扉が開かれた。
そこを貞淑な雰囲気に身を包んだチパチャパが、楚々とした態度で馬車の外へと降りて行く。
強い日差しに辟易しながらもゆっくりと地面の上に立ったチパチャパは、手で日差しを遮ってくるりと村を見渡した。
懐かしい故郷の村は一見、彼女が出た時と何の変わりもなく見える。
相変わらず草ぶきのボロそうな家が立ち並び、道も砂のまま舗装もされておらず、至る所で魚や網が干してある。
そんな何処にでもある小さな漁村のままだ。
(うーわ、ほんとなんも変わってない。
父ちゃんも母ちゃんも結構なお金貰ってるんだから、ちょっとは村を綺麗にすれば良いのに。7年ぶりに帰って来た娘さんはがっかりですよ。)
チパチャパは御者にバレないようにため息を吐いた。
チパチャパが聖女として勇者の旅に同行してから、故郷の両親には国からお金が支給されているはずだった。
贅沢三昧は無理でも、不自由なく暮らせるだけの金額を毎月渡していると、連合軍にいた役人も言っていた気がする。
父はまだ現役の漁師でもあるのだから、余裕もあるだろうに。
(あー、お酒かな? あ、いや・・・もしかして私の嫁入り資金に貯めてたり? もー、そんな事気にしなくても良いのにねー、馬鹿なんだからぁ。)
そんな事を思って、チパチャパは「うへへっ。」と声を殺して笑う。
ドヤ顔の両親が眼に浮かぶようだ。
一番最初に会いに行ってあげようかとも思うが、聖女としてはやはり村長に挨拶するのが先だろうと思い直した。
勇者の嫁として、余り幼い行動をとる訳にはいかないのです、と心の中で戒める。
失点はそのまま嫁の間の格付けに影響を及ぼす可能性があるのだから、可能な限り慎重に行動すべきだ。格付けは勇者様のお相手の回数にも響いてしまう。
まったくめんどくさいなぁ、とボヤキながらチパチャパはそれでもお淑やかに、小さな歩幅を意識しながら村長の家のあった方へと歩き出した。
彼女が今回、里帰りした本来の目的は二つあったりする。
一つは、魔王を倒して聖女の務めを無事に終えた事を村に伝える為。
もう一つは、両親に自分が聖都で暮す事を伝え、一緒に来るかどうかの確認を取る為だ。
幼馴染のデュカの事は、村の側に来るまで忘れていたくらいにどうでもいいオマケ案件なのだ。
(でも嫁入り資金かぁ・・・どーしよーかなー? そのまま聖都での父ちゃん達の生活資金にでもして貰おうかなー。)
のんびり歩きながらチパチャパはぼんやりと考える。
財産ならこの村で暮す両親よりも、チパチャパの方がたぶん多い。
聖女家業は旅の間の役得も、色々と多かったのだ。
南国風のエキゾチックな容姿はこの事でも大変役に立った。ちょっとした事をするだけで、実に多くの援助を頂けたものだ。
聖都に置いてある資産だけでも、チパチャパはこの先充分贅沢に暮らしていける。
万が一不安を覚える事があったとしても、貴族に大商人、それに神殿にでも行けばチョロく稼いでこれた。
それに、勇者様だって側にいる。
チパチャパの未来に不安などまるでない。
サクサクと砂を踏みしめて歩くチパチャパの側を見知らぬ子供達が楽しそうな声をあげながら通り過ぎていった。
彼らはチパチャパをみて立ち止まり、なにやらヒソヒソと内緒話をしはじめる。
どうやら、チパチャパの事を海の女神様だとか話しているみたいだ。そんな感じの会話が聞こえてきた。
気を良くしたチパチャパがにっこり優雅に微笑むと、彼らは顔を赤くして慌ててどこかに走り去っていってしまった。後ろ姿を可愛いなぁと思いつつ、聖女らしく見送ってあげる。
そんな事が3度繰り返された時、チパチャパは違和感を覚えた。
(・・・あれ? みょーに子供が多いよーな? うちの村貧乏だから子供作るの制限してなかったっけ?)
村の為、飢えた子供を出さない様にする為にも、そうした努力をチパチャパが村に居た頃にはしていたような記憶がある。
13~15才で嫁ぐ事が一般的だという事もあって、彼女もその為の手ほどきを村の女達から受けていたし、その技術は聖女の責務が優先され、迂闊に子を為す訳にもいかなかった7年間の旅の間でもしっかりと活用させて貰った。
(それに、パッと見た時は気が付かなかったけど・・・なんか、妙に小綺麗というか。ごちゃごちゃしたモノが無くなってる? さっきの子達も結構良い服着てたよーな。)
視線を巡らせれば、扉代わりの布の間から見える室内も小ざっぱりしてるというか。チパチャパの肥えた目から見ても悪くない家具なんかが置いてある。
聖都でも人気のある観葉植物がお洒落に飾られているのまで見えた。
当然、聖都に比べれば見劣りはするものの、バカンスに来た観光用の街程度には整っているように見えるのだ。
(んー・・・?)
そういえば、足元も違和感なく歩けていた。
7年間戦場を駆けてきたのだから悪路に耐性はついてるとは思うのだが、よく見ると道もまた整備されているのがわかった。
大きな段差や斜面にも階段がしっかりと設置されて歩きやすくしてあるようだ。
チパチャパが立ち止まって、試しにペシペシと地面を蹴ってみると、砂の下からつま先に固い感触が返って来きた。
(地面も整えられて固められてる? あー・・・、なんだ。父ちゃん、ちゃんと村の為にもお金使ってたんじゃない。気が付かなくてごめんねー?)
再会した時の自慢がうざそうだなぁと思いつつも、チパチャパは父親が昔と変わり無さそうな事を素直に喜んだ。
親の資質や行動も嫁の格付けに影響したりするのだ。
この分なら堂々と性悪女達に紹介できそうだ。
ふふふ、首を洗って待っていやがれ某国の王女聖女様め、とチパチャパはニヤリと笑う。
「――おーいっ!」
ウキウキとした様子で再び歩き出そうとしたチパチャパを、聞き覚えのない声が呼び止めた。
聞き覚えは無いけれど、耳に心地よい素敵な声だった。
「おーい、あんたっ! って・・・お前、チパか?! 久しぶりだなぁ。」
「は? ・・・あんた誰?」
中々好みの声だったので、立ち止まってあげる事にしたチパチャパは、聖女らしく優雅な仕草で振り返り・・・、思わず素に戻った声で答えてしまった。
それからすぐに頬を染め、ぽーっとした動く事も忘れてその声の主に見惚れた様なだらしない顔つきをする。
たぶん後で思いだして激しく後悔しそうな、そんな類の顔だ。
(・・・うそ、こんなカッコいい人が村に?!)
村にいた時には見た事すらない端正な顔立ちをした逞しい男性が、チパチャパに目が眩む程眩しい笑顔を向けていた。彼が、チパチャパの理性を一瞬で持って行ってしまっていた。
彼は、しなやかな筋肉に覆われた均整の取れた肉体を惜しげもなく晒し、全体的に筋肉量が多そうなのにちっとも厳つくない。
それどころか、程よく日に焼けた肌の上にはうっすらと色気の様なモノまで漂わせているとすら、チパチャパは感じていた。
特に胸板は厚く逞しいのに、頬を摺り寄せたくなるくらいに艶めかしく見える。
そこから伸びる強くオスを主張した屈強な腕で、身動き出来なくなるくらい強く抱きしめて欲しいとお願いしたくなってしまいそうだ。
彼にギュっと抱かれて自分の体が押し付けられた姿を夢想して、チパチャパの喉がゴクリと鳴った。
そして、彼の顔。
勇者様とは違う端正さだが、野性味は彼の方が遥か上をいく。
口を開く度に鋭利な犬歯がキラリと見えて、ゾクリとチパチャパの腰を粟立たせた。
あの牙で甘く噛みつかれたいと、心のどこかが叫んでいる。
それに、今はにこやかな曲線を描いている目元も素敵だ。
もしあの目でじっと力強く見つめられでもしたら・・・チパチャパは多分彼に何をされても喜んで受け入れてしまうだろう。
そんな確信さえ抱いていた。
端的に言って、彼はチパチャパの好みのドストライクだった。
彼が7年前に村にいたのなら、勇者様について行くことなんて決して無かったと自信を持って言い切れる。
なんだったら、今すぐ乗り換えても良い。というか、乗り換えたい。
「おーい、聞いてんのか? 大丈夫か、チパ?」
聞いてなかった。
彼が自分の名前を呼ぶ度にゾクゾクと背中を何かが駆けあがって、ソレと彼の姿にチパチャパは全身で酔いしれてしまっていたから、それは色々と無理な相談だったのだ。
「なぁ、おい、チパ?」
ぺちぺちと頬まで叩かれて、賢者タイムに突入したチパチャパは漸く現世に戻ってこられた。
ついでに先程自分が彼に返した声を思い返して焦りまくっていた。羞恥のあまり身を焦がしてしまいそうな気分だ。
(え、やだっ! 私ったらさっき彼に素の声で返事しちゃった?!
あーんっ、馬鹿だ私ってば! や、うん、まだ大丈夫。いけるって、今から取り戻せる! 彼が何か待ってるみたいだし、そだ! とりあえずお名前お伺いしようっ!!)
心の中でバタバタと慌てる自分を根性で抑えると、チパチャパは「っん、っんん。」と喉の調子を整える。パシパシと服の裾を払い、頭に被った薄絹の位置も調整した。
それから、やや俯いて濡れた瞳を色っぽく薄く開き、彼の顔を覗う。
聖都でも涼やかと評判の声を作り上げてから、目の前の男性に清楚だけど魅力的に思われるよう心掛けて尋ねた。
「・・・その、どちら様でしょうか? 私、貴方様のように素敵な殿方にお会いしのは初めてですわ。あの・・・宜しければ、貴方様のお名前を頂戴いたしたく存じますの。」
口に出したその声は、チパチャパ的には会心の出来だった。
各聖女は別に性格を加味して選ばれてはいません。
力への適正が一番高い者に与えているだけですので、海の女神様がこんな性格を推奨している訳ではありません。
無論、他の女神達もです。
「緊急事態だったんです。性格とか吟味している余裕なんてなかったんですよ!」
と、インタビューで海の女神様は叫んでいらっしゃいました。