雪の女王、せるちゃん
魔法陣から突如として発生した猛吹雪は、たちどころにボクたちの視界を奪う。
腕で視界を守っているミリアちゃんの表情は凄く悲しそうで、でもどこか諦めているようにも感じ取れる。
猛吹雪の中から、女性が姿を現す。
中空からゆっくりと降り立つ青髪の女性、せるちゃん。ボクが封印し、契約した、信頼のおける精霊の一柱。
魔物とは決定的に違う、大自然に宿った最も神に近い存在、それが精霊だ。
肩から肌が露出している、和をイメージさせる民族衣装。黒と白のシマウマ柄のカチューシャをして、美しく、凛々しい顔立ちとすらりと伸びた手足。
氷のように鋭く、冷たい蒼の瞳がミリアちゃんを睨んでいた。
……怒ってる?
「エルルと結婚なんて認めないわよこのバイバイボイン!」
「バイバイボイン!?」
え、なんかどうでもいい理由で怒ってない? そこはもっとボクのために怒って欲しかったんだけど。
「エルルと同じ歳のくせに胸はデカいし腰は細いし尻もデカいし! あーでもエルルだってお尻はほどよく安産型よ!」
何を言い出すの!?
「なにそれ詳しく」
反応した!?
「アンタなんかに教えることなんてないわよ!!! エルルの情報は私だけのもの!!!」
「くっ!!!」
うわあ何これ……。
「エルル様、セルを出してはこうなるとわかっていたのでは……?」
「あーいや、あのキマイラって火の……赤の属性だからせるちゃんが相性良くてさ」
ハムちゃんに指摘してもらって気付いたけど、そういえばせるちゃんも残念な性格だったんだ。ボクみたいなのを好いてくれる貴重な存在。ボクの大切な家族。ハムちゃんと同じくらい大切な、ボクを支えてくれる精霊。
ミリアちゃんを追い払うにはキマイラを倒してしまうのが手っ取り早いからせるちゃんを出したんだけど、もしかして逆効果だったのかなぁ?
「せるちゃん」
「どうしたのエルル。あーなるほどあの変態金髪女王を追い払いたいからキマイラをぶっ倒せばいいのね?」
「あ、はいそうですお願いします」
せるちゃんは理解が早くて助かるんだけど、なんだろう。
私欲混ざってない?
「っ……ここでセルシウスが出てくるのはさすがに予想外……!」
とはいえミリアちゃんも一人前の召喚士だ。挑まれた勝負は拒まないというか。
ちょっとウキウキしている表情は、明らかに楽しんでいる証拠だ。
何をって、ボクとの召喚決闘を。
それくらいはわかる。だって、ミリアちゃんは……大切な、友達だから。
……でも。
「せるちゃん、吹っ飛ばすくらいでいいよ」
「オーケー」
せるちゃんが右手を空に向かって突き上げると、途端に猛吹雪がせるちゃんを中心として吹き荒れる。
雪と氷の精霊であるせるちゃんは文字通り雪と氷の結晶体。身体を構成するのも何もかもが氷雪だ。
そのせるちゃんが一度敵意を向ければ、寒気が敵となることと同義である。
「キマイラ、迎撃を」
「間に合うわけないでしょ。私を止めたきゃそれこそ精霊でも従えてきなさい!」
せるちゃんが拳を振り抜くと同時に吹き荒れていた吹雪が一斉にミリアちゃんたちに向けて放たれる。
「フリージア・セスト!」
指向性を得た猛吹雪は強烈にキマイラを飲み込み合わせた暴風がミリアちゃんをも巻き込んで、一撃で吹き飛ばす。キマイラも必死に地面にしがみついていたけど、その程度の抵抗じゃせるちゃんの吹雪には耐えられない。
「お、覚えてなさいよぉーーーーーー!?」
遠くなっていく声を聞きながら猛吹雪がキマイラごとミリアちゃんを吹き飛ばす。
おそらくコルタニカの領内から飛び出すくらいは吹き飛んだはずだ。
あとはすぐに森に入れば、もうミリアちゃんはボクを追ってはこれはない。
「まああのキマイラなら着地の保証も大丈夫だし、ミリアも無傷でしょう」
「ありがとう、せるちゃん」
「ぎゅー」
「わわっ」
にこにこと子供のようにせるちゃんが後ろから抱きついてくる。ひんやりしててちょっと冷たいけど、それでも不思議と心はじーんって温かくなる。
せるちゃんはいつも、ボクの望み以上に動いてくれる。
傷つけたくはないけどキマイラが相手だからこそ伝えなかった言葉を上手く感じ取ってくれた。
ミリアちゃんは王様だし、傷でもつけてしまうと大変だ。
それに……やっぱり、それでも友達だから。
「さ、帰ろう」
「エルルー。ご褒美のハグはー?」
え、もう後ろから抱きついてきてるよね?
高身長のせるちゃんは後ろからボクにのしかかるように抱きついてくる。頭に顎を乗せてくるけど、ちょっと重くて歩きにくい。
「お、お家についてから!」
「やった! じゃあ小さくなってるわね!」
ぽん、と破裂するような小さな音と同時に頭に感じていた重さが一瞬で無くなる。
せるちゃんがいなくなったわけではない。せるちゃんは今、ボクの肩に乗っている。
「ふんふふーふん。エルルとぎゅ~ぎゅ~」
嬉しそうに歌い出すちっちゃなせるちゃん。
手の平ほどの大きさにダウンサイジングする特別な魔法・ミニマムモード。ボクが作った、封印魔法に付与する特殊な魔法。
この状態なら、消費魔力を極限まで抑えることが出来るから非常に重宝している。
せるちゃんみたいな高位の精霊を召喚し続けるには膨大な魔力が必要であり、普通の召喚士であれば一瞬で魔力を根こそぎ持って行かれてしまう。
そこはまあ、ね?
ボクは普通の召喚士じゃないし。
ちっちゃいせるちゃんはボクの肩に座りながらご機嫌に首を揺らしている。
「ねーハムちゃん、晩ご飯どうするの?」
「そうですね。せっかくラングルスで質のいい卵と生肉が買えたのでそれをさっと炒めますか」
「久々のお肉だね」
「そうですね。エルル様にはもっと食べて肉をつけてもらわないといけませんからね」
「え……ボクそんなにがりがり……?」
別に骨と皮だけじゃないんだけどなぁ。
ちゃんとほっぺはぐいーんって伸びるし、胸だって平均よりかはないだろうけどそれでもあるし……体重も気にするほど低いわけでもないし。
「もやしですね」
「もやし!?」
さすがにそれは酷くないかなぁ!?
「何言ってるのよハム。こんな白くてすべすべお肌のエルルがもやしなわけないじゃない!」
「ありが……ってどうしてすりすりしてくるの!?」
「あふんエルルのぬくもり~」
「変態! 変態さんがいるよぉ!」
肩で大人しくしていたはずのせるちゃんがいきなり首元に頬ずりしてくる。
べ、別にスキンシップはいいんだけど……せるちゃんに不意打ちされると、ものっすごく冷たいの!
「こらセル」
「ぐぇ」
「あふぅ……」
ハムちゃんがせるちゃんを引き剥がしてくれる。首根っこを捕まれたせるちゃんはミニマムモードなだけあって少しだけ暴れて抵抗するけどすぐに諦めて大人しくなる。
うん、さすがハムちゃん。せるちゃんの扱いに慣れてて助かります。
「さ、帰ろう」
森を進めば、もう誰もボクたちを追いかけることは出来ない。
ボクたちが進めば進むほど森は複雑に絡み、僅かに発生した霧が視界を遮り方向感覚を狂わせる。
迷宮の魔法は問題なく発動した。これでしばらくは、静かにお家の中でまったりできる。
「はぁ、美味しいご飯とお風呂済ませてお布団へダイブしよう」
今日はいろいろ疲れた。ラングルスに行って、知らない人と会うのはやっぱり怖いし辛いし。マトウさんには申し訳ないけど距離感近すぎたし。ミリアちゃんには襲われるし。
ボクを放っておいて欲しい。どうせいつかは勝手に寿命で死ぬんだから。どうせ滅多なことじゃ森から出ることはないし、出たとしても危害を加えるつもりなんてないから。
ボクはなにもしないから。ボクになにもしないでおくれ。