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リードン火山を調査せよ




 重苦しい空気がリビングに流れた。ボクたちは先生が口を開くのを待つ。

 先生は冷や汗をかいている。説明したくないことなのだろうか。

 でも、それなら余計にボクたちは知らなければならない。

 リードン火山に起きているという異変を。


「最初に報告がきたのは、たまたまそこを通りがかった冒険者でした」


 冒険者――ここではきっと、他国の旅人を差しているんだろう。

 冒険者の多くはラングルスを訪れて、ラングルスにある冒険者ギルド?っていう場所で登録して初めて正式に王国での依頼を受けられるようになる。

 王国で日銭を稼ぎたかったら、まずギルドに登録しなくちゃならない。

 そういうルールがあったはず。


「その冒険者が重傷を負って王都に緊急搬送されたのが始まりです。三ヶ月ほど前だったかしら。……全身は大火傷、そして極度の脱水症状で、ね」


「ウェリアティタンの荒野で……ですか?」


「ええ」


 神妙な表情で頷く先生からウソは一切感じられない。

 超・熱帯ともいえるウェリアティタンの荒野といえど、大火傷と脱水症状。

 それだけなら赤属性の魔物にやられたとしても不自然じゃないしなぁ。


「次に報告があったのはそれから二週間後。王国魔法隊の一員が同じ症状で発見されたわ。同じく原因は不明。目撃証言もなし。そして――それから二週間の間、合計十八人の被害者が出たわ」


「……!」


「さすがに深刻な事態だと女王陛下は判断し、ウェリアティタンの荒野一帯を立ち入り禁止にしたわ」


 合計で二十人もの犠牲者が出たのに、問題の原因もなにもわからずじまい。

 ミリアちゃんの判断は正しいだろう。リードン火山でしか採れない鉱石を採取するクエストもそれなりにあるはずだし、放っておけば被害は拡大するだけだろう。


「……でも、なんでボクなんですか?」


 王国が動いているほど重大な事態だとすれば、すでに調査隊やら解決のための魔法使いを送り込んでいてもおかしくない。

 それこそ『赤の一位(レッド・ワン)』『青の一位(ブルー・ワン)』を派遣しなくちゃいけないレベルの問題だと思うんだけど。


「エルルさんに依頼を託すに至った理由は大きく分けて二つ。一つ目は、トップ・ワンの方々は国土防衛を優先とする、と。二つ目は……セルシウスさんの存在ね」


「せるちゃん、ですか?」


 ボクの目の前でミニマムな自分より大きいドーナツにかじりついているせるちゃんが顔を上げ、首を傾げる。


「私がどうかしたのよ。先に言っておくけど火山なんて行ったら解けるわよ」


「蒸発もしちゃいそうだね」


「この国の夏だって実際しんどい時あるからなるたけカードから出てこないってのにね」


 そうなんだ。それは契約者であるボクも初耳だ。

 せるちゃんの身体は雪と氷で出来ている。見た目は完全に人間そっくりでも、中身は本当に精霊なのだ。

 だからせるちゃんは暑い気候が苦手。その気になれば周囲の気温を下げることくらい簡単だろうけど。


「セルシウスさんほどの精霊でしたら、あの環境下でも氷を……つまり、水を生成できるはずです。それならば、原因の調査にも必ず役立つはずです」


「えっと……できるとは、思いますけど」


 たしかにせるちゃんだったらどんなところでも氷を生み出して涼むこともできるだろう。大火傷と脱水症状を考えれば、青の属性に関わる存在――ましてやせるちゃんは適任だろう。

 先生の言葉に、せるちゃんは頷く。


「エルルがやるっていうならやるわよ。でも、エルルが嫌っていえばやらない。私のスタンスはそれだけよ」


 ……せるちゃんはあくまでボクに判断を求めている。精霊の力を用いればどうなるか、ボクは痛いほどわかっているから。

 むー。せるちゃん、普段は甘やかしてくれるのにこういう時は厳しいんだから。


「うーん。うーーーーん」


 はっきりいってしまえば、ボクじゃ無くてもいいですよね。って感想しか出てこない。

 いかに赤と青のトップが動かないとしても、王国の人材はそれだけではない。実力的に二位の人でもなんとかなると思うし。

 ボクが無理して森から出てもそこまでのメリットは無いし。


「あ、そうそう。あとこれも……」


 ボクの判断に委ねる、というせるちゃんの言葉が伝わったのか、先生はもう一枚手紙を取り出した。

 それは調査依頼書では無く、契約書。

 さらに付け加えるなら誓約書、みたいなものだった。




『エルル・ヌル・ナナクスロイ殿


 リードン火山一帯で起きている異変の調査・解明に協力頂いていた場合、以下の金額を依頼料としてお支払いします。

 また、必要であればコルタニカ領内の拡大も承ります』




 文章の下には手書きで金額が記載されている。

 うーん。とはいってもボクがお金で動くと思われてるのは心外かなぁ。

 確かに生活費を稼ぐために今までもハムちゃん経由で王国からの依頼をこなしてきたことはあるけど、だからといってボクが動く必要性を感じない事案を持ち込まれても。

 今ではそれなりに蓄えもあるし、そもそも貰える依頼料も王国で働く人の月収くらいだろうから、特に見なくても――。


「いち、じゅう、ひゃく、せん、ま……え、え、ええぇぇぇぇぇぇ!?」


「どうかしましたか、エルル様」


 なななななな何この金額はぁ!?


「は、ハムちゃん。これ」


「……ほう。なるほど。――エルル様。この依頼お受けしましょう」


 ハムちゃんの目がお金のマーク浮かべてるよ!?

 依頼料がそれだけ破格の金額なのはわかるけど……というより、どうしてここまで破格の依頼料が出せるのだろうか。

 これなら本当に他の実力ある魔法使いに頼んだ方が安く済むし。ボクがせるちゃんと契約しているからという点を加味しても有り得ないほどの金額だ。


「せ、先生。こ、こんなに貰えるんですか……?」


「ええ。今回のエルルさんへ依頼するという判断はミリアさん――女王陛下の判断です。よって、かなりの予算を任して貰いました」


「ハムちゃん、これだけ貰えたら何ヶ月分くらいの生活費になる?」


「多少贅沢に使っても半年……いや、十ヶ月は余裕ですね」


 思いもしなかった金額を前にして慌てるボクたちを先生が微笑ましく眺めている。

 うぅ、なんか先生の手の平の上で踊らされてるような感じもするけど……こんなに貰えるなら、受けない理由が無いよね。


「この依頼、受けます」


「はい。ありがとうございます」


 にこにこと笑う先生の笑顔は昔から変わっていない。ボクとミリアちゃん。魔法学院に通っていた問題児二人を抱えていた頃と、まったく変わりが無い。

 本当に、優しい人だ。


「そういえば先日、女王陛下が訪ねられたらしいですが」


 鞄に手紙をしまいながら、先生がぽつりと言葉を漏らした。


「あー……その」


 言葉に詰まったボクの雰囲気だけで理解したのか、先生は少し困ったような表情を見せる。でもすぐに微笑んだ。


「女王陛下……ミリアさんと、また一緒に遊べるといいですね」


「……はい」


 先生の言葉は的確だ。ずっと、ずっとボクたちを気にしてくれていたからかな。

 ミリアちゃんの思いも、ボクの思いも汲んでくれている。


「そろそろ帰りますね」


「送りますよ」


「あらハムさん、ありがとうございます」


 立ち上がった先生をハムちゃんがエスコートする。森の入り口まで送れば大丈夫だろうし、そこまでの直線ルートだけ魔法を解除しておこう。


「先生、さようなら」


「ええ。火山の調査も、よろしくね?」


「はい」


 ちょっと危ない依頼だけど、ボクに任せたということはボクなら出来ると信じてくれているからだ。

 ……それに、失敗したらしたで都合がいいだろうし。

 なにしろボクは魔女と陰口を叩かれる存在で、先生は何度もボクを庇っていたから。


「はぁ。ボクのメンタルはぼろぼろだよ」


「ぼろぼろになったら私が癒してあげるから大丈夫よ?」


「ありがとね。せるちゃん」


 テーブルに突っ伏してうな垂れるボクの頭をせるちゃんが優しく叩いてくる。

 ……さて、ハムちゃんが先生を送っている間に少しでも準備を進めておきますか。

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