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アリーシャ先生と色彩の階位




 先生が来る日をついに迎えたボクは、ここぞという時のために秘策を持ち出すことを決めた。


「スチャ。ばばーんっ」


「エルル、どうしたのその眼鏡?」


「ふふふ。これは何の変哲も無い眼鏡だよ。度が入ってるわけでもない、ただのレンズ」


「んー?」


 魔法服に着替えたボクはさらに眼鏡を装着する。ミニマムモードのせるちゃんはテーブルの上でぺたん座りをしながらボクを見上げている。


「気分の問題なんだけどね。眼鏡をかけてれば、少しだけマシになるの」


 見ている光景も、ボクが見られているという事実も少しだけ眼鏡が遮断してくれる。

 もちろん本当に遮ってくれるわけじゃないからあくまで気分の問題なんだけど、ボクにとっては大きな問題である。

 アリーシャ先生が嫌いなわけではない。ボクは人間が苦手なだけだから。

だからこそ眼鏡は必要なんだ。ボクが少しでも、先生に向き合えるように。失礼がないように。


「それに先生だって【緑の三位(グリーン・スリー)】に名を連ねる優秀な魔法使いだしね。粗相があっちゃいけないし」


 一人前の魔法使いとして扱われるのは六位からと言われてる中で、アリーシャ先生は三位を与えられるほど優秀な魔法使いだ。それなりな年齢だけど、魔法使いとしての実力は極めて高い。

 それに、先生がボクを訪ねてくるということは個人の話ではなく学院の話が関わってくる。

 だから、失礼があってはいけない。先生の機嫌一つでボクの特待生扱いは無効にされてしまう可能性だってあるのだから。


「んー。ねえエルル」


「どうしたの、せるちゃん」


 せるちゃんが首を傾げて唸っていたのが気になって訪ねると、せるちゃんはまるで聞いたことがないかのように。


「【緑の三位(グリーン・スリー)】とか、王国の魔法階級制度ってどうなってるんだっけ?」


「ボクこれまでに何回か説明してると思うんだけどなぁ!?」


 半年に一回は説明している気がする。おかしいなあ、せるちゃんはお婆ちゃんじゃないし記憶力はいいみたいなんだけど。


「エルルのことは全部覚えてるんだけどね!」


「あ、はい」


 嬉しいんだか恥ずかしいんだか。

 とはいえせるちゃんも先生への対応を考えるためにボクに質問してきたのだろう。

 だったら何回でも、きっちりと説明してあげないと。


「えーとね。この国にいる魔法使いには国……というか、魔法学院からその実力を認められた証として階位が与えられるの」


 棚から取り出した真っ白な黒板に大雑把に魔法学院と書いて丸で囲む。


「その階位は自分の実力の証明であり、国から身分を保障されてる証でもあるの」


 なにしろ魔法が使える者はそれだけで優遇される時代だ。剣と魔法と謳われたのは一昔前の話で、今では冒険者の大半も魔法使いが占めている。

 剣士たちがいないわけじゃないけど、それ以上に魔法使いが多いのだ。魔法が使えること自体が一種のステータスとなっているほどだ。


「で、この階位が高ければ高いほど国から色々優遇して貰えるの。魔法学院の地下図書館への入室とか、女王陛下の護衛部隊への配属とか。アリーシャ先生も、【緑の三位(グリーン・スリー)】だからこそずっと教師を続けられてるの」


 実力の証明であり、そして人柄の保証でもあるらしい魔法階級。

 制定されたのはボクが生まれるずっと前だから詳しい経緯はわからないけど、当時はそれで一悶着あったらしいし。


「階位は数が少なくなるほど地位が上がっていって、一位は一人、二位は三人くらいまでしか選ばれないの」


「じゃあ、エルルの先生って相当凄いのね」


「うん。アリーシャ先生は、本当に凄い人なんだ」


 なにしろ十年前から今の地位を保ち続けている魔法使いだ。年々増え続ける魔法使いたちの教育をしながら、日々自らの研鑽も欠かさない。

 緑の魔法使いにとっては憧れの対象でもあるらしいしね。


「で、緑ってどうやって分けてるのよ?」


「えとね。魔法は大きく分けて八つの属性に分類されるのはもちろんわかってるよね?」


「えぇ。火水土風、光と闇、そして金属と無属性よね」


 うーん。それがわかってるなら理解はすぐ出来ると思うんだけどなぁ。


「火はレッドとして、水はブルー。土はブラウン、風はグリーンと。光はイエロー、闇はパープル。そして、金属魔法はシルバー、無属性はクリア、と分類されるの」


 さらに細かく説明すれば。

 火は風によって力を増し。

 水は火を飲み込み。

 土は水を吸収し。

 風は土を砂へと風化させてしまう。


 光や闇を打ち消し、闇は光を飲み込む。


 それぞれの属性に相性があり、それはまさしく自然の摂理そのものなのだ。

 金属はどの属性にも効果は薄いし、無属性はどちらかというと特殊な魔法が多くて相性という括りには当てはまらない。


「で、それら一つの属性をどれだけ極められるか。大まかに言えば、それが階位を定める基準にもなってるの」


「じゃあエルルの先生はこの国で三番目に風の魔法を得意としてるってことね」


「そういうことになるね」


 それらは全てを纏めて【色彩の階位(カラーズ・ステア)】と呼ばれている。

 この国に住む魔法使いは皆この階位が与えられていて、そこには魔法使いも召喚士サモナーも関係ない。


 ちなみに余談だけど、階位は階級に応じて選ばれる人数が異なる。

 一位は一人、二位は三人くらいとせるちゃんに説明したけど、三位からは結構数が増えたりする。そうでもしないと年々増え続ける魔法使いたちが収まる階位がなくなっちゃうからね。

 それでも三位であること自体凄いことだから細かく掘り下げないけど。


「よし、明日には忘れてるわね」


「覚えるつもりないの!?」


「エルルのこと以外覚えておく必要なんてないわよ」


 嬉しいんだか恥ずかしいんだか。というかこんな会話さっきもやった気がするけど!?


「……そういえばエルル。あのミリアはどのくらいの魔法使いなの?」


「ミリアちゃん?」


 珍しい。せるちゃんがボク以外の誰かを気にかけるなんて。

 ミリアちゃん、か。確か――。


「ミリアちゃんは、【黄色の一位(イエロー・ワン)】。だったはず」


「はぁ!? 火属性のキマイラ従えてたくせに!?」


 うん、予想通りの反応だった。

 これはあまり語られていない、ミリアちゃんをよく知る一部の人たちしか知らないことだけど。


「ミリアちゃんは、光と火、そして水の魔法に秀でた召喚士サモナーだよ。極めて珍しい三重属性保持者。階位は黄色だけ得てるけど、多分実力的には今の赤と青の一位よりも上なんじゃないかな」


 せるちゃんがぽかーんと口を開けて呆けている。無理もない。それぞれを極めて一位を得るだけでも不可能に近い芸当なのに、ミリアちゃんはそれを三つもこなしたのだ。

 王としての才覚も、魔法使いとしての才覚にも恵まれた。

 それがミリアリア・ハイゲイン・アルトリアという女の子だ。才覚にも血筋にも周囲にもなにもかも恵まれた、まごう事なき天才だ。

 ボクとは違う、由緒正しい存在だ。


「なんだ。じゃあエルルのほうが凄いんじゃない」


「……え?」


「だってエルルは全部の魔法が使えるじゃない!」


「そ、そうだけど」


 せるちゃんの言うことはもっともである。ボクは王国の歴史上類を見ない、全ての魔法を使いこなせる存在だ。

 でも――それでも、ミリアちゃんとは違うんだ。

 ミリアちゃんが天才なら。

 ボクは天災だから。


「さ、さ! もうそろそろハムちゃんが先生連れてくるからお茶の準備でもしておこうか!」


 話題を強引に変える。これ以上の会話は不毛に終わるだけだし、何よりせるちゃんがボクを心配してしまう。

 だから意識を切り替えて、先生を迎える準備を進めることにしよう。


 ハムちゃんがあらかじめ準備しておいたドーナツをテーブルに運ぶと、揚げたてのいい香りと砂糖の甘い香りが誘惑してくる。

 あー、ほんっと美味しそう。綺麗に揚がってるし。


「私はエルルの汗の方がおいしナンデモナイワ」

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