表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

数を数える

作者: 樒 七月

ひと

ふた

いつ

なな

ここの たり


君は戻ってくることができる?


*


 体温よりも高い気温が続く夏。大学生の夏休みは長い。

 8月は始まったばかりだ。

 クラブやサークルには所属していないし、特別講義も取っていないから学校に行く機会はない。

 はずだったんだけどな。

「まあ、毎年恒例?」

「毎年心霊体験するのが?」

 汐里はあはは、と笑った。

 心霊体験は何度か経験があるけど、今回は確認だけだった。何かがいる、ではなくて、何かが起こる。

 条件を満たさない限りソレは起こらない。

 つまり、自業自得で起こる心霊現象だ。

「こっくりさん的なものか?」

「近いかな。うん、集団じゃなくてもできるのが違うだけかも。学校の怪談に近いかな」

 一人でできるこっくりさん。簡単にできる心霊体験。

 場所は大学の一角で。

 本当に階段なわけだけど。

「C棟3階の東側階段で、数を数えて昇って行くと何かが起こる」

「何か?」

「霊が見えたり、不思議な空間が現れたり」

 不思議な空間が現れると帰ってこれなくなりそうだ。

 怪談話でよくある、『当事者が死んだなら、何故それを知っているんだ?』という矛盾が発生しないのか?

 公言しているわけではないのに、一部に汐里は心霊体験を何度か経験していることが知られていた。

 それを聞き付けたオカルトサークルから依頼されたわけだけど。

 サークルメンバーもついてきたそうにしていたけど、キッパリ断っていた。

 何かがあったら足手まといだ。

「さて、着いたけども」

 C棟3階東側階段。研究室ばかりで人通りはない。

 怪談スポットって大抵人通りがない。

 時間指定はないから、いつでも出来る。

 真っ昼間から心霊検証をすることになろうとは。

「一緒にやる? 私がやろうか?」

「俺がやるっていうのは」

「無し。じゃあ一緒にやりましょ」

 汐里はスカートを翻して階段の前に立って、スマートフォンのストラップを首に通してぶら下げた。

 その隣に並ぶ。念のために手を繋いだ。

「いっせーのーでっ」


 ひと

 ふた

 み

 よ

 いつ

 む

 なな

 や

 ここの たり


 9段目は階段の途中だ。

 狭い場所で二人並んで立った。

 前には何もない。

 後ろは。

「一郎!」

 汐里の声に手摺を掴んだ。汐里も反対の手摺を掴んでいる。

 あのとき。

 視線を動かしたとき。

 一瞬、目眩がした。

 汐里と手を繋いだまま、後ろを見た。

「ま、何もないよな」

 階段下には何も変化はなかった。

 いつも通りの階段と廊下だ。

 誰もいないし、何も変なところはない。

「時間が違う」

 汐里は頭を押さえていた。

 時間が違う。

 汐里は間違い探しが得意で、少しの変化でも気付く。

 よく見てみると、窓から射し込む光の角度が変わった気がする。

 かなり注意して見ないと気付かない変化だった。

「動かない方が良いのか?」

「多分。上に行っても下に行っても駄目。上は時間が遅くて、下は早いみたい」

「どうすれば」

「外部からの介入、かな」

 汐里はスマホを操作しだした。

 首にぶら下げたのはこういうことか。

 さて、電話が繋がるかどうか。

 スピーカーに設定したようで、コール音が響いた。

『何?』

 よく知った声が応えた。

「今大丈夫?」

『うん』

「学校に来てくれないかな? 一郎と心霊検証してたんだけど、ちょっとマズイことになって。C棟3階の東側階段」

『……何してんだ。で、何か持って行くものは?』

「スマホだけで良いよ。ただ、電話は繋げたままにしておいて」

『わかった。じゃあすぐ行く』

 ガサゴソと雑音がして、汐里はスピーカーを解除した。

 すぐに電話に出てくれて、すぐに駆け付けてくれる幼なじみ。

 陽介に電話が繋がって良かった。

「さて、と。陽介が来るまで今回のことをまとめておこうかな」

「天の数歌が原因か?」

 階段を昇るときに呟いた数字。

 本来はこの後に、ふるべ ゆらゆらと、と続くわけだけど。

 数だけでも効果はある。

「心を落ち着けたり、集中したいときに数えると良いんだけどね」

「なんで心霊現象を起こす条件になったんだ?」

「死者蘇生っていうのもあるからかな」

 今では死者蘇生なんて信じる人はいないだろう。

 言葉だけで人が生き返るなら、何人が助かっているんだろう。

「あと、この場所での天の数歌で何かが起こるっていう先入観もあるし」

「何かが起こってても気付かない場合もないか? 俺は気付かなかったし」

「気付いていない人は、気付かないまま生きるか、途中で気付くか。自分のいる世界の正しさなんて確認しようがないしね。だから、二人で検証したのは正解だったね」

 自分が今いる世界は今まで生きてきた世界と同じか?

 どこかで切り替わっていないか?

 もし一人で階段を昇っていたら。手を繋いでいなかったら。

 違う世界にいたのかもしれない。

「タイムマシンみたいな時間移動だけかもしれないしね。少しだけのズレ。何分かの差。だから噂レベルの不思議なのかも」

「霊が見えるっていうのは?」

「それは」

「大丈夫か!?」

 階段下から陽介の声が聞こえた。

 同時に風が吹き抜けた。

 そうか。風さえ通っていなかったのか。窓は開いていたのに。

 窓の外の木の枝は揺れていたのに。

 陽介は階段のスタート地点に立っていた。

 汐里はスマホを操作して、スピーカーに切り替えた。

「陽介。これから降りるから、繋げたままにして」

『わかった』

 階段下からの声とスマホからの声が重なる。

 今、下の時間はここと同じだ。

 陽介が、繋いでくれている。

「通りゃんせ 通りゃんせ」

 汐里は一段降りるのに合わせて歌った。後ろ向きに降りているのに余裕だな。

「ここはどこの 細通じゃ

 天神さまの 細道じゃ

 ちっと通して 下しゃんせ

 御用のないもの 通しゃせぬ」

 一番下に着いた。

 汐里は繋いでいない方の手を陽介に向けた。

 パチンッ

 手が合わさった音が響いた。

「ありがと。助かりました」

「結構危なかったんじゃないか?」

「うーん。そうでもなかったかな」

 そうでもなかったのか?

 結構危ないところだったと思うけど。

 陽介は眉を寄せた。

「さっき歌っていたのが関係しているのか?」

「全く関係ない。無関係」

「何だそれ」

 汐里と陽介のやり取りに気が抜けた。

 戻ってくることができた。

 ここは階段を昇る前と同じ場所だ。

 視線を下に移して気付いた。

 まだ手を繋いでいた。

「汐里、もう手を離していいか?」

「うん。もう大丈夫みたい」

 手を離して気付いた。

 手の平に何か付いている。

 この錆の臭いは。

 血だった。

「これって」

「おまじない。強く握って爪でつけた傷だから、そんなに痛くないよ」

「なんでこんなこと」

「判断を鈍らせないように。判断を間違わないように」

 痛みが現実を教えてくれる。

 昔、汐里が言っていたおまじないの一つだった。

 何度も心霊体験しているだけのことはあるな。

 とにかく、早くここから離れたかった。

「傷の手当てもしたいし、早く帰ろう」

「親に車で送ってもらったから。こっち」

 陽介の案内で駐車場に向かう。

 大学の駐車場って点在していてわかりにくい。

 少し離れたところに停まっているようだ。

「通りゃんせの続きって覚えてる?」

 汐里は隣を歩く陽介に訊いた。

「この子の七つの お祝いに

 お札を納めに まいります

 行きはよいよい 帰りはこわい

 こわいながらも

 通りゃんせ 通りゃんせ

 だろ?」

「そう。『帰りはこわい』ってね」

「無関係なんじゃなかったのか」

「『こわい』って恐怖じゃなくて、疲れるって意味だよ」

『こわい』って方言か。

 帰りは疲れているってそのままを歌ったわけだ。

 何でそれを歌ったのかは謎だけど。

「疲れたなーって思ったときに思い出した歌だったから」

 本当に今回の現象とは無関係だった。

 汐里は気付いていたと思ったけど。


「一日経っていたなんてな」

 スマホの液晶には8月2日が表示されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ