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海上での襲撃




 干上がって出来た大地は思った以上に遠くまで広がっている。まさかハムちゃんに乗って一時間ほどかかっても海が見えてこないなんて予想していなかった。

 遠目になんとか見えてきた海は、とにかく異様な光景だった。


「なに……あれ」


『海が、止まっていますね』


 海面は巨大な津波となって『停止』していた。今にも動き出してボクたちを飲み込んでしまいそうな状態で、物理法則を完全に無視して止まっていた。

 まるで時間が止まったかのように。

 でもそれは本当に時間が停止したわけではない。

 津波の全体に広がるように、黒いラインが混じっている。おそらくあれが海を止めてしまっている黒の力なのだろう。


「……すぐに海を解放することもできるけど」


「リヴァイアサンの問題が解決してない以上、しないほうがいいよね」


 周囲に感じる並々ならぬ魔力はおそらくリヴァイアサンのものだ。どこに潜んでいるかわからないくらいに、高純度の魔力が周囲に満ちている。

 今の状況で海を解き放っても、多分意味がない。よしんば解放できたとしても、海上でリヴァイアサンと戦うのは目に見えて不利だ。

 ここは海の上。戦力となるのはハムちゃんしかいない。せるちゃんはまだ起きてこないし、リフルちゃんも水の世界じゃ力を発揮できない。


「妾は戦いたくないのう。水の世界は嫌いじゃ」


「だよねぇ」


 いつの間にか外に出てきたリフルちゃんはミニマム状態のままクルルと並んでボクの肩に座っている。バリバリと音を立てながらお煎餅を齧っている。


「こう水ばかりある場所じゃとお煎餅もふにゃふにゃになってしまうのう」


「すぐに食べちゃえばいいんじゃない?」


「それは名案じゃなクルルよ! ばりばりばりばり! うーん、うまー!」


 僅かな間に随分打ち解けたようで、クルルはリフルちゃんの食べっぷりに拍手喝采を送っている。それに気をよくしたのかリフルちゃんはさらにお煎餅を勢いのまま食べていく。


「ねーエルル。セルはまだ起きないの?」


「そうなんだよね……魔力はちゃんと供給されてるんだけど、ここ最近はずっと寝てばかりみたい」


 多分ボクが寝ている時間とかに目覚めてはいるんだろうけど、それならそれでずっとすれ違って生活してしまっている。ここ数日はせるちゃんの声すら聞いてない。

 寂しいし、心配だ。黒の力の影響というのはわかってるから、時間が経てば治るはずなんだけども。


「うーん。私が出てきた以上、クルルと同じようにある程度は黒の力も収まると思うんだけどなぁ」


 クルルの言葉通り、クルルが外に出てからボクの中に救っていた不安などの暗い感情はなりを潜めている。とはいえ元から負の感情ばかりなボクだ。黒の力による影響がなくても結構マイナス思考は変わらない。

 でもせるちゃんは違う。マイナス思考とは無縁のせるちゃんがここまで時間がかかるなんて。

 やっぱり少量とはいえ血を摂取したことに問題があるのかなぁ。魔力を与えるよりはマシなはずなんだけど。


「ととっ」


「こらハムー。安全飛行を心がけてよねー」


『そうですね。このような状況でなければ!』


「「え?」」


 ハムちゃんの声色が堅い。上昇と下降を繰り返し、左右に身体を振り続けているのは、迫り来る攻撃を回避していたからだ。

 やばい。全然気付かなかった……!


 海中から次々とハムちゃん目掛けて放たれる水流を、ハムちゃんはボクたちを気遣って最小限の動きで回避していた。


「ハムちゃんごめん! もっと高度を上げて回避に専念して!」


『わかりました』


 すぐさまハムちゃんが指示通りに行動する。槍のように伸びてくる水流をかわし、さらに高度を上げて水流が届かないところまで――。


『こいつは――』


「えぇぇぇぇぇぇ!?」


「わ、おっきい」


「リヴァイアサンじゃっ!」


 水流が届かないほどの高度にまで昇ったハムちゃんに噛み付いた、巨大な竜。魚に似た体付きと体表を覆っている鎧のような鱗と、水中での行動に適した巨大なヒレ。


 海竜。

 竜種の中でも水中で生息する種族で、時に海を荒らす存在として怖れられている存在。

 そして、ボクたちの今回の目的。水を司る精霊として、王国一帯の海を支配している存在。

 リヴァイアサンの獰猛な牙が、ハムちゃんの喉元に突き立てられた。


『がっ……』


「ハムちゃん! は、早くヒールを――」


「だめエルル! 普通のヒールじゃ間に合わない!」


 喉元から吹き出した血と、そこに混じっているドス黒い血。リヴァイアサンの体表にいくつも浮かぶ黒のラインと、その先端にはリヴァイアサンの牙が。


「放してリヴァイアサン! ハムちゃんが!!!」


『シャァァァァァァァァァァァ!!!』


 駄目だ、リヴァイアサンは完全に正気を失っている!

 喉元に噛み付かれようとも懸命に飛行を維持するハムちゃんは、乗っているボクたちをずっと気遣っている。

 でもこのままじゃ、ハムちゃんが死んじゃう!


「ハムちゃん、変身してっ。でないとハムちゃんが死んじゃう!」


『だ、めです。ここで落ちてしまえば、エルル様たちが――』


「ハムちゃんが死んじゃったら駄目だよ!!!」


『駄目です、私は、エルル様を守る、ために――』


 今にもハムちゃんは意識を失いそうなのに、それでもなお意識を手放そうとしない。あふれ出していく血の量が尋常ではない。黒の力で傷つけられている傷口は、すぐにボクが治療しなければ治せない傷だ。

 だからはやく、はやくしないと!


「だめ、だめなの! ハムちゃんが、ハムちゃんが死んじゃうのは駄目なの!!!」


「エルル落ち着いて! でないとハムまで混乱するから!」


「駄目なの! だめだめだめだめだめ! ハムちゃん死んじゃやだ! やだ、やだ、やだぁっ!」


 痛い。ハムちゃんが死んじゃう。嫌だ。怖い。やだ。

 どうすればいい。どうすれば解決できる。どうすれば。


 ――簡単じゃないか。ボクにはそれが出来る。ボクにしか出来ない。


「え……」


 突然聞こえてきた声に振り返るけど、そこには誰もいない。下りたクルルとリフルちゃんが不安げにボクを見上げているだけだ。


 ――さあ見せて上げよう。黒たる力の真髄を。大丈夫、ボクは理解しなくとも、許容しなくともそれくらい可能だから!


 それはボクじゃないボクの声。違う、わからない。わからないけど――。


「ハムちゃんへの魔力供給を一時的に停止。クルルはハムちゃんの傷口を見てて」


「わ、わかったけどエルルは!?」


 成功するかはわからない。いや違う。失敗するわけがなかった。根拠なんてない。あるとすれば、生まれてからずっと、ボクは黒の力と共に生きてきた。

 だから、できる。

 だからボクは、ハムちゃんから飛び降りる。


「なにをするのじゃ!?」


『エルル様っ!?』


 魔力供給を強引にカットしてしまえば、ハムちゃんだって飛行を続けるのはより困難になる。そしてハムちゃんの足かせになっているボクが飛び降りれば、人間に変身する可能性もより高くなる。

 竜のままではリヴァイアサンを振りほどけないなら、人の姿に変わってしまえばいい。

 多分いくら説明しても納得してくれないだろうから、こうするしかない。


 海面が近づいてくる。

 このまま落ちれば、よくて重傷悪くて死ぬ。


 ――死ぬ。


「――死ぬわけないよ。たかが海が化け物を殺せると思うの? 違うよ。死ぬのは海(・・・・・)だよ」


 手を海面に向けて、ただ一言呟く。


「海よ、死ね」


 放たれた黒の力が一瞬にして海へと広がっていく。およそ半径は十メートルくらいの範囲で力を行使する。

 海は黒の力に侵されて機能を失っていた。黒の力によって活動を止めていた。

 だからボクも同じ事をする。海の命を黒の力で破壊する。


「ごめんなさい。ごめんなさい。でも、こうするしかないから」


 すぐには解決できないけど、どうにか元通りにはしてみせるから。


「だから一時だけ、ボクらを海上に止めさせてください」


 海が、停止する。凍てついた訳でもなく、その活動を停止させる。

 死んだ海はゼリーのような不可思議な感触へと変化して、かなりの高度から落ちたボクを容易に受け止めた。ぼよんぼよんと海面が力を分散させて、ボクには怪我一つない。


「――エルル様っ!」


 人の姿に変わったハムちゃんがクルルとリフルちゃんを抱えて下りてくる。喉元から溢れた血が真っ白なシャツを真っ赤に染めているけど、それでも人の身体に変わったからか少しだけ傷は浅いようだ。


「ハムちゃん、よか――」


「なにやってるんですかこのちんちくりん!!!」


「あだぁっ!?」


 思いっきり頭を殴られた。しかもグーで。お、お母さんにも殴られたことないのに!


「ハム、怒るのはあとにして早く治療しないと。黒の力は私が抑えたけど、その出血を放っておいたらハムでもやばいよ?」


「……ぐ、そう、でした」


「ハムちゃん!? ヒール、ヒール!」


 うぅ、もの凄く怒られそう……。

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