海底神殿へ行くには?
「へー、ふーん、ほー。もう一人のエルルねえ」
「私ならハグオーケーだよ!」
「いい匂いだけどなんか違う。私はエルル派だ!」
「がびーん!」
事情を把握したせるちゃんがくわっと詰め寄りながらクルルの申し出を断っててちょっとほっとした。
……ほっとした? なんでだろ。
状況を整理するためにクルルも等身大にサイズを変えて遠くになにかないか見渡している。
「少し、冷えるね」
「まあ氷の上じゃからのう」
「リフルちゃん、少し暖かく出来る?」
「任せろっ」
童女の姿となったリフルちゃんが舞うようにくるりと一回転すると、途端に周囲がほんのりとだけど暖かくなる。これでひとまず冷えは解消できるだろう。せるちゃんとリフルちゃんが揃うと気温が快適になって過ごしやすい。
やだ、凄く便利。
「リヴァイアサンはどこにいったのかしら?」
「海竜は海底神殿にいるとは思いますが……」
「つまり、下?」
「ざっくりで言えばそうなりますね」
「よーしいっちょやったりますか!」
腕をぶんぶんとさせながらやる気満々なせるちゃんは今にも海全体を凍らせてしまいそうだ。
目覚めたせるちゃんは血気盛んというか、元気が満ちあふれているような感じだ。
「せるちゃん、本当に大丈夫なの? 痛いところとかない? 苦しくない?」
「全然平気! 今なら王国全部どころか荒野も火山だって凍らせられるわ!」
いったいその力はどこから湧いてくるのだろう。せるちゃんに供給しているボクの魔力はいつもと同じだし、今は黒の力を流しているわけでもない。
なのにせるちゃんは今までより明らかにパワーアップしている。今だってそうだ。これまでのせるちゃんだったら、こんな一瞬で海洋を凍らせたりすることは難しかった。
「ねーねーせる。ちょーっと聞きたいことがあるんだけど?」
「何よクルル。エルルの寝顔の種類くらいしか教えられないわよ?」
……なにそれ。やっぱりせるちゃんって……変態さんだ。
「あはっ。それは帰ってからでいいよ。本題はね……ミリアのこと、嫌い?」
「嫌いよ? 私からエルルを奪おうとするからね!」
……あれ?
クルルの質問に答えたせるちゃんだけど、その答えに少し疑問を感じた。
嫌い、という感情は心が不安定になる感情だ。相手を否定して、拒絶する感情だ。
でも質問に答えたせるちゃんからはそんな感情は一切感じられなかった。
いや、違う。違う。
今までもせるちゃんの言葉で感情の善し悪しを理解することはあったけど、それは言葉のニュアンスで感じ取っていただけだ。
せるちゃんの感情が、わかる。
嬉しいとか悲しいとか辛いとか苦しいとか。
ミリアちゃんのことを答えたせるちゃんは、嫌いという感情はいっさいなかった。
むしろミリアちゃんを認めるような、ちょっと複雑な感情が見受けられた。
「なるほどねー。せるはエルルの黒の力に適合したんだね」
「なによそれ?」
「てき、ごう?」
適合、というのであればせるちゃんはもっと好戦的になったり破壊の限りを尽くしてると思うんだけど。
でもせるちゃんからそんな雰囲気は感じられない。むしろ生き生きとしているくらいだけど。
「あははー。黒の適合ってのは破壊衝動に呑まれるわけじゃないの。そもそも前提が違うんだけど、それは置いといて」
「置いておかれても困るんだけど」
説明を省略されるのは理解に時間が掛かるから嫌いなんだよね。でもクルルはボクの言葉を聞きいれてくれない。まるで今はその時じゃない、と言わんばかりに。
クルルはボクが知らない黒の力を知っている?
ボクから生まれ、ずっとボクの中で生きていたのに?
「まあわかりやすく言うなら、エルルとせるに契約以上の特別な繋がりが出来たってこと。エルルはせるのことをいままで以上に理解できるし、せるはエルルの思いを受ければとことん出力を上げられる、ってところかな」
「クルル、わかりやすく説明してくれないかしら」
「エルルと相思相愛でパワーアップです!!!」
「エルルぅー! 私も大好きよーーーー!!!!」
「ぴゃあ!?」
クルルの説明に歓喜したせるちゃんが再び抱きついてくる。ちょ、苦しい、苦しいってば!
せるちゃんの嬉しいって感情が沢山流れ込んでくる。ボクを好きっていう感情も流れ込んでくる。
だからか、今まで以上に……せるちゃんが大事な家族なんだって、しっかり伝わってくる。
「よーし気分爽快元気ハツラツよ! リヴァイアサンでもなんでも来るならかかってきなさいな!」
「つ、疲れる……」
「せるは単純じゃのう」
単純というか、せるちゃんは行動の原理に全てボクが関わっていなければ動かないだけなんだ。ボクが望むこと、ボクの願いを優先する。
かつて自分が支配していた土地を容易く放棄してボクについてくるくらい、せるちゃんはボクを大事に思ってくれている。
「せるちゃん、海底を調べたいんだけど凍らせて通路を作ったり出来る?」
「余裕よこのくらいでいい?」
「早い!?」
せるちゃんが手を振るうと凍った海面に穴が空いて、さらには階段が出来上がっていた。
中を覗き込むと奥が見えないくらい深い。どれくらいの深さまで凍っているのだろうか。
そして、どれくらいまで凍っているのを維持できるのか。
具体的に言うならリヴァイアサンの攻撃を耐えることが出来るかどうかだ。
凍っているとはいえ、ボクたちがこれから向かうのは海中でありリヴァイアサンの縄張りだ。
いつ襲撃されるかもわからない。
「強度も問題なさそうですね。気温が低そうなのでリフルがしっかりエルル様たちを気遣ってくれればリヴァイアサンも防げそうですね」
「せるちゃん凄い!?」
「ふふーんもっと褒めて褒めて褒めるのよっ!」
自慢げに上体を逸らすせるちゃんはその勢いに応じて豊満な胸も揺れる。
……さすがに大きいなぁ。ミリアちゃんと同じか、ちょっと小さいくらい?
ミリアちゃんに抱きついて寝た時にわかったけど、ミリアちゃんのあれはやばい。安眠どころか快眠できる。むしろ一生あそこに抱きついたまま眠ってしまいたいくらいだった。
「さあほら海底神殿探しに行くわよれっつらごー!」
「元気が有り余っていてさすがにうざいですね」
「でもせるのおかげで順調にいけそうだし、ここは我慢してあげようよ」
「あまりに調子に乗ったら溶かせばいいのじゃろ?」
「わーリフル物騒! やっちゃえやっちゃえ!」
いやいやクルルもリフルちゃんを煽ってないで早く下りようよ?
我先にと階段を下っていくせるちゃんをボクたちも追っていく。長い階段は氷で出来ているのもあって、非常に滑りやすく危ない。
足下ときちんと確認して、一歩一歩しっかり踏み締める。踏み外したり滑って落ちてしまえば怪我ではすまない。
どれくらい歩いただろうか。一時間は経っただろうか。
陽の光も届きにくい氷の中は時間の感覚も掴みにくい。
道がなくなればせるちゃんが適当に道をこしらえてその道を行く。それを繰り返すことおよそ七回を経て、ボクたちは異様な空間を見つけた。
「……ここが、海底神殿?」
そこは氷った世界の中で唯一氷に閉ざされていない海底。ドーム上の泡に包まれた廃墟のような神殿は、間違いなく海底神殿だろう。
凍っていない、そして中には空気もあるようで。
「……リヴァイアサンの魔力を感じる」
「ええ。肌が痺れるような叫び声が聞こえます」
氷の階段を抜けて、神殿に侵入する。氷の道は残しておくとして、海底から海面を見上げる。
酷く幻想的で美しい光景だ。差し込んでくる陽の光が屈折され神殿全体を照らしている。
でも、やっぱり魚といった生物は存在していない。
魚だけじゃない。海藻などの植物すらも、見当たらない。
「行こう、リヴァイアサンのところに」
きっと彼は神殿の中央にいるはずだ。気付かれないように、ボクたちはそっと歩き出す。