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王国からの依頼




「こちらです」


 ついに、来てしまった。先生が。

 ハムちゃんに案内されてリビングに顔を見せたのは大人しめの赤色の髪の女性。

 大人って雰囲気が凄い。柔らかな雰囲気と微笑みの絶えない表情。

そしてぼん、ぽにょ、ぼーんって感じのスタイル。だけどこれを言うと怒られるから言わない。

 別に腰も太っているわけではない。平均よりか少しだけお肉がついてるだけだ。


 ボクが籍を置いている魔法学院の先生ことアリーシャ・メイクルン。

 とても十年以上前から教職に身を置いているとは思えない若作りな先生だ。それなりに歳を重ねているからか、先生の雰囲気はいつも柔らかい。

 優しい声色は、どんな問題児でさえ大人しくさせてしまうほどだ。


「お久しぶりね、エルルさん」


「……ぁ、その……おひさし、ぶり、です」


 それでもボクは、先生が苦手だ。


 声が、上手く出てこない。

 先生がボクを見る瞳が、何を伝えたいのか分からない。

 学院に行かないボクを、怒っているのか。ボクの異名に恐怖して、腫れ物のように扱うのか。数日前に強引にミリアちゃんを追い払ったことを追求してくるかもしれない。


 ……わからない。普通の人が何を考えているかがわからない。

 不安がボクに逃げてしまえ、と囁く。先生から目を逸らして、ボクはただただ先生の言を待った。

 眼鏡を通せば少しはマシ、と思ってたけどやっぱり無理だった。


「……最近はどう?」


「ぇ、と……」


 言葉が浮かんでこない。どう、とは近況を知りたいのだろう。

 えーと、えーと。

 ドーナツのためにラングルスに行って、見ず知らずのマトウさんに魔法を使ってしまったり。

 突然襲撃してきたミリアちゃんをせるちゃんに追い払ってもらったり。


 ぜんぶろくでもなかった。言葉が浮かばなくて良かったのかもしれない。


「エルル様はここ数日は封印術の簡略化や使役しているセルシウスとの対話などをこなしていました」


「ぁ……」


「あらあら。やっぱりエルルさんはやることが凄いわねぇ」


 口を開かないボクに代わって、ハムちゃんが答える。

 間違ったことは言っていないのだが、それがボクの研究といえるのかどうかは若干怪しい。

 いつの間に用意していたのか、ハムちゃんがボクが少しずつ研究していた封印術の簡略化を纏めたレポートを先生に渡す。

 とはいえそれはまだ実験の域を出ない。ボクだからこそ出来る芸当の簡略化だ。

 それを先生も読んで把握したのか、表情が少し厳しい。

 少しの間、ページを捲る音だけが聞こえる。いつもなら騒がしいせるちゃんも、先生がいるから静かに先生を見つめている。

 やがてパタン、とレポートを読み終えた先生が顔を上げた。


 ……うぅ。怒られそう……。


「エルルさん」


「っ……は、はい」


「まだ、私と話せない?」


「ぅ、ぁ……」


 先生の表情は、優しい。

 でも、だからこそボクの身体は固まってしまう。

 やめてほしい。ボクに関わらないで欲しい。ボクなんかを気にかけないでほしい。

 ぐるぐるぐるぐる変な思考が頭の中で渦を巻いて、ろくに言葉が出てこない。


「ちょっとごめんなさいね?」


「っ――!?」


 立ち上がった先生が何をするかと目で追っていたら、まっすぐボクを抱きしめてきた。

 すぐに身体を離そうと腕を伸ばすけど、先生はそれ以上の力でボクを抱きしめてくる。


 ……あたたかい。あたたかい、人のぬくもり。五年か、それ以上の間ずっとずっと感じてこなかった暖かさ。

 先生はあやすようにボクの背中を擦ってくる。温かい気持ちが胸の中に広がっていく。


「大丈夫。私はあなたの味方ですから」


「―――っ」


 唐突に、頭を金槌で叩かれたような衝撃が走る。

 身体が震える。寒い。身体が奥底から冷えていく。やだ、寒い。寒い、寒い、寒い。


『大丈夫よエルル。私はあなたの味方だから』


 色褪せた光景を思い出す。夕陽を背にボクを守ると笑顔で応えてくれた――。


「や――!」


「きゃっ!?」


 強引に先生を突き飛ばす。やだ。やだ。やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ。


「嫌だ。嫌だ。やだ、やだ、やだ!」


「エルルさんっ?」


「やだ! そうやって、皆ボクを騙したくせに!!!」


 溢れた涙が視界を滲ませて、先生が愕然とした表情を浮かべている。

 なんとなくわかる。先生は嘘を吐いていない。この人はボクの味方でいてくれる。

 でも、嫌だ。だって、ずっとずっとそうやって人間はボクを騙して裏切ってきたから!


「エルルっ!」


「エルル様!」


 視界がまっくろに染まりそうになった瞬間、ハムちゃんがボクを強く抱きしめてくれた。

 せるちゃんがミニマムモードだっていうのに力強く指を握ってくれた。

 大好きな、大切な家族が傍にいてくれる。人の温かさではないけど、確かな暖かさをくれる。


「……ごめ、なさい」


「いいえ。私も軽率でした。……あなたのこと、わかっていたはずなのに」


 涙を拭いながら突き飛ばしてしまった先生に謝る。先生も居心地の悪そうな表情で頭を下げてくる。

 違う。先生は悪くない。

 先生はいい人なんだ。いい人なんだ。

 でも、怖いんだ。


「……エルルが気に障ってないなら、私も気にしない」


「そうですね。エルル様も落ち着いたようですし」


 せるちゃんとハムちゃんがゆっくりと身体を離す。ちょっと寂しいけど、少しは落ち着けた。

 改めて、先生と向き合う。突き放してしまったけど、それでも先生は優しく微笑んでくれている。


「優しい家族ですね」


「……はい。大事な、家族です」


 先生の言葉にせるちゃんが自慢げに胸を反らしハムちゃんが微笑む。

 大事だ。うん、とっても。


「本題にはいりましょう」


 ハムちゃんが用意したドーナツを一つ食べて、先生が口を開いた。

 紅茶を飲み干した先生は持っていた鞄から封印がされた手紙を取り出す。


「エルルさん、これを」


「これは……」


 先生から手紙を受け取って、封印を見てぎょっとする。

 溶けた蝋の上に押された印は、角竜の喉元で剣と杖が交差された印。

 子供でも知っている、この国の……王族のみが使うことを許されている封印だ。


「……開けても、いいんですか?」


「どうぞ。あなたに送られた手紙なのですから」


 心臓が激しく脈打つ。王族――ミリアちゃんが使う封印。ミリアちゃんではない可能性もあるが、今の王国はミリアちゃんが王である以上、彼女からの手紙と判断して構わないだろう。

 つい先日、ミリアちゃんはボクを訪ねてきた。まともに話す間もなく追い払ってしまったが、もしかしたらこの件について話そうとしたのだろうか。

 ハムちゃんから受け取ったナイフで封印を破く。

 中には紙が二枚仕舞われていた。その一枚を取り出して広げてみる。


『結婚してください』


「せるちゃん、砕いて」


「あいさー!」


「女王陛下……」


 その手紙の中身は先生も知らなかったみたいで呆れていた。

 うん、やっぱりしばらく合わないうちにミリアちゃんはどこかおかしくなってしまったのだろうそういうことにしておこう。


「もう一枚は……あれ、真面目だ」


 広げてみると、書面の一番上にまた同じ王家の印章が記されていた。

 つまりこれはさっきの冗談めいた手紙とは違い、正式に王族からの手紙であることを示している。

 顔を上げれば先生も表情を引き締めてまっすぐボクを見つめている。

 ……これが本題なのだろう。


“リードン火山調査依頼”


 ……うへぇ。


 露骨に嫌な表情を浮かべたであろうボクの顔を見て、先生が口を開く。


「王都アルトリアよりさらに西にある灼熱の荒野に存在するリードン火山。そこの調査および、その地を守っている精霊……イフリートと対話・の交流。それがエルルさんへの依頼なの」


「リードン火山、ですか」


 テーブルに広げられた地図を先生が指差す。このコルタニカ領・ナナクスロイの森から指でなぞられていく。

 ラングルスを抜けて、そこから西へ。この国の中心とも言える王都アルトリア。よりもさらに北西。

 灰色に塗りつぶされた一帯で先生の指が止まる。


「ウェリアティタンの荒野、ですね」


「ええ。四季が豊かであるはずの王国で唯一、燃え尽きた荒野が広がる一帯ね」


 聞いたことはある。気候が穏やかな王国としては有り得ないほど暑い地域。

 草木もろくに生えない荒野が広がっていると。

 その中心には今にも爆発しそうな火山があるとも。


「イフリート……ですか?」


「ええ。ここ数ヶ月、リードン火山の様子がおかしいらしくて。火山一帯を司っていると言われているイフリートから何か事情を聞きたいと」


 ……うーん。

 先生の言いたいことはわかる。ウェリアティタンの荒野およびリードン火山の様子がおかしいからイフリートに話を聞いてきてくれ。依頼内容は簡単でわかりやすいし、精霊との対話だったら確かにボク向けの依頼ではある。


「様子がおかしいって、なにかあったんですか?」


 あそこらへんが熱帯なのはずっと昔からわかっていたはずだし、火山が噴火したという話を聞いたこともない。というか、リードン火山が噴火すれば大騒ぎになってボクの耳にもさすがに届くはずだしね。


 なにか、あったのだろうか。

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