それは偶然の出会い
「砂糖も質のいいものが入っていますね」
「兄ちゃん、アンタずいぶんいい目をしてんな……これは朝一で仕入れたばかりの最高の品だぜ?」
「ふふ。ありがとうございます」
ラングルスに数多くある商店の一つに目星を付けてハムちゃんがどんどん食材を買い込んでいく。森の中の畑では取れない野菜や新鮮な生肉も山のように買い込んでいる。
偶然にも野菜とお肉と雑貨のお店が並んでいたから助かったけど、買い物の度にこんなにたくさん買ってたら悪目立ちしちゃうよね。
「ふう。これだけ買い込めばしばらく持ちますね」
「ハムちゃん、まだー……?」
買い物が好きなハムちゃんには悪いけど、こうもたくさん人がいる街中はどうしても落ち着かない。いつボクの正体がばれてしまうかヒヤヒヤしてる。
「おっと、そうですね。買い物もひとまずはこれで終わりですし。よろしいですか?」
「あ、うん」
一通りの買い物を終えたハムちゃんが山のようになった食材を指差す。
まあ、ボクがいてこんなに買うんだからそういうことだよね。
「なあ兄ちゃん、こんなに買って馬車でも頼んでいるのかい?」
「いえ、大丈夫です」
やんわりと断るハムちゃんにおじさんは首を傾げる。
一方ボクはホルダーの中からカードを一枚取り出して、食材の山に向けて呪文を唱え始める。
「ボクが望むは狭間の侵略にして、彼の地を願う」
目を閉じて、ゆっくりと頭の中で魔法陣を描く。
円を三つ重ねて、その中心に揺らめく炎のような文様が浮かぶ魔法陣を。
呟く言葉に呼応してイメージされた魔法陣が光を宿す。
「時の狭間に眠る世界よ。我が命に従い門を開け。我はゼロにして黒へと至る者なり」
ゆっくりと目を開ける。手に握ったカードにイメージした魔法陣が浮かび上がっている。
封印したい物を視界に入れて、イメージを固める。再度目を閉じて、さらに呪文を続ける。
「ボクが望みしモノを。封印せよ」
カードの魔法陣からあふれ出す光の奔流に、おじさんの小さな悲鳴が聞こえた。
光に包まれた食材が次々とカードに吸い込まれていく。
あっという間に全てを飲み込んだカードは、最後に浮かんでいた魔方陣を光の粒子へと変えてゆっくりと力を失っていく。
カードの表面には封印した食材の山が描かれた。
これで食材はカードを通してボクだけの専用の空間に封印された。
持ち運びも簡単。ボクはほぼほぼノータイムで取り出すことも出来る。
ビバ封印魔法。人類を堕落させる狂喜の魔法だね!
「お、お嬢ちゃん……召喚士だったのかい?」
「ひゃい!?」
突然おじさんに声をかけられて、思わず声が裏返る。
嫌だ。話したくない。何を言われるかわからない。怖い。身体に電気が走ったかのように、身体がいうことを利かない。
足が震えるのを必死に誤魔化す。怖くて堪え切れそうに無い。そんな自分が情けなくて大っ嫌いだ。
「あ、は、はい。そうです」
必死に声を絞り出すと、おじさんは封印魔法の光景に呆気にとられていた。となりのお店の人も驚いた顔をしている。
そうだよね。封印魔法を使えるのはきちんと召喚魔法を習得してる魔法使いだけだし、魔法服を着ているとはいえそれだけでボクが召喚士であるかは普通の人には見分けが付かない。
おじさんたちの視線がボクに集中する。好奇の視線はとてもとても気分が悪い。
……どうか、ばれませんように。
「お、なんの光かと思ったら封印術じゃん。君も召喚士なのか?」
「ぴゃあっ!?」
「おわっ!」
び、びっくりしたぁ!
いきなり後ろから声をかけられて驚いたまま転んでしまう。
「あいたたた……」
「だ、大丈夫か?」
「コハク様、大丈夫ですか?」
その人が心配しながら伸ばしてくれた手を、ハムちゃんが咄嗟に遮る。
申し訳ないけど、ハムちゃんの手を取って立ち上がる。
うー、お尻打った。いたい……。
「ご、ごめんな? こんな街中で召喚士が封印魔法使うの見るの初めてでさ」
「は、はい。こっちも、ごめんなさい」
声をかけてきたのは知らない人――なんだけど、知ってる人でもあった。
ラングルスの街に着いて映像の中で見かけた、幼さを残す顔立ちの少年。
ユーゴ・マトウ、さん。
先ほどの試合中の表情とは打って変わって、柔らかな表情を浮かべている。
「で、本当に大丈夫かい?」
「だ、大丈夫です」
――怖い。
マトウさんはおそらくだけどボクを心配して声をかけてくれている/どうして?→転んでしまったから。
ハムちゃんが起こしてくれたし、転んでしまったのは驚いたボクの自己責任だ。だからマトウさんが気にする必要はないし気にして欲しくもない/知らない人と関わりたくないボクだって気付かないでください。
「本当かい? なんだか顔色が悪いようだけど」
「っ――だ、大丈夫ですから!」
帽子を深く被るボクの顔をマトウさんが覗き込んでくる。ち、近いし! なんで大丈夫って言ってるのに離れてくれないのというかハムちゃん助けてくれないの!?
「荒療治も時には必要と思いまして」
うわ目を逸らしたでしょ!?
マトウさんはマトウさんで首傾げながらまだ離れてくれないし!
頭の中がぐるぐるする。ボクに関わらないで。ボクを気にしないで。
ぐるぐるぐるぐる。……嫌だ。怖い。痛いのも、嫌だ。
「大丈夫かい。えっと、コハクさん?」
「ふ、閃光っ!」
「っ! 目が、目がぁっ!?」
咄嗟に閃光の魔法を使って視界を奪う。威力は抑えてあるから害はないはずだし、これで数秒でもいいから時間は稼げるはずだから。
マトウさんは両目を押さえてごろごろと転がるのを尻目に、ボクは一目散に走り出す。ボクたちのやり取りを見ていた人たちの視線が走り出したボクに向けられる。
ああ、気持ち悪い。胃が痛い。思考は堂々巡りをして答えを出せない。
とにかく早く早く早く早く。誰もいない場所に行きたい。早く家に帰りたい。人が多い場所は嫌いだ。ラングルスの街はやっぱり苦手だ。
「何問題起こしていきなり逃げてるんですかエルル様」
「ちょちょちょハムちゃん名前ぇ!」
ばれちゃう! ばれちゃうから!
「並走して小声の会話なんて誰も聞いてませんよ」
気付けばハムちゃんが追いついていた。
お、怒ってる……よね?
「逃げるのでしたら迷彩でも使えばいいじゃないですか」
「あ」
「視線をずらすのも、隠れるのも、エルル様なら余裕じゃないですか」
「そ、そうだったね……」
咄嗟に路地裏に逃げ込んでハムちゃんにたしなめられる。
ハムちゃんの言うとおり、人の視線をずらす魔法も隠れる魔法もボクは使える。
あ、あはは……忘れてた。
一歩路地裏に入り込んでしまえば先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえっている。
ラングルスの街の人たちは商魂たくましいから、皆軒並み通りに面してる場所にお店を出す。
だから路地裏はゴミ捨て場とか、目立たせたくないものが中心に配置されている。
「さ、騒ぎになってないよね?」
「ならないと思ってるんですか?」
「ですよねー」
ひょこっと路地裏から顔を出すと、ボクたちがいた場所あたりがやけに騒がしい。
間違いなくボクがマトウさんに閃光の魔法を使ってしまったからだろう。
街中で魔法を使うのは禁止されてはいないが推奨されてもいない。害があるかないかでもない。人に迷惑をかけること自体がダメなのだ。
「うぅ……」
どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。帽子を深く被ってしゃがみ込む。
足が震える。手が震える。身体が震えて力が入らない。
「……大丈夫ですか、エルル様」
「だ、大丈夫」
「じゃないですよね」
「…………うん」
怖い。謝らないといけない。でも、あれだけの人の中に戻るのは、嫌だ。
怖い。怖いんだ。たくさんの人が。たくさんの人間が怖い。
「今回は連れ出した私にも責任がありますしね。買い物も済ませたことですし、早々に離脱しましょう」
「……いいの?」
ハムちゃんだって本当はもっと買い物がしたいはずだ。食材だけでなく、いろいろ見て回りたいはずだ。それも、自分の物以上にボクがこれから使うである物を。
「いいのです。買い物よりもエルル様の方が大事ですので」
「……ごめん」
「謝らないでください」
ハムちゃんは微笑みながらを撫でてくれる。帽子越しだからあんまり感触は伝わってこないけど、くすぐったい感じはする。
「さ、帰りましょう」
「……うん」