第七話 創造神の役目
「……知らない天井だ」
何気なしに呟いたその言葉が地球のある種類の小説で有名な言葉だとは思いもせずに、ミラは目を覚ました。
いつの間にか寝かされていたベッドから降りて廊下に出ると、丁度起きてきたのか、フレイとばったり会った。
「あ、おはよ」
「……」
昨日の出来事を思い出し、ミラが少し後ずさってしまうと、フレイはどこか残念そうな顔をする。
「……そこまで煙たがらなくても…。まあ、それだけの事をしたんだけど」
「……おはようございます、フレイさん」
「おう、おはようミラちゃん。
どうせ、イヴ様とユエはまだ起きないし、先に朝ご飯食べる?パンケーキ焼いてあげるよ」
「…ありがとうございます」
(…パンケーキって何…?)
フレイとミラは食堂へ向かっていった。
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「…美味しい」
「でしょ?俺、パンケーキ焼くのには自信があるんだよね。普段のご飯はユエの係だけど、スイーツは俺担当」
「すいーつ?」
「ようするに、こういう甘いやつ。」
フレイが作ったパンケーキは、2,3センチの分厚いのが2枚重なっており、上に乗っかっているバターの上から蜂蜜がトロリと流れていた。
一口食べると口の中に優しい甘さが広がり、ふんわりとした食感ととても合っていた。
初めて食べるパンケーキに夢中のミラをフレイは微笑ましく眺めながら自分の分を食べる。
二人が朝食を済ませ、紅茶で一息ついていた頃にイヴとユエは起きてきた。
「ふぁーあ。フレイ、ミラ、おはよ」
「おはようございます。ミラ様、昨日はご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございませんでした」
「ふたりともおはようございます。ユエさん、私は気にしていませんので、大丈夫ですよ」
ミラの言葉により、ユエは安堵の息を吐く。最後にもう一度、「申し訳ございません」と謝りながら席についた。昨日のユエの怒りを見たミラは「怒らせないようにしなきゃ…」と、怒りの矛先が自分に向かなかったことに微かに安堵していた。ユエの怒りの余波に当てられただけでも怖かったというのに、直接ユエの怒りを買ってしまってはどうなるか分かったものでは無い。今のミラは、ユエの怒らせた余波でも受けたくはなかった。
だというのに…
「そーそ、ユエは気を張りすぎなんだよ。ミラちゃんは優しいんだから、気にすんなって」
フレイがその言葉を発した途端、ユエの周りの空気が一気に冷たくなった。「ああ、またか…」とミラとイヴはこの後起こることを察し、フレイは「……また生きて帰れるかな…」と自分が犯した過ちに今更気づいて絶望していた。
「……お前がそれを言うのですか?ああ、まだ反省が足りないようですね……。イヴ様、ミラ様。しばしフレイと席を外させてもらいます。お茶は新しく出来ておりますので、しばし寛いでいてください」
ユエはそう言うと、嫌がるフレイを暗い笑顔で黙らせ、外に出て行った。
イヴとミラは暫く呆然としていたが、ユエが入れていった紅茶をのんで忘れるしかなかった。
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「……そうだ、ミラ。早速だが、今日からミラに色々と教えていくからな」
実際は数分、しかし長い時間に感じられた沈黙を破ったイヴの言葉は、ミラにとって予期せぬ事だった。
「早くないですか?」
「お前が既に自我があることを考慮しているからな。自我があるなら、早めに色々なことを頭に入れておいて損は無い。
……と言っても、まだ細かな性格までは定まっていないようだがな」
「……?まあ、今日から授業が始まることは分かりました。しかし、具体的には何を?」
「お前が大創造神から授かったのは知識だったな。それが神眼というスキルに進化したらしいが……。そのスキルは、いわば相手のステータスを見れるようなものだろ」
「すてーたす?」
「あー……。それについてはこれからだな。まあ、お前のスキルは相手の情報を読み取ることに特化しているということだ。逆に、この世界についての知識には疎い。これから私が教えるのは、お前の知識に入っていないことだ」
「分かりました」
そこまで言い終わると、「ついてこい」とイヴはミラをイヴの部屋まで連れて行った。部屋に入ると、イヴは簡素な机に向かい合う形でミラを座らせる。
「じゃあ、これから色々と教えていくが、まず最初にお前はこの世界にはなんの神がいるか分かるか?」
「……唐突ですね。まだ生まれて間もない私に分かるとお思いで?」
「あっ…それもそうか。…神は主に、物に宿る付喪神、元素を司る原初神、音楽やスポーツなどを司る文化の神、死んだ生き物の来世を決める転生神、天候や作物を司る豊穣神、そして私のように世界を創造する創造神などがある。
実を言うと、天使達は生まれた時点で何の神になるかは定められているんだ。
お前の場合は創造神になるんだが……。すぐになれと言われても分からないだろう。そこで、まずは私が創造した世界を見てみないか?」
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
イヴはミラの返事に満足した後、空間から杖を取り出した。「これがあると力を行使しやすいぞ」と言いながら、杖の先端で地面を円形になぞり始める。すると、なぞった所が突然光り出し、二人を包み込んだ。
「……!」
瞼の奥の眩い光が収まり、目を開けると、目の前には白い空間の中に大きな青い惑星が浮かんでいた。
「……綺麗」
「これが私の創り出した世界、『地球』だ」
「……これが…」
イヴがおもむろに空間に触れると、その世界で暮らす人々の様子が伺えた。それは、生命の誕生、成長、消滅を繰り返す世界の姿だった。人間の喜怒哀楽は、それだけで生命の存在をミラに感じさせる。
しかし時たまに、同じ人間同士で殺し合う光景が映し出された。その規模は時に数十万にまで遡り、相手を貶め、殺し、恨み、憎んで蹴落とす。その光景は、ミラに言葉に表せないような感情を持たせた。
「……なんと愚かな。同族で殺し合うなど…」
ミラの、無意識に出す怒りに驚きながらも、イヴは慰めるようにミラに静かに語りかける。
「……人間というのは厄介な生き物だ。自分にはない物を手に入れようと、欲を膨らませ、妬み、嫉妬し、時に同族を殺す。私達神にはそこまでの負の感情は滅多に抱かない。それは、争う神によっては世界を滅ぼすからだ。
しかし人間は弱い。とても非力だ。だからその力を補おうと、相手を貶める。
……でもな、ミラ。人間というのは、とても面白くて、とても温かい種族なんだよ」
「……温かい?」
一時的に、世界の様子からイヴへと視線を移したミラを見て小さく微笑み、イヴは世界へと目を向ける。
「神は、一度争えばもうその関係が元に戻ることは殆どありえない。しかし、人間を見てみろ。例え、どんなに大きな争いをしたとしても、必ずまた元の関係に戻そうと歩み寄る。それは、人間は個でいきることができないからだ。」
「……」
ミラはもう一度、世界の様子に目を向ける。
終戦後の会談
お互いの国への訪問
世界大会での各国の選手の交流
幾度国同士での争いが起きても、人間は決して交流をやめていなかった。
「……凄いですね、人間は」
この世界の営みにミラが夢中になって見続ける中、イヴはおもむろにこの世界について話し始めた。
「……この世界はある役割を担っていてな」
「役割……ですか?」
「ああ。この世界はいわば、他の全ての世界の知識を創り出す世界だ。全ての世界の知識、技術の殆どがこの世界で創られている。つまり、最先端の世界なんだ。創り出されたものは、この世界から転生する人間の魂によって様々な世界に伝わっていく」
「……全ての魂がですか?」
「ハハハ、そんな訳ないさ。選ばれた魂のみだよ。それらは何らかの形でほかの世界へと、地球での記憶を持って渡っていく。そうして別世界へと渡った魂のことを、転移者、転生者と言うんだ。そしてそれらは、その世界で英雄と呼ばれ、名を残していく」
「…人間にとって、それは勝手に成されることでしょう。不満が出るのではないのですか?」
それを聞いたイヴは自嘲気味に笑う。それは、まるで本来は望んでいないかのようだった。イヴと出会ってから二日、常に笑っていたイヴからは想像できないようなその表情にミラは驚きを隠せない。
「……それでもやるのが我ら創造神の仕事だよ。この世界を守るため、その魂には申し訳ないが渡り人としての役目を果たしてもらうのさ」
「……私にはよく分かりません」
「ハハハ、今はそれでもいいよ。
ミラ、お前が創るべき世界はそんな世界だ。中には、様々な種族が暮らす世界もあるが、それらの暮らしを見守り、時に導き、時に罰を下す。それが我ら創造神の役割だ。
……お前は決して、道を違えてはいけないよ。決して破滅の道に入らないように。その為なら私はいくらでも力を貸そう」
「……ありがとうございます」
ミラがお礼を述べると、イヴはニカッと笑う。それは、イヴが常に浮かべる笑顔だった。
「私はお前の師匠だからな」
「はい、師匠」
ーミラの物語は、まだ始まったばかりだ
お、終わった……!
投稿遅くなりました。今回は世界の定義の説明会でしたね。イヴとミラの関係が少しずつ構築されていきます。
フレイ?ああ……あいつは良い奴だったよ(生きてます)
お知らせです。
お盆休みまでに投稿できてホッとしているのですが、今月末に夏休みなのに、夏休みなのに、私の学校で模試がありまして。テスト勉強をしなければならず、暫く投稿できません。
お気に入り登録して下さっている方達には申し訳ございませんが、暫く待って頂けると幸いです。なるべく時間がある時に投稿していきたいと思いますので、よろしくお願いしますm(_ _)m